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紅き龍棲の玉座  作者: Samidare Teru
ローヤン大戦乱
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北からの強敵

「先帝陛下に一任され、これまでルード・シェン山を開発、統治して来た私に突然ルード・シェン山を出て行けなどと言う勅命(勅命)は道理なき理不尽な話である。これを受け入れることは断じてできない。また、新皇帝(エンディー)が即位早々にこのような勅命を出すとは、呆れた愚行。そもそも新帝バルタザールは大した才も無い上に経験不足で、未だに戦場にすら出たこともない。このような暗愚の者をローヤン帝国皇帝(エンディー)(いただ)くことはローヤンの為にならず。また、本来は私がローヤンの皇太子(エンタイーズ)であり、ローヤン皇位継承権を持っていた。それ故に、愚かな偽帝バルタザールを討つべく兵を挙げる。賛同する勇者たちは我の(もと)(つど)え」


 と、言うような内容が、これまた同じく激しい調子でつづられていた。

 その三枚を続けて見たバルタザールの顔に、困惑と屈辱、怒りの混じった複雑な表情が走った。


 それを鋭い目つきで見逃さなかったマクシムが、すかさず言った。


「私の下に届けられた檄文は、いずれもそれでございます。陛下を侮辱する、許し難い文面です」


 バルタザールは、感情を抑え込むような表情でマクシムに言った。


「そなたの持ってきたこの三枚と、()(もと)に届けられたこの檄文は内容がまるで違う。一体どういうことか?」


 マクシムは一歩進み出て、


「私はこれを見て驚き、すぐに部下の者たちを派遣して、他にも出回っている檄文を持って来させました。すると、内容の違う檄文が数枚届けられました。それは、陛下に届けられたこれと同じ文面です。どうやら、リューシス殿下はこの二種類の檄文を発したようです」


何故(なぜ)兄上が、わざわざ異なる内容の二種類の檄文を発する?」

「私が思うに、最初にリューシス殿下が発した檄文は、私が持って来たその檄文なのでしょう。その証拠に、その檄文はリューシス殿下の直筆です」

「直筆……? ああ、確かにこの特徴のある字は兄上のものだな」


 バルタザールは、マクシムが持って来た三枚の文字をよく見た。どれも、癖の強いリューシスの悪筆であった。


「ところが、ご覧ください。陛下の(もと)に届けられた檄文は、署名こそリューシス殿下のものですが、本文はリューシス殿下の文字ではございません」


 バルタザールは、檄文をマクシムの手から取り戻してよく見つめた。それは、署名こそリューシスのものであるものの、本文の字は達筆で、明らかにリューシスのものではない。


「これは……どういうことだ?」


「私の推測ですが、恐らく、私の(もと)に届けられた、勅命を拒否して陛下を侮辱するその檄文こそが、最初にリューシス殿下が自ら書いて発したものだと思います。ところが、その内容だけでは挙兵の大義名分としては不十分、と殿下は考えたのでしょう。そこで、私と陛下の仲を引き裂く陰謀も絡めて、先帝の崩御を利用して私と皇太后様の罪をでっち上げ、急いで更に発した檄文が、陛下の(もと)に届いたその檄文だと思われます。字が違うのは、急いでいた為に、別の者たちに代筆させたのでしょう」


「では、こちらの檄文の、そなたと皇太后が共に(はか)って先帝を毒殺したと言うのは嘘だと言うことか?」


「当然でございます。恐れながら、私は先帝の幼少の頃からの御学友にして、臣でありながらも友と呼ばれる仲でございました。皇太后様に至っては、病の陛下の為に自ら研究して薬湯を献ずるほど、心より先帝陛下を愛しておられました。その我ら二人が、どうして先帝を毒殺する必要があるのでございましょうか」


 マクシムは、微笑を(たた)えながら言った。だが心の内ではほくそ笑んでいる。


マクシムの持って来たこの檄文、当然偽物である。


 バルタザールに届けられた、マクシムとナターシアのイジャスラフ毒殺を非難する檄文こそが、リューシスが発した本物である。


 マクシムは、ルード・シェン山近辺に私的に派遣している密偵から、逸早くリューシスの檄文を入手した。

 だが、それがリューシスの直筆でないことに目をつけ、かつてリューシスの字をそっくりに真似て偽手紙を書かせた者を召し出し、すぐにこの檄文を捏造して各地に発したのであった。


