ブルーグレイの追憶 ③
「スティーブさぁ~ん」
「あら、かず君起きてたの?ひどく酔っぱらってるじゃないの。スティーブさんじゃないわよ、もう。」
「ノリ、いいよいいよ。かず君って言うんだね。で、何か用かな?」
「スティーブさんは、キャッシーメイの社長さんなんですよね~。あの~このデザイン見てやって下さ~い。タカが書いたんです。」
「ちょ、ちょ、ちょっと、かず。何でお前が僕のノート持ってるんだよ。」
「何でってお前今日は学校終わってそのままここに来たじゃないか。カバンの中に入ってたんだよ。」
「そ、そうだけど、人のカバン勝手に覗くなよ。ノート返せよ。」
「OH,タカさん、デザイン書くんですね。ぜひ見せてください。」
「お見せできるようなものじゃないんです。かず、いいから返せよ。」
「スティーブさん、はい、ど~ぞ~。」
スティーブはかずからノートを受け取った。
「タカさん、見てもいいですか?」
「スティーブさん、ほんとにごめんなさい。返してもらえませんか?人にお見せできるようなものじゃないんです。」
「もう何をごちゃごちゃ言ってるの?僕が見るからそのノート貸して!」
ケビンはタカのデザインノートを乱暴に奪い取ると面白がってパラパラとページをめくった。
「服の絵が一つもないじゃないか。何、この変な絵は?これってグラス?ワハハハ~下手くそ~ねえ、ねえスティーブ、僕の方がもっとうまく書けるよね。この子、服の絵書けないみたい。みんなこの絵、見て見て~」
ケビンはみんなに見えるようにノートを開いたまま高く掲げた。
「ケビン、やめろ!!」
ファースの怒鳴る声が店中に響いた。
「タカさんに失礼じゃないか。ノートをすぐに返して謝るんだ。」
「なんで謝らなきゃいけないんだよ。この店に来てから僕のことなんかちっとも気にかけてもくれなくてその日本人の子のこと、ずっと気にしてたくせに。」
「いいからすぐに謝るんだ!」
タカはうつむいたまま何も言い返せない自分への苛立ちとこんなことになってしまった悔しさに今にも泣きそうになっていた。
「もうやめてください!」
タカはそう叫ぶとカバンだけ掴み逃げるように店から走って出ていった。
外はまだ冷たい雨が降っていた。
翌日店は休みだと聞いていたが、ママに何も言わず飛び出してしまったお詫びと払えなかった代金を早く払いたくていつもの開店時間に合わせてタカは店に足を運んだ。
昨夜のことを思うとドアの前で足がすくんだが恐る恐るドアを開けた。
「あっ、タカちゃん!よかった~やっぱり来てくれたのね。」
「ママ!よかった~お店開いてて。今日はお休みだって聞いてたから駄目元できてみたんです。お金払ってなかったし、ママに何にも言わずに飛び出しちゃったから。昨日は本当にごめんなさい。」
「いいのよ、気にしなくて。私のほうこそ連絡も何もしなくてごめんなさいね。嫌な思いをさせてしまって・・・タカちゃんが出ていった後ね、すぐに追いかけようとしたんだけど、そっとしておいてやって下さい、連絡とかしないで来るの待ってやってて下さいってかず君が言うもんだから。いつも冗談ばっかり言ってるのにね、かず君のあんな真剣な顔初めて見たわ。タカちゃん、いい友達持ってるわね。今日はお店休みなんだけど、タカちゃんきっと来るだろうと思ってお店開けてたの。それに片付けも残ってたしね。」
「あいつがそんなことを。一晩寝たらなんだか昨日のことが恥ずかしくなってきちゃって。お酒の席のことだし。カズもだけどみんな酔っぱらってましたもんね。インテリアデザイナーになりたいって言う僕の夢、カズは知ってるからあんな大胆なことやったんです。ところでママ、昨日の代金はいくらですか?」
「御代金は大丈夫よ。昨日いらっしてたファースさんが申し訳ないって払ってくださったの。」
「えっ、そうなんですか?軽く挨拶したくらいだし、悪いのはあの人じゃないのに。自分の分は自分で払います。僕が返しに行けたらいいんだけど・・・ママ、お手数かけて悪いんですけどファースさんにお金返しといてもらえませんか?」
「あら、そ~お?せっかくの御厚意なのに。だったらタカちゃん自分でちゃんとファースさんに話をして返したら?」
ママは意味深に微笑んだ。
「タカさん、昨日は本当にごめんなさい。私に払わせて下さい。ご迷惑をおかけしたのは私たちなんですから。」
タカはその声に驚いて振り向くと入口にファースが立っていた。
「タカちゃん、驚いたでしょ。ファースさんね、どうしてもタカちゃんに会って謝りたいっておっしゃって。タカちゃんが来るか来ないかわからないけれどこの時間なら私、お店にいるかもしれませんってお伝えしてたの。」
ファースのブルーグレイの瞳は昨夜とは違う温かな眼差しをタカに注いでいた。その眼差しをタカは感じると昨日の出来事が鮮やかに蘇り恥ずかしさでどうしようもなくなった。
「あ、あのファースさん、御厚意は嬉しいんですけどお酒の席なのにムキになった僕も悪いので自分の分は自分で払います。」
そう言ってタカは財布から五千円札をとりだすとファースに手渡した。
「ママ、有難うございました。僕、この後予定があるんで帰りますね。」
足早に帰ろうとするタカの肩にファースは優しく手を置き引き留めた。
「タカさん、分かりました。このお金は受け取っておきます。本当はタカさんに会って直接これをお返ししたかったんです。」
ファースはタカのデザインノートをカバンから取り出しておもむろに開いた。
「この絵のグラスだけどアイデアはとてもいい。ただ持ち手にもう少し個性を持たせたらもっと面白いデザインになると思う。全体のバランスを崩さないように描き直してみるといいよ。」
「え?」
的確なアドバイスに驚いたタカは、思わず息を飲みこみその場から動けなくなった。
「タカちゃん、ファースさんはね、ニューヨークで家具やインテリア雑貨を扱う会社を経営してらっしゃるらしいの。確かアルテミスとかって言う名前のお店だったかしら。秋に日本にもお店を出すんですって。」
その名前を聞いて驚きのあまりタカは呆然としながらファースの顔を暫く見ていた。
「ア、アルテミスってあのアルテミスですか?僕、アルテミスの雑貨大好きなんです。日本だと新宿のバーニーズ・ニューヨークにしか置いてないですよね。高くてなかなか手がでないけどカタログだけでもどうしても欲しくってこの前もらってきたとこなんです。どれも素敵なデザインばかりで。」
「嬉しいよ、タカさん。アルテミスのことを好きでいてくれて。あそこはアンテナショップでね、さっき新作のインテリアが何点か入ったと連絡があってね。
この後行く予定なんだけれど、よかったら一緒にどうかな?案内するよ。」
「えっ、ほんとですか?ほんとにいいんですか?僕、行きたいです!!」
「もちろん、喜んで。」
「あら、タカちゃん、この後予定があるんじゃなかったのかしら?」
そう言って笑うママにバツが悪そうにタカは顔を赤らめた。