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告白

「これはいったいなんの騒ぎだ。アレキサンドロス」

 部屋着の上に上質なガウンを羽織って、部屋の主は刺々しい声を張り上げた。

 ディートリッヒ王の居住棟の大サロンには、深夜だというのに煌々と明かりが灯され、暖炉の前のソファーには、ゲストであるドレイファス王メンフィスまでもが顔を揃えていた。

「ディートリッヒ王。殿下をお責めにならないで下さい。これは全て私の責任です。私が、街を見たいと申し上げたから、殿下がお連れくださったのです」

 苛々と絨毯の上を歩き回っていたディートリッヒに、街から戻ってきたままの軍服姿のリサフォンティーヌが申し訳なさそうに言った。

「しかしながらリサフォンティーヌ陛下。あなたはキールの王。もし我が国でキール王に何かありましたら、我々は……」

 ディートリッヒは立ち止まり、リサフォンティーヌと、その隣に立つ息子アレキサンドロスを交互に見た。

「私は一国の王として、自らの判断で行動いたしております。此度のことも自ら望んでのこと」

「ですが、実際に暴漢に遭われたとのこと。何事もなかったからよかったものの……」

「しかし、リサフォンティーヌ陛下が街に出て下さりあのロザリオに気がついてくださったおかげで、あの少女を保護できたのですし……」

「それは結果論だ、アレキサンドロス! 伴も連れずに、大事な国賓を勝手に連れ出すとは!」

 弁解しかけたアレキサンドロスを怒鳴りつけるように、ディートリッヒは声を荒げた。穏やかな王には珍しく、怖い顔をして息子を睨む。

「いや。誠に申し訳ない。我が娘ながら、無謀な行動ばかりで本当に申し訳ない」

そこに割って入ったのはメンフィスだった。

「国家元首としての自覚が足りないぞ。リサ。もし何事かが起きたら、外交問題にも発展しかねない」

 メンフィスはソファーから立ち上がって、自分の娘に厳しい視線を送った。

「それに、リサ。いつまでも隠しておくものではない。ディートリッヒ王はやがてはそなたの義父になられるお方だ。包み隠さずお話し申し上げろ」

「し、しかし……父上……」

「見合い話を願い出ておきながら申し訳ないのだが、わしも、これ以上親友のお主に黙っているのは忍びない」

「ですから最初からそれはお断りすると……」

 メンフィスに睨まれて、リサは最後の方の言葉を飲み込んだ。これ以上抵抗するのは得策ではない。父はすでに心を決めている。

「ディートリッヒ。親友のお主になら、このじゃじゃ馬娘の秘密を話してしまっても受け入れていただけると信じてお話しいたす」

 メンフィスはディートリッヒに向き直り、真剣な顔になった。

「そんなに改まって、なにごとだ。メンフィス」

 カイザースベルン王は、親友のまじめな態度に少し戸惑ったような顔をした。

 向かい合った二人の顔を、暖炉のオレンジ色の炎が照らす。

「キール王国の王宮騎士四天王をご存じか?」

「あぁ。もちろん知っている。今回同行の赤騎士殿、黒騎士殿もその勇だと。後は、白の騎士と青の騎士。いずれ劣らぬ剣の使い手とか」

 隣国の剣豪の噂は、広く知れ渡っているのが通例だ。当然、キール公国の四天王の噂も、カイザースベルン王宮にまで伝わっている。「それがどうした?」という不思議そうな顔で、ディートリッヒは友を見た。

