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王佐の友人

 キール公国の王都マロニアは雪が降っていた。

 ソレイリューヌのオレンジ色の外灯にほのかに浮かび上がるオレンジ色の家々の屋根が、徐々に粉砂糖をまぶしたかのように白く染まっていく。

「雪ですね」

 淡い水色のローブの胸元を合わせながら、若き執政官フェリシエール・カール・ビエラは、室内を振り返った。

「姫は無事にディアトゥーヴに着いたかなぁ?」

 暖炉の前のソファーに座り込んでいるアラン・デービスが、大きく首だけ回してそれに応えた。

「昨日無事に、リンデンハイムには入ったようです。昼過ぎに出て王宮に入る予定ですから、もう今頃は無事に王宮に入って、晩餐会にご参加されているでしょうね。カイザースベルンの方が暖かいですから、あちらは雪は降っていないでしょう」

「姫が逃げ出してなければね」

 アランは冗談っぽい口調で言いながら、足付きのころんとしたグラスに入ったブランデーを、手のひらで転がした。

「そんなことはなさらないでしょう。陛下は、アレキサンドロス王子のことを、かなりお気に召したご様子ですから」

「同じ自由主義者だから?」

「それはもちろんありますが…なんと言いますか、感覚が似ているのでしょうね。国民のために命を懸けるのは王の役目だと、そう陛下はお考えですが、王子も、同じようなことを考えておられるようですしね。それでいてしきたりには縛られない」

「でも、そんな二人が一緒になったら大変だぜ〜。俺達は」

 向かいのソファーに腰掛けた執政官を、笑い顔で見た。

「警護する俺達騎士の身にもなってくれよ。まったく、気が休まる時がないよ」

「確かにね。陛下は強くなればなるほど、危険なところへ平気で飛び込んでいってしまうようになりましたから。でも白騎士が強いと言うこと、それは、私達の喜びでもある、違いますか?」

 フェリシエールの言葉に、アランはまた、改めて笑い直して、

「確かに、そりゃそうだが」

 ポンと手を叩いた。それから、

「本当にいいのか?」

妙に改まった表情で、フェリシエールを見た。おだやかな表情は、いつも感情を表に出さない。彼が本当はどう考えているのか、それをアランは知りたいと思った。

「何がです?」

「もし見合いが上手くいったら」

「何を言っているのですか? お見合いが上手くいって、陛下がご結婚をご決断なされたとしたら、それは喜ばしいことではないですか」

「フェリス。隠さなくても良い。お前が姫のこと…」

「アラン」

 きっぱりとした言葉で、執政官は騎士の言葉を遮った。

「私が陛下に好意を抱いているのは事実ですが、それは、恋愛という愛情とは別の物です。私が彼女に抱いている気持ちは、キール国民全てが抱いている物と同質のもの。いつまでも陛下のお側で働けること、それが私の希望です」

「しかしなぁ…」

「それは、姫がカイザースベルンにお嫁入りされるなんてことになったら、猛反対するでしょうけどね」

 ローブの袖を少しまくって、アランのグラスにブランデーを注いだ。

「そりゃぁ、国民も黙ってないだろうよ」

「でしょう」

 フェリシエールの微笑みは、やはり本心が分からない。悲しいときでも怒っているときでも、彼は同じように微笑みを向けることができるだろう。アランは、フェリシエールの心の奥に微かに揺らめいた感情を、それ以上見ないことにした。

「それにしてもフェリス。これ、かなり良いブランデーだよな?」

 手の中の琥珀色の液体をランプの灯りに透かしながら、グラス越しに彼を見た。

「それはそうでしょう。ウインダミーリアス王太子殿下から頂いたものですから」

「へ?」

 思わぬ言葉に素っ頓狂な声を出す。

「そんなの飲んで良いのかなぁ、俺。王太子殿下からの賜り物なんて。お前にだから特別に、だろう?」

 ドレイファス王国王太子、リサフォンティーヌの兄でもあるウインダミーリアスからのプレゼントのブランデー。それをほぼ一人で飲んでいたアランは、飲みかけのグラスを慌ててテーブルに戻した。

