悪事はやめてね、お姫様(僕のために)
前の短編から(ほぼ)丸一年。ようやく出来ましたのが、まさかの王太子視点……。
お読みくださった皆様への感謝のつもりで書いたのですが、ご期待に添えるかどうか……。
どうぞ、広いお心でお読みください。
「何で私の言うことが聞けないの!?お父様に言いつけて、クビにするわよ!」
──うわぁ……ないな。ない、ない。
それが、僕の婚約者殿に対する印象だった。
この国の王になるべく生まれた僕には、様々な義務や制約が課せられる。結婚相手もそうだ。恋愛感情は関係ない。家柄や素養、王妃という重責に耐えられるだけの気概が相手の条件だ。そのため、自ずと結婚相手は国内の上流貴族か、他国の王家又はそれに連なる家柄の娘となってくる。
我が国では、早い段階から未来の王妃を見極めるため、いくつかの候補者の元へ王家の手の者を送り込むようにしている。幼い時分に対象者の家の使用人として同じ年頃の者を潜り込ませ、その者の普段の様子等を随時報告させるのだ。随分気の長い話だし、まだまだ子どもの彼らに対して酷な任務に思われるだろうが、子どもの方が油断して素を晒しやすいだろうという理由と……実は、これ、未来の王の側近候補を試すためのものでもある。もちろん、本人達には内緒だが。秘密を突き止めたからと言って、試験失格にはならない。それもそいつの実力だ。突き止めていなくても、王家を疑わないようにする、忠義の証だ。それもそれで良し。
そういうわけで、僕が十歳になった頃、父上が戴冠したことで僕は王太子となり、密かに婚約者候補がいくつか選ばれ、対象の家に側近候補の子ども達が送り込まれた。
その内の一人、フェンネルからやけに疲れた様子で報告されたのが、先の言葉だ。
公爵家の娘、ローレル。公爵が王宮に連れてきた時、一度みかけただけなので、見た目は大層な美少女、ということしか知らない。
フェンネルの報告によると、現在、公爵の娘は彼女だけで、両親、祖父母、兄まで加わって甘やかしまくっているらしい。その結果、十歳になる頃には自分の思い通りにならないと気に入らない、好き勝手我が儘放題の“お姫様”が出来上がったらしい。使用人への横暴は日常茶飯事。先の台詞は、もはや彼女の常套句。彼女の機嫌を損ねて暇を出された者は数知れず、悪評を流され、求職活動に影響が出る者もしばしば。
──うん、無理だな。そんな奥さん、無理。
父である国王、婚約者選定を取り仕切る父上の側近達とその報告を聞いた僕はそう思った。
だって、奥さんって、一生一緒にいる人だよ?いくら、恋愛結婚は出来ないとは言え、少しでも好きになれる人がいいでしょ?横暴で我が儘な人なんて、好きになれないよ。
他の娘は、まあ、今のところ無難かな?という程度。まだ誰か一人を婚約者に選べと言われても無理だ。引き続き、彼らには任務を続けてもらおう。ローレルも今の状況だけですぐに候補から外すわけにはいかないらしく、フェンネルには悪いけど、もうしばらく耐えてもらう。
──大丈夫。お前なら、やれる。強くなれるさ、きっと。
……応援の意味を込めて、笑顔で見送ってやったら睨まれた。不敬罪で訴えちゃうぞ?
「──お嬢様が……少し、変わられた気がします」
フェンネルからそんな報告があったのは、最初の報告から二年後。
それまでの定期報告では相変わらずの傍若無人ぶりで、そろそろ、ローレルを婚約者候補から外そうかな?と思っていた頃だ。フェンネルは大分上手いことやって、彼女付の侍従になるくらいの有能ぶりだから、ローレルから外れたら、すぐ見習いとして僕に付けながら、側近教育してもいいだろうという話も出ていた。
そんな中、戸惑いながらも少し楽しそうに報告してきたフェンネルに驚かされた。
「先日、お嬢様に新しく付いた侍女が、お嬢様のあしらい方が上手くて……『美しい顔を歪めてまで、至らぬ使用人をご指導くださる、優しいお嬢様だ』と言って、お嬢様の癇癪を止めたのです」
──ぶはっ!何それ?その侍女、主人のこと、馬鹿にしてるでしょ?
