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MVG! ~世界最高のゴロツキ~  作者: 大穴山熊七郎
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第十話 当たり屋の男

たいへん遅くなりました……。

 アマカラーのスラム街と下町のちょうど境目には、古びたバーがある。

 そのバーのマスターは、二ヶ月近く前、ひんぱんに通った後ふいと来なくなった客が突然戻ってきたのに、内心驚いていた。


 ただ、前に来た時とは何もかも違う。

 二ヶ月前は、壁ぎわのテーブルでボトルを頼み次々に飲んでいたが、いまは入り口近くの外が見えるテーブルで、マグカップに入れたスパイス入りのホットワインをちびちび飲んでいる。

 そして何よりの違いは、今日は連れがいることだった。

 しかも、どう見ても未成年の育ちのよさそうな坊やだ。レモネードを微妙な顔をして飲みながら、そわそわと落ち着かない仕草で店内を見回している。


「…………を……探すんじゃ?」


 まだ店内にはほとんど客がいなくて静かだ。少年の声がかすかに聞こえてくる。


「……探してるぜ?」


「……ええっ……ギルドに……」


「…………やばい……としたら……」


 マスターは鉄面皮と呼ばれる無表情でグラスを磨きながら、ひそひそ話の断片を聞いている。もちろんじっくり聞く気も、それを口外する気もないが、外面と違ってわりと好奇心が強い性格だった。

 なにより気になるのは、彼らがいるテーブルにぽんと置かれている、一個の卵だ。

 何の卵かはわからないが、大人の握りこぶしより大きくて、美しい深い青色をしている。あんな卵は見たことがない。


「……卵……なぜ……ですか?」


 少年も気になるらしく、顔を近づけて観察しながら質問しているようだ。男が笑いながら答えようとして、お、と何かを見つけた顔になった。


「……使い方……見せてやるよ」


 言いながら、立ち上がり、紙幣をテーブルに置くとマスターに顔を向ける。


「置いとくぜ。釣りは煙草代にしてくれ」


 そう言って片手をわずかに上げたあと、なぜか、青い卵を取り上げて、胸の中……おそらく上着と下着の間に押し込んだ。


「はあ!? なぜ?」


 少年が驚いているが、男は意に介さず、すっと店を出ていった。

 面白え奴だなあ。また、来ないかな。

 そう思いながら、マスターは相変わらず、無表情でグラスを磨き続ける。



☆★☆★☆



 ポーゲイト・マクラスロッグ。それが彼の名だ。普通はポーグと呼ばれてる。

 二十歳になったばかり。いちおう、魔術師。

 ただし、魔術師ギルドでは下から数えたほうがいいくらいの実力だ。

 ちょっとした付加と、点火と配達とゴミ捨て。任されるのはそんな半端仕事。もらえる金も相当安い。


 それでも何とか食えてるのは、互助会に属してるおかげで、仕事が定期的に入ってくるからだ。

 若い下位の魔術師をまとめて面倒見てる互助会、「夜明けの駒鳥」。

 そこから斡旋される仕事が、ポーグの生活を支えている。当然、おろそかにはできない。

 たとえ、魔術薬を運ぶだけという簡単な仕事であってもだ。

 というわけで、ポーグは相当慎重に、あたりに目を配りながら、薬の入った鞄を下げて歩いていたのだ。


 なのに、まったく気づけなかった。まったく避けようがなかった。

 あ、と思った時には、男が目の前にいて、自分はその男に正面から突っ込んでいた。


「わああああ!」


「なにしやがる! 気をつけろ!」


 ぶつかった瞬間、まず考えたのは鞄のことだった。下手に振り回さず、さっと取っ手から手を離す。鞄の底から落ちるぶんには、少々の衝撃で薬瓶は割れたりしない。

 後ろによろめき、耐えきれずに尻もちをつきながら、最適なタイミングで手を離せた自分を心の中でほめた。よくやったぞポーグ。もう、うすのろポーグなんて言わせない。

 後ろに倒れ込んだ体勢から、すばやく上半身を起こして、鞄にいざり寄る。万が一にも盗まれるわけにはいかない。まあ、どこにでもある魔術薬なので盗まれる可能性は低いが、プロなら万が一を考えなくては。偉いぞポーグ。


「……おい」


 鞄を引き寄せて無事を確かめてるポーグに、声がかかる。

 相手は、ポーグと激突してやはり尻もちをついてる男だ。


「自分の荷物が大事なのはわかるが、被害者はほったらかしかい」


 低い、怒りをこらえた声だった。のびかけた無精髭に、すがめられた眼。怖い。静かな迫力がある。

 ポーグは目に見えて落ち着きを失った。


「す、すみませんでした……」


「おう、まあぶつかったのは事故だ。悪気があったわけじゃねえのはわかる」


 ポーグはほっとする。危険な匂いのする相手だが、ものわかりはよさそうだ。


「だが……こいつに関しては、悪気がなかった、じゃ済まされねえんだよな」


 男は、胸から何かをつまみ出して見せた。ポーグはそれをじっと見る。

 ……卵の殻? なんだ? なぜそんなものが出てくるんだ?

