馬にひかれた学生1
男子部員が競馬の騎手、風越みるめの話をしている声を耳にする。
「競馬の学校行けば良かった」
「俺も。そしたらプロになって知り合えるか、OGとして学校に来て会えたかもしれないのにな」
競馬学校は中学卒業から二十歳未満までが、受験資格対象なので彼らが受験することは出来る。
ただし、技能訓練校なので、高校卒業資格は付かない。
「でも、もうちょい体に肉があった方が好みかな。胸とか」
「それは無理だって。意外に身長あるから、体重には気をつかっているはずだろ。お前よりも背はあるらしいぞ」
「マジか。顔とか良いのにな。馬に乗って上げた尻も引き締まってて……」
そう話す男子は160後半の背丈だったように記憶している。
ゲームやアニメの影響もあって、今の高校生が競馬のことを知っていてもおかしくない。
何せ、自分の子もゲームで名前くらいは知っているからだ。
一昔前に起きたブームは、人気の馬による物だったので、正確には競馬ブームだったかは言い切れない。
だけれど今はゲームやアニメにより過去の馬が人気だったり、レースの展開などにまで知識が及ぶため、現在は競馬自体に興味を持った人が増えているという。
「雑誌のインタビューで、色んな馬に乗りたいから騎手になったって言っているくらいだからな。減量して騎手をしてる可能性が高いから、引退しない限りお前の望みは叶えられないだろうな」
「会うだけなら、見るだけならいけるでしょ。風越みるめは神社ちの子だから、行けばワンチャン巫女服姿見れないか?」
男子二人の会話は勝手で信憑性もなく、逆に内容の無いそれは年齢相応の雑談と言えた。
「見たいな。大きい胸は和服の形を崩すから良くないって言うが、逆にエロいからありだし、巫女服の尻とかエロくないか?」
「どうだろうな? 意外とコスプレじゃないのは生地が厚いから、お前の求めるような光景は本職じゃ望み薄の確率が大だ」
親戚のおじさんの中にも、お尻が好きと笑う人が居るので、やはり男性は思春期から成長しない生き物なのだと、馬術部の顧問後藤芽枝は感じた。
すると、そこに女子のイラ立った声が割って入る。
「男子! バカなこと言ってないで掃除しなさいよ。風雲結実だって掃除終わるの待ってるんだから早くしなさい!」
部活で飼育している馬の名前を出し、手の止まる男子をどやしつける。
「女子の前でそんなことを喋るから、デリカシーの無いアンタたちはモテないのよ!」
「はぁ!? お前が言えるのかよブス、モテたこと無いのはお互い様だろ!」
「一緒にしないで! 告られたことくらい私にもあるんだから!」
「はっ! どうせ幼稚園とかだろ? 何ていったっけ? タケルだったか? ちょっと鉄棒が上手かったヤツだろ! 俺の方が鉄棒多く回れたんだからな」
「そんな昔じゃありませ~ん! 中学の頃にされました!」
淀みなく言い返していた男子が、一瞬言葉を詰まらせる。
「へー……告白されたからってモテてるわけじゃないし、どうせ初めて好きですって言われて、相手の顔を余り見ずに返事しちゃったんだろ? そして冷静になって見ると不細工だったから別れたんじゃないのか? だって今彼氏いないんだろ?」
「バカにしないで。一度好きって言われたくらいで浮かれる訳ないでしょ。そんなことよりアンタこそ、好きでもない子から告白されたら付き合っちゃうんでしょ? ちょっと顔がかわいいだけで」
中高のクラスメートによく居るタイプの、男子を軽く見ている女子の口調。
お互い仲の悪い男子と女子のテンプレのような言葉の応酬だった。
「そっちこそふざけんなよ! 性格だって考えるっての! じゃなければお前と付き合ってるわ!」
これ以上は本腰を入れたケンカになりそうな雰囲気を感じ取り、逃げるに抜けられず二人に挟まれた男子生徒が可哀想だったため、顧問の教師として二人を止めに入る。
「はいはい。ケンカになる前に二人とも止めなさい」
去年から乗馬の指導は地元乗馬クラブに外注、講師の人に任せているが、学校の生活態度の指導をする立場として口を挟む。
「彼女が言うように風雲結実が待ってるのもあるけど、早く済まさないと他の活動が出来ないわよ。風雲結実はまだ他の子を気にするから、別の班の子が終えてから馬場で練習でしょ?」