「それに、以前は気分がのらなければ拒絶してやらなかったお勉強も、その侍女と一緒に『優秀なお嬢様ならこんな問題、簡単ですよね』『課題を見事一瞬で片付けるお嬢様の素晴らしい勇姿を見せてください』とおだてたところ、机に向かうようになりました」
そんな言葉に操られて、簡単に思い通りになるんだ……。
何だろう、ローレルってただ我が儘な困ったお姫様かと思ってたけど……。
「……ばかわいい」
うん、しっくりする。彼女って、ばかわいいんだ。
周りが褒めておだてて見せてほしいと懇願されて、自慢気に見せつける。まるで、幼い子どものようだ。
のせられて、ばかだなぁって思うけど、かわいく思う。
何の変哲もない、毒にも薬にもならない娘か、到底王妃にできない困った娘しかいないかと思ったら、こんな面白いことになるなんて……。
「あははっ!あのご令嬢、そんなばかわいい子だったんだ!」
僕は込み上げてくる笑いを抑えきれず、父上がいるにも関わらず、大声を上げてしまった。
すぐに気付き、ふぅっと息を吐いて落ち着かせて、父上を見ると、面白いものを見つけたというように、ニヤリと笑みを浮かべていた。
「……うん、面白いね。引き続き、彼女の傍にいて、彼女の話を聞かせてよ」
僕はフェンネルにそう命じた。確認は取っていないが、きっと父上も同じ意見だろう。
「お初に御目にかかります。この度はお招きいただき、ありがとうございます」
──猫被ってる!すっごい頑張って、いっぱい猫被ってる!
それから更に二年後、婚約者候補達を招いて、王宮で茶会が催された。婚約者を最終決定するためだ。もちろん、それとは気づかれないよう、その他の年頃の貴族の令嬢や、ついでに子息達も招いている。
これまでに既に何人かふるい落とされ、現在の候補者は三人。その中には、あの、ローレルもいた。
当初、真っ先に候補から外されるだろうと思われた彼女は劇的に進化を遂げ、淑女としての知識やマナーを着実に身につけている。これも、フェンネルと例の侍女の仕業らしい。
「殿下にこうして直接お会いできるなんて、光栄ですわ」
この慎ましく、清ました笑顔の裏で、フェンネル達に持ち上げられ、必死に努力する姿があったかと思うと……。
「はじめまして、ローレル嬢。僕の方こそ、君みたいな可憐な姫君と出会えて光栄だよ」
「……まあ。嬉しいお言葉、ありがとうございます」
もしかしたら肩が震えていたかもしれない。自分が一番!我が儘放題だったご令嬢が、淑女らしく謙遜して、でも決して自分を卑下することないよう相手も立てて、柔らかく微笑みを返したのだ。下手すれば笑い出したり、ローレルを撫でたり抱き締めたい衝動を抑えるのに必死だった。
この込み上げてくる感情がなんなのか、自分でもわからない。でも、彼女の一挙手一投足が気になって、他のご令嬢と話していても、ローレルといる時のような衝動や感情がない。
僕が今、これから、誰と一緒にいたいか……その答えが出たようだ──
「ローレルって、本当に可愛いね。家柄も申し分ない。王妃としての能力も備わってきている。……うん、決めた。やっぱり、ローレルに僕のお嫁さんになってもらうよ」
僕は父上やフェンネルの前でそう宣言した。
後日、僕とローレルの婚約が決まり、発表されることとなった。
婚約者となって、ローレルと交流することが増えた。会う度に猫を被っていて、それが面白い反面、ちょっと寂しくもある。まだまだ根は我が儘で甘えな子だって聞いてるけど、その本性を見せてくれる程、僕には気を許してくれてないんだね。まあ、ローレルを改心(?)させたフェンネルと侍女のアニスは特別なんだろうけど、僕だって婚約者なんだから、特別でしょ?僕にも本当の君を見せてほしいなって思っちゃうんだよね。
だから、ローレルが嫉妬して、感情をさらけ出しているところを見た時は、不謹慎でも、嬉しく思っちゃった。