 だが、そんなこととは思いもしないバルタザールは、難しい顔で二種類の檄文を見比べた。


「陛下。いずれにせよ、リューシス殿下が陛下と我がローヤン帝国に弓引いたのは事実でございます。ここは殿下討伐の……」


 と、マクシムが進言しかけたところで、バルタザールは「マクシム、それ以上言うでない!」と、大声で一喝した。


 その場の群臣一同が思わず目を瞠ったほどの、バルタザールが初めて見せた威であった。

 大広間に、緊張感の伴った静寂が張り詰めた。


 そしてバルタザールは、苛立ちと憂鬱の入り交じった顔で二枚の檄文を見つめたまま、沈思黙考(ちんしもっこう)していた。


 マクシムが持って来た檄文の中の一文を見つめる。


 ――そもそも新帝バルタザールは大した才も無い上に経験不足で、未だに戦場にすら出たこともない。このような暗愚の者をローヤン帝国皇帝に戴くことはローヤンの為にならず。


 これを見ると、悔しくも嫉妬めいた不愉快な感情が揺れ上がって来る。

 バルタザールの劣等感と、リューシスへの対抗心を膨らませる一文であった。


 その時、昼間のカティアの言葉が耳の奥で響いた。



「ああ、そうよ。もっと毅然(きぜん)としたら?」

毅然(きぜん)?」

「ええ。朝堂で皆が集まる時などに、お父様を抑えてはっきりと自分の意思を示すの」



 バルタザールは、檄文から目を上げた。

 大広間に居並ぶ群臣一同を見回した。

 若年の新帝は、一つ深い吐息をつくと、呟くように言った。


「難しい判断だ」


 マクシムを始め、群臣一同は静まり返っていた。

 バルタザールは、手にしていた檄文を丸めながら言った。


「だが、いずれにせよ、丞相の言う通り、我が兄リューシスパールが予とローヤン朝廷に対して反乱を起こしたのは事実だ」


 その時、マクシムの顔に薄い笑みが浮いた。


「予が新たな皇帝(エンディー)に即位してまだ間もない。そんな時にこのような愚挙を放置しておけば国内が動揺することはもちろん、外敵にも侮られるだろう。それ故、身を斬り裂かれる思いであるが、我が兄を朝敵とし、討伐の軍を差し向けることとする」


 バルタザールは、まだ少年っぽい音の残る声で静かに言った。

 マクシムはすぐに頭を下げ、


「では早速……」


 と、言いかけたが、バルタザールは大声でそれを遮った。


「だが! こちらの、丞相と皇太后が共謀して先帝を毒殺したと言うのも何か引っかかる。兄上のでっち上げだと言うが、予も元々、先帝の急逝には少なからず疑問を抱いていた。それ故、同時にこちらも調査する。予、直々にだ」


 バルタザールはマクシムを見て言うと、玉座から立ち上がり、群臣一同を見回した。


「予、自ら討伐軍を率いて行く」


 バルタザールは宣言すると、


「ビーウェン・ワン将軍!」

「はっ、ここに」


 甲冑姿のビーウェンが進み出て来た。


「早速だが、討伐軍を編成し、速やかに出陣準備を整えてくれ」


 バルタザールは言ったが、横合いからマクシムが言った。


「陛下、お待ちくだされ。現在、七龍将軍(チーロンサージュン)を含む全ローヤン軍を統括する大将軍(ダーサージュン)の職には誰もついておりませんが、先帝陛下の頃より、私が大将軍(ダーサージュン)の実質的職務を任されておりました。また、畏れながら陛下にはまだ戦の経験がございませぬ。それ故、総大将はもちろん陛下でございますが、討伐軍の編成と実質的指揮は私がいたしましょう」


 すると、マクシムの背後から、マクシムの息がかかっている十四紅将軍シースーホンサージュンのウィルバー・パン、アレイクス・チェリシェフなど、武の重臣たちのほとんどが、両拳を胸の前で組む、賛同の意を示すポーズを取った。


