ご飯作ろうと思ったらできなかった
今回は書いててすごく楽しかったです。
護衛1日目。
メンバーとしては、ヘモインを含めた商人5人とリューリク達護衛団15人、それと俺、ニーナ、カイン、ケビン、アルフォンスの5人を含めた、計25人である。ちなみにゴブリン討伐の時にいたのもチームの仲間たちだが、今回はこの5人で行くこととなっている。ほかのメンバーはまた別の依頼に行っているそうだ。
出発してから特に何も変化はないまま馬は進んでいった。本当に何もなく、ニーナがいい加減しびれを切らした。
「暇ー!何にもないじゃない!消えるなんて嘘だったんじゃないのー?」
「ばか、何もないに超したことはないんだよ。」
癇癪を起こすニーナをカインがたしなめると、ニーナは拗ねて唇を尖らせた。こういう仕草が様になるのはなかなか貴重な存在だと思う。そのまま後ろを振り向いて俺に話しかけてきた。
「ナツキちゃん、何か近づいてきてたりしない?」
俺の持つ索敵スキルを頼って周りに何かいないか聞いてくる。しかし、これといって何かいる気配もないので首を横に振る。すると、ニーナは肩を落とした。いたら一体何をしようとしていたのやら・・・。そもそも今走っているところは、周囲に山があるわけでもない、開けたところで、正直砂漠に近いものを感じるレベルで隠れるところがない。何か近づいてたら自分の目で見えるだろう。
ちょうどその時、先頭を走っていたリューリクが振り返って叫んだ。
「そろそろ昼休憩にしよう!馬も疲れてきているだろうし、しばらくこのあたりで休む。」
そういって少し軌道をそらして移動する。見えてきたのは湖で、その付近に木も茂っていて木陰もできていた。そこで馬を休ませ、自分たちも休憩に入る。そして、ここからが俺の出番である。
「ナツキちゃーん、そこの馬車に入ってるものが私たち用の食糧だから、使ってね。」
俺に与えられた使命、それは、炊事洗濯家事雑用である!しかし、
「・・・やり方がわからん・・・。」
そう、何を隠そう俺はただのニート。炊事なんてやり方がわかるわけがない。そうして困っているとニーナが近寄ってきた。
「もしかしてナツキちゃん、ご飯の作り方、わからない・・・・とか?」
本当に申し訳ない・・・。でもやったことないからしょうがないじゃないか!一度見せてもらえればとりあえず何とか・・・。
「はあ・・・。そっか。じゃあ私が適当に今から作るから、今度またよろしくね・・・。」
そうしててきぱきと準備をしていくニーナ。材料もそんなにあるわけではなく、豆を煮たり、芋のようなものを蒸かしたり、あと適当に野菜類でサラダ、といった感じである。肉は今回は使わないそうだ。なんでもこの時間帯に肉を焼くと飢えた魔物がやって来るらしいので、できるだけ避けるそうだ。
「はーい、できたよー!」
ニーナが隊員に呼びかけるとすぐに集まってきて、あっという間に全て平らげてしまった。結構な量を作ったというのに一瞬で消えてしまった。ちなみにリューリク、ヘモインを含めた商人ギルドの皆さんは別に食事をとっていた。もちろんうちよりも豪勢である。それを眺めていると、後ろからカインにはたかれて、欲しかったら自分で作れるようになれと言われた。その道のりはまだまだ遠い気はするけどね。
食事が終わり、しばらく休憩を取るとまた移動が始まった。そんなこんなで夜になり、テントのようなもの(木の支柱に布をかけて固定した物)を張って、厚い布を敷き、一晩を明かした。案外その布団の寝心地は良く、ぐっすりと眠ることができた。しかし、いや、だからこそか、迫りくる黒い影に気付いたものは誰もいなかったのである。
***
次の日の朝も雲一つない青空であった。出発の準備を手早く済ませ、再び移動を始める一行。しかし、どうもさっきから違和感を感じる。魔物がすごく近くにいるように感じるのに、眼には何も見えない。起きたときにすでにその異変に気づき、隊長のアルフォンスに知らせに行ったが、調査しても何もいないとのこと。そのため早めにあの場を離れたのだが、やはりこの違和感はさっきから変わらずに俺たちを付きまとっていた。
「ナツキちゃん、やっぱり気になるの?」
俺の前に座るニーナが心配そうに俺の顔を覗き込む。馬から落っこちないようにニーナにしがみついているせいか、不安が伝わったのだろう。まあ嘘をついてもしょうがないので正直に首を縦に振っておく。何か嫌なことが起こる気がする。そんな俺の予感とは裏腹に、何も起こることなくその日も終わろうとしていた。昼過ぎまでは。
「なんか暑くないっすかー?隊長ー。俺もう暑いんで上脱いじゃいますねー。」
そういってケビンが着ていた服を脱いで下着姿になる。ここまで何もない安心感からか、ずいぶんと開放的になっている。しかし、確かにすごく暑い。むしろ熱い。お日様はずっと顔をのぞかせてるし、下は砂でまるで砂漠のようである。しかも昨日よりやけに暑い。俺も上を脱ぎたいくらいだ。まあさすがにこんな体じゃしないけど。そんなとき、商人ギルド護衛隊長のリューリクが何かに気付いた。
「あれは・・・・何だ?」
「どうした?」
