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紅き龍棲の玉座  作者: 五月雨輝
ローヤン大戦乱
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再会

「そこからは行かせない」


 エレーナは両手を前に突き出し、猛烈な突風を吹いた。だが、ジェムノーザが笑ったまま右手を上に上げると、なんと突風が逆行してエレーナを襲った。

 エレーナは自らが起こした風に飛ばされて、すぐ後ろのリューシスを載せた荷車の縁に背を叩きつけられ、そのまま荷車と共に四、五メイリほど吹き飛ばされた。

 激痛のあまり一瞬呼吸ができなくなり、エレーナは倒れたまま呻いた。それでも力を振り絞り、エレーナは立ち上がった。呼吸を取り戻しながら、再び両手で印を結んだ。


「|天地無法《ティエンディーウーファー 》なら無駄だぞ。天地無法ティエンディーウーファーは、地面が噴き上がる前にそこが少し揺れる。その間に、俺は暗黒波動(ヘーアンボードン)をそこに放って爆発を相殺する。はは……」


 ジェムノーザが高笑いを上げると、エレーナは唖然とした。


「そんな……」


 心底を絶望が広がって行った。天地無法は土の最高秘術である。これまで防げるようであれば、もはやジェムノーザに抗する武器は無い。

 ジェムノーザは左目に笑みを浮かべながら、エレーナとリューシスの方へと歩いて行く。だが、突然ジェムノーザは歩を止めた。真顔になってエレーナを、いや、その更に後ろを見ていた。

 エレーナもその気配に気付いた。ジェムノーザを警戒しながら後ろを振り返ると、リューシスが荷車の上に半身を起こしてジェムノーザを睨んでいた。


「リューシス、何で起きられたの?」


 エレーナは驚いた。リューシスは毒が全身に回って意識を失い、呼吸も消えそうなほどに細くなっていた。とても起きられる状態ではないはずだ。

 だが、ジェムノーザは当然だと言うような口ぶりで、


「俺とリューシスの間だ。常人には理解できない何かがある。俺の気に反応したのだろう」

「え、どういうこと……?」

「エレ……エレーナには手を出すなよ……」


 リューシスは細い声を震わせ、荷車から降りようとしたが、力が入らずに転げ落ちた。

 エレーナが慌てて寄って抱き起した。


「はっ、そんなザマでどうするつもりだ」


 ジェムノーザが嘲笑った。

 リューシスはよろけながら立ち上がると、エレーナを庇うようにその前に立った。


「エレーナ、逃げろ」


 リューシスは長剣を抜くと、両手を震わせながら正中に構えを取った。


「心配するなリューシス。俺の狙いはお前だけだ。そもそも俺はこれでも無駄な殺しは好かぬ。女ならば尚更殺したくはない」


 ジェムノーザが言うと、リューシスは、ふと気付いたように怪訝そうな顔で訊いた。


「……お前は何故俺を狙うんだ? それに……い、今まで現れなかったくせに、何故今になって俺を殺そうとする?」


 ジェムノーザは低い声で笑った。


「理由は簡単だ。俺は、お前を利用してローヤン帝国を破壊するように滅亡させる計画だった。まずお前に反乱を起こさせ、ローヤンを分裂させる。それに乗じて他の反乱勢力をも蜂起させ、ガルシャワやマンジュなどの隣国にもローヤンに侵攻させる。そうして四分五裂に追い込んだ上で惨めにも砕け散るように滅亡させる。その後、ローヤン滅亡に絶望したお前をゆっくりいたぶって殺す。それが俺の計画だった」

「…………」

「お前は、俺の狙い通りによくやってくれた。だが、俺の想像以上でもあった。ルード・シェン山と言う最強の拠点を占拠し、ハルバン州を攻略しただけでなく、その先のマンジュ族までをも屈服させた。さらにクイーン州を占領し、ラングイフォンにまで入り込んだ。お前の将器は俺の想像を遥かに超えていた。このまま放っておけば、ローヤンを滅亡させるどころか、お前はアンラードを落として玉座に上った末に、ローヤンをより強くしてしまうだろう。だから、この辺りでもう殺しておかないと行けないと思ってな」

「なるほど……だが根本の問いに答えてない……お前は以前……俺を殺したいと言った。何故だ……お前が俺に向ける……その目つき……憎しみ……その理由は……」

「あの世から俺を見てればすぐにわかるさ」


 ジェムノーザは右手を開いて高く掲げた。手の平の上に、黒い気の塊が生成された。塊は、炎のような揺らぎを放ちながら徐々に大きくなって行く。


「これは、暗黒の天精を集中させればさせるほど、どこまでも大きくなって行く。そしてこれに呑み込まれれば一瞬で死ぬ。死ぬと言うよりも、消える」


 ジェムノーザの言うことが嘘ではなく、その黒い塊に恐るべき威力があることは、同じく天法術を使うリューシスとエレーナにはすぐわかった。


「もっと大きくさせる為にはもう少し時間がかかる。今のうちに俺を攻撃した方がいいんじゃないか?」


 ジェムノーザは余裕たっぷりに言い放った。


 リューシスはジェムノーザを睨んだまま長剣の柄から左手を放し、光の天法術の構えを取った。だが今は夜である。しかも夜空は雨雲に覆われて月も星もない。


「この暗闇の中で光の術が使えるわけないだろう」


 ジェムノーザが嘲笑った通り、リューシスの左手には弱弱しい小さな光ができただけであった。

 リューシスはそれを捨て、再び両手で長剣を握り直すと、ふらつきながらもジェムノーザに向かって駆け、大きく振り下ろした。だがジェムノーザはたやすくそれを躱すと、左手から黒い風を起こしてリューシスを吹き飛ばした。