数秒の間の後。
「はーい……」
言い合っていた男子は不満が残りつつも、女子の方は切り替えてもう一人の男子と返事をする。
「「はーい」」
馬術の知識は何年も顧問を続けていく内に身についたけれど、教える立場が本職の乗馬クラブの講師と比べて力不足なのは否めない。
その分、生徒の様子は見ておこうと決めている。
多少部活に対して口出し出来るようになったが、それは初めて顧問になった頃と変わらない。
何事も本気で関わっている人には敵わないのだ。
それこそ昔の馬術部部長は熱心だったので、年齢とか性別は関係無いと実感した。
おかげで役割を分担出来たため、馬術部が初顧問でも務められたのは誤魔化しようのない事実だった。
「これまでも何頭かウチに来た当初、神経質になってた子もいたけど風雲結実も慣れたら皆と一緒に練習出来るようになるわ」
馬房掃除のため、他に繋がれた風雲結実を見やる。
「あと今度ケンカになって困るようなら呼びなさい。馬術で細かい指導は出来ないけど、先生は皆の顧問ですからね」
二人に挟まれて困っていた生徒に目を合わす。
日々のお世話も、馬との信頼関係を築くのに必要だけれど、それでケンカしていては担当の馬を驚かせかねない。
これ以上言葉の続かなかった様子から、後藤芽枝の話が終わったと分かると、三人は馬房の掃除に戻った。
床に敷いていた藁からきれいな物を分け、汚れた藁やおが屑を一輪車に乗せ、学校の敷地端にある堆肥場に押していく。
言葉を交わす二人に挟まれていた男子が抜けた。
屋根とブロックの囲いのある通気性のある堆肥場は、持ち込んだ汚れた藁やおが屑、馬糞などに米ぬかや水を加えて自然発酵させて馬糞堆肥にしている。
管理するのは主に農業科の生徒で、実習の一環としており、その中ではより臭わない堆肥作りの研究などもしているらしい。
出来た堆肥は農業科の田畑や花壇、近隣の農家などにも引き取ってもらっていた。
前は学校の周りも田畑が多かった。
しかし、近年住宅などが建ち始め、堆肥が欲しいという人たちが減っている。
馬術部で飼育する馬も今は三頭になるが、昔は五頭、六頭と居たそうだ。
それも農業科の実習で馬耕として使うからで、今も授業で昔の農業を学ぶ一環で、田畑を耕す実習に連れ出されている。
顧問の目があるため、新しいおが屑を床に敷き、最初に分けた藁と新しい藁を混ぜて敷き直す。
男子たちが話していた風越みるめは、競馬をやんわりとしか分からない後藤芽枝でも知っている。
今注目の若手女性騎手だった。
年始にあった競馬のテレビ放送でも、注目の騎手の一人として取り上げられていたのを目にしている。
男子たちが話していた身長など以外に、涙袋と目元にホクロがある個性的な美人顔をしているのも、実績に加えて注目される要因だった。
それにまだ若いため、笑ったりすると幼さが覗く。
よく目にするのは相棒と言われているダガーウマダガーという馬とのツーショットだ。
ダガーウマダガーは風越みるめがデビュー後、初めて一着を取れた馬なのだとインタビューに答えている。
すると注意されて最初こそ無言だったけれど、二人は平常運転に戻ってお喋りを再開していた。
「知り合いが作ってくれたウマのお守りとか羨ましいな。ゲーム内で馬のお守りは走るときの消費ゲージ軽減効果で、部活には必要ないけど好きなゲームに出てくるアイテムのグッズ化は惹かれるじゃんか。ゲーム好きとしては架空の物が現実にあるのはアガる。誰か作ってくれないかな」
早く先輩たちみたいに上手くなりたいという話から、風越みるめの記事に戻ったようだった。
「こっちを見ないで。そんなに欲しいなら自分で作りなさいよ」
「いや、面倒くさいだろ?」
「面倒くさいって、小学校の家庭科の授業であった裁縫忘れたの? 私の方が下手くそだったじゃない。むしろ私にお守りをくれても良いんだけど?」
「何で俺が作ってあげなくちゃいけないんだよ。まるで呪物みたいになの出来るから、逆に上手いヤツにあげてプレッシャーをかけようとしたのに」
それを耳にした女子は怒りを露わにした。
「はぁ!! 何で自分を高めずに上を引きずり降ろす方法で上手くなりたいとか、そんなんだから上手くなれないんじゃない!」
もう呆れて逆にケンカしても問題ないだろうと、厩舎を離れて馬場の方に様子を見に行く。
