憂う横顔
「お疲れ様です!」
小隊を指揮する40代半ばくらいの騎士が、水門の石段を勢いよく上がってきて、大袈裟なほどに背筋を伸ばしてアレックス達に敬礼する。
応援に来た船も入れて5隻。兵士達は、狭い水門に横付けされた船から、飛び移るように次々とこちらに上がってくる。
「ここにいた連中はすべて捕えた」
敬礼に応えながら、アレックスがちらりと建物の方を見た。
「斬られてない奴も、一人もいないけどね」
斬られて息も絶え絶えに呻いている男達を、微かに同情を浮かべた視線で振り返り、フレデリックは、
「まぁ、自業自得だからしかたないけど」
とつづけた。
森へと逃げ出した男は4人で、3人はバルディスによって斬られた上に取り押さえられ水門へと連れてこられていた。もう一人は、道を外れて沼に入ったところで泥に埋まって身動きがとれなくなり、最後は泣き叫び懇願して兵士達に助けを求め、救出と同時に縄を掛けられて引きずられていった。
上陸した巡視艇の兵士達が、縄打った男たちを乱雑に連行していく。船は総勢20人近い男達を順々に乗せて、ポート・アーベンの基地へと下っていく。
そして地下室からは、きれいに布にくるまれた3つの小さな塊が、丁寧に運び出されてきた。男達の証言の通り、沼のほとりのゴミ捨て場付近からは、同じくらいの子供の骨もいくつか回収され、それらも木の箱に納められていく。
アレックス達は、捕らえた男達が全員護送されていくのを見届けてから、その搬出作業を見守った。
アレックスは、騎士達を葬送する時と同じように剣を抜いて顔の前で構えた。
その場にいた騎士全員が、それに従った。
リサフォンティーヌは、もう泣いてはいなかった。彼女の気配は、もうすっかりリース・セフィールドに戻っていた。何事もなかったように穏やかな顔をして、その船が大河に漕ぎ出していくのを見送っている。
道が悪いために陸路では3時間ほどかかった旅程も、船で下れば1時間だ。
「では、我々も戻りましょう」
建物内に残された証拠品の押収を警吏騎士に任せ、船倉に馬を入れられる強襲上陸用の中型船に馬を積み込む。馬は、最初こそ、慣れない場所に少し躊躇して興奮したが、なんとか大人しく乗船してくれた。
あれほど罵声が飛び交って騒々しかったクレーン基地も、今はもう、元の穏やかな廃墟に戻ってしまっていた。斬り合いで飛び散った男達の血は、このまま石に染みこんで、やがては忘れ去られてしまうのだろう。しかしここで見た悲劇は、ずっと心に刻み続けられるはずである。リサの瞳はそう言っていた。
一行を乗せた船は、静かにクレーン基地を離れプラタ川へと漕ぎ出した。
船は廃墟の水門をくぐり、緑が覆いかぶさるように視界を狭めている引き込み水路を抜け、支流を少し下ってすぐにプラタ川の本流に出た。ほとんど流れは見えず、穏やかに滔々と、青く澄んだ水が流れていく。森に響くもの悲しげな声は、おそらくモウニングの鳴き声だ。林冠を揺すりながら枝を渡っていく獣の長い尾が見える。
珍しく血の雨を浴びたアレックスは、シャワーを浴びて、リサ達が休んでいるサロンに戻ってきた。
「後20分ほどで、基地が見えてくるはずです。あれ? リースは?」
部屋にいたのは、フレデリックとバルディスだった。カバリエは、この船の船長がかつての部下であるために、ブリッジに上がって昔話に花を咲かせている。バルディスは腕組みをして目を閉じたまま、椅子に深く座り込んでいる。 フレデリックは、コーヒーカップを片手に、テーブルの縁に足をかけるという行儀の悪い格好で新聞を読んでいた。
「外ですよ」
新聞を下げて少し顔をのぞかせて、左手の出口付近を指す。
「外?」
「後部甲板です」
部屋の後ろ側がガラス戸になっていて、外の後部甲板が見下ろせるような造りになっていた。
近づいてのぞくと、艫の部分の手摺りにもたれるようにしながら、川を見つめているリースの姿が見えた。辺りはユレキニアの営巣地だ。河岸の水辺には、白い大輪のマグノリアの花が折り重なって咲いているように見える。彼女が時折手を高く挙げると、まるでそれに答えるかのように、純白のユレキニアが大きな羽を広げて滑空してきて、船の上をかすめるように飛んでいく。
「何があったか……聞かせていただけませんか。殿下」
取っ手に手をかけようとしたアレックスを、バルディスの低い声が呼び止めた。
バルディスと再会した時、リサはもう泣いていなかったし、涙を流した形跡すら残していなかった。いつものようにテキパキと、男達の捕縛の手伝いもしていた。その後の彼女の言動も、少しも変わったところはなかったというのに。
バルディスは、彼女に何かあったのだろうという予感を感じていたのだ。
アレックスは、声の主を振り返った。
黒衣の騎士の銀色の瞳が、アレックスのアーモンド色の瞳を見つめる。リサに直接尋ねないところは彼なりの配慮なのか、それとも、それが二人にとっては常なのか。アレックスは静かに思考を巡らせた。
「すまん、フレッド。少し席を外し……」
「ちょぉっとブリッジに遊びに行ってきますよ」
フレデリックはすでにすぐ隣まで歩いてきていて、お茶目にそう声を踊らせて、ポンとアレックスの肩を叩いて部屋を出ていってしまった。




