春を剥ぐ
春の桜が満開になる頃、
「毎年、嫌になるぐらい連日雨になるのなんなの」
おかげで桜も楽しめない。
会社へ行く通勤路、傘さして歩く私。
誰とも視線が合わないように、傘で必要以外の視界は遮る。
ふと、ベージュのスプリングコートの裾が、チラリと視界に入った。
――――すれ違う。
(ベージュのスプリングコートを見たら春が来たって実感するわね⋯⋯)
流行ったり流行らなかったり。
色合いが丁度良いのよね、明るくて。春物の色合いにも合うし。
雨はシトシト降る度に、気温が上がって、春はうっとうしい湿度も連れてくる。
今日も朝から、雨。
通勤時間が被るのか、またスプリングコートの裾が視界の端に映る。
(⋯⋯ん?)
(暑くないの?)
コートから覗く足は、ほっそりとしていたし、痩せている人は燃やす脂肪が無いのかも。
(羨ましい⋯⋯)
今日も雨。
やっぱり、すれ違うスプリングコート。
(この人、いつ“暑い”って感じて脱ぐのかしら⋯⋯)
だんだん気になってきた。
外はシトシト雨。
傘越しのスプリングコート。
(私なんて、歩くだけで汗をじっとりかくようになったってのに⋯⋯)
人の顔とか見たくない私。
でも、このスプリングコートの女がどんな顔なのか気になった。
翌日は晴れ。
いつもの時間帯なのに、スプリングコートの女は見当たらなかった。
(晴れだし、今日は暑くて着てこなかったのかも)
スプリングコートを脱いだら誰なのかも分からない。
翌日も晴れだった。やっぱり見つけることは出来なかった。
そして、雨。
なんだか、ちょっと、期待する。
いつもの通勤時間。
目の端に映ったのはスプリングコートとほっそりとした足。
(いた⋯⋯!しかもラッキー!立ち止まってる!)
少し、傘を上げてスプリングコートの女の顔を見ようと、そちらを向いた。
――――間近に女の顔があった。
「え、」
傘をさす、私。少し、離れたところにスプリングコートの、女。
そして、私の間近に、女の顔。
(だれ?⋯⋯ってか、なんで人の傘の中に入ってんの?)
目をかっ開いた女が、じ⋯⋯っと、私を見るなり口を開いた。
「⋯⋯⋯⋯ねぇ、気づいてたよね、私のこと。私もアンタに気付いてたよ」
「――――おんなじだ」
そう言うと、女は、目を細めてニタリと、笑った。
ハッ、と気付いた時には、人の傘に入ってきた女も、スプリングコートの女もいなくなっていた。
「⋯⋯なに、今の。キモチワル」
(ん?てか、あれ?身体あったっけ?⋯⋯妄想?白昼夢?)
「――⋯⋯っていう訳分からん出来事があってさ」
仕事帰りの居酒屋で、そう友人に酒の肴として話した。
「ふぅーん、まぁ、お祓いぐらいはしてたが良いんじゃない?」
気のない返事で友人は、グビリ、とジョッキを傾けた。
「えー、行くならどこが良んだろ?」スマホを取り出し、友人とお祓いの口コミなんて見たり、脱線して旅行の話に花を咲かせていたら、お開きの時間となった。
別れ際、友人から
「さっきの話だけど、マジでお祓い行ったが良いかもね」
と、言われ
「ずっと、アンタの後ろにいるし。足しか見えないけど」
と、聞きたくなかったことを言われた。
聞きたくなかった。
ほろ酔い気分が一気に冷めた。
それからなのかは知らないけど、
我が家のワンルーム。
床は、フローリング。
ヒタヒタ足音のようなものが聞こえるようになったのは。




