今か昔日4
季節は秋になり、田んぼで子供たちとイナゴ取りをした帰り道。
イナゴは佃煮にして食べるので、見た目から食べるのは苦手でも、取るのは平気で楽しいと言う子もいた。
手綱を持ち尾白と一緒にあるくあぜ道から見える水田は、実った稲を刈るための落水を行って、再び水を抜かれているところだった。
夕方付近になると雀やカラスの姿が増え、成長と共に茎の中から出てきた穂は、夏の緑から秋の黄色になり垂れ下がっていた。
成長した穂が風に揺られ、葉などにも触れてサワサワと心地よい音を立てる。
賑やかだった夏から、冬に向けて静かになる兆しに、佳乃女は一時の寂しさを覚えた。
すると彼女の気持ちを読み取ったかのように、尾白が体を寄せてきた。
風で揺れる稲穂の海に、佳乃女と尾白から伸びた長い影が落ちる。
稲刈りの日を迎えた。
田んぼには事前に落水した影響で、地面にヒビが入るくらい乾き、脚絆を付けた脚で踏み入れても足が沈まない。
集まる皆はのこぎり鎌を手にし、子供には刃物なので扱い方に注意するように言い聞かせる。
柄は短めで名前通り、湾曲した刃の部分がギザギザしている。
「稲を左で掴んで、根元から五センチくらいのところに鎌の刃をあてて、引くようにして刈ってね」
お手本で聞き手で一束を掴む。
「持ち方はこうだよ。逆手に持つと鎌を引いたときに、親指を間違って切っちゃうかもしれないからしないこと」
そう言って親指が地面に向く、ダメな持ち方を実際にしてみせて説明する。
次に束を掴んだ下、根元から四、五センチくらいのところに鎌の刃をあてた。
「で、こうして真っ直ぐ引くように稲を刈ってね。上に斜めに引いて曲がらないように。それと切れなかったら無理やり力ずくでやろうとしないこと。脚に当たって怪我しちゃうから」
喋りながら彼女は身体を起こし、周りに集まる子供たちの顔を見回す。
「守れるよね?」
刃物を扱う以上、しっかり知ってもらわなくちゃいけない。
確認のための呼びかけに、一人が返事をすると次々と手を挙げる。
「はーい!」
「あとは出来る人は一つ稲を刈ったら、先に刈ってある稲の横に寝かして並べてね」
一つ目の束を手の中に残したまま、二つ目の束を苅り三つ目を刈って見せ、佳乃女の手ではギリギリまとめられた束を地面の端に置く。
子供は一株ずつだけれど、佳乃女は癖でまとめてしまった。
「蛇さんとか隠れてるかもしれないから、蛇さんにも気を付けて下さい。良いかなー?」
「はーい!」
今度は二度目ということもあり、子供たちからの返事が早かった。
そうして秋晴れの中、稲刈りが始まった。
大人に混じってちょこちょこする姿は、可愛らしく疲れを一時忘れさせる。
友達は隣の田んぼで、他から嫁いで来た女性と一緒に稲刈りをしていた。
佳乃女から見ても、友達は人当たりが良いので、嫁いで来た女性も他の人よりは良いような気がする。
実を言うと村はほぼ顔見知りみたいなものなので意識しないが、佳乃女は人見知りだった。
なので、その点友達は緊張も人見知りも無くて尊敬している。
「かのめお姉ちゃん見てー! すごい?」
呼ばれて声の方を振り向くと、子供自分でが刈り取った稲を自慢げに掲げてきた。
「わぁ、すごいすごい。でも、鎌は危ないから人に向けないように気を付けようね」
小さな手で稲を握る子を笑顔で褒めて、のこぎり鎌をぷらぷら揺らす子を注意した。
「はーい!」
「じゃあ、こっちに並べようか?」
一緒に稲を地面の列に並べ、次の稲に取りかかる。
順調に進んでいると、中心の足元付近に周りより僅かにぬかるみを覚えた。
そして刈ってある程度の広さを確保出来ると、何人かが男性の腕くらいの太さの棒を持ち込み、はぜ作りを始める。
まず二本の上部が交差するように、木の棒を斜めに地面に突き立て一人が押さえ、もう一人が木槌を振り下ろす。
打面と棒の頭を叩く音が響き、田んぼの地面に打ち込まれる。
これをもう何組か等間隔に立て、交差する部分に渡すようにはぜ棒を置き、縄を何周か巻いて縛って固定する。
