異常事態は・・・
あれから、血を吸ってから、少しだけ元気を取り戻したひまりちゃん。
ひまりちゃんはベンチで休んでから部屋へと戻ると言ったので俺はその通りにした。
しかし風呂から帰るとすっかり横になっていた。一瞬事態が悪い方向になったのかと
慌てて駆け寄ったが寝息をたてて眠っていた正直安心した・・・。
起こすのも可哀想だったが放置して帰ることもできず。
「ひまりちゃん一緒に部屋まで戻ろうか」
「う・・・ん。かえる」
目が覚めた瞬間俺の手を握る。そういえば優しくて暖かいといってたな。
誰もいってくれたことはなかったし、自分では感じたことがなかったけれど。
ひまりちゃんこそ・・・・って考えると恥ずかしいな!
翌日
習慣的に7時に目覚めたが今日は少しだけ眠い。異世界まで来た疲れがたまってるのか。
・・・・異世界か。昨日の色々な出来事を想い返す。
中でもやはりひまりちゃんに血を吸わせたことが大きな出来事だったように想う。
一晩だったが身体に感じられる異変は無く吸われた後も残ってはいない。何事も無かったのか。
現実感が湧かない。
「そういえば先生に書類を出しにいかなきゃいけないんだっけか」
確か診療所に居るって言ってたな。診療所どこにあるんだろ?
先生と医者をかけもちしてるのか気になる。すごいどうでもいいことが気になる
性格なのだろうか?
荷物から書類を取り出そうと漁り始めると
ふいに扉がノックされる。
「にゃ・・・ハヤト君起きてるかにゃ?」
「起きてるよ、いま開ける」
返事と同時に扉をあけると可愛らしい服に身を包んだ琴音さんの姿があった。
そして恥ずかしいそうに伝える。
「ごはんまだにゃよね?えーと良かったら一緒に食べて・・・食べてほしいにゃ」
「ありがとう!すぐ行く」
この時は全く気付いていなかったんだが
思いっきり寝間着(すごくラフな格好)のままだった。琴音さんが恥ずかしがっていた
原因は俺の姿にあったんだなぁ。
食堂へと行くと食卓に料理を並べている琴音さんの姿があった。
周囲を見渡してみるがひまりちゃんはいない。
俺は昨日何事もなかったかのように尋ねる。
「あれ、ひまりちゃんは?」
「お部屋に行ったけど返事が無かったにゃ・・・多分寝てるかも。
珍しいにゃね。いつもは朝早くから起きてるのににゃ」
「そっか・・・・」
もしかして会うのが気まずくなっているとか・・・じゃないよな。
ついつい悪い考えを巡らせてしまう。そんな気持ちが表情に出てしまっていたようで。
「どうかしたかにゃ?」
打ち明けるべきだろうか?
「いや。実はさ昨日、ひまりちゃんに血を吸わせたんだ。ひまりちゃんが具合悪くなってそれで。
・・・・だから俺に会いづらくなってしまったんじゃないかと」
「そうだったにゃ、うーん大丈夫にゃよ」
琴音さんは耳をぴくりと動かしながら告げた。
何かを感じ取ってるのか?
「あ、でもそのこと先生には話しておいた方がいいかもにゃ?」
「先生か。そうだな丁度書類も出しに行こうかと考えていたところなんだ。
・・・えーと診療所にいるのか?」
「そうにゃ、診療所の場所はここから少し離れたとこにあるから一緒にいくにゃ。
とりあえずご飯食べるにゃ」
「ありがとう、そうだな」
話しを終えてようやく俺と琴音さんは席に着く。
食卓にはごはん、味噌汁、つけもの、鮭が並んでいた。
すばらしき和食・・・!
