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作戦会議

「駄目ですね。殿下が見せ物小屋の主というのを捕まえましたが、ドラクマに通じる物は、何ひとつ出てきませんでした」

 会議室に入ってきたフレデリックが、開口一番そう言ってディートリッヒの顔を見た。

 林の中を行ったフレデリック達は、小屋の関係者らしい男達を9人捕らえていた。こちらが散開して追っ手の目を引きつけようとしていたのだろう。どの男も剣を振り回し激しく抵抗したらしい。

 アレックス達が捕らえた5人と共に、護送用の馬車に乗せられてみな監獄に繋がれた。

 その取り調べに立ち合っていたフレデリックが、報告書を持って戻ってきたのだ。

 会議室となっているのは、通常の会議に使われる会議室ではなく、王のサロンだった。それは、参加している国賓に対する配慮からだった。

 サロンに集まっているのは、カイザースベルン王ディートリッヒ、マキシミリアン王太子、王国軍帥カールスと騎士団長ジャンジローラモの他に、晩餐会のゲストであるドレイファス王メンフィスと彼の側近モーガンとバルディスの弟サイザリアスである。

「親玉は、ローマン・タイソンという男で、先ほどDAKKSの担当官にも確認してきたのですが、スードラから国際手配されている男でした」

 DAKKSというのは、ユートピア大陸の五つの独立国家、ドレイファス、カイザースベルン、キール、スードラ、アルタミラスが50年前に設立した国際組織だ。現在では加盟国は倍に増えているが、国際犯罪の捜査や取り締まり、交易品の規制などを協力して行っている。

「容疑は?」

 隣の王太子が口を開く。

「詐欺と強盗殺人…、殺人の方は首謀者と言うことで、直接手を下したのは部下のようですが…その他にも、ありとあらゆる悪事を働いてます。こいつは」

 話ながら、持ってきた資料を慌ただしく配り始めた。逃げていた男達の追跡から昼前に戻り、関係部署を廻ってかき集めてきた報告書や調査結果だ。

「国際手配犯が、どうして我が国に侵入しているのだ。国境警備隊の取り締まりは何をやっている」

「申し訳ありません」

 軍帥が頭を垂れる。

「何でも、スードラ側に協力者がいて、偽の通行証を作ってもらったみたいですね。例のブツは、ポート・アーベンの港で貿易商から仕入れた物だそうで、あれを王都のマルシェで見せ物にして金を稼ごうと思っていたそうです」

「あの子供は?」

「えぇ。あの子供も、その時一緒にその貿易商から買ったそうです」

「買った?」

 王は不愉快そうな顔をして、フレデリックを見た。

「奴隷貿易は厳しく取り締まっているはずであろう?」

 自国でそのような取引が公然と行われたことが気に入らないようだ。

 奴隷を使うことはもちろん、奴隷の取引も国際法で固く禁じられている。確かに海の向こうのドラクマ帝国など複数の国ではまだ奴隷制度が残っているようだが、国際組織DAAKSでは、設立当時から奴隷制度完廃を支持してきた。

「はい、それはそうですが…なんでも、同じような子供がまだ何人かいた、と」

「どうしてそれを見つけられなかったのだ」

 穏やかなはずの王太子にまで怒られて、軍帥と騎士団長は、「面目ない」とほぼ同時に俯いた。

「その、貿易商というのは何者なのだ?」

 部屋中を歩き回って、全員の手元にインクの臭いのする刷りたての資料を配っている騎士に、王が再び問いかける。

「ローマンは、貿易商について詳しく知りませんでした。話し方に少し訛があり、外国人のように思えた、とは言っていましたが……なんでも、突然『儲かる話がある』と言って話を持ちかけられ、あの標本を見せられたそうです。価格は1000万コルネット」

「1000万コルネット?」

「はい。当然ローマンは、高すぎると突っぱねたようです。そうしたら、スードラへの通行証をもらえるなら、タダで譲ろう、と」

「最初からそれが狙いか」

「えぇ、たぶん。まぁ、ローマンも戻るわけにはいきませんから、ちょうど良かったみたいですけどね」

「で、アレキサンドロスはどうした?」

 会話がとぎれたところで、ディートリッヒは、一緒に戻ってこなかった王子の所在を尋ねた。

「殿下は、キール王達とご一緒に病院へ寄ってからこちらに戻られるようです」

「怪我をしたのか?」

「いえ。昨夜の子供の所です」

「あぁ。ゲールの子供か」

「その件だが……私の良く知るゲール語の研究者がちょうどディアトゥーヴ大学に留学していてな。呼び寄せる手配をした」

 メンフィスが口を開いた。その人物とはカラキムジア大学教授のゲール語研究で有名な博士で、彼を少女の通訳に呼び寄せたらしい。ディートリッヒは小さく頷いて感謝の意を示す。