この国には、何故か十五歳から入る学園が存在する。まあ、高度な学問を学んだり、学生同士交流を深めるのは、将来のためになるから、いいけど……。
僕とローレルも入学したそこで、奇妙な少女と出会った。男爵家の娘の彼女は、素朴で純粋な性格のようで、身分を気にすることなく、僕や上流階級の子息達に声をかけている。……玉の輿狙いかな?でも、不思議と嫌な感じはしないし、他に裏があるのかと思って、適当に合わせていた。
それが、ローレルを不安にさせてしまったみたいで、ある日、フェンネルに怒られてしまった。フェンネルには、無事にローレルを王宮に迎えるまで、護衛のため、引き続き彼女に付いていてもらっている。
「殿下。お嬢様が限界です。あの娘にそろそろ引導を渡してくださいませんか?」
「……何で、ローレルが限界なの?」
僕が首をかしげると、フェンネルは深く息を吐いた。
『なんなの、あの子!?私の殿下に気安く近づかないでよ!!』
『殿下は、私の婚約者なのに!』
『人前で、しかも他に婚約者がいる方にベタベタと!他にもたくさんの殿方を侍らせて!周りからどういう目で見られているか、わからないの!?末席とは言え、男爵家の娘が恥ずかしくないの!?』
僕が男爵令嬢と接触していたことで、ローレルはフェンネルとアニスの前でそう言っていたらしい。
──何それ、かわいい。その場にいたかった。
「そういう問題じゃありません」
うっかり心の声が漏れていたみたいで、フェンネルからすかさず指摘されてしまった。
「確かに、あの令嬢の行動は気になるが、悪さというわけでもないから、適当にあしらっていたけど……」
「私も、あの娘自体を懸念しているわけではありません。問題は……アニスが……」
『お嬢様がこのまま例の方に嫌がらせや悪事を働こうものなら、殿下に見限られ、旦那様にも影響して、公爵家は没落してしまいます!』
「ローレルが嫉妬の余り暴走するんじゃないかとアニスが不安がってる?何それ?何でアニスが取り乱すの?」
「わかりません。ただ、やけに具体的な未来予想図を思い絵描き、お嬢様の身を案じています」
なるほど、その心配するアニスちゃんが心配なわけだ、フェンネルは。
「それに、実際お嬢様は不穏な様子を見せていました。思いつめて、彼女に攻撃をしないとも限りません」
「まあ、僕がローレルを見限ることはないだろうけど、下手すれば、周りが彼女を婚約者から引きずり下ろすことにはなりかねないね」
婚約者候補は他にもいる。まだ婚約の段階なら、その行いによっては、ローレルが王妃に相応しくないと見なされ、婚約を破棄することとなる。僕はローレルが気に入っているから、今さら、彼女以外と結婚するつもりはない。
「わかった。あの娘には、はっきりと断りを入れることにする」
そして、それを実行に移そうとしたまさにその日、彼女が激昂する姿を目撃することとなった──
「もう少し慎みを持ったらいかが?そのように、殿方に擦り寄ってベタベタと……殿下や他の方々にも同じ様なことをされているでしょう?恥を知りなさい!」
いつも皆の前で被っている猫はどこにやったのか、目をつり上げ、きつい口調で男爵令嬢に詰め寄る彼女に、僕は戸惑うどころか、喜びが溢れそうになる。
ローレルが嫉妬してくれているくらい、淑女らしさを忘れて感情を露にしてくれるくらい、僕に好意を持っている。
ああ、もうすぐにでも二人きりになって、愛でたい。撫で回したい。抱き締めたい。
「……どうしたの、ローレル?」
僕は逸る気持ちを抑えて、彼女に声をかけた。
「君かそんな怒るなんて、珍しいね。そんな君も可愛いけれど、いつものように笑っていてほしいな。」
──待っててね。すぐに君の不安の元は排除するから………。
心配しなくても、君が僕の婚約者で、未来の奥さんだ。
だから……ねえ、
──悪事はやめてね、僕のお姫様?
