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心配性な人達

「だからといって、なぜまたお前が斥候に出るのだ」

 王のサロンで最終的な打ち合わせをしていたアレキサンドロスの所に、兄のマキシミリアンが苛々した様子でやってきた。

「しかも、リサフォンティーヌ王もご一緒とか」

 少し離れたところで、パークデイルやオフィーリア達と話をしているリサの方に視線を送りながら、弟の顔をのぞき込む。

「そう言わないで下さいよ、兄上。あまり時間もないですし、かといって大人数で行くわけにもいかないんです。のんびり偵察部隊を出している場合じゃないのです。斥候というより、先遣隊が即実戦部隊ということになります。少数で確実な成果を上げるなら、精鋭部隊で望まなくてはいけません。それに対して、カイザースベルンもキールも、腕の立つ騎士を選別するのは当然のことでしょう? ご心配には及びません。リサは、白薔薇の騎士と言われるほどの剣豪ですよ。彼女の腕は、俺が保証します」

「そういう問題ではない」

「大丈夫です。何かあれば、俺がちゃんと、彼女のことは守りますから」

 右手を心臓の上に重ねて、兄に誓いを立てる。

「アレックス。私はお前のことも、心配しているのだ」

「わかっております」

「私には、お前が好んで危険な場所へと赴いていくようにしか見えないのだ」

 弟思いの王太子は、心から彼のことを心配している。その気持ちが、声からも表情からも溢れだしていた。

「わかっています。兄上のご心配も。ただ俺は、自分の手で何でもしたいだけです。事件を解決することも、大事な人を守ることも」

 アレキサンドロスは、ちらっと窓際に立つ人の方に視線を送った。朝日を受けて、彼女の金色の髪が輝いて見えた。

「お話中、失礼いたします」

 古傷のある片足を引きずりながら、軍帥のカールが部屋に入ってきて二人の会話を中断させた。

「アレキサンドロス殿下。これが、プラタ川周辺の詳細地図です。ポート・アーベン駐留軍の隊長は最近変わったばかりで周囲の地理にあまり詳しくないとのことで、昨年まで長らくあそこの司令官をしていたカバリエ・アスマを御一団の道案内にお連れ下さい。すでに準備をして待っているはずです」

 紙の束をアレックスに差し出す。

 カイザースベルンでは、軍の統率権をもつ王の軍事作戦面での支援のために、『軍帥』という専門官を王佐の一人に置いている。軍帥は、戦術の立案に関するあらゆる情報、兵士の力量や数、各街の駐留軍の状況や戦力、補給ルートや各地の地形の状況、果ては食料生産や水の供給能力のことまで、国内全土の有りとあらゆる情報を集めて解析している。仕事内容は、武官と言うより文官だ。カールは若い頃の怪我で片足を引きずるようになったが、30年近く、カイザースベルン軍を支えている。

「ありがとう、カール軍帥」

「それから、何かございましたらすぐに鳩便にてお知らせ下さい。こちらでは、いつでも軍を派遣できるような体制を作っておきますから」

 丈の長いローブを纏ったその軍帥の言葉に、アレックスは大きく頷いた。




「陛下。本当に行かれるのですか」

 広間の窓側からパークデイルの悲痛な声が響いた。

 こちらもこちらで、同じようなやり取りが続いていた。

「大丈夫。肩はもう痛みもないし、剣には支障ない」

「そのようなことを申し上げているわけではありません。国賓としてカイザースベルンをご訪問中の陛下が、どうしてそのような所に行かねばならないでしょうか」

「ゲール民族は、もともとキールの民でもある。しかも、子供が不当に、遺伝子組み換えの実験材料に使われているのです。それを野放しにしておくわけにはいくまい」

 リサはすっかり白騎士の出で立ちとなり、マントの襟元を留めながらいつまでも話をやめない執事を哀れみの目で見た。

「ですが、陛下がお出かけにならなくとも」

「なら、そなたがゆくか」

 意地悪な言葉をかけると、

「あ、いえ、あの……私でお役に立てるのなら……」

弱々しい返答が返ってきた。

「残念ながら、そなたでは役には立たないだろうな」

「ですよね……」

 主の答えに、執事はホッと安堵の表情を浮かべる。

「だから、そなたはオフィーリアを私の代わりとして、予定通り、明朝には帰国の途につきなさい。無事にマロニアまで、彼女を送り届けるように。トリステルには、先ほど例の胎児を早馬で送ったから、その件についても、フェリシエールに伝えてくれ。一応、手紙には記したが、そなたからも、よろしく伝えておいてくれ。頼んだぞ」

 その安堵感のためか、器用に話題が切り替えられたことに気がつかず、「はい、確かに」と恭しく臣下の礼を取る。

 リサのドレスを着て身代わりとしてその場に立っているオフィーリアも、不安溢れる瞳で主を見つめていた。

「昨日も今日も、面倒な仕事を頼んでしまってすまないな、オフィーリア」

 優しい言葉をかけながら、彼女の胸元のネックレスのよじれを直してやる。

「いいえ。私のことなど、どうぞお気になさらないで下さい。それよりもリサフォンティーヌ陛下……私は陛下のことが……」

「心配ないよ。そなたはしっかり国に戻って、私を待っていてくれればいい。ソレイリューヌのミサまでには戻るから」

 泣きそうな侍女の肩に手を置いて小首を傾げて微笑んだ。

「陛下」

 抱きついてきた彼女の体を優しく抱き留める。

「大丈夫。心配いらないよ」

 異国で王の代理を務めることは、彼女にとって想像以上の負担となっているようだ。彼女の体からは、主の出立への心配と同時に、自分自身が演じる役割に対するプレッシャーが滲み出ていた。