「ポート・アーベンの方はどうなっている?」

 机の上で指を組みながら、ようやく席に着いたフレデリックに問うた。

「いえ…それは……駐留軍に鳩便は出しましたが……これから準備して明日にでも」

 何か言いにくそうに言い淀んだフレデリックを、

「行くのだろう? アレキサンドロスもリサフォンティーヌ陛下も」

 マキシミリアンが確信ありそうな声音で射た。

「え、あぁ……まぁ……」

「まったく。仕方がない娘だ」

 メンフィスは右手で前髪を掻き上げながら、軽く頭を振った。


   *****


 フレデリックの到着から40分ほど遅れて、アレックスとリサ、バルディスの3人がサロンに入ってきた。

 今日のリサは髪を高いところでひとつに結わえ、軽装ではあったが王宮騎士の姿だった。

「見違えましたな」

「それはおっしゃらないで下さい。リサフォンティーヌ王は、ゲストルームでお茶を頂いておりますよ」

 少し照れたような顔をして、リサは会議のテーブルについた。確かに、リサフォンティーヌの身代わりとなったオフィーリアが、今頃、昨日から滞在しているゲストルームで、ディートリッヒの妻アンナマリーとお茶の時間を楽しんでいる頃だろう。初めて外遊してきたキール王に贈り物をしたいという申し出が多く、本来なら、王侯貴族からのプレゼントを受ける予定が今日の午前中に入っていたのだが、リサフォンティーヌ王の体調不良ということでキャンセルしてある。代わりということで、アンナマリー皇后がリサフォンティーヌ王を見舞いもかねて雑談する為に訪問する、という予定に変更されていた。それを丸々、代役に任せてきた。

「いや。本当に見違えた。昨夜のあなたも素敵だったが、その騎士のお姿はまた格別に凛々しく…」

 昨日のドレス姿とはうって変わって、今日のリサフォンティーヌがすっかり白騎士リース・セフィールドに変わってしまっていたことに、ディートリッヒは驚きを隠せない。

 アレックスは、背中に斜めにかけてきたバッグから例の標本瓶の入った袋を取りだしてテーブルの中央に置いた。置かれた物に一同の視線が集まる。王子が口紐を緩めて、中の瓶を取りだした。

「あさましいな」

 それを目にするなり、一同ほぼ同時に眉をひそめた。20センチほどのガラス瓶の中には液体が満たされていて、天使の子供が浮いていた。

 こぶし大くらいのその『天使の子供』は、手にも指にも小さな指が5本ずつあり、もう完璧な人間の形をしていた。違うのはその極めて小さな大きさと、背中に生えている羽だ。

 肩胛骨の辺りから、コウモリの羽にも似た物体が生えており、折り畳まれてぴたりと背中に乗っていた。

「残念ながら、ちゃんとした人間でした」

 先ほど貰ってきたばかりの標本のスケルティニアをディートリッヒに差し出す。体の内部まで透かして映し出すスケルティニアシートを光にかざすようにして見て、王は「うむ」と押し殺したような声を発した。

「詳しい解析は、遺伝子解析にかけてみないとわかりませんが、体の構造的には、完璧な人間だそうです。それで、構わなければ、解析はキールの王立研究所に依頼したいと思うのですが……」

 アレックスが、そう言いながら隣に座っているリサフォンティーヌに視線を流す。

「先の事件で、人工的に羽を生えさせた生物の解析をしていますから、ノウハウもデータも揃っています。数日で、全解析を終えられるでしょう」

 リサは検体をトリステルのイリア・パドウィックのラボに送ることを考えていた。

「ふむ。そちらの方はキール王のご判断にお任せします」

 異存なし、と、ディートリッヒは頷いた。

「ありがとうございます」

「それで昨日保護した少女ですが……」

 アレックスが続けて言葉を発し、次の話題に切り替えるために一旦区切ってから、

「やはりどうも、あまり長くは生きられないようです」

 薄茶色の髪の王子は、アーモンド色の瞳で一同を見回した。

「染色体の簡易染色検査で、ほとんどの染色体に著しい奇形が見つかりました。それに、どうみても十歳に満たない子供ですが、細胞の状態はもう90の老女の物です」

「ではその子供も、遺伝子組み換えを受けている、と?」

 身を乗り出すようにして王太子がリサとアレックスを交互に見る。

「はい。背中に瘤のような物がありました。スケルティニアで見てみたら、この子と同じ、羽の痕だと言うことが分かりました。明らかに人の手が加えられています」

「正確には、羽になりきれなかった骨の変形、ですかね?」

 言いながら別のレントゲン写真を王に差し出すアレックスに、「えぇ」と相づちを打つ。

「またこの件にもドラクマが関わっていると?」

 重々しい声で言う父王を正面から見据えて、

「恐らく」

リサは確信的な頷きを返す。

「あの少女、ミーナの話では、夏頃に船に乗せられてやってきて、どこか港の近くの小さな村で、しばらく友達と暮らしていたらしいんです。暮らしていたと言っても、薄暗い地下室みたいな所に閉じこめられていたみたいですけど」

「その港がポート・アーベンだとすると……」

アレックスは机の上に国の地図を広げて、立ち上がりながら、

「すこし内陸に入った、プラタ川沿いの森の中の村ではないかと」

長い指で、コツコツと地図の上の一地域を指し示した。

「確かに、あの辺りの森なら軍の目にも付かずに怪しげな建物を建てる事も可能かも知れませんね」

 軍帥カールスが、騎士団長と顔を見合わせて頷きあった。

「そこにまだ、子供達が監禁されていると?」

「他の街で目撃されていないのであれば、まだそこにいる可能性が高いのではないかと思います。もちろん、他の街にも通達を出して、同じような見せ物小屋がないか、とか、子供の奴隷を連れた人間がいないかは厳重に捜索させる必要があるとは思いますが……」

「なにより、この辺りの捜索を一番先に行うべきです。特に、この辺りの村を」

 トン

 アレックスが長い指で地図の一点を差した。

 みなの視線が、地図の上に集まっていた。

「ポート・アーベン……」

 青い瞳でその文字を凝視しながら、自分に言い聞かせるかのように、リサはその港町の名前を口に出していた。

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