ダンジョンに入ったら戦闘になった
お久しぶりですお待たせしました。
え、待ってない?
その後三日間それぞれニーナからは魔法、ケビンからは歩法とターゲティング、アルからは体術の手ほどきを受けた。クロ爺さんのおかげで、俺が一番最初に作ろうとした1mの火の矢三本は、今はもう簡単に出せるようになっており、ニーナにすごく驚かれた。どうやってそんなに上手くなったのか聞かれたが、通りすがりの爺さんに教わったと適当にごまかしておいた。いや、何もごまかしてないなこれ。本当のことじゃん。当然ニーナは訝し気な表情のまま、その後の追及をやめた。え?魔法以外の特訓がどうだったか?なんだお前喧嘩売ってるのか?
そんなこんなであっという間に4日が経った。ついに今日はダンジョンへ向かう。
「さてお前ら、準備はいいか?」
冒険者ギルドの前で隊長のアルフォンスがメンバーに声をかける。
「「「・・・・・」」」
しかし、全員だんまりだ、
「どうしたどうした?確かに朝は早いが、これから向かうんだ!テンション上げていかないでどうする!」
「いや、まあ隊長、ボク等はいいんですよ?でも・・・。」
ケビンはそのあとの言葉を続けず、そっと俺、の隣で剣を杖の代わりにして体を支えている、今にも死にそうな男―カインに目を向けた。
それもそのはず、カインはこの4日間普段行っている特訓、ましてや俺のやった特訓なんかとは比べ物にならないほど過酷な、『隊長の特別スペシャル特訓メニュー』という、三重くらいに特別な訓練を課せられていたのだ。そしてそれから解放された昨日の晩から死んだように眠ったが疲れが完全には取れずこのざまである。
「カイン!なんだ!その程度の疲れも一日で取れないのか!」
そこにアルの怒号が飛ぶ。と言ってもニヤついていてからかっていることがすぐに分かる。俯くカインから、勘弁してくれよ・・・という嘆きが聞こえた。
***
ビレジアンの南門を出て半日も移動するとちょっとした集落に着いた。
「ここは?」
「ここは今回の目的地『密林の洞窟』の出入り口周辺だよ。ダンジョンは冒険者が出入りするからそれに目をつけた商人が集まるから出入り口周辺にちょっとした集落のようなものができることがよくあるんだ。」
俺の呟きにアルが答えてくれる。なるほど、そうするとこの近くにダンジョンの出入り口があるってことだな。ん?それにしては『密林の洞窟』っていうぐらいなのに周りに気が少ないぞ?それをアルに聞いてみると入ったらわかると言われた。その答えと共に放たれたウィンクはいらなかった。
しばらく歩くといかにもな洞窟があった。そこに入るとしばらくは真っ暗で狭い通路と、下に降りるための階段が続く。その先が明るくなっており、よく見えないが広い空間が広がっているのだろうか。ついにそこに足を踏み入れる。
「・・・すっげえええええええええ!!!!???」
中に入った、いや、この場合はその表現が正しいのかも怪しいが、その瞬間、俺はこう叫ばずにはいられなかった。そう、そこは密林だった。しかしそれは比喩でもなんでもなく。本当に密林だった。木々が聳え立ち、川が流れ、空が広がる。風が吹き、鳥の鳴き声が聞こえ、太陽が周りを照らす。
「一体どうなってんだ・・・?」
俺たちは確かに洞窟に入って下へ降りて行ったはずだ。洞窟を抜けて外に出たってことか?でも確かにアルはこのダンジョンは典型的な、地下に広がる洞窟型ダンジョンだって・・・。
「はっはっは。まあ初めて見たならそこまで驚くのも無理はないだろう。ダンジョンとはまだよくわかってはいないが、一説には魔王が作ったといわれている。その典型的なものがここ『密林の洞窟』のような地下に広がる洞窟型のダンジョンだ。この空間はマナによって作られた別空間と言われていて、降りていくための階段がどこかにあり、それを降りていくことでダンジョンを進める。一応ここは洞窟の中と言われており、ここに来るためにはあの出入り口を通るしか方法がない。」
「言われておりって・・・本当に良くわかってないんだな。」
「まあな。様々な研究家が調べているが、未だ謎に包まれているよ。そこで生まれる魔物は深層に行けば行くほど強くなり、5階層ごとにボスと呼ばれる強力な門番が階段前にいる。今回の目標は5階層のボス前までだな。そこまでならナツキを連れても危険はないだろう。」
