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今か昔日3

 田植えも無事に全日終了し、しばらく経った夏の日。

「いただきます」

 囲炉裏のある板の間で、手を合わせてから家族そろって朝食を摂る。

 父親が口をつけたのを確認し、佳乃女と母親も箸を伸ばして食べ始めた。

 自在鉤が上から伸び、五徳に鉄瓶が置かれた囲炉裏を囲うように、円座に座り簡素な食事をする。

 夏の間はホコリがかぶりがちな火箸や灰ならしも、冬は囲炉裏に集まり稲で縄や草履、父は籠などを編んで過ごすので必要な道具だ。

 雪深くなれば話は別だけれど、山に入って尾白に切り倒した木材運びなどの作業をする。

「佳乃女は蚊は大丈夫だった?」

「うん、前に食われてから刺されてないよ。お母さんは?」

「それがたくさん食われたのよ。お父さんも大丈夫だったらしいんだけど」

「藪の中に入った時の方が大変だけどな」

 話を振られた父親は、箸を止めて頷いた。

 毎年同じ会話を繰り返していて、家族の中で母親が一番蚊の餌食になっている。

 昨夜は蚊の羽音よりも、カエルの合唱が聞こえていた。

「佳乃女、洗濯物を手伝ってくれる? 昨日ずっと霧雨みたいなのが、降ったり止んだりしてたから」

 洗濯が溜まってしまったと言う母親。

「うん、分かった」

 素直に頷き、父親を見る佳乃女。

「厩の掃除をしてから尾白と来なさい」

 家庭菜園の水あげをしたら、午前中は三嶋のおじいさんの手伝いに行く予定の父親。

 家庭菜園は主に母親が面倒を見ていた。

 毎日少しずつ収穫していても家庭菜園はどうにかなるので、父親と佳乃女の仕事は田んぼが中心になっている。

 だから、午後からは田んぼの草取りだった。

「はい」

 佳乃女は父親に返事をして朝食を済ます。


 母親との洗濯を終え、厩の掃除も済ませて、出かける準備を整える。

 そして大八車を繋いだ尾白の手綱を引き、手伝ってもらった母親に手を振った。

「行ってきまーす」

 夏の日射しは強くて眩しくて、自然の力強い生命力が広がり、セミの声と土手や雑木林の手前にヤマユリとアゲハの姿が窺えた。

 地面はすっかり乾いた様子で、時折きゅるきゅると水路を流れる水の音が聞こえる。

 おじいさんの畑に到着すると、収穫した野菜がカゴに入れられていた。

 収穫の済んだカゴが幾つも並び、大八車の音に気づいた父親が、畑の中から佳乃女に手を振った。

「お父さーん」

 呼びかけながら畑の脇に尾白を止まらせる。

 大八車に二人で野菜の詰まったカゴをある分乗せると、父親が畑から尾白と野菜を運び出す。

「その野菜はこうやって取ってくれ」

 父親と交代で収穫の手伝いに入る佳乃女は、すでにかなり日焼けした三嶋のおじいさんから、収穫の手順を教えられていた。

「こう? 大丈夫?」

「ああ、ああ。上出来だ」

 合格をもらい、背負わずに脇に置いた収穫カゴに野菜をそっと加える。

「佳乃女、いつもありがとな。助かる」

「いいえ、三嶋のおじいさんも一人で頑張っているんだもん。それに三嶋のおじいさんの育てたカボチャ、おいしくてわたし好きだし」

 カボチャの収穫はもうちょっと先だけれど、彼女が笑顔を向けるとおじいさんは野菜に視線を落とし、ぶっきらぼうに照れてみせた。

「そうかい。ありがとな。男の子だと早いが、ていねいじゃないからいけない」

 そう呟いて作業に戻る。

 三嶋のおじいさんは無口でぶっきらぼうだけれど、佳乃女が一方的に近況をお喋りしても嫌な顔一つしないし、話を聞き流してるだけかと思えば、前に話した悩みまで覚えていてくれる。