朝ごはんにかける力姉ちゃんよりすごいよ、姉ちゃんはだいたい
ごはんとめだまやきが定番だった(本人曰くめだまやきが一番得意らしい)
朝食を食べながら琴音さんが尋ねる。
「ハヤト君は人間界から来たんにゃよね?」
「おう。琴音さんは人間界から来たんじゃないのか?」
「私は元からこの世界に住んでるにゃけどひまりちゃんは中学1年生の時に人間界から
来たにゃ・・・」
ひまりちゃん・・・そうだったのか。しかし住んでいた期間は分からないけども、
たとえ少しでも人間界で暮らしていたというのは大変な事も多かっただろうな。
・・・人間の傍にいると具合が悪くなる・・・か。
それから琴音さんは少し間を起き
まるで大事なものを扱うかのように慎重にそして優しく告げる。
「昨日は色々大変だった思うけれど、ひまりちゃんは悪い子じゃないから仲良くしてくれると嬉しいにゃ」
「あぁ・・・もちろん」
不思議だった。自分よりも他人と仲良くしてほしいと願う気持ちは俺にはわからない。
琴音さんと、ひまりちゃんは何か不思議な存在だよな・・・。そして不思議な関係でもあるかもしれない。
食事を終え琴音さんはひまりちゃんの分の食事を冷蔵庫にしまい
メモを残す。ご飯合ったくして食べてねという母親らしさを感じる文面と可愛らしい
ねこちゃんの絵も描かれていた。もちろん絵も琴音さんの手描き。
「手書きなのか」
メールで告げた方がはやそうだなと思ってしまうのは
いけないことだろうか。
「にゃ、ひまりちゃんはこの方が喜ぶから」
「そうなのか・・・」
それも少しわからない。・・・改めて自分がいかに人間と関わらず
愛情を知らなかったのか思い知らされる。琴音さんみたいな友達作れたら人間界ももう少し
充実してたのかな。
ー
診療所へと向かうには森林の中をとおっていかなければいけなかった。
昨日ひまりちゃんと出逢った森の中の一部で間違いないと思う。
歩いている途中今度は俺の方から尋ねる。先ほどの事だけれども。
「そういえばさっきネコ耳でひまりちゃんのこと何か感じ取っていたように見えたけど」
「にゃほんの少しだけれど感じ取れるにゃ・・・それもほんの希ににゃけれど。あとは
雨の日は体調が悪かったりそういう特異があるにゃ」
琴音さんは何故か自分の特異体質を話せば話すほど落ち込んでいく。
前者は良い能力だと思うが。雨の日の度に体調が悪いのは大変そうだな。
長い森を抜けるとやがて小さな建物が見えてきた。ただの木の板で作られた看板に手書きで診療所と
記されている。こんな静かなところで治療してるのかと思ったのもつかの間。
「ことねぇー?」
唐突な琴音さんを呼ぶ小さな声に振り向くと
身体も小さな。ひまりちゃんよりももっと小さい女の子がいた。
しかも片手に食べかけのフランスパンらしきものを持っている。
「ミネ先生こんにちは。久しぶりです」
先生!?この女の子じゃなくて、この女性が・・・!?
ミネ先生は軽蔑するように吐き捨てる。
「このおとこだれだよ」
「こんばんは、ハヤトです。昨日この世界に来ました。よろしくお願いします」
なるべくさわやか(かなり無理してる)な笑顔で
俺は挨拶するもなおも軽蔑のまなざしは変わらなかった。
・・・無駄な努力だった。
「ふーん。心底どうでもいいわ」
酷い・・・!
なんだか口調の悪い先生だなこの先生とうまくやれるかななど不安を覚えながら
先を行く先生のあとをついて琴音さんと建物中へと入る。
あれ・・・
「もうひとり先生がいるのか?」
「にゃあの人が私たちの担任にゃ」
そうだったのか、てっきりミネ先生が担任かと勘違いていた。少し安心してしまった。
じゃあミネ先生は・・・?とミネ先生の姿を目で追うと別室に入っていた。
とびらにはミネの部屋というプレートが下げてあった・・・。
「アコ先生来ましたよ」
琴音さんが呼びかけると何かを書いていた手を止めて顔をあげる。
呼びかけで俺たちの存在に気づいた感じだった。
「おう、来たか。あれミネと会わなかった?」
「ミネ先生なら部屋へ行きましたよ」
「やれやれいつもの人見知りか」
アコ先生が呆れた様にミネ先生の部屋の方を見つめる。
なるほど人見知りで軽蔑の眼差しを・・・うん、何か違和感?