はざ木を必要な分組み立てて用意し、刈り取って藁で束ねた稲を割り、横木に逆さにはざかけしていく。
そうすることにより稲を乾燥させる。
そのままでは水分量が多くカビてしまうため、干してお米の水分を飛ばす意味があった。
重要なはざ木作りの男性の中に、佳乃女にしつこくする男子が、力仕事としてはざかけを組み立てに来ていた。
ちらちら男子の視線は感じていたが、無視して他に刈り始めている田んぼへ。
「お前、彼女見すぎ」
「そんかことねーよ」
「いやいや、俺の手を木槌で叩こうとしたじゃねーか」
「お前の手がトロいだけだろ」
「意外だよな。何でまた手を出してないんだ。いつもなら夜這いくらいしかけてるってのに」
「やめろ。それくらい本気ってことさ」
「何人も泣かせてきて、今さら純情ってわけでもないだろ」
「だなだな。この村でお前に力で敵うヤツなんていねーんだ。ケンカのようにすぐに押し倒して、手ごめにしてるもんだとばかり思ってたよ」
「これはマジかもしれんな」
「だから、そう言ってるだろ!」
そんな男子たちの囁きが聞こえてくるが、佳乃女には一切響かないし、好感や印象が良くなったりしない。
途中はざ木の材料を運ぶ尾白に手を振った。
刈り終わると稲の切り口付近を藁でキツく縛る。
「わぁ、縛るの上手」
隣の男の子を佳乃女が褒めると、照れながら刈って地面に寝かされた束と束を合わせ、根元より若干上で藁を一巻きして交差させる。
交差部分を数度捻って締め、端を締まった藁の下に捻じ込んで先を処理する。
キツく縛れる大人たちの中、上手い子供は一緒に縛っている。
さすが馴れているため手早く、男の子な分だけ年下でも、彼女より力強く見えた。
「わたしも負けないからね」
やる気を見せて微笑むと、稲を取るフリをした男の子に一歩距離を取られてしまった。
縛り方は他にも一周目で作った交差部の下に、片端を入れて締め上げて処理するやり方があるとかないとか聞く。
とにかく子供から大人まで、皆協力して作業をすする様子は嫌いじゃない。
はざかけ作業もはざ木に縛った稲を逆さにかけていくが、子供が抱えて大人に渡す場面も微笑ましくて和む。
稲刈りにもタイミングがあるので、刈り時を迎えた稲は、晴れの日に終わらせてしまいたいのが心情。
なのではざかけに必要な人数を残し、稲刈りに適した時期の田んぼへ移動する。
とは言っても、ここら辺は日当たりに違いもないので、ほぼ早く植えた順に収穫していくことになるため、すぐ隣や一つ飛ばした先だったりした。
生育の違いは水の深さによる水温調整を始め、色々な要因でズレたりするので全部順番に進められないのは仕方ない。
そして今日の稲刈りが一段落するのが、お昼を回ってしまう。
まだ今期の刈り始めなので時間がかかるが、身体が馴れてくると作業も早くなるはずだ。
今しがた刈った田んぼのはざかけが終わると休憩に入り、皆畦に肩を並べて腰を下ろし、主に女性陣が昼食の準備を始める。
「お姉ちゃん、一緒に食べていーい?」
「良いよ、おいで」
お昼ご飯の手伝いをしていた佳乃女は、声をかけてきた女の子に手招きした。
大人は男性女性に分かれて世間話をし、子供たちは仲の良い者同士で地面に座る。
「今年は出来上が良いな」
「そうだな。山一つ向こうの方じゃ、余りよくなかったと聞くがうちは一安心だ」
男性陣の会話が聞こえてきて、別のところからも賑やかなお喋りが始まった。
「いただきます」
佳乃女は女の子と声をそろえて手を合わせた。
子供が年下の子たちを面倒みるのは、村では割とよくあることで、佳乃女は身長が低いため、同年代の中では良く子供に慕われていた。
「おいしいね」
「ね。それだけ頑張ったってことだよ。しっかり食べて、この後も頑張ろう」
「うん!」
女の子は大きく頷き、両手で持つおにぎりにかぶりついた。
彼女もそんな様子を横目に、おにぎりと漬物を口にし、お茶を飲んで一息つく。