「殿下!」


 ジェムノーザの後方から声が上がると同時、大きな人影が現れた。それは、全身血まみれのバーレンであった。バーレンは、先程のジェムノーザの天法術で倒れたが、死んではいなかった。驚くべき体力で命を繋いでおり、恐るべき精神力で立ち上がると、リューシスの為に剣を握って駆けた。

 獣のような咆哮と共に、ジェムノーザの頭上に剣光を閃かせた。

 だがジェムノーザは、


「生きてたか、しぶとい奴だ」


 と、振り返りもせずに横に飛んで斬撃を躱すと、身を捻りながら回し蹴りを食らわせ、バーレンを蹴り飛ばした。


「おい、フェイリンの姫。できれば女は殺したくない。時間をやるから逃げたらどうだ?」


 ジェムノーザがエレーナを見て言った。

 だがエレーナは必死の形相で両手で印を結ぶと、天精(ティエンジン)を集中させて解き放った。

 土の秘術、天地無法ティエンディーウーファー――大地が揺れ始めた。しかし、


「それは無駄だと言っただろう」


 ジェムノーザが左手を下に向けて暗黒の波動を放つと、地面の揺れがおさまった。


「折角機会を与えたのに逃げなかったのだから仕方ない。リューシスと一緒に死んでもらおうか」


 ジェムノーザの右手の上の黒い炎の塊は、人を呑み込めるぐらいの大きさにまでなっていた。


「じゃあな、リューシス」


 ジェムノーザは冷笑すると、右手を振り下ろした。

 瞬間、リューシスはエレーナを庇おうと後方へ駆け出し、エレーナは思わず目を閉じた。そこへ、巨大な黒炎が尾を引きながら飛んだ。暗黒の炎の中に二人は焼き尽くされたか――と思ったその時だった。


 一瞬、辺りの空気が急激に冷えたかと思うと、黒炎がバリバリと音を立てながら氷に包まれ、リューシスとエレーナの前に落下した。


「何っ……?」


 ジェムノーザは驚き、呆然として氷の塊と化した自らの黒炎を見つめたが、すぐに左目の色を変え、


「何が起きた? 誰かいるのか?」


 と、周囲を見回した。


 一方、リューシスもまた、目を瞠って眼前に転がった巨大な氷の塊を見つめていた。


 ――これは永久氷結(ヨンジョウビンジェ)天法術(ティエンファー)。まさか……。


 その時――後ろから足音がして、リューシスとエレーナは振り返った。


 闇の中から、人影がゆっくりと現れた。

 ジェムノーザは、その人影を睨んで鋭く言った。


「俺の術を封じたのはお前か」

「ふふ……」


 人影は、笑いながらその姿を薄闇に現した。


「あっ……」


 と、エレーナはその人影を見て口に手を当てた。


 それは、先ほどバーレンが拘束させた、あの紺色の頭巾をかぶった女性であったからだ。


「俺の闇の天法術ヘーアンティエンファーを封じるとは……貴様、何者だ?」


 ジェムノーザが左目をぎらりと光らせた。


「あなたと同じ。ただの天法士(ティエンファード)


 彼女は言うと、頭巾を脱いで捨てた。黒く長い髪に、やや白い肌。露わになった顔からしてハンウェイ人とはわかったが、薄闇の中ゆえに顔立ちまでははっきりとは見えない。

 だが、リューシスは彼女を一目見て目を瞠り、そのまま穴の開くほど凝視していた。


 ジェムノーザもまた、目に警戒の色を表しながら彼女の顔を睨むように見て、


「何がただの天法士(ティエンファード)だ。そんなわけがあるか。闇の天法術ヘーアンティエンファーを封じることができる者などそうそういない」

「でしょうね、ふふ……」


 女性は静かに笑った。


「馬鹿にしているのか?」


 ジェムノーザは隻眼をカッと見開くと、両手を伸ばして指を開いた。

 十本の黒い気の直線が出現し、八方に飛んだかと思うと、一斉に彼女を目掛けて空を疾った。

 しかし、彼女はまるで動じずに右手を胸の前で左から右へと走らせた。すると、ジェムノーザが放った十本の暗黒の直線が、先程と同じようにパリパリと音を立てて氷結し、地面に落下した。


 ジェムノーザは、一瞬唖然としたような目をした後、ふうっと息を吐いた。


「……貴様、何故ここで俺の邪魔をする?」

「ふふ……」


 女性は穏やかに笑った後、語気を一変させて言った。


「私の教え子が殺されようとしているのを黙って見ているわけにはいかないでしょう」

「教え子だと?」


 ジェムノーザは驚いてリューシスを見た。


 そのリューシスは、唇を震わせながら薄闇の中の女性を凝視していた。


「やっぱり……メイファ先生か」

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