クルファナ王国、入国。
大変お待たせしました。
「開門ーーー!!」
門番の声にあわせて、ゴゴゴゴという重低音を響かせながら高さ三十メートルはあろうかという大きな門が開いていく。
その門は所謂滑車式であり、門の内側に設置されている滑車を、人力で回して門を開けているようだ。
門が開いたのを待ち侘びていた行商人や、旅人の馬車は、所々で門番のチェックを通過し、続々と街から出入りしていた。
前を進んでいた行商人の物と思われる馬車を見送った後、ついに青葉たちの馬車の番となった。剣を腰に下げ、茶色の防具を首から腰まで装備しただけの、六十半ばほどと思われる男性が近づいてきた。他の門番と比べても、かなり装備が少なく見えるが、その肉体は老いを全く感じさせないほど鍛え抜かれているのがわかる。このの男性が青葉たちを担当する門番なのだろう。しかし、青葉はもちろんのこと、朱璃も身分を証明するものなど持っていないため、必然的にこの場はステラ任せになる。
「これはこれは、ステラ様。お早いお帰りでしたな。この前などは、二、三日で戻られると言っておられながら、一週間ほど帰って来られなかったではないですか」
どうやら、門番の人はステラのことをよく知っているらしい。茶化すような言い方ではあったが、にこやかに馬車に乗っているステラへと話しかけてきた。
「シャンディー……それ、もう5年も前のことよ?よく覚えてるわね……」
「この仕事をもう百年もやってますからな。大体の人は覚えておる。特に、ステラ様は目立ちますからな。確か、十二年ほど前も城を抜け出した所を私が見つけた覚えがございます。」
百年!?爺さん何歳だよ!?
青葉の驚いた様子に、シャンディーと呼ばれた人物はこちらへと意識をうつした。
「おや、こちらの方々はお友達かな?」
「えぇ、旅先で偶然幼なじみの彼等に再開したの。青葉と朱璃よ。」
「それはそれは。初めましてワシはシャンディ。ただのシャンディじゃ。見ての通りこの国の門番をやっておる普通のジジイじゃ。」
シャンディの自己紹介に、青葉と朱璃も軽い自己紹介を返した。一見怖そうに見えるが、話してみると、人当たりの良さが目立つ爺さんだと、青葉は思った。
「自己紹介もいいけど、お仕事をしなくていいの?」
「おぉ、これはうっかりしておりました。では、こちらの精霊紙に名前を書いて頂けますかな?」
「……精霊紙?」
初めて聞く名前だ。一見普通の紙にしか見えない。
「おや、知らないのかの?精霊紙とは、文字通り精霊の力が宿る紙のことじゃ。」
「シャンディ、ごめんなさいね。この子達は田舎暮しが長くて、そういう事に疎いのよ。私が説明するわ。まずはこれを見て」
そう言うと、ステラはシャンディから受け取った紙に、「ここに記すは我の真名なり」と言った後に、何かを書き始めた。当然ながら、青葉には読めない。そして、書き終わったあとに、ステラは紙を丸めて馬車から勢いよく外に投げ捨てる。すると、外へと投げ捨てられた紙は次の瞬間には青い炎に包まれ、燃えあがった。
その現象に驚く青葉を尻目にステラは説明を初める
「精霊紙というのは、国の魔法師達が造っている魔道具の一つよ。この紙の場合は『カリアナの木』っていう精霊の力を通しやすい木から作られているわ。込められている精霊は虚偽を見抜く『真実の精霊』。今、私は自分の名前を記すことを約束したにも関わらず、この紙にワザと私以外の名前を書いたの。そして、効果は見ての通りよ。私が事前に唱えた制約を違えて、嘘を書いたために、それに反応して燃えあがったの。つまり、虚偽を特定する為に使われる魔道具よ。属性的には無属性に入るかしら。」
「あれ、精霊って六属性じゃないのか?」
「基本的には六属性だけど、他に『無』という属性が存在するの。何物にも染まっていない純粋な力。例えば、魔法師は『魔力』を炎や風などの六属性に変換させて使っているけど、変換する前のただの魔力だけの魔法を『無属性魔法』と呼んでいるの。そして勿論、『無』の精霊も存在する。精霊の種類、多様性は『無属性』が一番なの。ちなみに、無属性の大精霊も存在すると精霊学者達は考えているけど、その存在は確認されてはいないわ」
暫くして紙は燃え尽き、跡形も無くなる。跡には、黒ずんだ地面だけが残った。
「これで説明は終わりね。虚偽さえ書かなければ、何も問題ないわ。さっさと書いて早く入りましょう?」
ステラがシャンディから受け取った紙を青葉と朱璃に渡してきた。正直、あの燃え上がったのを見た後では、少し扱うのは気が引けるが、規則ならば仕方が無い。そこまで考えたところで、青葉はある事を思い出した。
「そう言えば、俺この国……というかこの世界の字なんて書けないぞ?」
そう。青葉が書けるのは日本語だけである。日本語で書いてよいものか分からなかった。
「問題ないわ。書いた言葉が真実ならば。門番の人だってこの世界の文字を全て知っている訳ではないもの。もしも怪しいと感じる人物がいたら、違う制約を追加してもらう事になってるわ。例えば、犯罪歴がないか……とかね。まぁ、正直言ってこの紙一枚で全ての犯罪者を特定する、なんて不可能なんだけど……」
「……分かった」
それから、青葉と朱璃も、ステラを真似て制約をして、自分達の名前を書いた。朱璃も文字を書くのは問題なさそうだ。どこの文字かは分からなかったが
「……『精霊文字』で書いてみた……私は精霊に近い存在らしいから」
というのは、後に朱璃から聞いた言葉だ。
書き終わった精霊紙をシャンディに渡し、何も問題ないことが分かると、すぐに入国の許可が取れた。最も、ステラは王家の人間なので、本来は許可など必要ないらしい。今回は、青葉達が居たために正式な手続きを踏んだということだった。
「お前さん達、これから宛はあるのかい?」
入国の許可を取ってきたシャンディから唐突に青葉へと言葉が投げかけられた。
「正直な所、初めて来る土地だから右も左も分からなくて……とりあえず、適当な宿でも探してから考えようと思ってます」
「ふむ。この国には宿は数多くあるが、ワシは『小鳥のさえずり亭』をオススメしておこうかの。ワシが冒険者をやっていた頃に世話になっていた。女将さんも優しく、飯も上手い。ワシの名にかけて安息を保証しよう」
「『小鳥のさえずり亭』……ですか」
「あら、せっかく私が宿を用意しようと思っていたのに、先に言われちゃったわ」
「こういうのはワシの方が熟知しておるからな。適材適所という奴じゃ。それに、昔世話になった女将さんの宿の売り上げ貢献にもなる。見たところ彼等は、人格的にも何も問題なさそうだしの。」
「じゃあ、そこに行ってみることにします」
「うむ。女将にもよろしく頼む」
そう言うと、シャンディは踵を返し去って行った。恐らく次の仕事に向かったのだろう。青葉達はそれを見送ると、御者の人に合図を送り、馬車は再び動き出す。そしてついに、異世界での初めての国『クルファナ王国』へと入っていったのだった
次回も、少々お時間いただきます?1週間以内には……書きます