次の文章を読み、後の問いに答えてみた
本編はキトPさんが書かれた『次の文章を読み、後の問いに答えよ』の二次創作です。
掲載にあたって、キトPさんの許可をいただいております。
思わずこんな物を書いてしまうくらい面白いので、気になった方は是非、キトPさんの『次の文章を読み、後の問いに答えよ』を読んでみてください。
キトPさん作 『次の文章を読み、後の問いに答えよ』
http://ncode.syosetu.com/n6493be/
問、次の英文を和訳せよ。
John was born in 1940.
これで、何問目になるだろうか。
試験が始まって20分程しか経っていないが、頭が疲れて苛々する。
思わず、回答用紙を押さえる右手に必要以上の力が入り、眉間同様に深いシワを作った。
向井諭は東大寺南大門の金剛力士像もかくやといった形相で和訳問題を睨んでいたが、疲れた頭は掲載問題の問題を追求し始めていた。
つまり、大体にして何故英語を必修科目にしなければならないのかという前提の問題である。
ここは日本であり島国だ。他言語を扱う周辺国とは海に隔たれ、方言等の地域差はあるものの国民全員が日本語を扱う。
そんな国に旅行や仕事で態々やって来る外国人は、大抵自分で日本語を習得したり通訳を用意したりと日本語対策を十全に備えてくる。
故に日本国内において、実際に英語を必要とする事など殆どないし、全く理解できずとも生活に困ることはない。
外国企業を取引先とする会社に就職するだとか、冒険家になって異国の地を飛び回る等といった願望を持たない自分のような日本人にとって、英語の義務教育などは時間の浪費以外の何者でもないのである。
回答用紙はまだ七割程しか埋まっておらず、まだこの質面倒くさい英語の相手をしなければならないのかと思うと苛立ちは益々募るばかりだ。
先程までつらつらと考えていた英語の義務教育に対する鬱憤……、否、問題提起を小論文形式で五千字程度に纏めて解答欄と用紙裏を埋め尽くしてやろうかといった考えが一瞬浮かぶが即座に否定する。
そんなことをすれば、即日、時期外れの三者面談をクラスで唯一受ける羽目になるだろう。
今大事なのは社会の理不尽に目を瞑り、大人らしく目の前の問題に向き合う事だけなのである。
向井聡は其処で漸く和訳問題へと意識を戻した。
問題の英文は、
John was born in 1940.
この英文を日本語に訳せば良い。
とりあえず読んでみるか。向井聡は英文を暗唱した。
(じょん わす ぼーん いん 1940)
まず、「じょん」というのは人の名前だろう。
アメリカ人等にはよくある名前だ。
次は「わす」。
此れも少し考えれば直ぐに分かる。
「儂」が訛ったものだ。
近所にすむ地域言語学の博士が言っていた。地域によっては母音の「い」音をきちんと発音できず、「え」音に聞こえたり「う」音に聞こえたりするのだと。
しかし、その後に残る「ぼーん」も「いん」も「1940」も不明である。
「1940」はその数字の組み合わせ、桁数から如何にも西暦のようであるが、此処でこの「1940」を「1940年」と解釈してしまうのは安易というものだ。
前回の試験でも似たような四桁「1980」が和訳問題に出てきたが、忌々しいことに此れは「1980年」ではなく「1980円」だった。
では、今回の「1940」も価格なのか。
それも違う気がする。
何しろ相手はこの上なく面倒で訳の分からない英語である。
価格か西暦と見せ掛けて、全く別の単位である可能性も否めない。
だが、「1940」は割りと大きな数字である。個数にしても年齢にしても不自然過ぎてしっくり来ない。
向井聡は黒い前髪を右手で掻き上げ額を押さえた。
じぃんと締め付けられるように頭が痛い。
試験中の教室内では喋る者もおらず、聞こえてくるのは物音ばかりだ。
偏頭痛から気を紛らわせようと顔をあげると、チッチッと微かに音を立てながら秒針を刻む時計が目に映った。
秒針の先は、周囲に書かれた4の数字から5の上へと移行していた。
其処で、向井聡は自分が「1940」という数字の羅列を「千九百四十」だと思い込んでしまっていることに気づいたのである。
「1940」は、もしかすると「1」と「9」と「4」と「0」なのではないのか?
一瞬よぎったその考えに、向井聡は戦慄した。
だが、たった一つの文中に数字を4つ並べたとしてそれがどんな意味になるというのか。
思考が其処までに至ると向井聡の脳裏には自然と答えが浮かび上がってきた。
「1・9・4・0」
「行・く・よ・ぉ」
語呂合わせである。
伯母の学生時代に流行ったというポケベルでよく使われていたらしい。
母より10才程年上の伯母からメールが来る際は、5回に1回は伯母の茶目っ気によりメール本文が語呂合わせで暗号と化している。
今回の試験問題を作った英語担当教諭の藤野先生も伯母と同世代であり、彼女が試験問題制作中に学生時代を思い起こして茶目っ気を出すということも十分考えられることだった。
ならば、「1940」は「行くよぉ」で間違いない。
向井聡は集中を切らすことなく問題に向き合い続けた。
残るは「ぼーん」と「いん」。
単語一つのみで意味のとれない場合は熟語である可能性が高い。
更に今のところ分かっているのは「ジョン」と「儂」、「行くよぉ」だ。人を指す言葉と「行くよぉ」なら、後の単語は場所に関わるものだろう。
「ぼーんいん」
「ぼぁーんいん」
「びーおぁんいん」
微妙に読み方を変えながら周りに聞こえぬよう口の中で唱えてみれば、五回目にしてそれは容易く判明した。
後は日本語の文章として自然な形に繋げてやればいい。
日本語と違って英語には格助詞がない。所謂「てにをは」がないのである。
和訳するには単語の意味を汲み取り、日本語として違和感が無いよう此方で適当に付けてやらねばならないが、ここまで来れば、向井聡にとって其れは何の苦もない作業だった。
試験時間は残り25分。解答欄は七割強が埋まっている。
時間的には十分余裕であるが、向井聡の脳は疲労で限界を迎えつつあった。
向井聡の回答:ジョンは儂と美容院に行くよぉ!
(正答:ジョンは1940年に生まれた。)
以上、外国語というものが根本的に分かっていない向井聡くんの回答でした。
因みにごんたろうは英語と数学が苦手でした。
ごんたろうも英語のことをよく分かっておりませんので、本文中に書かれていることは出鱈目かもしれない事を心置きください。
いやあー、楽しかった♪
キトPさん、いろいろとありがとうございます><




