ブルーグレイの追憶 ②
金髪にサングラス、ファッション雑誌からそのまま飛び出してきたような青年が生意気な口調で叫んだ。
「スティーブ、ひどいよ、僕を置いて行くなんて!」
予期せぬ訪問者に店内は一瞬静かになった。
「ケビン、どうしたんだい。そんなに酔っぱらってフラフラじゃないか。」
「どうもこうもないよ。パーティが終わったらスティーブがいないんだもん。
特別なパーティにファースと出かけたってマネージャーから聞いて急いできたんだよ。」
「アハハハ、そう怒るなよ、ケビン。仕方ないじゃないか。君はさっきのパーティの主役なんだから最後までいなきゃ。」
「アハハじゃないよ。ファースと日本でもし会うんだったら僕も絶対に連れてってって言ったじゃないか。」
「やあ、ケビン。君も日本に来てたんだね。」
「ハイ、ファース。うん、日本のファッション雑誌のメインモデルになったの。今日はそのお披露目パーティーだったんだあ。」
その会話にざわめきが起った。
「ちょっと、あの子って私がさっき話したキャッシー・メイのモデルの子よ。」
少し興奮気味にやす子ママが言った。
「いらっしゃいませ。バー・クレッセントへようこそ。何かお飲みになりますか?」
「スティーブ、誰?この人。」
「この人はね、このお店のママで今日はこのお店の特別な日なんだよ。」
「まさか、これが特別なパーティ?こんな小っちゃなお店で?僕の座る席もないじゃないか。さっきのパーティは300人くらい人がいてもちゃんと座れたよ。疲れたから座りたいよぉ。」
ケビンはふて腐れながらその場に座り込んだ。
「ノリ、ほんとにごめん。ジントニックか何か出してやってくれないか。悪い子じゃないんだよ。」
「いいのよスティーブ、分かってるから。だけど困ったわね、あの酔っ払いちゃんに座ってもらえる席がないわ。」
ママはカウンターを見まわして小さくため息をついた。
「ママ、よかったら僕の席どうぞ。」
「あら、タカちゃんいいの?助かるわあ。」
「ぜんぜんいいですよ。かず、珍しく酔っぱらってて、ちゃんと働いてないみたいだし。代わりに僕、何かお手伝いしますよ。」
「悪いわね、タカちゃん。お言葉に甘えてお願いしようかしら。カウンターの中に入ってるだけでいいからね。好きに飲んだり食べたりしてて。」
スティーブとファースは悪態をつくケビンをなだめ抱えながらタカの座る席へと連れていった。
恥ずかしそうに俯きながら席を立ちカウンターへ向かうタカの肩を、ファースはポンッと軽く叩きながら「ありがとう。」と言った。そして驚いて顔を上げたタカの目を真っ直ぐ見つめながらファースはニコリと微笑んだ。ブルーグレイの瞳の眼差しにタカは思わずハッとして息を飲みこんだ。
「ママ、かず、寝ちゃってますよ。洗い物ぐらいだったら僕にも出来るから洗っときますね。」
「ありがとう、タカちゃん。グラスが足らないからそうしてもらえると助かるわぁ。かず君、パーティの準備で大忙しだったからきっと疲れてるのよ。そのまま寝かせといてあげて」
「はい、分かりました。あ、あのケビンさんの隣の方がお連れの外人さんに座ってもらって下さいって席を空けてくれましたよ。」
出されたジントニックをふて腐れて飲んでるケビンをなだめながら、スティーブは申し訳なさそうにママを見て両肩を上げた。
「どうしたんだい、ファース。さっきからあの日本人の子のことが気になってるみたいだけど。」
「そんなんじゃないよ。おとなしそうなあの子が席を代わってくれるなんて何だか意外でね。」
「嘘つけぇ。お前の悪い癖がまた始まったんじゃないのか?」
洗い場にたまったグラスを懸命に洗うタカを見ながらスティーブはファースに耳打をした。
「ノリ、その子の名前は何ですか?」
「タカちゃんって言うんだけど、どうかしたの?」
スティーブは悪だくみに目を輝かせる子供のようにニヤリと笑いながらファースの肩に腕を回した。
「タカさん、さっきはケビンのために席を代わってくださってありがとうございます。私はスティーブと言います。で、こいつはファースです。」
「お、おい、スティーブ、急に何なんだよ。」
「お前もアリガトウ言っとけ」
「礼ならさっき言ったよ。」
「ほんとかぁ?タカさん、こいつアリガトウ言いましたか?」
「あ、はい。」
タカは顔を赤らめながら急いでグラスを洗い続けた。