 バルタザールの顔が困惑に歪んだ。




 しかし、それからおよそ三週間後――


「何故動こうとしない?」


 リューシスは()れていた。


 マクシムからの使者に返答を伝えてアンラードに追い返し、宣戦布告をした。

 わざわざルード・シェン山から出てやるから全軍でかかって来いと挑発までした。


 しかし、アンラードのローヤン近衛(このえ)軍は全く動く気配が無かった。

 アンラードに潜り込ませている密偵たちからの報告は皆同じで、アンラードの近衛軍は出陣準備どころか訓練や演習の(たぐい)も行っておらず、平時と変わらないと言う。


「さてはマクシムの野郎、俺の狙いを読みやがったか?」


 銀と黒の柄が美しいユキヒョウの毛皮の外套を羽織ったリューシスは、南西の円塔の窓から、アンラードの方向を見つめながら顔を歪めた。




「ですが、ここはリューシス殿下の挑発に乗り、その策にはめられては行けません」


 リューシス討伐が決まった翌日、皇宮内の会議室で開いた軍議の席上で、マクシムは最初にこう言った。


「策とは?」


 バルタザールを始め、将校たちが怪訝(けげん)そうに問うと、マクシムは答えた。


「周知の通り、ルード・シェン山は天下無双の大要害。あそこに(こも)られては到底勝ち目がありません。しかし、殿下はルード・シェン山から出て戦うと宣言しております。殿下らの軍勢は、現在およそ総勢六千人。対してアンラードの近衛軍は、半年前のリューシス殿下との戦でおよそ一万人を失いましたので、今は総勢二万五千人。しかしアンラード防衛の為に五千人を残して二万人で出陣したとしても、他に各地の駐屯軍を合流させて行けば、最終的には三万人近くになるでしょう。三万人対五千人、その差は六倍。その上、ルード・シェン山の外での戦です。我らの軍の勇将知将、精鋭たちを揃えた上で戦えば勝てるように思えます」


 マクシムはそこで一息ついてから、


「しかし、野外での会戦は殿下が最も得意とするところ。その上、あの辺りの地形はリューシス殿下の方が熟知しております。六倍の戦力差での野戦とは言え、必ずしも勝てるとは思えません。むしろ、わざわざ外で戦うと宣言するあたり、殿下には必勝の秘策があるのでしょう」

「それは言えている」


 七龍将のルスラン・ナビウリンが頷いた。


「その美味そうに見える餌に食いつき、リューシス殿下の秘策にはまって我らの軍勢が徹底的に壊滅させられたらどうなります?」


 マクシムが問いかけるように言うと、バルタザールは即座に言った。


「アンラード防衛の戦力が激減する。兄上は、得意の会戦で我が軍を壊滅させた後、途上の城を無視して一気にアンラードまで進軍し、防衛力の無くなったアンラードを急襲して陥落させようと言う狙いか」

「その通りでございます。おお、流石は陛下! リューシス殿下は戦術には優れておりますが、その他では全てにおいて陛下が(まさ)っておりますな。やはり陛下こそがローヤンの皇帝(エンディー)です」


 マクシムは、わざとらしい美辞麗句を並べた。

 だが、バルタザールは笑顔すら見せず、鋭い目つきでマクシムに問いかけた。


「ではどうする? 公然と反旗(はんき)(ひるがえ)した兄上をそのままにしておくわけにも行かないだろう」

「さて、そこです」


 マクシムはにやりと笑った。




「リューシス殿下!」


 円塔の窓から外を見ていたリューシスに、背後から切迫したイェダーの声がかかった。


「どうした」


 リューシスは、あくびをしながら振り返った。

 甲冑姿のイェダーは、リューシスの前で(ひざまず)き、報告をした。


「ハルバン城より、城将である七龍将軍(チーロンサージュン)の一人、サイフォン・ラドゥーロフ将軍(サージュン)が二万人の軍勢を率いてこちらへ向かっているとのこと!」

「何? ハルバン?」


 リューシスは眠そうな顔を一変させた。


 ハルバン城は、ここルード・シェン山より北、ローヤン領の最北東に位置し、その先には北方高原の騎馬民族マンジュ族の支配地域に繋がるハルバン回廊があることから、マンジュ族に備えて常に三万から四万人の大軍を駐屯させている重要拠点であった。


「マクシムめ、気が狂ったか。いくら現在マンジュ族と同盟交渉中とは言え、北方遊牧民族のマンジュは油断のならない連中だ。ハルバン城の軍を出せば、マンジュにハルバン城攻撃の隙を与えることになるぞ」


 リューシスは呆れ混じりに吐き捨てた。


 昨年、先帝イジャスラフは、親政再開後より、北東の脅威であるマンジュ族と和平交渉をし、更に同盟締結に向けて協議していた。

 だが、関係は良好になったとは言え、交渉は未だ継続中で、また正式に同盟が成立したわけではない。


「マンジュが裏切ってハルバン城を攻撃して来たらどうするんだ、馬鹿め」

「ところがです」


 イェダーは深刻な顔で、


「ハルバン城から出撃した軍勢は、そのマンジュ族の騎馬軍団と共にやって来ているとのことです」

「何?」


 リューシスは驚愕して目を(みは)った。

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