なるほど。なんか引っかかるけどどうしようもない。今はとにかく強くなって生き残ることを考えなくちゃ。進んでいくシルバーウィングのメンバーの後を追い、何か自分にできることがないか考える。そうだ、俺は「索敵」っていうスキルがあるらしいじゃないか!それを使えば効率よく魔物を探せるんじゃないか?そう思い立った俺は早速神経を研ぎ澄ませ、周りに意識を飛ばす。この感覚は初めて使ったときになんとなくやったらできたからそれを思い出してスキルを発動させる。まあ実際は普段から常時展開されていて必要に応じてその範囲や精度を広げられるって感じだ。この「索敵」周りを探すと、ここから100m位いったところに昆虫型の魔物がいるのが見えた。なぜか木が邪魔になってはっきりとは見えなかったが魔物で間違いないだろう。
「ここから100m進んだところに魔物がいる。数は1。どんな奴かはちょっとわかんなかった。」
「了解全員戦闘準備だ。ナツキはそのまま索敵を続けながら進めるか?」
「多分、大丈夫。」
アルの掛け声とともに全員武器を構え木の陰に隠れながら前へ進んでいく。しばらくすると対に魔物が見えた。それはバッタのような魔物だ。なぜバッタのような、かというと、隊長は1mほどで、首にスカーフをして二足歩行をし、手にはバイオリンをもっているためだ。
(なんだこいつ・・・。)
「こいつの名前はグラスホッパー。強靭な後ろ足による蹴りが強力で、敏捷性も高い。手に持つバイオリンからは超音波を発し、敵の動きを封じるわ。でも弱点が大きすぎるから倒すのは簡単ね。」
ニーナがこの魔物について教えてくれた。グラスホッパーってまんまじゃねえか。それにしても弱点ってなんだろう。
「よし、これならナツキ一人でもいけるだろう。行ってこい。実践訓練だ。危なくなったら助けてやる。」
「でえええ!?」
アルにそういわれ、背中を押され、もとい突き飛ばされて強引にグラスホッパーの目の前に立たされた。もろに相手とにらみ合う格好だ。これじゃあ何のためにここまで隠れて来たのか分かったものじゃない。
唐突に現れた敵に対してグラスホッパーは睨みをきかせる。
『おんめえ、なにもんだあ!こんなところになんのようだ!』
「しゃべったああああ!?」
もうこのダンジョンに来てから一体何回叫んでいるのだろうか。唐突にしゃべりだしたグラスホッパーに驚きを隠せない。とにかく腰から短剣を取り出し、ファイヤーアローを周辺に展開し、迎撃態勢を整える。
『おめえさん働きもんだなあ。そんなことばっかりしてっと人生面白くねえぞ?一度きりの人生、好きなことだけしなきゃ損だぜえ。』
しかし、グラスホッパーはそんな俺の様子を見ても一向に気配を変えず、むしろ迎撃態勢を取った俺を見て態度を軟化させているように見える。
『おれっちの友達のアイアンアントもめちゃくちゃ働きもんで今からもう冬を越す準備をしてるらしいわ。本当そんなに働いてどうするのかねえ。』
・・・なんかだんだん読めて来たぞ。
『おいらはこの得意のバイオリンでも弾いて暮らすのさ。』
一人称くらい固定しろよと思った矢先、グラスホッパーがバイオリンを構える。まずいと思ったときにはもう遅く、グラスホッパーの持つバイオリンから超音波が発せられる。音が聞こえるわけではないが、頭が割れるように痛い。しかしそれもどす、という音とともに急に止まった。見ると、バイオリンに矢が刺さっていた。ケビンが撃ったものだろう。
「ナツキ!油断するんじゃない!」
後ろからアルの怒号が聞こえる。そうだ、今は戦闘中だ。油断しては命取りになってしまう。俺は超音波で消えたファイヤーアローをもう一度5本展開し、グラスホッパーに向けて5本とも打ち出す。それと同時に走り出す。
『なんだなんだ急に!そんなに働いてると疲れぎゃあああああああああああああああああああ!!!!!」
断末魔と共に炎に焼かれるグラスホッパー。火が消えたところには炭となったグラスホッパーの死体が残った。
「グラスホッパーの弱点は危機感知能力が極端に低いことよ。」
後ろからニーナが解説してくれる。俺は寂寥感に包まれながら虚空を見つめるよりほかはなかった。
イソップ童話のアリとキリギリスですね。