周りに目を向けると大きな口を開けて食べる子もいて、外で食べるだけなのに家族以外と食べるのも良いなと思った。
頭上を見上げると空気が澄んでいて空が高く、流れる雲が散り散りに、秋の雲になっていることを実感した。
友達は横並びに座る子供たちを挟んだ向こう側にいて、目が合うと手を振ってきた。
特に意味がないのは分かっているけれど、佳乃女も小さく片手を振り返す。
すると友達の向こうから、おにぎりを手に歩いてくる男子の姿が目に入った。
歩く度に肩が前後に動き、歩くつま先がやや外に向いている。
「……っ!」
それはいつも言い寄ってくる男子で、目が合ったことからも佳乃女を目指していることが明らかだった。
しかも彼女の隣は空いていて、離れたところで談笑する母親に詰めてとは声をかけづらい。
「どうしたの? お姉ちゃん」
男子と母親の間を何度も見たからか、隣の子が不思議がって首を傾げて聞いてきた。
「んっと、何でもないかな」
内心の焦りを隠して返事をするも、声と表情に困惑が浮かぶ。
もうすぐそこまで来ており、一歩一歩踏み出す足音も良く聞こえた。
確実に近づく音に男子を見ないようにして、通り過ぎることを祈って気配を探った。
すると空いていた彼女の隣に、大きな影が突如現れる。
「あーー尾白?」
見上げるようにして呼ぶと前脚を折り、男子が寄る前に子供たちの反対側を占領した。
「尾白」
長い睫毛に縁取られた目は遠くを見て、当たり前のように澄ました顔をする。
そっと男子の様子を窺うと、足を止めて顔を悔しげに歪めていた。
やがて踵を返して戻って行く背中を見て、彼女は誰にも気づかれないように安堵する。
「ありがとう、尾白」
そっと佳乃女は口にし、男子から守ってくれた体に、肩を預けて寄りかかって息をつく。
「ふふっ、照れてる?」
ぴくぴくと耳を動かし、虫でも寄っているのだろうけれど、人が照れているのと同じにみえて、佳乃女は見上げて微笑みかけた。
静かに寄り添って居られたのも一瞬だった。
おにぎりを食べ終えて走り回り始めた子供たちが、地面に伏せて目線の高さにきた尾白を見つけて飛び付いた。
もう子供たちの賑やかさにも慣れたもので、尾白は一目もせずに触れたり寄りかかられることを許していた。
けれど大人しいせいで逆に飽きたのか、すぐに子供たちは離れ、追いかけっこや適当な木でだるまさんが転んだが始まる。
「男の子はもうちょっとゆっくり食べれないのかな」
遊びで遠ざかる男の子たちを見やり、女の子は不満そうに頬を膨らませた。
「そうだね」
そう佳乃女は相づちを打ちながら、こういう穏やかな日々を毎年送りたいと思いながら、瞼を半分閉じる尾白の毛並みを優しく撫でた。
二週間ほど経った頃、はざかけして天日干した稲を脱穀する日がやってきた。
前日まで強い風が続いていたので、久しぶりの穏やかな陽気になる。
だからだいぶ枯れ葉が地面に落ち、木の枝が見えるようになった。
そして尾白に揺られながら田んぼに到着した。
まず稲わらは使うので、はざ木から軽くなった稲を外し、尾白に家へ運ばせる。
他の家も脱穀をするようで、運ぶ姿やはざ木を解体する人を見かけた。
それに田んぼに残った株からは、ひこばえがちょこんと緑が生えてきていた。
やはり春夏に比べて刈田が広がっている風景は、ちょっとだけ寂しく感じることがある。
途中、友達と行き会って三、四言葉を交わす。
「今日来るでしょ?」
「うん。お邪魔するね」
「良いって。風があんなに強かったんだもん、仕方ないよ」
「ありがとう」
この場は手を振り合って別れた。
帰ると庭先にゴザや敷物を広げ、昔から使っている脱穀機を納屋から引っ張り出す。
一台は足踏み式の脱穀機で、横になった円筒形から針金が何本も飛び出している農具だ。
踏み板を足で押し込むと円筒形の部品が回転し、天日干しした稲の穂先を近づけると、穂からモミが取れる仕組みになっている。
回転しながら行うので、一度の量が多いと絡まり止まってしまう。
