第5話:追われる者
長く、重苦しい時間が過ぎ去っていった――。
黒星ミナト(くろせ・みなと)は、漆黒の闇に包まれた荒涼とした道を、ただ黙々と歩き続けていた。
街へと続く道は、底知れぬ夜の帳に飲み込まれている。
彼の姿は、もはや以前とは別人だった。
かつて身にまとっていた学生服の面影は、微塵も残っていない。
今の彼が身に着けているのは、夜の闇に溶け込むような漆黒のズボンと、冷たい風に揺れるロングコート。
背には蒼いオーラを纏う謎の剣が静かに収まり、胸元にはあの不気味な黒いペンダントが鈍く脈打っていた。
昨日までの、あの無力で弱々しかった少年の姿は、もうどこにもない。
ただ――
凍てつくように冷たい、死んだ瞳だけがそこにあった。
その手には、酒場で奪い取った重い革製の財布が握られている。
「……」
彼は一度も振り返らなかった。
まるで、自分の内側に巣食う何かから逃げるように。
◇
(酒場――惨劇の跡地)
鼻を突く血の臭いが、今なお空気に濃く残っていた。
人間の屠殺場と化したその空間を支配するのは、圧倒的な静寂――。
ギィ……。
重い扉が、ゆっくりと開かれる。
規律正しい軍靴の音が、静まり返った酒場に響いた。
現れたのは、漆黒のロングコートを纏った屈強な兵士たち。
その背には、真紅の円の中に黒き竜がとぐろを巻く紋章――。
彼らは『黒の軍勢』。ノクシア王国直属の特殊部隊である。
「ただちに調査を開始せよ」
低く、威圧的な声が響く。
兵士たちは即座に動き出し、周囲の村人への聞き取りを開始した。
「若い男だった……」
「目が……異様に蒼かった……」
「光る剣を持っていた……」
「あれは人間じゃない……悪魔だ……!」
酒場の隅では、一人の兵士が人相書きを描いていた。
乱れた黒髪。
感情を失った蒼い瞳。
見る者を射抜くような視線。
「これで間違いないか?」
村人たちは震えながら頷いた。
「そいつだ……!」
「全部あいつがやった……!」
その時――
コツ、コツ、コツ……
静かな足音が響いた。
空気が一変する。
現れたのは、一人の女。
長い黒髪、冷たい紫の瞳。
その視線は、刃のように鋭い。
彼女の名は、シズカ。
ノクシア王国特殊部隊の総隊長。
「……何が分かった?」
兵士が敬礼し、報告する。
「犯人は十七歳前後の若者と思われます」
人相書きが差し出される。
シズカはそれを受け取り、じっと見つめた。
「生存者は?」
「給仕の少女が一人……しかし、強いショックで話せません」
沈黙。
そして――
「……放置はできないわね」
彼女は静かに言い放った。
「この顔を全土に手配しなさい」
一瞬の間。
そして冷酷に告げる。
「――生死問わず、拘束」
「はっ!」
「さらに賞金をかけなさい」
◇
(酒場の外)
シズカは外へと出た。
夜風が彼女の髪を揺らす。
その紫の瞳は、遠くへと続く道を見据えていた。
「……向かう先は決まっているわね」
三日月を見上げる。
「逃がさないわよ――」
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