「実はこの娘……、自ら、その白騎士を努めているのだ」

 一瞬の沈黙の後、

「どういうことだ?」

 言葉の意味が分かりかねる、という表情でメンフィスに聞き返す。

「白騎士、リース・セフィールドは、リサが偽名を名乗って努めているのだよ」

「まさか? 白騎士と言えば、白薔薇の騎士とも言われる、キールはもちろん、ドレイファスでも並ぶもののないと言われるほどの若き剣の使い手……」

 ディートリッヒは、今耳から入ってきた言葉をもう一度確認するように目をパチパチさせて、

「まさか……?」

信じられないという顔でリサフォンティーヌを見た。

 リサは遂に観念したという表情で軽くため息をついてから、

「本当です。ディートリッヒ陛下。隠していて申し訳ありませんでした」

と、ディートリッヒに頭を下げた。

「まさか……」

 ディートリッヒはもう一度そう呟いて言葉を失い、今度は自分の息子、アレキサンドロスの方を見た。

「俺は、存じておりました」

「なに?」

「先のアイアンピークでの作戦の時に」

「私に黙っていたのか」

「特にお伝えする必要もないと思いましたので。たとえ姫が騎士であっても、キールの王であることには代わりありませんから」

リサに視線を送ってから、軽く肩を竦ませた。

「むむむ……」

「今回、実際に暴漢を取り押さえたのも、キール王のお手柄ですから」

「ね」とリサに微笑みかける。

「それでお主、急にお見合いを受けたいなどと言い出したのだな」

「え?」

 今度はリサが驚きの声を上げた。今確かに「お見合い」って聞こえた。

「いけませんか?」

 飄々とした顔で応えを返した王子を見つめるリサの瞳は、(え〜、いったいどうなっているの??)と大声で叫んでいた。やっぱり今回の晩餐会、こちらサイドではお見合いってことになっていたのだろうか?

「いや。大いに結構。そうか。そうであったか。だからこそ、散々嫌がっていたお主が、キールに婿に行きたいと言いだしたのか。ははははは。これは愉快」

「ちょ……アレックス」

 リサはすっかり話題から取り残されていた。リサの思考が、『理解→確認→承諾』の流れのまだ「理解」の段階も通過していない所で、どんどん話題が展開していた。

「ですから、今度の一件。追跡調査も含めて、俺にやらせていただけませんか? あの子供がゲール民族で、ゲール語を話していたとなると、キールにまったく関係ないというわけでもありませんし、そうなったらきっと、リサフォンティーヌ陛下もお調べになりたいと申されると思いますし」

 アレックスはそう言いながら、リサの腰に手を回して彼女の体を引き寄せた。それは、もうすっかり恋人同士と言った風情だった。

「よいよい。お主らはいずれは夫婦となるのじゃ。共に協力し合って困難に立ち向かいたいという気持ち、大いに結構。好きにいたせ。構わぬのう、メンフィス」

「それはもちろん」

「メンフィス、お主にエリザベート姫の心を奪われた時には切ない思いをしたが、子供同士がこういう風に結びついてくれるとはうれしい限りだな」

 メンフィスまでもが満足そうに頷いて、「これはめでたい」とディートリッヒと笑いあっている。

「え? ちょっとお待ち……」

 何か言いかけたリサを父王達の視界から遠ざけて、

「ありがとうございます」

とアレックスは頭を下げた。

「それで構いませんよね。リサフォンティーヌ陛下」

 振り向きながら、ウインクをした。その目が、「この場はこれにて」と訴えていた。そう言う気持ちが分からないリサではない。「わかったわ」こちらもしぶしぶと無言のアイコンタクトを返す。