「お前がハヤトか。書類持ってきたのか?」
「あ、はい」
鞄から書類を取り出し先生へと提出すると一通り目を通しなるほどなどと
つぶやきながら確認を終える。
「ご苦労さん。あ琴音これ持って行って準備しててよ。
今日歓迎会やるからさ。ハヤトは話したいことがあるから残ってくれ」
「わかりました。にゃハヤト君帰り道大丈夫かにゃ?」
「大丈夫だ。ありがとうな」
先生からスーパーの袋のようなものを渡された琴音さんは一足先に戻ることになった。
歓迎会か?俺のかな。
さて、それより話したいこと。脳裏に浮かんだのはひまりちゃんのことだった。
でも琴音さん先生に話してないだろうとは思うんだが。
ひまりさんが去った静かな空間で緊張感を持ちながら
先生が話すのを待っていると
「お前の姉さん元気か?」
「あ・・・はい。・・・ってなんで姉がいること知ってるんですか!?」
問いに先生は楽しげに語り始める。
「いや実は私も人間なんだよ。それで人間界にいたころお前の姉さんと
仲良かったんだ・・・あーまた一緒に酒が飲みたいなぁ」
なんと・・・・!?人間であり俺の姉と知り合いだったとは・・・?
後半はかなり個人的な話になってるが。そういえば姉も酒好きだったな。
「私も最初此処に来た時は色々なことがあったが。お前は大丈夫そうか?
この世界には色々な種族がいるよなぁ」
「そうですね・・・・」
「何か言いたげだな何かあったんだな?」
ひまりちゃんに血を吸われたこと言うべきかまたも悩んでしまいそうになったけれど
先生の言葉におされ一通りことを打ち明けた。
「なるほど。お前の身体に異常はないのか?」
「はい、俺は今のところはなんともありません」
「そうか。もっと持続の強い薬を渡しておくべきだったか。
まー異常がないならあんまり気に病むなよ。その辺の対処は私がなんとかしておくから」
「ありがとうございます」
用件を終えた俺は再び外へと出て寮を目指す。
俺が来たせいでひまりちゃんが強い薬を飲まないといけないというのは
なんとも罪悪感がある。けれどあんまり気に病むな・・・か。
それにしてもアコ先生。最初はちゃらそうだなと想ったが意外と頼りになるかもしれない。
森を抜けて無事に寮へとたどり着く。するとひとりの女の子が建物の前に立っていた。
見ると傍には大きな荷物が多数ある。新しく来た人だろうか?
「こんにちは、ここに新しく来た人ですか?」
傍へといくと随分といまどきな雰囲気だった。これはまた可愛らしい女の子である・・・。
うん・・・耳がとがって
「うん?あんた誰・・・?あーまぁ誰でもいいけど。ちょうどいいや!荷物持ってよ」
「えっ、ぜ、全部ですか?」
相当な量があるぞこれ。
「あたりまえじゃん!2階の1号室だから。よろしくね」
女の子はさっさと寮の中へと入っていく。俺と荷物を置いて。
なんて人使いの荒い人なんだ。
息を荒くしながらもなんとか2階の部屋まで荷物を運んでいく
いったん荷物を床に起き部屋の扉をノックすると
すぐに開けてくれた。
「持ってきましたよ。中まで入れればいいんですか?」
「ありがとー。うーんいいよ」
中まで荷物を入れてくれと頼まれるかと思ったが女の子は無理やり引きづり中まで持っていく。
そうまでして部屋まで入られるのは嫌なのだろうか。
・・・そういえば名前。
「名前ぐらい教えてほしいんですが。俺はハヤトです。昨日からここに来ました」
「へーそうなんだ、私はノエル!よろしく!ため口で良いわよ」
胸に堂々と手を当て自己紹介をしてくれた彼女は
次に俺が放った言葉により一挙に嫌悪極まりない態度になってしまう。
「ありがとう。ノエルちゃんか・・・!」
「・・・えっ、ちゃん付けなの!?」
ノエルちゃんは寒気がするなどど吐き捨て
軽蔑の眼差しで俺を見やる。いやぁまたかよ!俺はどんだけ軽蔑されるんだ。
「ちゃん付けは気持ち悪いからやめて。呼び捨にして」
「え、そうか。ごめん」
ひまりちゃんはちゃん付けでも良かったから(むしろ名前を呼ばれたのを喜んでいたくらいだ)問題ないのかと思っていた。
女の子って難しいな。
「謝る事でもないけどさ。私もあんたの事と呼び捨てにするから・・・あじゃまあまたね!」
部屋の中から何かの呼び出し音がしノエルは扉を閉める。
なんだかものすごい子だったな。
・・・それにしてもあの子はもしかして・・・エルフか?
