プロローグ
カイザースベルン王国の王都ディアトゥーヴの街は、ぐるりと街壁に囲まれている。
街の中はこの時期特有の美しいイルミネーションで彩られており、大陸の各国から集まった旅人や商人でにぎわっている。
街の郊外の広場には、1ヶ月の間、遊園地やサーカス、劇団などの巡回団が滞在し、天幕を張ったり小屋を建てたりして興行する。彼らは広場の隅に居住用のテントを張り、そこで生活をしている。
「なに!?いないだと?」
広場の最奥に建つ天幕の中から大きな声が響いた。見せ物小屋の裏手にあたる、一際ひっそりとした薄暗がりだ。周りには7つほどの天幕があるが、先ほどの天幕が一番大きかった。
「どういうことだ! 説明しろ!」
そして、激しくテーブルを叩く音。
「すいません。ちょっと目を離した隙に、抜け出したみたいで…」
「みたいで?」
「はい」
「それで、例のものをあいつが持ち出したっていうのか!?」
不機嫌そうな野太い声は、先ほどよりもさらに刺々しい。
「はい。すみません」
二人の男が同時に謝る声が聞こえた。
「すみませんじゃねぇだろう! あれがないってことがどういうことか解ってんのか? あれがなけりゃぁ、何もできねぇんだよ! 何のためにこんなとこまで来たと思っているんだ! わかってんだろう! お前達!」
ガシャンとガラスが何かに叩きつけられて割れる音がした。
「もういい! 早く探し出して捕まえろ! 何としても、ブツは取り戻せ! まったく。あんなガキ、いつまでも生かしておいたのが失敗だったか。何をしている! 早く行け!」
怒鳴り声に押されて、二人の男達が飛び出すように天幕から出てきた。いずれも、体格の良い中年の男だ。
「なんとしても捕まえるぞ! 警吏に怪しまれないように、充分気をつけて探せ!」
外に控えていた複数の男達にそう指示を出し、イルミネーションで白く染まる街の中心部の方へと走り出した。
前作、キールの薔薇編からの続きです。
事件が連鎖して、物語は続いていきます。