「え……えぇ。そのようにお取りはからいいただけると助かります」

 アレックスにつつかれて、彼女も二人にそう願い出た。

「ふむ。ではそのように。アレキサンドロスは、ご自身の臣下のようにお使い下さって構いませんから」

 カイザースベルン王は、恐ろしく上機嫌に笑っている。

「詳しい報告は明日聞く。今宵はいろいろとお疲れでしょう。もうすぐ夜明けですが、お部屋に帰ってお休み下さい。キール王」

「ありがとうございます」

 なんだかどっと疲れを感じたリサは、短くお礼を言って王のサロンを出た。


   *****


「申し訳ない。姫。ご不快でしたか」

 並んで廊下を歩きながら、アレックスが、先ほどのやり取りのことをまず彼女に詫びた。

「いえ。ちょっとびっくりしただけ。いろいろと」

 本当にびっくりした。いきなりの彼の言葉は、不快というかむしろ、うれしかったけど。

「そうですか」

 安堵の声で彼は言った。

「まったく。まさか父がこんなタイミングで暴露するとは思わなくて」

「それに、父があんなにあっさりと容認するとも思えなくてね」

「本当に」

 王子は、リサを彼女の滞在しているゲストハウスのサロンまで案内した。

「少し、寄って行って」

 サロンには煌々と明かりが灯されていた。その光が、扉の隙間から廊下に零れだしていた。

「しかし」

 時間はかなり遅い時間だ。こんな時間に部屋に入るのは躊躇われた。

「一人では耐えられそうにない。きっとものすごい剣幕で怒っているのよ。私の臣下は」

「そうですか……それでは、連れ出したことを弁明させていただかないといけないですね」

 二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 案の定。

「陛下。これはいったいどういうことですか! このパークデイル。もう一時も心が安まる時がございませんでした。なにより、伴も連れずにお出かけとは……」

 扉を開けるとすぐに、執事のパークデイルがものすごい剣幕で噛みついてきた。

「伴ならいた」

 部屋に一歩入ったところで足止めをくって、困った顔で後ろの王子に軽く視線を送る。

「アレキサンドロス殿下! 殿下も殿下です。お二人でお出かけになってもし何かございましたらどうなさるおつもりでしたか……」

 執事は、今度はその王子にまで噛みついた。

「パークデイル。殿下に失礼だぞ。殿下には、私が無理に頼んで連れて行ってもらったのだ。責めるな。それに格段何事もなかったのだから良いではないか」

「よくありません。何事もなかったなんてとんでもない。またなにやら事件に遭遇されたとのことで……しかも暴漢に襲われたそうで。不肖ながら私、陛下がお生まれになったときからお世話を仰せつかっております。僭越ですが陛下のことは良く存じておるつもりでおります。姫がそのような御口調でお話になられるときは、リサフォンティーヌ姫としてではなくリース卿としての御発言です。何事もなかったはずはございませぬ」

「あぁ、もうわかったって。だけど、あんなの危ないうちには入らないから、本当に。ねぇ。バルディス、クルステット、そなた達も何か言って」

 壁際に寄りかかり腕組みをしている二人の騎士に救いを求める。

「パークデイル。陛下も十分にご反省なさっているのだ。そう責めるな。王としてのお仕事の一環だと思えばよいではないか」

「陛下には我々からくれぐれもご注意いただくように申し上げる」

 黒騎士と赤騎士から宥められて、執事はようやく落ちつきを取り戻した。

「パークデイル。下がりなさい」

 執事は渋々部屋を退出していった。リサは、腰の剣をはずしてテーブルの上に置くと、

「ふぅ。助かったぁ〜」

アレックスに席を勧めてから、自身もホッとしてソファーに座り込んだ。

「いやぁ。助かったよ、二人とも。ありがとう」

 ふかふかとしたソファーに座って身を深く沈めたところに、今度はバルディスの雷が落ちた。

「どういうことかご説明いただきましょうか。陛下。俺も、かなり怒っているのですよ」

 怖い顔をしている。

 バルディスは壁際からリサの方に歩み寄りながら、低い声で説教を続ける。

「勝手に城を抜け出すのはいつもの事ですが、ここはカイザースベルンですよ。もし何かあったら、外交問題にも発展しかねません。しかも、アレキサンドロス殿下まで同行されたとあっては」

「まぁしかたないだろう、」

「しかも……」

 弁解をしようとしたリサの言葉を遮って、先ほど彼女が置いた机の上の剣を、さらりと抜剣する。それを「やはり」という顔で一瞥すると、

「これは何事です」

 目に角を立てながら、血糊と脂で汚れている刃を、きらっと灯りにかざしてみせる。リサは、悪戯を見つかった子供のような表情で小さくため息をついて、視線を落とした。

「あれほど、大人しくしていて下さいと申し上げたばかりなのに」

「だからといって、黙って斬られるわけにはいかないだろう?」

「どうせ、自ら火の中に飛び込んで行かれてのことでしょう?」

「それは……そうだけど……」

 遂に反論できずに、リサは口ごもった。言われていることはもっともで、護衛の二人にすら内緒でこっそり城下に降りた自分の行為は、責められても仕方がない。

「まぁまぁ。バルディス卿。リサフォンティーヌ陛下の活躍のおかげで、というよりも、彼女の機転のおかげで、怪しげな連中と少女、それに、あの、天使の子供を発見することができたのですから」

 アレックスが助けに入る。

「ね。そういうこと。父上は、全てディートリッヒ王に暴露してしまったし、これでもう隠すこともないし、あの天使の子供の捜査も、私とアレックスが合同でやることを認めて下さったし……」

「陛下。少しはご自分のお立場を考えて下さい。まぁ、お二人でいれば、そんじょそこらのちんぴら相手に負けることなど考えられはしませんが、それでも、もしもの事もあります」

 バルディスは、深いため息をついて主の顔を見た。



「では詳細はまた後ほど。少しお休み下さい」

 ひとしきり、先ほどあった出来事を話し終えて、アレックスは席を立った。

 部屋を出て廊下を歩き去る彼を笑顔で見送ってサロンの扉を閉めると、すぐに背後からバルディスに肩を抱きかかえられた。

「こちらの話は、まだ済んでいません」

 背後から低い声の響きが、直接体に伝わってくる。

「わかっている……」

「申し上げましたでしょう? 俺は、『かなり』怒っていると」

「わ……わかりました……」

 肩に加えられる力の圧力に、リサは遂に白旗を揚げた。

 彼女の一日は、まだ終わりそうになかった。

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