 だから村の中では、好きな方のお年寄りだった。

 佳乃女的には余計なことや見栄をはるとかうるさく笑うよりは、寡黙で態度で見せてくれる方がずっと好ましく思う。

 言葉にしなくては伝わらないこともあるけれど、言葉が通じない分仕草で伝えてくれる尾白の方が、デリカシーの無い言動をする男性より好きだった。

 その後、戻ってきた父親を含めて、三人で太陽が頭上に来る前に今日の収穫を終える。

「あとは背負える分取ってくだけだからありがとな」

 三嶋のおじいさんはお礼を口にし、二回往復してくれた尾白を撫でた。

 するとシワやシミ、節くれ立った手の平に自ら擦り寄っていく。

 誰にも穏やかな尾白だけれど、家族以外でここまで甘えてねだるのは珍しい。

 一度自宅へ帰り、母親と昼食を摂った後、午後は田んぼの面倒を見に出かける。

 田植えを終えた後も、畦の草刈りや苗の間に生えてくる草取りが必要だ。

 尾白も一緒に連れて出て、いつも通り畦の雑草を食ませた。

 父親は稲同士の間を前後に除草機を動かす。

 除草機を簡単に説明するなら、子供の押し車に押したり引いたりすることで回転する刃が付いたような見た目をした農具と言えるかもしれない。

 それによりヒエなどの雑草を刈るが、往復させるので手で抜くよりは早いけれど、時間と体力を使う。

 母親は鎌を手に畦の雑草を刈り、佳乃女ももう一台の草刈り機で田んぼの除草をする。

 それを終えたら、父親と畦ギリギリで除草機が使えなそうなところの雑草を手で取り除いていった。



 佳乃女は田畑の手伝いを終えた子供たちの面倒を見て、尾白を連れて散歩に出ていた。

「だーるまさーんが、こーろんだ!」

 始めは皆、鬼になりたくないので佳乃女が木を前に務める。

 男の子は勢い余って動くことが多く、女の子は徐々に距離を詰めてくる。

「はい、動いた。こっち来て手を繋いで」

 佳乃女が伸ばした手のひらを、名前を呼ばれた男の子が握る。

 捕まるのが不満なのか、顔を逸らして黙った。

 更に男の子と手を繋いで捕まる子が、皆の方に向けて助けを求める。

「早く私を助けにきてねー!」

 そうして、しばらく楽しく遊んだ。

 誰かが桑の実を食べたいと言ったのを機に、皆で桑の実取りに行くことに。

「こらー、あんまり道外れると危ないぞー。お姉ちゃんと手を繋ごう」

 枝を振り回して、背の高くなった雑草を打ち払って歩く男の子に、手を伸ばして呼びかけた。

「ダメ! かのめお姉ちゃんとはあたしが繋ぐの。たろくんはらんと」

 言って女の子が割って入り、その蘭が佳乃女の代わりに男の子の太朗の手を取る。

 同い年の二人が手を繋いだ姿を見下ろし、佳乃女は彼女にお礼を述べた。

「ありがとう。蘭ちゃん」

「たろくんは手をつないでないと、すぐ一人でどっかいっちゃうからね」

 隣を歩く女の子の得意そうに答える姿は、手を繋ぐための言い訳のようにも何となく聞こえて、目に愛らしく映った。

 その他、はぐれる恐れのある子と歩きの遅れる子は、尾白の背中に乗せていた。

 佳乃女たちが最後で前には少し歳が上の子たちが、男の子は戯れながら、女の子はお喋りしながら歩く。

 桑の木がある場所に着くと、早速子供たちは実の付いた枝に群がった。

 枝が低い位置にもあり、子供でも採れるので実を取る楽しみを学びながら、濃い赤黒い色に熟した小さな実をもいでいく。

 桑の実は小指の爪ほどの大きさで、粒が集合したような見た目の、熟すと赤紫色になって甘くなる。

 しかし、子供はまだ酸っぱい物も摘んでしまうので、佳乃女は桑の実を甘い実より酸っぱい実という印象が強く残っていた。

 頭では分かっているけれど、どうしても小さな頃の記憶に引っ張られる。

 それに自生する山桑なので、果実にはめしべが飛び出るように残っているため、虫みたいに見えなくもないので女の子の中には嫌がる子も居る。

 あと潰すと赤い汁が垂れ、着ている物に付くと赤く染まり、洗っても完全に落とせずにシミになってしまう。

 子供でも手の届く低い位置の桑の実は、年上の子たちに取られてしまうので、小さい子は尾白に乗せて高い位置の枝に届くようにしてあげる。

「はい。食べすぎはお腹壊しちゃうから気をつけてね」

 子供の頃はおやつ代わりでもあり、調子に乗って食べ過ぎ、お腹の痛くなる男の子が必ず出てくる。

