マロニアの朝
キールの王都マロニアは、朝靄に煙っていた。
騎士達の朝練に付き合っていた近衛騎士団長のアランは、そのままの姿でサファイアウイングへと続く階段を駆け上がっていた。
執政官の執務室に駆け込むと、そこには既に、青騎士ダグラスが来ていてソファーに座っていた。
「おはようございます」
青騎士が軽く振り向いて挨拶をした。
「お、早いな!」
右手を挙げてそれに答える。
「急にお呼びだてしてすみません。アラン」
青騎士の向こうからこの部屋の主が顔をのぞかせた。
「陛下から鳩便が届いたと?」
「えぇ。まぁ、おかけ下さい」
話をせかすアランとは対照的に、穏やかな仕草でソファーを勧める。丈の長い上着を緩やかにまとった執政官は、今朝も落ち着いている。
一昨日、リサフォンティーヌが、エタルニア宮殿を出立する際に鳩便に託した手紙は、今朝早くにマロニア王城のホークアイタワーに届けられていた。
「また何事か?」
王から鳩便が来るときは大抵何かある。時にはのんびりとした、旅の思い出話のお手紙でも下さらないだろうか、と、二人でそんな話を交わしたばかりだ。
「残念ながら予想通りです」
フェリシエールも同じ事を思い出していたようで、肩をすくめてリサフォンティーヌからの手紙を差し出した。
「羽の生えた人間の子供?」
手紙用の暗号文章の解読スキルは、王宮騎士の基礎教養のひとつだ。文字列を目で追っていたアランの動きが止まる。
「えぇ。しかもゲール民族の生き残り?」
「こっそり街に下りて大捕物を演じるなんて。相変わらずですね〜。あの方は」
呆れたように声に出す。
「そりゃぁ隊長には怒られるでしょう…ねぇ?」
リサが「バルディスに怒られた」と書いてあったので、苦笑を浮かべながらフェリシエールと目配せする。
「護衛の二人はさぞや気を揉んだことでしょう」
「留守番で良かったですよ。私は」
ポロッと口にした青騎士の本音に、大きく頷きながら、
「白騎士のお供なら喜んで致しますがね。王のお供は、俺も御免です」
アランも首を振った。
「そんなものですかね」
「そうさ。あの方が剣を握っている時、危ないと思ったことは一度もないが、ドレスでも容赦なく腕前をご披露なさるのだから、見ている方は気が気ではない。今まで多くの者にばれずに来ているのが不思議でならないよ」
「昨年の武闘大会の晩餐会での事件ですね」
ダグラスも当時の記憶を懐かしむように言って苦笑した。
昨日の朝カイザースベルンのエタルニア宮殿でリサが思い出したのと同じ事件を、今朝はキールのマロニア王城で彼らが思い出していた。
駆けつけたバルディスの第一声が、何故「まったくあなたという人は」だったのか。ダグラスは、その後呼ばれた王のサロンでそれを知ることとなったが、あの時の衝撃は未だに忘れられない。ダグラスがその日のうちにキール王国王宮騎士として採用され、半年間空位だった青騎士に任命されたことを、「口止めのためですよ」と王は笑って言ったが、それも粗方、冗談ではないのかも知れない。
「あの時、嫌な殺気を感じるって言うんで、俺達は周辺の警備に出てたんですけどね。陛下自らが囮になって庭に出るなんて、無茶苦茶ですよ。巻き込まれたダグラスも散々だったとは思うけど」
「確かに。あの時ばかりは肝を冷やしましたよ。私は何もできずに、ただキール王の危機を見ていただけなんですからね」
あの場でもしキール王が斬られていたら、ダグラスの騎士としてのキャリアもそこまでだったかも知れない。
「姫はいつもあんな感じですからね〜。隊長くらいしか、姫にはついていけません」
「確かに。陛下に意見できるのは、師匠であるバルディス閣下くらいしかいませんからね」
そう微笑みながら、執政官は深緑色の髪を掻き上げた。
「ですから、まぁ、白騎士としてなら、ポート・アーベンへの御出立もあまり心配はしておりません。問題はその『天使の子供』ですね」
手紙には、検体をトリステルの王立研究所に送ったということと、街で助けた女の子『ミーナ』を、グランヒースの軍病院に入院させるという事が書かれていた。
「アランは、グランヒースに飛んで、受け入れ態勢を整えておいて下さい」
「わかった」
「それから、特に港町や国境の警備を強化するようにと」
「駐留人数を増やすよう手配する」
アランには、各騎士団長が不在の際は、代理で騎士団の指揮を執ることができる高い地位が与えられている。特に今回のように、白騎士、黒騎士、赤騎士の三人もが不在の時には、彼の役割は非常に重要だ。しかし本人は隠密活動が大好きで、あまり王宮勤めを好んでいない。四天王にならなかったのもそれ故だ。アランの肩書きは近衛騎士団長ということになっているが、副官が優秀なのもあって、王宮での儀式の際にしかその役を果たしてない。実際の活動内容といったら、さながら『諜報部』といった感じだ。
「ダグラス。青騎士団は国境までみなさんを迎えに行って下さい。今朝ディアトゥーヴを出発したはずですから、明後日にはエーデルバッハに来られるでしょう。エーデルバッハまではカイザースベルンの兵士が護衛についてくれています。オフィーリアが陛下の代理をしています。クルステットが彼女の元を離れるわけにはいかないですから、そこから子供を病院へ移送する役をあなた達にしていただきたい。カラキムジア大学のゲール語の教授が通訳に同行しているので、彼のこともよろしく頼みます」
「了解しました」
「それにしても。やっぱりこいつもドラクマの仕業かね〜」
同封されていた『天使の子供』のスケッチを掲げながら、アランがため息をついた。
「さぁ、それはわかりませんね。ただ、陛下はそのように思っておられるようですが」
「だよな」
「とにかく。何が起きても、国の安全は最優先に守らなくてはなりません」
「もちろんだ」
アランは力強く同意して立ち上がった。