─────
「これで、きっと、路頭に迷わずに済みますね」
私は公爵家のお嬢様にお仕えするしがない侍女。
今日は主人の新たな門出の日。ちょっと、“せんちめんたる”な
気分です。
「だから、お前は気にしすぎだ。何故、そこまで暗い方にばかり考える?」
共にお嬢様に仕えながら、実は王太子殿下の部下であるフェンネルが呆れた様子で言ってきます。
「……乙女には、言えない秘密があるのですよ」
実は乙女ゲームの悪役令嬢のはずだったお嬢様が、婚約破棄されることなく無事に結婚まで漕ぎ着けて、公爵家の没落も阻止できた、なんて話、誰も信じないでしょう。
……説明も面倒ですし。
「乙女というような女か、お前?」
フェンネルのツッコミに言い返す言葉がございません。でも、流石に失礼ですよ。
「感慨に耽っているので、邪魔するなら、あっち行ってください」
「無理言うな、勤務中だぞ。──殿下達が式場から出るまで、この場を離れるわけにいくか」
そう、私とフェンネルは今、並んでお仕事中で、ここは殿下とお嬢様の結婚式場なのです。
「お嬢様のウェディングドレス姿、お綺麗です」
司祭の前で誓いをお立てられるお二人は、とても幸せそうで何よりです。貧乏貴族の出で、公爵家が無くなれば路頭に迷うかもしれなかった私は、これで安心です。
「……ところで、お前はどんな形がいい?」
「……は?」
唐突な質問に、私は思わず間抜けな声を出してしまいました。だって、意味がわかりませんので。
「ウェディングドレスだ。日取りはもう決めてある。双方の両親にも了承済みだ」
……何ですか、それ?いえ、結婚しようって話はしましたよ?でも、お嬢様を差し置いて先にしてしまったら、仕える身としてなってないですし、お嬢様がギャンギャンうるさいでしょうし、めんどくさい、ということで、少なくともお嬢様の結婚より先だとは思っていましたよ?……正直、ここのところ、お嬢様の王宮入りやら挙式準備やらで忙しくて、自分のことをすっかり忘れていましたが……それでも!
「何で相談してくれないんですか?何で今言うんですか?」
「お前が面倒がるかと思って……私は、お前と結婚したいし、式もしたい。ここのところ、二人になる機会がなかったから、つい、今言ってしまった」
「そんなこと、面倒に思うわけないじゃないですか!」
私だって、乙女です。結婚式を夢見ちゃったりなんかしました……主に前世において。
つい大声を出してしまい、主役のお二人や、ご臨席の方々から注目を集めてしまいました。司祭様が咳払いをして、祝辞を続けてくださったたので、皆さんは姿勢を正して式が続行されましたが……物凄くいたたまれません。一瞬、鋭くなったお嬢様の目が忘れられません。後で不機嫌なお嬢様のお叱りを受けなくてはなりません。
「……すまなかった」
「本当ですよ。あなたのせいで恥をかきました。後でお嬢様のご機嫌もとらないといけなくなったじゃないですか。本当に、忙しいのに、めんど……」
「結婚のこと、相談せずに」
ちらりと横目でフェンネルを見ると、蕩けそうな笑みを私に向けていました。
「お前が、私との結婚を面倒に思わないと言ってくれて嬉しかった。どうか、これからも面倒がらず、私の側にいてくれ……アニス」
──お嬢様。
お嬢様が頑張ってくださったから、今、アニスも幸せになれました。
これからもお嬢様にお仕えいたします。
ですから、どうかこの幸せを取り上げてしまわれませんよう、
──悪事はやめましょうね、お嬢様。
おまけ:その後の乙女ゲームヒロイン
ヒロイン「私、先生が好き!」
攻略対象「……俺は、お前より十も年上で、研究しか能がなくて、金がないから、雇われで教師をやっている男だぞ。それでもいいのか?」
ヒロイン「構いません!先生がいいんです!」
悪役令嬢「……良かった。殿下のことは諦めたのね」
侍女(確か、教師を攻略した場合、最初は貧乏でも、研究が認められて、世界中を飛び回る大先生になるはず……ヒロインさん、何気にいいところを攻略しましたね)
侍従「あの娘は、もう放っておいても問題ないと思われます」
王太子「僕とローレルに害がないなら、興味ない」
お粗末様でした!