風越みるめは実力も新人にしては十分あるけれど、人びとの関心は容姿の方に向きがちだった。
それでも馬が好きなのは十分インタビューの受け答えから伝わり、昔受け持ったある生徒のことが頭をよぎる。
決して見た目が似ているわけではないが、顧問になった最初の頃の生徒の一人とダブる。
あの頃は飼育していた馬も倍居て、一頭分ずつの区切りのある馬房が並ぶ、馬小屋の厩舎を四天王の居城になぞらえ、ウマリーグとふざけて呼んでいた生徒が居た十数年前ーー
その女子生徒は高校に入学してから馬に興味をもって入部し、ある出来事が起こったために忘れたくても忘れられない女子生徒になってしまった。
生徒の名前は樋目野川美都里子。
上も下も呼ぶのは長いため、前後で短縮して『ヒメ子』と周囲から愛称で呼ばれていた。
本人もテストの時とか書くのが面倒と言っている他、樋目野川の姓自体校内に一人しかいないので、苗字だけでも許して欲しいと不満を漏らしていた。
のんびりしていて何を考えているのか読めない雰囲気のある彼女でも、やはり不満を抱えているのだと思った記憶がある。
彼女はヒメ子という愛称で呼ばれるが、どちらかと言うと男子に負けない身長から、女性らしい凹凸さえなければ、姫より王子と呼びたいくらい中性的な容姿をしていた。
長身にショートボブの目元は切れ長で、かわいいよりカッコいいよりの女子だった。
けれど話してみると見た目とのギャップがあり、余り話さない生徒からするとミステリアスに映っているようだった。
思考が読みづらいポーカーフェイスという意味なら、ミステリアスなのかもしれないけれど、喋るとのんびりした性格が隠しきれない。
のんびりしていてつかみ所がなかった。
教室から厩舎が近かった一年の最初の頃は、休み時間の度に馬に会いに来たりしていた。
しかし、近いと言っても鼻先にちょっと触れたら戻らなければならない距離はあったので、何度か授業に遅刻して馬に会っていたことが発覚し、授業と授業の間の休み時間は禁止されてしまう。
なので、朝と放課後の部活時間を除いて必ず会いに訪れていたのは、お昼休みくらいだった。
そして厩舎を前に一人でお弁当を食べる姿を初めて見かけた日。
「樋目野川さん。どうしたの? こんなところで。友達とケンカでもした?」
馬房の馬が見える場所に座る彼女。
脇にはコンビニ袋に入った昼食が覗いていた。
呼ばれて上げた彼女の顔には、質問の内容が分からないといった表情が浮かび、ふるふると左右に首が振られた。
「いいえ、ケンカしてません。そもそも友達なんて居ないから。出来るだけ馬の側に居たいから居るんで」
誤魔化したというより、疑問に対して答えただけの声色。
表情にもハブられている悲壮感や、ぼっちでお昼を摂る姿が見つかった動揺なども見られない。
「そうなの? でも前に仲よさそうにしてたじゃない。ほら、ネコ毛の人懐っこそうな子」
訊くとしばらくの間があり、何度か頷いたあと言葉が返って来た。
「あれはクラスメート。委員長だから心配してくれたみたい。それだけ、友達じゃないと思う」
ガサゴソと惣菜パンを取り出す彼女。
「楽しそうに話してるように見えたけどな。部活に友達は? 同じクラスの子は居ないけど、同じ一年生が居るでしょ?」
「友達? ない、です」
「じゃあ、先輩だけど同じターンステップ担当の子たちとは?」
ターンステップは馬術部で飼育している四頭の内の一頭の名前。
額の白い柄が鼻に向かって伸びる流星の青毛の馬だ。名前は馬術部に迎えられた頃、特に落ち着きが無かったことが名前の由来と聞いている。
「部員同士なだけで友達ではないんじゃないです? 先輩でも友達にして良いのかな?」
同じターンステップ担当の副部長は、周りを見るタイプで面倒見が良い女子だ。
部活動に熱の入って周りが見えなくなる時のある部長と良いバランスだと思っている。
副部長は高い位置での柔らかく広がるくせっ毛のポニーテールを揺らし、常に笑顔の人当たりの柔らかい生徒だった。
部長が後輩の指導に熱心なおかげで、乗馬の経験や乗馬ライセンスのない後藤芽枝も、馬術部の顧問としてやっていけている。
もう一人のターンステップ担当、賀茂詩佳は二年女子で、長い髪の先をゴムでまとめて肩から垂らしていた。