 男が殻を手渡してくる。深い青。見たことがない美しい色の殻だ。


 ……よくない予感が走って、ポーグははっと男を見た。男は苦虫を噛み潰したような表情で、ポーグを見ていた。

 男はゆっくりと上着を脱いだ。シャツの上半分が、卵の中身でべっとりと汚れていた。


「こいつは帝国の西の辺境にだけ住む、ルカス鷲の卵だ。とある魔術儀式のために、どうしても必要でな……。千二百ダール出して手に入れたんだよ」


 千二百ダール! ポーグがこの魔術薬を運んでもらう報酬は二十五ダールだ。やばい。やばいやばいやばい。


「……そう怯えるなよ。俺もさ、おまえさんの人生を台無しにしたくはないんだぜ?」


 男が笑いかけた。上着をさっと羽織るが、胸の汚れは見えたままだ。


「運がいいことに、おまえさんは魔術師だろ? この卵を使う予定だった魔術儀式を、かわりにやってくれれば、他に何も言いやしないさ」


「いや……あの……すみません。俺……まだ駆け出しで……」


「ああ、なら出来る人を紹介してもらうだけでもいいんだぜ。……高い卵割ったんだ、そのくらい当然だろ、違うか?」


 最後のほうは、低い低い声になっていた。ポーグはブルッと震える。もしここでゴネたら……タダじゃすまない。


「わ、わかりました……。あの……魔術薬届けたら……他の魔術師に頼んでみるっす……」


「ああ。なら、悪いがついていかせてもらおう」


 逃げられたらカネ使って追わなきゃいけないからな……と呟き、男は立ち上がって、ポーグを見下ろした。

 逆らえない。ごまかしようもない。会長に全部話して、助けてもらうしかない。

 また怒られるよな……と暗澹としながら、ポーグは立ち上がり、鞄を持った。

 男の他に、なぜか身なりのいい男の子が一人、呆れたような同情するような、なんともいえない顔をしながらポーグを見ていた。



☆★☆★☆



 ツークは呆れていた。そして、同情していた。粗末な魔術師のローブを着た、ちょっとだけ太めの、オドオドした若者に。

 はじめてスラムに連れていかれ、ちょっと待ってろとゴルが怪しい店に入っていったと思ったら、しばらくして青い卵を持って出てきた。聞くと、少しばかり変わった塗料で青く塗ったダチョウの卵だという。なんなんだ、と思ったが、まさかあんなふうに使うとは。

 バカバカしいアイデアかもしれないが、実際にシャツの胸が潰れた卵でドロドロに汚れてるのを見ると、相当衝撃的な見かけになる。若者もゴルが上着を脱いだとたん、圧倒されたように黙り込んだ。なぜ卵を剥き出しで胸に入れて運んでるんだ、という疑問も消えてしまった様子だった。

 なにもかも、計算づくなのだ。無駄によく考えられていて、手口が巧妙だった。

 酒場に入って数時間。じっと何を待っているのかと思ったら、カモが通りかかるのを待っていたのだ。

 下級魔術師と一発でわかる格好と顔。彼には、卵を見分ける能力などないだろう。そういう人物を狙っていたのだ。

 もしかしたら、ここが魔術薬の運搬ルートであることも知っていたのかもしれない。


 ツークは魔術師とゴルから少し離れて、目立たないようについてゆく。二人はスラムと下町の境を縫うように歩き、下町のはずれ、城壁に近いところにある古い建物にやってきた。


「ここが、若い魔術師で作ってる団体、<夜明けの駒鳥>の本部っす……」


「へえ……。ここかい。噂になってるぜ、下級魔術師を組織化してうまく回してる、賢いやつらがいるって」


「ま、まあ、会長のおかげっす……」


「ほー。会えるものなら会ってみたいねえ」


 聞いていて、ツークにはゴルの狙いがわかる気がした。たぶん最初から、この<夜明けの駒鳥>という団体と縁を作るのが、ゴルの目的だったのではないか。下級魔術師の集まりということは、ギルドの上層部とのつながりは薄い。伯爵家や公爵家が絡んだ一件だと報告されて、騒ぎになる可能性が少ない。


「忙しいひとなんで、いるかどうかは……はい。あ、あの、中へどうぞ……」


「おう。おい、坊主も来な」


「……坊主? やっぱりお知り合いっすか?」


「おう、見習いでな……。ま、気にするような奴じゃねえ」


 伯爵家三男のツークが坊主呼ばわりされることはめったになく、新鮮でなかなかいい。思わず笑顔になりながら、ゴルに続いてドアをくぐった。

 中は、小さなギルドホールのようだった。カウンターがあり、ホールの隅には何卓かテーブルがあって、若者たちが何か飲みながらだらっとしていた。


「あ、会長……薬運んできたっす」


 若者はカウンターに近づきながら、そこで受付をやってる人物に声をかける。


「うん、ポーグお疲れさま」


 若者……ポーグをカウンターの向こうからねぎらったのは、ツークと同じぐらいの歳の少女だった。


 強烈な既視感。

 ……どこかで見たことがある。どこで見たのか思い出せない。でも、どこかで見たことがある。

 

 自分を惑わす感覚の正体が掴めないまま、ツークは初対面の少女を見つめた。

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