それに軽い子供なんかは気をつけないと、手を離さないから身体を持って行かれそうになって危ない。
これは重いので二人で運ぶようにしている。
もう一台は足踏み式よりも古く、千歯扱きといって、金属で出来た歯がクシのように並び、歯の付いた横木から脚が四本山の形になるように付いている。
そのクシ状に並ぶ歯の間に、軽く広げた稲とか麦を手前に引くようにして何度か通し、モミを取り出して藁と分けた。
固定した櫛状の歯を通すので、農具が手前に倒れたりしないように、足元には引く時に足を置いて踏ん張る板が付いている。
千歯扱きは足踏み脱穀機より簡素な作りなので、一人で運べないことも無い。
そして穂から取り出したモミは、下に広げた敷物に落ちる。
完全にモミだけとはいかないため、大きい稲のクズは手で、そうでない物はふるいにかけたりして取り除く。
風を起こしてモミとクズを分ける農具もある。
父親が足踏み脱穀機、佳乃女が千歯扱きで脱穀を進めた。
足踏みの方は、もしも稲が絡まって身体が持ってかれた時に、腕や身体に傷を付けてしまうから佳乃女は任せてもらえなかった。
そんなことになるほど小さい子供じゃないし、手を離すと言っても使わせてもらえない。
「ほら佳乃女、お母さんから受け取って」
父親に言われ、足踏み脱穀機から、二人に稲を渡すために控えた母親を振り向く。
「はい、疲れたらいつでも交代するからね」
「うん。ありがとう」
気づかってくれる言葉に返事をし、差し出された束を受け取る。
稲は天日干しで乾燥させたため軽い。
ちょっと束を広げるようにして歯の向こう側に穂をやり、足元の板に足をのせて踏ん張った。
そうしてクシ状の歯の間の穂を手前に引き、一束を何度か通して取り残しがないように繰り返す。
日も落ちた頃、友達の家にもらい湯のため出かける。
三日ほど前の夜中、物凄い音がし、朝外に出るとお風呂の小屋が潰れていた。
どうも季節の変わり目特有の風で崩壊したようで、その日は割と荒れた風が強く吹いていたのを覚えている。
屋根や壁がお風呂の上に重なるように崩れ、支柱の一本が中間で折れたり、いっそ風呂の建物全て吹き飛ばしてくれれば良かったくらいだと大人たちは言う。
崩れて残ったせいで、退かす作業が必要になり、余計な手間がかかると聞いている。
「厩じゃなくて良かった。尾白が潰されなくて」
そう口にして一緒に連れ出した尾白に触れる。
まだ虫の音が道脇から聞こえ、佳乃女たちの足音が暗闇に溶けて消える。
今夜の風は穏やかで、欠けた月の夜なので足行きは遅く、歩幅も小さい。
不確かな覚えだけれど、佳乃女に言い寄っていた男子の家が近くだった気がした。
けれど友達のところに行くのに鉢合わせたことはないし、男子だってつるんでいる顔と飲みに出かけているかもしれず、起こる前のことを心配しても仕方なかった。
「尾白だっているもの」
親も一緒な上に人の心配ごとは、ほとんど当たらず杞憂に終わると言うし、何より守ってくれる尾白がいる。
「こんばんは」
友達の家を尋ねると、ちょうど友達の小さい弟が最後にお風呂を使っていて、しばらくすれば貸せるという話だった。
なので中に入れてもらって、ランプの灯りの下で待たせてもらうことになった。
母親は申し訳ないと口にし、友達の母親とお祖母さんの二人と世間話を始める。
父親は通された囲炉裏の前で、友達の父親とお祖父さんに、崩壊したお風呂の小屋について話し出した。
佳乃女はもちろん友達とお喋りに花を咲かす。
ちなみに尾白は庭先の木に手綱を結んで待たせてある。
「佳乃女、実はね。私ーー」
お喋りの途中で、思い詰めるのとも違う。
けど真剣で少し不安な口調で、友達はある話を打ち明けてくれた。
それは同い年の自分も他人事ではなく、いつも元気で人当たりの良い彼女すら、不安になってしまうことに心配になる。
現にその話を喋っていると、目の前の彼女の表情に陰が差す。
けれど決して悪いとは一概に言えないだけに、友達にとって良い出会いがあるように祈るしか、佳乃女には出来なかった。
