エピローグ
リサフォンティーヌは、静かに握りしめていた右手を開いた。中には、ディアトゥーヴでアレキサンドロスに貰ったあの金のドングリ、オルドゥグランのペンダントトップが。
『あれ? それオルドゥグランですか?』
フレデリックの言葉が記憶の中から甦ってきた。
ポート・アーベンの一件が片づいてから、リースとバルディスはディアトゥーヴには戻らずそのままキールへの帰国の途についた。王都への早期帰還と王への報告の必要があったアレキサンドロスの代わりに、二人を国境まで送ってくれたのはフレデリックだ。途中のサルフィスの街で宿を取った時、彼女が首から下げていたオルドゥグランを見つけたフレデリックがこう言ったのだ。
「いやぁ〜。ようやく殿下も心を決めたんっすね。知ってます? それ、心から惚れた女性にその愛の永遠に続くことを誓って男が贈る、愛の証なんですよ」
その後の言葉は、もうリサの耳には入らなかった。その後の彼女は、胸元の金のドングリを優しく手で包み、王子のアーモンド色の瞳の輝きを思い出していたのだった。
「陛下。そろそろお時間です」
背後から侍女の声が聞こえる。
彼女は手の平のそれを、鏡台の上の真っ白なピルケースにコロンと転がした。
目の前の鏡に映るのは、王冠を抱いて美しく化粧をしたキール王リサフォンティーヌ・ファン・ル・キール・ドレイファスだ。光の当たり方で紫がかって見える銀色のドレスには、同じく銀糸の織り込まれたレースがふんだんにつけられている。シャンデリアのように宝石が垂れ下がる豪華なネックレスが、大きく開いた胸元を飾っている。リサが立ち上がるとすぐに、パニエが入ってふんわりと膨らんだそのドレスの長い裾を、侍女が優しく持ち上げる。衣装係のマーガレットは、王の衣装や髪の一本一本にまで落ち度がないように目を凝らす。
侍女長のエザリアが、立ち上がった彼女の肩に白いファーの縁取りがついた深紅のマントをふわりとかけて、その金色の止め金具を胸の前に垂らす。
天界を統べる女神がそのまま舞い降りてきたような、神々しいほどに美しいリサの正装に、控えている侍女達までもが、思わずため息をつく。
ソレイリューヌの最終日の朝。前日の夜に徹夜で行われる大聖堂での祈りの儀式への感謝と祝福が、王から国民に対して行われる。王城前の広場には、すでに何万という国民が集い、王の登場を今か今かと待ち望んでいる、はずである。
王宮地下の神殿で礼拝を済ませたリサはこの正装に着替えて、これから国民の前に出て行くのだ。
「陛下」
パークデイルが、実に恭しく、長い木の箱を捧げ持って現れた。黒騎士と、オフィーリアが代役を務めている白騎士が、これまた正装で、パークデイルの脇を固めている。リサは木箱の蓋を開き、中に入っていた宝剣を取りだした。まばゆいばかりの宝石で彩られている、キールの3種の神器のひとつでもあるこの宝剣を携えて式典に臨むのが、ソレイリューヌグローリーのしきたりだ。
「参りましょう」
いつもと少しも変わらない冴えた声。
女神は静かに、テラスへの道を進んだ。
広場を見渡せるロードナイトのテラスに出たリサフォンティーヌを、国民の熱い眼差しが迎えた。
同時に、天にまで轟くようなどよめきが湧き起こる。
彼女の銀色のドレスは、昇ったばかりの朝日に照らされて金色の輝きを放っている。
リサフォンティーヌは、彼らに応えて宝剣をさらりと鞘から抜き放ち、その右手を高々と天へ掲げた。割れんばかりの大歓声が広場に集まった群衆から上がる。歓声は広場を越えて王都マロニアの街全体を包みこむ。
大聖堂のカリヨンが、キール国歌「龍の加護の元で、キールよその右手に剣を取れ」を奏でている。
リサの表情は完全には晴れきっていない。
それでも。
今日ばかりは、今ある平和を楽しもう。
テラスの傍らには、執政官フェリシエールと、珍しく正装をしている近衛騎士団長のアラン。赤騎士と青騎士の姿もある。彼ら一人一人の顔をしっかりと見つめる。
リサフォンティーヌは、改めて、広場に集うキールの民を見渡した。そして、国民のために力を尽くそうと強く心に決めた。
右手の宝剣を握る手に力を込める。
華やかに穏やかに、今年もソレイリューヌが明けていく。
天使の涙編はこれにて完結。
最後までお読みくださりありがとうございました!
これで、同人誌での既発表分終了です。
続きの物語では、リサの兄ウインダミーリアスも登場しますが、そのうちこちらにもアップするかも?しれません。趣味が合う方がおられたら、またお読みください。
アランとフレデリックにも活躍の場を提供したいな、と思っています。