自室に戻った俺は特に何もすることもなくもう一眠りつこうとベッドに横になった。
そういえば人間界にいた頃は特にこれといった趣味を持ちあわせていなかったな。
休日といえば勉強をするぐらいしかなかった。決して真面目だからではない。
「ハヤト君・・・」
「ひ、ひまりちゃんっ!?」
扉のノック音+ひまりちゃんの声が目覚ましになったのは
16時頃のことだった。どうやらかなり寝てしまったらしい・・・。
「どうした・・・?」
「ハヤト君の歓迎会するから・・・それで呼びに来たの」
扉を開けると昨日と変わらない元気なひまりちゃんの姿があった。しかし何処か無理しているようにも
見えた。
「そっか、迎えに来てくれてありがとな」
「昨日の事怒ってない・・・?身体大丈夫?」
やがてひまりちゃんが不安そうに告げる。
昨日の事というのは血を吸ったことだろう。
「うん、大丈夫だ。それに怒ることは無いよ。俺が好きでやったことだからな」
「・・・そっか。良かった」
どうにか不安を取りたくて頭を撫でで遣るとやわらかな
笑顔を見ることが出来た。
しかし事態は解決には向かわなかった。
「あんまりご主人にさわるんじゃねぇ!」
「・・・・えっ!?」
怒り交じりの少年の声で叫んだ主・・・周りを確認するも
ひまりちゃんの他には誰もいない。
・・・・1匹のネズミ以外は。
ー
歓迎会が開かれる食堂へとひまりちゃん一緒向かうと
テーブルの上に豪華な料理が並べられていた。
「はぁ、夕方から飲む酒はうまいなぁ。おーハヤト来たか」
もう飲み始めてるのか、アコ先生。アコ先生のとなりにはミネ先生がいて
そして・・・向い側には琴音さんとノエルがいた。
「ハヤト君となりに座って」
「おう、ありがとう」
ひまりちゃんがひいてくれた椅子に腰をかける。
席は俺、ひまりちゃん、、琴音さん、ノエルという並びになった。
「さぁて、ハヤトも来たところで会を始めるか・・・やっと酒のつまみが食べれる」
アコ先生が会の始まりを告げたのはいいけど・・・本音が出てるぞ!
アコ先生はもはや飲むこととしか考えてないな。ちょっとだけでも待たせて悪かったという罪悪感が
産まれるのが悔しい。
「ちゅうたろうの声ってひまりちゃん以外には聞こえないんだよな」
会食が始まってからひまりちゃんにさりげなく尋ねる。
「うん、私以外には聞こえないみたい」
やはり気のせいだった・・・と思いたいが。
もしかしたら異常事態が起こってしまっている可能性が捨てきれない。
「ちゅうたろうひまりちゃんのことどう想ってるの?」
からかい気味にほぼひとりごとのようにつぶやくと
「は、何言ってんだよおまえ」
「おまえっていうな」
「ちゅうたろうの声が聞こえるの・・・!?」
事態に驚いたのはちゅうたろうよりもひまりちゃんの方だった。
ちゅうたろうの方も流石に事態に気づいてはいるのだろうがそっぽを向いてしまった。
「うーん、どうやらそうみたいだな」
おそらくは血を吸われたことと関連性はある。事態をアコ先生にも報告しなけらばいけないと
先生の方を見やるがもうすっかり酔ってしまっている。
これは後日の方がいいな。
「そっか、これからちゅうたろうともっと仲良しになれるね」
「オレは嫌だね。まぁご主人の命令ならしかたなーーーく仲良くしてやらないこともないけど」
「生意気なネズミだな・・・!」
ちゅうたろう、こいつと仲良くなるには相当な時間がかかりそう。
こうして俺はネズミのちゅうたろうと会話が出来るようになってしまった。
これが血を吸われたことによる事態かはまだ不明だが・・・。