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眠れない夜

 リサ達一行は、街道を西海岸に向けてひた走っていた。昨日は、朝10時頃王都ディアトゥーヴを出発して、日が落ちてからさらに3時間ほど走り、予定していた街よりさらに二つ向こうの街まで距離を稼いだ。なにしろ、通常丸3日の道程を、1日ほど短縮させようと画策しているのだ。強行軍は仕方ない。

 今朝もまた朝早いうちに出発して馬を飛ばし、ポート・アーベンまで残り数時間というブラーヘンの町まで辿り着いていた。

「駄目です。空いてないですね」

 宿屋の前で待っていたリサ達の元に、がっくりと肩を落とすようにして、フレデリックが戻ってきた。

 この町はとても小さい町で、駐留軍の基地もない。しかしながら、ガラス工芸が盛んな地であるために、ソレイリューヌの飾り付けの美しさは国内屈指だ。そのためこの時期は特に観光客が多くて、7件ある宿屋は、どこも満室だった。

「すみません。この街がこんな状態だと言うことを、すっかり忘れていました」

「ほんと申し訳ないです。先のことが気になってうっかりしてました。急に決まったので宿の手配もしてませんでしたし」

 アレックスがリサ達に謝り、フレデリックがアレックスに謝った。

「こんな事なら、ひとつ前のキッシムに宿を取れば良かったですね」

「いや。少しでも先に来て良かったよ。私達は観光に来たわけではないし、こういう時のために野営装備をしてきたのだろう」

 申し訳なさそうに詫びてばかりのカイザースベルンの騎士達に、リサは毅然とした騎士の声で応じた。

「後は、心当たりをあたってくれているカバリエの結果次第だが…」

 最後の希望は、道案内役のカバリエ・アスマだ。彼は今、昔なじみの知り合いを訪ねて民泊先を探してくれている。彼が向かっていった通りの方を見ながら、アレックスは浮かない顔をした。

「それも駄目なら本当に野宿ッスね」

 同じ方向を見ながら、フレデリックもため息をついた。

「夏ならまだしも、この寒い中で野宿というのもなぁ」

「なぁ」

 リサのことを気遣って、二人は顔を見合わせて困った顔をした。

「私のことなら心配いらない。野宿は何度も経験済みですよ」

 そんな二人に、リサは爽やかに笑いかけた。12月に野宿という最悪の状態になるかも知れないと言うのに、実に涼やかなものだ。

「見習い騎士の頃、師匠と国内外をいろいろ旅したのですが、そういう時は、徹底して野宿をさせられていたので。騎士になるなら、どんな環境でも眠れないといけないって」

 笑って言いながら、ちらっと隣の馬上の厳つい男に視線を送る。

「弟子にした以上、責任がありますからね」

「ってことで、野宿になってもご心配なく」

 リサは馬の首をなでながら、二人の騎士に片目をつぶった。

「さすがですね。じゃぁ、俺の方が野宿の経験少ないかもしれないな」

 アレックスが感嘆の声を上げたところに、カバリエが戻ってきた。

「殿下、宿泊先確保できました! 田舎の農家ですから、快適とはいえないとは思いますが…粗末なもので良ければ食事も作ってくれるそうです」

「外で焚き火を囲んで夜を明かすよりよっぽどいいよ。ありがとう、カバリエ。よく見つけてくれた」

 王子のねぎらいの言葉に、宮廷騎士はうれしそうに笑みを作って小さく頭を下げた。

「では参りましょう」

 一行は、好意で泊めてくれるその農家へと馬を歩かせた。

   


    *****



「申し訳ありません。王子様をお迎えするという栄誉に預かりながら、あのような食事しかご用意できなくて」

 農家の主の妻マドレーヌが、2階へと一行を案内しながら、もう何度目かのお詫びの言葉を王子に向けた。だいぶ白髪の混ざり始めた赤茶色の髪が、その度に小さく揺れる。彼女は、昨年、夫と死に別れてから、ここで息子の嫁と二人暮らしだという。息子はポート・アーベン駐留軍に所属する騎士で単身赴任中。カバリエの元部下だ。

「いえ。こちらこそ、突然お邪魔することになった上に、夕食までご馳走になってしまって申し訳ない。泊めていただけるだけで充分有り難い。本当にお気遣いなく」

 木造2階建ての家は、木を格子状に組んだ特徴的な外壁を持つこの地方の伝統的な農家の造りをしていた。

「で。セミダブルベットがひとつと2段ベッドがひとつ、ね」

2部屋を覗き込みながらフレデリックが小さく頷く。

「申し訳ありません……お一人はあちらのソファーに……」

 2階には3部屋。突き当たりは物置部屋で、その隣りにセミダブルのベッドが置かれた部屋と2段ベッドとソファーベッドの部屋が1部屋。マドレーヌが2部屋を見渡せる狭い廊下で、一同に説明をする。

