世界 境 異世界
ねぇ、君はさ―――「幸せ」ってなんだと思う?
願いが叶ったときかな、豪華な暮らしをしていることかな………それとも、笑っていられることかな
〈世界、微笑み〉
僕は、「幸せ」な家庭に生まれたと思う。お父さんがいて、お母さんがいて、弟がいて、犬もいた。毎日が楽しい…なんて綺麗事を言いたい訳じゃなくて、普通の家族だってことを伝えたいだけ。親は共働きで、僕と弟は小学校に通ってる。犬は家の庭にでも出て、ほのぼのしてるんじゃないかな。僕が休みの日は大抵そうしてるのを見てるから…そうなんだと思う。でね、僕はそんな日常に少し飽き飽きしていた。いや、別に不自由してたわけじゃないし、家族と仲が悪かったってことでもなんだけど…何か起きないかなって、こっそり期待してた。勘違いしないでね、不幸なことを望んでた訳じゃないよ。幸せなことで全然いいんだ。小学生だったこともあって、異世界物のアニメをみてたりしたから、影響を受けたのかもしれない。何かあればいいのに、と思いつつ、現実に頭を戻す。明日の朝ご飯はなんだろう、算数のテストの結果はどうだっただろう。そんなことを考えて、今日も眠りにつく。いつも通り「おやすみなさい」と両親に伝えて、自分の部屋に歩いて行く。部屋についたらいつものように窓を閉めて、カーテンを閉じる。ベッドに寝そべって、ふいに横を見ると、弟が布団もかけずに眠っていた。風邪引いたらどうするんだよ、と思い、ベッドからスッと起き上がった。
「おーい、布団かけないの?」
身体を揺さぶってみると、んんっと言って起き上がる。
「お兄…ちゃん……?」
「寝ぼけてないで、布団ちゃんとかけなって」
「かけて~」
ベッドの端のほうにゴロゴロと移動していく弟が、甘えた声で言ってくる。
「はぁ、昨日と同じじゃん」
「同じだからいいんじゃん、あまりにも違うことが起きたら、世界終わる」
真面目くさった声で神剣に言われると…なんとなくこわくなった。さっきまで寝ぼけてたくせに…、心の中で呟いてみる。弟はパッと笑顔になると、おやすみと言って目をつぶった。僕はなんテンポか遅れて返事をすると、ベッドの中に戻った。
〈異世界、微笑みアンコール〉
朝、目を覚ました。タイマーが鳴り響いていないことから、設定していた時間より前なのだろう。目をこすってあくびをする。まだ眠いな、なんて思いながら、時計を見る。見ようと…してる。無かった。時計が置いてあるべき場所には、何も、無かった。驚いて、3秒位思考停止。はっとして、弟を探す。いない、いない、いない、いない―――東西南北と四方向を探してみたが、弟の姿はなかった。部屋は一面真っ白で、床と、部屋に1つだけの扉だけは茶色だった。昨日の夜の記憶を必死に手繰り寄せた。弟と別に寝たんだっけ、家で寝なかったんだっけ、じゃあ、ここどこだっけ?どこ…なんだよ。何度考えても、昨日部屋にいた自分が思い浮かぶ。弟に布団をかけた自分、カーテンを閉めた自分、窓を閉じた自分、両親に「おやすみなさい」と伝えた自分…、……そうだよ。お父さんは!?お母さんだっているはずだ。そう思うと安心と興奮と期待で心がぐちゃぐちゃになった。扉へ駆け寄り、ドアノブを握る。回せる、開けられる、開く!思いっきり扉を開いた。だって、楽しみにしていたんだ。お父さんとお母さんに会えることを―、2人がいることを、信じて疑わなかったんだ――。
僕の視線の先にいたのは、肩まではある金髪をたらした男だった。後ろ姿しか見えない。だけど、ハッキリと分かる。知らない人ということが。その男はゆっくりと振り返った。整った美しい顔、水色の透き通った目、笑った時の不気味さ。
逃げなきゃ
何故だかは分からない。ただ、咄嗟にそう思ったのだ。恐怖から、元の部屋に戻ってしまった。扉は――逃げ道はないのに。走った、部屋の奥に行くことだけを考えて…
ガシッ
腕を捕まれた。
あ、捕まった。
「酷いなぁ、お話も出来てないのに逃げちゃうなんて」
「いや、いやだ、いやだってば、離して!」
バシッ
顔を反射的に叩いてしまった。爪が当たったのか、血がポタポタと落ちている。血を追って床を見ていたが、視線を顔に戻すと、傷が、傷が…、治りかけていた。
「い、や…、なん、で……?」
「可愛いね、放心状態だ。なんでって言われたらそりゃ、体質がそうとしか言えないねぇ。初めてみた?こんな人間」
何言ってるんだこいつ。何が、ナニが、なにが人間だ。バケモノだろ。
「本当に酷いね、バケモノなんて。姿は人間でしょ?人間でいいじゃん!」
少し怒ったみたいに言っている。いや、そんなこと以前に、僕はバケモノなんて口に出した覚えはない。心を…読まれた?