「大丈夫。そなたは良くやってくれている」

 リサはもう一度言って、華奢なオフィーリアの瞳を優しく見つめた。

「クルステット。後を頼む。城に着いたら、いろいろ動いて貰うこともあるかとは思うが」

「はい、お任せ下さい。陛下、くれぐれもお気をつけて」

 歳の近い赤騎士は、厳しい眼差しで主の瞳を見つめ返した。

「白騎士の実力は、良く存じておりますが」

 クルステットが、口元にほんの少し意地悪な微笑みを浮かべる。

「わかっている。無理をして、またそなた達に怒られるのは嫌だからな」

「ご無理をなさるとは思っておりません。バルディス閣下がご一緒ですから」

 クルステットの微笑みに、

「あぁ、そうだった。お目付が一緒だった」

 リサも軽やかに笑った。馬屋で準備を手伝っている黒騎士は、今頃きっとくしゃみをしていることだろう。

 キールからは、白騎士リースとしてのリサフォンティーヌとバルディスの二人。カイザースベルンからはアレックスと親友フレデリック、そして道案内を兼ねて参加するカバリエ・アスマの3人の、計5人のパーティーだ。アレックスの言葉通り、『最少の人数で迅速かつ確実に仕事をこなせる』メンバーだ。

「リサ」

「父上」

 ディートリッヒと共にメンフィスが部屋に入ってきた。

 リサフォンティーヌは、父王の元へと歩み寄り、

「止めても参ります」

 ピッと姿勢を正して、彼の顔を見上げた。

「わかっている。止めても無駄なことは、もう十分に承知している」

 諦め顔でメンフィスは苦笑した。緩やかにウエーブの入った薄金茶色の髪が、肩にかかって揺れている。

「さすがに、3年前、武闘大会でいきなり優勝して、最年少で王宮騎士となったリース・セフィールドが、自分の娘だと知った時には動揺したが……」

 娘の頬に軽く右手を添えるようにして、頬にかかる金色の髪を梳くように触る。

「キールに行ってからますます多くなったという、騎士としての外出の話も、フェリシエールからいろいろ聞いている。そなたには、いつも驚かされてばかりだ。昨年の、王宮でのこともあるから、今回も心配しておったが……」

 昨年の王宮でのこと…。

リサは、ふっとその時のことを思い出していた。

 あれは1年前の秋。ドレイファス王国で、毎年秋に開かれている武闘大会の翌日の、王宮騎士・宮廷騎士叙任の祝賀パーティーでの血生臭い事件。武闘大会優勝者のダグラス・ベルガーをキール青騎士に迎え入れるきっかけとなったその夜の出来事。

 その時の記憶を、リサは一瞬のうちに思い出していた。

「無茶なところはどちらに似たのか……エリザベートは、こんなにお転婆ではなかったから、私の遺伝子のせいかな」

 娘の絹のような髪を、何度も指に絡めるようにしながら、メンフィスは彼女の青空のような瞳をのぞき込んだ。

「心配しているのだぞ、私は。先日の、アイアンピークでの大怪我のことも」

 髪を滑らせた手をそのまま肩まで下ろして、まだ傷の残る彼女の左肩に優しく触れた。

「父上…」

 アイアンピークで怪我をしたという話は、リサからは直接メンフィスに報告をしていなかった。隠し通していると思っていた事実も、既に父の耳に入っていたのだ。

「もう、良いのか? 傷は」

「……はい」

 肩に触れるぬくもりに、リサは力強く返事をした。

「あまり無理をしないでくれ。リサ。白騎士の活躍を耳にする度に、私は心が痛む」

「父上」

 肩からおろした手で、リサの右手を優しく持ち上げ、両手で包み込む。リサは、父の淡いブルーの優しい瞳を見上げた。

 久々に触れる父の大きな手。若い頃のメンフィス王は、剣士として数々の武勇伝を残してきた。30年前の戦争を戦って、この手で母を守ったのだと、幼い日に聞かされていた。

「次に会う時には、手合せでもするか」

娘の手が、すっかり剣士の手であることに、メンフィスは小さくため息をついた。それは、諦めというより、覚悟を決めたという表情だった。

「気をつけていけ。自分がキールの王であること、決して忘れるな。そなたがいなくなれば、国民が悲しむ。もちろん、私もウインダムも。そして、エリザベートもな」

「はい。心得ております」

「龍のご加護を」

「ありがとうございます」

 リサは、首に下げているキールクロスを、服の上から静かに触った。

「そろそろ参りますか」

 紙の束を小脇に抱えながら、アレックスが二人の元へと歩いてきた。

「アレキサンドロス殿下。リサを頼む」

「命に代えましても」

 アレキサンドロスは、ドレイファス王の言葉に、右手を心臓の上に重ねて軽く目を伏せた。

「そんな事なさらないで下さい。殿下」

「そうでした。そういうこと、お嫌いでしたね。守られるのは、俺の方かもしれませんし」

 二人は顔を見合わせて微笑んだ。

「それでは」

「行って参ります」

 二人の騎士は背筋を伸ばしてドレイファス王とカイザースベルン王に挨拶をして、並んで部屋を出ていった。

「似合いの二人だな」

「誠に」

 部屋を出ていく若い二人を、二人の王は、父親の顔で見送った。

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