控え目な性格で、三年の副部長に比べ地味だけれど、部活には真剣に取り組んでいる姿が印象深い。
お世話を続けている内にターンステップを気に入ったと前に賀茂詩佳は教えてくれた。
どうも部活で仲が良くても友達ではないと、彼女は本気で言っているのが伝わってくる。
相手が先輩でも、それなりに距離が近くなれば友達だと思うけれど彼女は違うらしい。
しかも友達が居ないことや聞かれたことを気にする素振りも無い。
どちらかと言えば身長もあって中性的な容姿は、男女問わず人目を引く。
一見クールに見えるけれど、のんびりしたところが意外に親しみやすく声をかけられると思うのだが、やはり友達と呼べる子は居ないらしい。
最初はそのどこか力の抜けた雰囲気に既視感を覚える。
しばらくして、その既視感は競走馬を少女に擬人化したゲームに出てくるキャラクターに似ていると気がついた。
私が見たのはアニメだけれど、どこか雰囲気が似ていると個人的に思う。
アニメキャラみたいな美少女ではないが、高校生にしては大人びた顔立ちをしているし、女子グループから声がかかってもおかしくない。
けれどその彼女には友達意識がなく、余り周囲の人を気にしない性格から、教室ではそういう人と思われている節があるのだろう。
クラスで力のあるグループは大抵メイクが上手いし、往々にしてギャルである可能性が高い。
けれどヒメ子に化粧っ気がないので、発言力の強い女子グループに居るイメージはつかないし、グループ内でワイワイというのも考えづらい。
のんびり日なたぼっこしているところに、誰かが声をかけるイメージが精一杯だ。
しかも、こちらから振ったので今答えてくれたが、聞かなければ今だって話さなかったに違いない。
最初の頃は顧問ということもあるけれど、彼女には可能な限り声をかけ、お喋りをして気にかけていた。
すると。
「そうそう、この前賀茂先輩から心配されました」
惣菜パンを呑み込み、水筒のお茶で口を湿らせた彼女が、ある日の出来事を話してくれた。
「大丈夫?」
「? はい」
不意に賀茂詩佳から、そう声をかけられたそうだ。
とりあえず心配された理由が分からず、困ってもいなかったので適当に彼女は頷き返す。
部活終了後、制服に着替えて最終下校時刻までそんなに時間は無いが、皆だらだらとしていた時のことだったという。
「本当に?」
「そうですけど。何か?」
ヒメ子は日頃から口調に抑揚が無いため、返事をそのまま鵜呑みにして良いものか、判断しかねるといった反応が、賀茂詩佳から返って来た。
そんな表情をするのは部活後の空腹もあるのではと、バターしょうゆ味のおやつでも分けてあげようか考えていると、不安げな瞳で訴えかけてくる。
「人に言えない悩みとか、クラスメートとの間で困ってたり、抱え込んじゃってる部活の不満とか、私生活でも良いから助けて欲しいことがあったりしない? 大丈夫?」
「無いですね。悩んでいることも、困っていることも、助けて欲しいことも」
「ホントに? 我慢しなくて良いんだよ……私に無理なことなら、一緒に先生のところに行って相談しても良いんだし」
しつこいと最初は感じたものの、先輩が食い入るように見つめてくるものだから、とりあえずヒメ子は答えてみることにした。
「強いて上げるなら今、何でそんなに心配されてるのか分からないことぐらい。です」
おやつのポップコーン片手に、悩みなど無いと答えても信じてもらえず、不安げな顔をするので思い切って指摘してみたのだけれど。
賀茂先輩が合わせていた視線を下ろす。
「それはポップコーン食べてるから」
「ポップコーン?」
意外よりも理解不能な単語に目を見開き、思わずヒメ子は問い返していた。
「ポップコーン」
「ポップコーンが何です?」
問題がポップコーンにあるらしく、手元のポップコーンの袋に視線を移す。
おやつで持ち込んだポップコーンは、普通にコンビニやスーパーの棚に置かれている袋状のポップコーンで、特に変わったところは無い。
そのため先輩が何に反応して、不安に思っているのか皆目見当が付かなかった。
レタス何個分の食物繊維とか書かれてるので、健康に害を及ぼすことは低いのかもしれないが、何か他にもあるのだろうか?