「大丈夫だよ。他の村から来た人とも仲良くなれるんだから自信を持って、きっと大丈夫。悪いことにはならないよ。わたしが保証する」
手を取って励ますと、いくらか友達の表情が和らいだ。
「ありがとう。ちょっと楽になった。だから前向きに考えることにするよ。まだ話だけでどうこうじゃないし、よく考えて気持ちを整理する時間もあるからね」
元気が出たのか、そこからは普段通りの益体もないお喋りをして過ごした。
どこそこの娘が村の誰彼に夜這いを受けたとか、逆に追い返したとか、大人たちに聞こえないように囁き合った。
誰かから振られない限り、余り進んで話さないが、佳乃女もそういうことに興味が無いわけでもない。
「あ、お姉ちゃん! 来てたんだ!」
しばらくすると友達の弟が、お風呂からやって来て、佳乃女に体当たりしてきた。
軽いけれど不意だったので、思わず友達の方に寄りかかってしまう。
そんな姿に友達が弟を叱る。
「来るって言ったじゃん。こら、怒られてるのが分からない? 佳乃女ちゃんにのしかからないの」
姉に怒られた弟の温かな身体が離され、お湯で温まり血色の良いご機嫌な顔が姿を見せた。
「こんばんは。相変わらず元気だね」
「うん! お姉ちゃん遊ぼ!」
彼の母親は寝て欲しかったのか、はしゃぐ姿に諦めの雰囲気を感じている様子を見せる。
こうしてしばらく友達と、弟の遊び相手をすることになった。
それでも思いのほか男の子はすぐに目を擦り、欠伸をしだして囲炉裏の前を離れて布団へ向かった。
佳乃女の順番が来て立ち上がり、身体を拭く手ぬぐいなど着替えを抱えて母屋を出る。
手元に灯りが無いと外は真っ暗で、数歩先すら暗くてよく見えないが、手綱を結んだ尾白の方を覗く。
尾白を結んだ木の近くには、手のような切り込みのある大きな葉のあおぎりがある。
あおぎりの葉っぱは秋になり、茶色くなって風が吹くと残った葉がガサガサという大きな音を立てるので、尾白の居るだいたいの方向は分かった。
耳を澄ましても何も聞こえないので、静かに待っているのだろうと、夜気に首を竦めてお風呂小屋に向かう。
腰の帯を解き、着物。脱いで脇に置いて、湯浴みをする。
身体の表面を温かいお湯が流れ落ち、秋の冷える寒さを和らげてくれて、強ばっていた筋肉が僅かに解れる。
久しぶりの入浴に期待が高まり、ほんのり温かな湯気に包まれていると、尾白の鳴き声が耳に届く。
「尾白……!」
普段聞く甘えたり寂しがる鳴き方と違って、ほとんど耳にしない威嚇する時のそれで、何か異常が起きている証拠なため尾白のことが不安になった。
そしてお風呂から見えないと分かりつつも、高い位置の窓や入り口を振り返る。
「……っ!?」
尾白を心配していたところ、薄く開いた戸の隙間から、覗く瞳と目が合った。
瞬間、佳乃女は悲鳴を上げる。
すると隙間から覗いていた瞳が消え、悲鳴を聞きつけた友達が一番に飛んでくる。
「佳乃女! どうしたの!」
身体を隠すようにしゃがみ、自らの腕を抱く佳乃女に問いかけた。
「お、お風呂の戸の……隙間から、目が、覗いてた」
「覗きか!」
友達の後に続いた父親が、外を見回して目を凝らす。
しかし、周囲は暗闇が広がるばかりで、逃げただろう背中も見えない。
「大丈夫。もう誰も居ないから」
隣に膝をついた友達が、怯える佳乃女の肩を抱く。
「誰だったかわかる?」
「目しか見えなかったから……」
友達に聞かれた質問に分からないと首を振る。
「とりあえず、体拭こうか。風邪ひいちゃう」
友達は佳乃女が丸める背中に着物をかけた。
母屋に戻って囲炉裏の熱と、抱き締める友達の体温に温められた佳乃女は、ただ盗み見ていたのは間違いなく男性だと話す。
落ち着いたところで友達の家を出た帰り道。
父親は異常に周りを警戒しながら、佳乃女は尾白の背中に揺られて、鳴き声がしなかったらどうなっていたことか、太い首の毛並みに触れる。
「教えてくれてありがとね。尾白」