「殿下とフレデリック様のお二人なら、ご一緒にお休みになれるかと……少し狭いですが……」

「俺は、男同士でセミダブルはご遠慮しますよ。ってことで俺は2段ベッド」

 怪訝そうな顔をしているマドレーヌを無視して、フレデリックは平然と隣の部屋に入って、荷物を2段ベッドの上段に放り込む。

「フレッド!」

俺はここね! と全身で語っている幼馴染みに、アレックスが刺々しい声音で制止をかける。

「殿下はリース卿とご一緒して下さい」

「フレッド!」

「で、ではごゆっくり」

 怒鳴るようなアレックスの声にびっくりして、慌てて頭を下げて、マドレーヌはそそくさと階段を下りてリビングに消えてしまった。

「フレッド! お前がそこに寝てどうするんだ」

「いいじゃないですか? 俺と一緒に寝るより、あんただってそっちの方がいいだろう?」

「そんなこと……」

 頬を赤らめて視線だけリサの方に動かした。

「いいだろう? 俺なんかと一緒よりも絶対。本当なら真っ先に俺が志願しているとこだけど、ここは隊長にお譲りしますよ〜」

「フレッド!」

 軽口を叩いたフレデリックをきつい言葉で叱りつける。

「あの……私が床に寝ますから、もめないで下さい」

 カバリエが仲裁に入る。誰か一人が快適な睡眠を譲れば、なんの問題も起きないのだ。

「いや、その必要はないよ」

 穏やかな口調でリサが歩き出す。

「フレデリックが言うように、私達がここに寝ればいい。アレックスが嫌でなければ」

「リース…」

「皆、変に気を遣いすぎですぞ」

 バルディスも堅い木の床を歩いて手前の部屋に入っていくと、「俺はここで」と、ソファーの上に荷物を降ろした。

「い、いえ……私がそちらに。閣下はベッドでお休み下さい」

 カバリエが慌ててバルディスを追いかけていく。

「明日も早いですしね。いつまでも話し合う内容ではないよ」

 リースはすでに腰から剣をはずしてベッド脇のテーブルの上に置いている。

「私への気遣いは無用です」

「す、すまない」

 押し殺したようなリースの言葉に、ようやくアレックスは、自分の気遣いが、彼女にとっては全く必要のないことだったことに気がついた。

「諦めがついたら休みましょう」

 軍服の上着を脱いで壁のハンガーに掛けながら、まだ廊下に突っ立っているアレックスに、悪戯っぽい笑顔を向けた。

「あぁ。そうしましょう」

 バタン

 バタン

 扉の閉まる音が2回して、廊下は静けさに包まれた。

 とはいえ。

 そんな簡単に眠れる状況ではない。狭いベッドの端と端で、背中合わせに毛布にくるまってはいるのだが、この居づらさをどうしたものだろうか。アレックスは、ゴソゴソと寝返りをうった。

「あ、すみません」

 指先が、動いた拍子に彼女の背中に触れ、アレックスは弾かれたように腕を引いた。こちらに背を向けて眠っている彼女からは何の返事もない。アレックスは落ち着かない様子で彼女に背を向けて、自身も眠ろうと深呼吸をした。

 落ち着かない。

 こんな状態で眠れるわけはない。

「眠れないのですか?」

 もう一度大きく深呼吸をすると、眠っていたと思った彼女からそう声をかけられた。

「あ、いえ……すみません、起こしてしまいましたか?」

 ビクッと体を動かして、困ったように暗闇に目を泳がせた。

「まだ起きてました」

「あ、すみません」

「あなたは、先ほどから謝ってばかり」

 彼女は小さく、クスッと笑った。

「すみません」

「ほら、また」

「あ」

 暗い室内に、二人の小さな笑い声が響いた。

「先ほどはすみませんでした」

「?」

 リースが毛布の中で、少し体を動かした。

「変に気を遣ってしまって……あなたは白騎士としてここにおられるのだと、ちゃんと理解はしていたのですが…。それに、フレッドも失礼なことを」

「気にしなくていいですよ、そんなこと。元々、隠し事を抱えて無理を言っているのはこちらなんですから」

「しかし……」

「私の臣下も、最初はみなそうです。バルディスとは、もうかれこれ15年近くの付き合いですからあんな感じですが、赤騎士のクルステットは、メンバーがこういう微妙な状態の時は、絶対に来たがりません。言葉遣いひとつでも緊張するとか言ってね。どこまで敬語でいいのかわからないって。私は、そんなことは気にしないと言っているんですけどね。白騎士として振る舞っている時には、一切敬語など必要ないと。ですが、彼らにしてみればそうもいかないようで。最近は少しずつ、話しかけてくることも増えましたが。今回は、アレキサンドロス王子もご一緒するというので、なおさら関係が複雑でね。クルステットは、絶対に一緒には行けません、って断言してましたよ」

「そうですか。まぁ、俺の所も似たような感じです。フレッドとは従兄弟同士で幼馴染みでもあるので、子供の頃からずっと一緒ですから気兼ねなくやってますが、他の部下達は、たぶんやりにくいでしょうね」

 お互い、部下達のことを気遣って気の毒そうに笑った。

「明日も早いから、もう休みましょう」

「リ……リサ……?」

 突然右腕に絡みついてきたぬくもりに、アレックスの声は少し上擦っていた。

「隙間が出来ると寒いね」

 彼の腕に体をくっつけるようにして毛布をかけ直し、

「おやすみなさい」

 最後に一言そう言って彼女は沈黙した。

 今まで雲に隠れていた三日月から、ほのかな光がようやく差し込んできた。 室内に入り込んできたその明かりを、アレックスは目を閉じて必死に遮断した。

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