いくら健康に良いと言われる食べ物も、栄養のバランスが偏る過剰摂取はイケないのは理解している。
けれど久しぶりに食べたくなって、手を伸ばしただけのポップコーンに何なのか? と。
「ポップコーンってテーマパークとか映画館、家では映画を鑑賞する時にしか食べないじゃない?」
いつもよりも低いトーンで、真剣な顔をして賀茂詩佳は言った。
余りにも真剣な口調と内容に隔たりがあるせいで、いまいちピンと来ず、ヒメ子は普段ののんびりした調子で答えた。
「え? 別におやつとして普通に食べますけど」
「そ、そう?」
平然とした返しを受けて戸惑う先輩に、続けて頷きを重ねる。
「はい。一番食べるのはキャラメルですけど、わたしはバターしょうゆ味が一番好きです」
かさかさ振ってみせるポップコーンも、バターしょうゆ味だ。
塩味はキャラメル派の家族が、たまに塩とキャラメルのミックスを買って帰ってきた時に食べる。
そして映画館やテーマパークでしか食べない派かもしれない先輩に、ポップコーンのおすすめの食べ方を紹介する。
「使った器を洗うの面倒ですけど、マシュマロを溶かしてポップコーンを混ぜて、チョコソースで食べると美味しいんですよ」
「そうなの?」
「そうです」
「へー」
何かカルチャーショックを受けたみたいな反応をされるが、心配された疑問が残っているので逆に問い返す。
「で、何でポップコーンを食べてるからって、わたしは心配されたんです?」
真実に迫る疑問に先輩は目を泳がしながら言う。
「それは……昔読んだマンガのあとがきに、どんな状況も楽しげで飄々としている登場人物が、毎回片手にしてるポップコーンは、テーマパークや映画に行くと非日常的な高揚感とか空気感でいる表現だって説明書きがあってさ」
話してくれているものの、何も見えてこず首を横へ倒す。
「はい?」
「映画って非日常感あるでしょ?」
同意を求める問いかけに、事実そうなので、素直に相手へ返事をする。
「はい。気持ち的に始まるまでワクワクする」
「だからポップコーンを食べているのは、現実を諦めて期待していないっていう意味を込めた描写らしいの。現実もテーマパークや映画の様に捉えているから、フィクションのように重く受け止めないし、ある意味現実逃避で真面目に生きるのを諦めているため、絶体絶命でも軽くて他のキャラよりも飄々としているんだって。だから……それで、その、ヒメ子ちゃんが、もしかして……って」
言いにくそうにする先輩を前に、やっと繋がった話を確認する。
「ポップコーン見て、わたしが何か悩みごとを抱えてるんじゃないかって?」
「うん。そうなの……でも、違ってよかった。ヒメ子ちゃんが本当にポップコーンを食べてるだけみたいで」
それが伝わったらしく、相手の肩から力が抜けるのが見て分かった。
「食べます?」
ポップコーンの袋を傾けて開け口を向けるが、眉を下げて困りながらも笑みが返って来た。
「ん~、今は良いかな。ありがとう」
友達は居ないようだけれど、他の部員とは問題なくコミュニケーションが取れているようで、その点は聞き終えてほっとした。
話しかければ会話はしてくれるので、人と会話するのが苦手というタイプではないらしい。
部員を知るための会話から、彼女がこの高校にした決め手を聞いていた。
それは進学できる高校の中で、一番家から近かったためらしい。
本当に自宅に近い高校は進学校のため諦めたとも話しており、他人と比べて卑屈になったり、見栄を張って嘘をつくような子では無いと分かった。
入部動機に関しても、家族とか友達とか本当に大事なもの以外、執着や拘りが希薄で、趣味のようなのめり込む物もなかった中、部活見学の時に目にした馬に一目惚れしたという。
正確には一目惚れとは違うのかもしれないけれど、馬の姿に言葉に出来ない興味を惹かれ、ちゃんと両親に相談して入部を決めたという。
『一目惚れして翌日に入部届を出すまで、何でこんなに馬が気になるのか分からなくて、ベッドでそわそわして夜も眠れなかった』と語った。
そして本当に馬以外に興味が無いのか、彼女に化粧っけは無く、仲良くなったクラスメートの女子に眉毛を整えてもらったと後に教えてくれた。
そして別の日にはクラスメートに遊びにつれてかれ、その先でもポニーと触れ合ったと後日聞かせてくれたので、半年後くらいには馬にばかり会いに来ていても心配ではなくなった。