ヘモインがリューリクに尋ねる。リューリクは隊長であるが、腕っぷしより頭を使う方が上手い。戦略や作戦を考えて最も効率よく進む方法を実に心得ていた。そしてさらに彼は非常に五感が鋭い。その敏感さが作戦の成功率をさらに上げている要因の一つであった。そして今回もリューリクが何かに気付いたのであればそれを見過ごすわけにはいかない。ヘモインは注意深くリューリクの視線の先を追う。すると、そこだけ妙に色が違って見えた。やけに光を反射してまぶしく、黄色というより、金色に輝いて見えている。
「あれは・・・・き、金!?」
ヘモインが叫んだ。体全体がどよめく。この世界での金の価値は俺のも解いた世界と同じくらいである。市場になかなか出回らず、金鉱を見つければ一攫千金も狙える。しかし、今見えている金はそんなレベルじゃない。ただの金塊。貴金属、いかにも「高そうな」ものがあるのである。そう、道の真ん中に。
(これ、絶対おかしいだろ・・・・。)
これはよくあるお約束というやつではないのだろうか。あそこに行こうとしたらその手前に落とし穴があってそれに落ちて荷物だけ根こそぎ持っていかれるっていうあれ。まさか、こんな罠に引っかかる馬鹿なんているわけ
「金だ!皆!あれを取りに行くぞ!馬車を引け!全速力だ!」
いたーーーーーーーーーー!ヘモインが仲間に全力で叫ぶ。仲間たちも我先にと馬車を走らせていく。商人ってこんなにも欲深いのか。これなら商人ばっか消えてもおかしくないはずだ。リューリクやアルフォンスは顔を手で覆って大きくため息をついた。だが、さすがにこれなら大丈夫だろう。こっちにはやり手の護衛団と傭兵団がいるんだ。あの程度の罠しか作れない山賊に負けるわけない。あれ、でもおかしいな。山賊ごときがあれだけ大量の金を手に入れられるだろうか。あれはすべて偽物?そうだとしてもあれだけたくさんの偽物を作るのにすらお金がかかる。そういえば、さっきからこの暑さで砂があっためられて見えてる金がゆらゆらと揺れているように見える。これはもしかして、陽炎?そう思った瞬間さっきまで感じていた魔物の気配が数段濃くなり、その気配に俺は身震いした。俺の直感が告げている。これはまずい。
「だめだ!これはただの罠じゃない!ここから急いで離れるんだ!」
それを言い終わるか終わらないかわからない瞬間、ヘモイン達が馬車ごと消えた。
「のお!?」
変な奇声を上げながらヘモインの馬車は砂を滑り降りていった。そう、まるで巨大なアリジゴクの巣のような穴の中に。そしてその瞬間その穴の中心から出てきたのは、巨大なアリジゴクであった。直径は200mもあろうかという巨大な漏斗状の穴。ヘモイン達はなすすべもなく滑り落ちていく。もうすでに半分ほどまで落ちてしまっている。
「まずい!ケビン!頼んだ!」
「言われずとも。」
アルフォンスの指示が入るがその前にケビンはすでに動き始めていた。ロープのついた矢を即座にうち放ち、今までヘモインを乗せていた馬の胴体を打ち抜く。馬の呻く鳴き声が聞こえるがお構いなしにアルフォンスが叫ぶ。
「これを伝って登ってこい!さもなくば死ぬぞ!」
その声に反応して、状況をイマイチ呑み込めていない者たちも急いでロープにしがみつく。ロープの先はリューリクの護衛していた王都行きの食糧を載せた馬車につないでいるため、重量が若干心もとない。
「今から引き上げる!しっかりつかまっておけ!」
アルフォンスはそう言い放つと態勢を低くし、一気にヘモイン達を引っ張り上げた。なんつー馬鹿力だよ・・・。しかし、もちろん馬は引っ張り上げられるはずもなくアリジゴクのようなものに食われていく。馬の断末魔が聞こえる中、一旦ヘモイン達を後ろに下げ、俺たちは戦闘態勢に入る。といいてももちろん俺は戦うわけではない。
アリジゴクは馬を食い終わると巣から出てきてこちらへ向かって巣を登ってきた。
「撤退!態勢を立て直せ!」
リューリクが指示をだし、一斉に後退する。そして、次は地上でアリジゴクと相対することとなった。デカさ20mはあろうかという巨大さ。普通のアリジゴクと同様両あごに大きな鋏を持っている。
「こいつなんなの!?」
「こいつはハージェノっていう魔物の幼体。普段は巣を形成してそこで獲物を待つんだけど、たまに砂の中を移動して、地上の熱を察知して、獲物を見つけるの。そして陽炎を利用して幻覚を見せて、自分の巣に呼び込むの。幼体の段階ですでにレベルC。成体になったらレベルBの上位に入るわ。本当ならこんなとこに出るはずはない魔物なんだけどね。」
俺の叫びにニーナが冷静に答えてくれた。そのレベルCだのなんだのは良くわからないが、とにかくすべてに納得がいった。商人が消えていた謎もこういうことだったのであろう。しかし、謎が解けたからと言って勝てる相手ではもちろんない。頼みの綱はめちゃくちゃ強い仲間たちである。あれ、っていうか俺なんでこんな最前線にいるんだろう?
今の俺は誰よりもアリジゴク、もといハージェノに近いところに位置していた。
(これやばいんじゃね?)
もちろんナツキが一番近くにいる理由は足が遅くて後退するのも遅かったから。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、アリジゴクはウスバカゲロウの幼虫です。ウスバカゲロウの学名がHagenomyia micansということで名前はここから取りました。あと、カゲロウつながりです。アリジゴクかわいい。