「今さら遅いですよ。アラン」

 夕方早い時間から散々飲んだ後だ。今さらグラスを置いたからって遅いのは言われるまでもない。現にボトルの液体は、もう残りわずかにまで減ってしまっている。

「まずいよなぁ〜」

 と気まずそうに口に出したアランに、執政官はクスッと笑った。

「気にすることないですよ。アラン。ウインダムは、私が飲めないのを知っていて贈ってくれたのですから。あなたが来て飲むだろうというのは想定内ですよ」

「あ〜。なんだよ。気にする必要ないのかよ〜」

「あなたの困った顔を、こんなことで見られるとは思ってみませんでした」

「あぁぁ。どうせ俺は、いつも困ってますよ」

 アランの変わり身の早さに、フェリシエールはまた笑った。フェリシエールとウインダミーリアスは幼馴染みで、お互いのことを良く知る親友だ。フェリシエールがお酒に弱いことも、フェリシエールの部屋にアランが頻繁に遊びに来ることも知っている。そしてそのアランが、酒好きであることも。

「人が悪いぞ、フェリス」

「だからってまた飲まなくても良いでしょうに。飲み過ぎですよ」

 再びグラスを煽ったアランを、呆れ顔で見つめた。

 フェリシエールとアランも、ドレイファス時代からの長い付き合いだ。元々、アランの一族は下級貴族ではあったが文官の家柄で、ビエラ家ともども政務官として王の政務を助けてきた家系だ。アランは三男だったが、それでも、当然のように、幼い頃から文官教育を受けてきた。だが彼には、本人曰くの「才能もなければやる気もない」状態で、学問はからきし駄目。同じ教室に入ってきたわずか3歳のフェリシエールにちっとも敵わなかった彼は、何とか両親を説得して武官への転身を図ったのだ。それ以来の腐れ縁。

 時々こうして、フェリシエールの部屋に遊びに来ている。フェリシエールは、王佐という高い地位にいるため、王城の一角、トパーズウイングに自室を持っている。一方のアラン達王宮騎士は、騎士堂の隣りに立つ騎士用宿舎、ガーネットハウスに自室が与えられている。しかし、王城内に住めるのは当人だけなので、家族がいる者は外に家を持っている。アランは、ほとんど自室にはおらずに、街中の女性の家を転々としている。という噂だ。時には、こうして執政官の部屋に泊まることもあるらしい。

「王太子殿下は、先の一件であなたが重要な役目を果たしたことを高く評価していますから、それのお礼でしょう」

 ガラス容器の中のナッツを指でつまんで、深緑の髪を軽く掻き上げた。

「俺がしたことなんて大したことじゃないよ。殿下に評価されるようなこと、何もしちゃいない」

「そんなことありません。ウキレイへの斥候も、あなただからこそ早く情報が集まったのです。それに、アイアンピークでの作戦も、あなたの働きが大きかった」

「そうかなぁ〜。俺は、姫には怪我させちゃいましたけどね」

 アランは少し遠い目をして、あのアイアンピークの森での戦いを思い出していた。遺伝子組み換えされたグリセラトプスの殲滅作戦では、結局、リース卿(要するにリサフォンティーヌ王自身だが)に怪我をさせてしまい、寒い晩秋の森で一晩野宿をさせてしまった。そういう臣下としての至らなかった苦い思いがある。

「仕方ないですよ。あれは誰の責任でもないでしょう。バルディス閣下も、かなり気に病んでいましたが…でも、一番気に病んでいるのは陛下ご自身ですよ。無茶をしたと反省されておいででした。あなた方が罪悪感ばかり感じていると、陛下が悲しみます」

 フェリシエールは長い指を膝の腕で組んで、深々とソファーに身を沈めた。そして、

「だいぶ積もりそうですね」

 穏やかな口調で、窓の外を舞う白い花を見つめた。

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