「そうだよ、読んでる。だから口に出さなくてもいいよ。でもさぁ、バケモノはやっぱり酷くない?」
「勝手に心読んで傷つくなよ、バケモノ」
僕こそ何やってるんだ。少なくとも僕の中でバケモノという認識で確定している相手に、ツッコミを入れてどうする。僕が一生懸命考えているというのに、金髪男は構わず酷い酷いと言ってくる。
「ほら、またバケモノって言った!僕は君を殺さないであげたんだから、感謝してほしいね」
「いや、正確に言えば、口でバケモノって言ったのは今が初めてだし、殺さなかったとかいう主張は、今初めて聞いたんですけど」
聞いたことがある。人間はパニックに陥ったとき程冷静になる、情報処理速度がアップすると…。今、僕はそんな状況なのかもしれない。
「殺さなかった…って、なんで?」
「待って待って、質問が飛びすぎでしょ。普通、ここはどこ?!あなたはだれ?!みたいな記憶喪失展開じゃないの?」
「お前の変な妄想に付き合ってる場合じゃないことくらい、理解しろよ」
あからさまにショックを受けたような顔をした。だが、それを楽しんでいるようにも見えて、無性にムカついた。少し挑発的なことを言ってみる。
「さっき、殺さないであげたとか恩着せがましいこと言ってきたけど、その言葉に恥じない位のことは本当にしたんだよね?」
「したさ、だから君はここにいる」
「は?本当に殺さなかったとか言うつもりなの。バカもいい加減にしてよね。殺したら、法律に引っ掛かるんだから、「当たり前」でしょ?」
「その「当たり前」が、当たり前じゃなくなったとしたら?」
さっき会ったばかりだが、ずっとこの男はにやけていた。だが、その不気味な微笑みよりも、もっとずっと骨格を上げて笑っている。僕のその質問を待ってましたとでも言うように。
「まぁまぁ、せっかくなんだからさ、ご飯でも食べながら話そうよ」
確かにお腹は空いていたし、話している間にテーブルのある部屋に連れていかれた上、有り難いことに椅子にまで座らせてくれている。チキンやサラダ、フルーツや読み物まであることから、とっくに用意は済ませていたのだろう。男は、どれ食べたい?なんて聞きながら、お皿に丁寧に盛り付けていく。
「なんでもいいけど…、何か変なもの入ってないよね?」
ホークでチキンをつつきながら、怪訝な顔で質問した。
「入ってないよ、だからお食べ♪」
お食べ、なんてウキウキで言われると余計怪しく感じたが、パクッと一口。本来なら食べるべきではないんだろうが、背に腹は変えられない。以外に美味しくて、何口か食べた後に質問した。
「ってか、今更なんだけどさ。僕の家族は?」
今更にも程があるだろ、と自分でも思ったが、男のキャラも気さくだったため、安心感からか、急ぐ質問でもないと無意識に判断していた。男の返事を期待をいっぱいにして待っていた。男が口を開く―――
「殺したよ♪」
―――――は?




