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ガイコツ様とエンドロールまで  作者: 猫塚ルイ


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7/10

第7話

誰の目にも映らないヴィクターと、私だけのワルツ。


周囲の喧騒から切り離され


ただお互いの存在だけを確認し合うその背徳的で甘美な時間は、長くは続かなかった。


私たちがフロアの中央で完璧なステップを踏み


ヴィクターが私の腰を力強く引き寄せた


その瞬間


───ピシッ。


冷水を浴びせられたような、不吉で鋭い音が会場の天井から響き渡った。


オーケストラが奏でていたはずの華やかなワルツの旋律が


一瞬にしてカセットテープを無理やり早回しにしたような


あるいは呪いのビデオを逆再生したような、不気味な高周波のノイズへと変貌する。


「……っ、何!? 何が起きてるの!?」


私はヴィクターの腕の中で、恐怖に身を竦めながら周囲を見回し、絶句した。


天井に吊るされた何百ものクリスタルのシャンデリアが、狂ったように激しく明滅を繰り返している。


王宮の重厚な真っ白な壁には、古びたテレビの砂嵐のような「ノイズ」が走り


豪華な絵画や装飾が、デジタルバグのように歪んでは消えていく。


何より異常だったのは、この場に集まった貴族たちだった。


「クラリス様、本日は一段とお美しいですね」

「クラリス様、本日は一段とお美しいですね」

「クラリス様、本日は一段とお美しいですね」


数歩前で談笑していたはずの貴族たちが、一斉に動きを止め


全く同じ無機質な表情、全く同じ不気味な角度で一斉に首を傾げた。


そして、壊れたレコードのように、寸分違わぬ声調で同じ言葉を繰り返し始めたのだ。


彼らの瞳からは生命の光が完全に消え失せ、まるで魂を抜かれた安っぽい操り人形のようだった。


「……澪、掴まって。絶対に僕の腕を離さないで」


ヴィクターの、低く重い声が私の耳元で鋭く響く。


彼の視線の先──


王宮の豪華な天井が、巨大なデジタルノイズと共に「剥落」し始めていた。


漆喰の破片が落ちるのではなく、空間そのものが剥がれ落ちていく。


剥がれた空の向こう側には、美しい星空など存在しなかった。


そこにあるのは、ただどこまでも続く漆黒の虚無だけ。


「世界が……壊れていく。私のせいで……? 私が、本来死ぬべきシナリオを無視して、ヴィクターと踊っているからなの……!?」


「いいや、違うよ、澪。自分を責めないでくれ。これは、この世界の『整合性』という名の防衛本能が、僕という異物を排除しきれず、限界を迎えて自壊を始めただけだ。君のせいじゃない」


ヴィクターは私を庇うように強く抱き寄せると、その右手を虚空に向かって高くかざした。


───カチャリ。


乾いた、けれど心臓にまで響くような骨の音が鳴る。


彼の腕が、あんなに温かかった美しい人間の肌から


禍々しいまでの漆黒の魔力を放つ、剥き出しの白骨へと戻っていく。


「ヴィクター、やめて! それ以上魔力を使ったら、貴方の存在そのものが……!」


「構わない。君という、僕の世界のたった一人の『核』さえ無事なら、世界なんて何度でもパッチを当てて修復してやる」


「僕が何のために管理者になったと思っているんだい?」


ヴィクターが指先を弾くと


その骨の指先から溢れ出した漆黒の魔力が、夜空の亀裂を埋めるようにドロリと広がっていった。


それは、魔法などという生易しいものではない。


彼自身の存在、彼を構成する「データ」そのものを削り取り


世界の欠落を強引に補完する凄惨な自己犠牲だった。


空を覆っていたノイズが一時的に収まり、狂った人形たちの動きが止まる。


だが、その代償はあまりにも残酷だった。


ヴィクターの美しい顔の右半分が、ボロボロと砂のように崩れ落ちていく。


あんなに端正だった横顔が消え、生気のない


無機質な髑髏の姿が剥き出しになった。


「……あ、あぁ……ヴィクター……っ」


私は、彼の崩れていく頬に、震える手を伸ばした。


冷たい。


氷のように冷たく、そして指先が触れたそばから


まるで陽炎のように透けて消えてしまいそうだった。


彼の存在感は、今にも消え入るほどに希薄になっている。


「澪、泣かないで。……そんな顔をさせるために、君を守ってきたんじゃない」


ヴィクターは、半分骸骨になった恐ろしいはずの顔で、それでもなお


この世の何よりも愛おしそうに私を見つめ、不敵に、そして悲しく微笑んだ。


「見てごらん、空に浮かぶあの文字を。あれが、僕たちに残された最後の『猶予』だ」


ヴィクターが指し示した、無理やり修復されたはずの空。


ノイズが走り続ける虚空には、血のような禍々しい赤色で、冷酷なカウントダウンが刻まれていた。


【ENDROLL UNTIL:00:59:59】


「エンドロールまで……あと一時間……?」


「物語の強制シャットダウンだ。この世界は、君を殺す代わりに、世界そのものを終わらせる道を選んだらしい。……本当に、執念深い神様だね」


ヴィクターは私を抱きしめる腕に力を込めた。


もはやその腕には熱はなく、硬い骨の感触だけが伝わってくる。


「一時間か。……ふふ、十分だね。澪、最後の賭けをしよう」


「ヴィクター……?!」


「僕の骨をすべて砕き、存在のすべてを灰にしても──君を、この絶望的な『完結』の向こう側へ連れて行ってあげる。新しいエンドロールを、君が描ける場所へ」


世界が軋み、崩壊へと向かう音が、より一層大きく響き始める。


逃げ場のない王宮で、私と、救われなかった骸骨の紳士。


二人だけの、最期の死のカウントダウンが


今、無慈悲に始まった。

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