「皆もいい? お腹壊すくらいたくさん食べちゃダメだからね」

 すでに指先が赤く染まる子たちに呼びかけた。

「お姉ちゃんも、はい!」

 一人の子が駆けてきて両手の手の平を開き、自分でもぎ取った桑の実を勧められた。

「いいの?」

 屈みながら問い返すと、目を合わす子は大きく頷いた。

「うん!」

 親指と人差し指で一つ摘まみ上げ、小さな実を舌の上に乗せる。

 そして歯で噛むとじわりと味がした。

 舌に甘みと酸味、ちょっとの青臭さが口に残る。

「うん、おいしい。ありがとう」

 お礼を伝えるけれど、まだ手を差し出してくる。

 なので、もう二粒ほどもらい口に運ぶ。

 すると満足したのか、自分でも食べ始めた。

 小さい子の気持ちを無下に出来ずに口にしたが、一度お腹を壊してから桑の実には苦手意識が生まれていた。

 それまでは目の前の皆のように好きで、おやつ代わりに食べていた。

 だから、佳乃女は桑の実ではなく、桑の葉を集めている子を手伝う。

「葉っぱを取ればいいの?」

「うん、そう」

 小さく頷いた子の家では、糸を採る繭のためにお蚕様を育ており、この子は蚕のための桑の葉を集めていた。

 隣に並んで枝から葉をむしり、カゴに入れてあげる。

「毎日必要な分だけ取ってるの?」

「うん」

「じゃあ、毎日お手伝いだ。すごいね」

「うん」

 そっと頷いた頭に手で触れ、髪を撫でて褒める。

「偉い偉い」

「……うん」

 もくもくと桑の葉を採取する子の横顔が、照れて少し赤く染まった。

「皆、赤くなった手を洗って」

 立ち寄った桑の木の近くには川があり、砂利の上を歩いて水で手を洗わす。

 数日前に雨が一日降り、濁っていた流れは、元の澄んだ色を取り戻していた。

「もう帰るだけだから、今日は水遊びしないからね!」

 手を洗いながら水を隣にかけ出す男の子たちに叫ぶ。

「ごめんね。ちょっと洗うから脱いで下さい」

 桑の実の汁をつけてしまった小さい子の服を脱がせ、赤く染まってしまった端を軽く川で濯ぐ。

 濡らして手早く濯ぎ、指でも少し擦り落とす。

 気安めにしかならないけれど、何もしないで帰るよりはといった程度に落とす。

 濡らした部分だけ絞り、再び着させ直した。

「はい、おしまい」

 立ち上がり川に顔を向けると、流れの中に立つ鳥のサギの姿が見て取れた。

 子供たちに声をかけて帰ろうと思った時、水辺の砂利を踏む音が聞こえ、振り向くと同時に声をかけられた。

「よう。どうだ? 向こうで他のヤツと釣りしてるんだが、一緒に釣りでもしようぜ」

 釣り竿を肩にかけ、片手にバケツを下げた男子の姿。

 それは田植えの時にも声をかけてきた魚釣りが得意で、村で一番ケンカの強い男子だった。

「しばらくガキは遊ばせとけは良いんだから、向こうで釣りに付き合ってくれても問題ないだろ」

 ずいっと残りの距離を詰め、大きく澄んだ瞳を見下ろしてくる。

「断らないよな」

 強めの語気で言い寄られ、川に吹く風が彼女の黒髪を揺らす。

「ごめんなさい。もう皆を連れて帰るところなの」

「もう少し良いだろ? まだ日が沈むには早い」

 川の流れの他にもセミが元気よく鳴き、まだ空が染まるような時間で無いことが明白だった。

「あー! 魚たくさんだよー!」

 いつの間にか一人の男の子が、男子のバケツの中身を覗き込み、川の流れる音に負けない声で叫んだ。

 すると子供たちの興味がバケツの魚に移り、わらわら皆が覗きに集まってくる。

「はぁ、見るだけだぞ」

 男子はバケツを地面に下ろし、突然佳乃女の手を取って離れる。

「ちょっと! 止めて」

 子供の中から出され、勝手に握られた手を振り払って足を止める。

 そして相手を睨み、佳乃女は固い声で拒否する。

「今から皆を連れて帰るんだから」

 急に手を取られた気持ち悪さに、掴まれた手をもう一方の手でさする。

「けど、皆魚に夢中だぜ? ちょっとくらい平気だぜ。付き合えよ。俺はお前のことが好きなんだよ」

「知らない……」

 彼女が警戒して向き合うが、男子は引く気はないらしく立ち去る気配が一切無い。

 一拍の睨み合いがあり、そこに大きな影が割って入った。

「なぁっ!?」

 いきなり視界に入った体に、男子は声を上げて驚き、反射で後ろに数歩下がった。

 男子との距離が空き、乱入した影は荒い鼻息をして更に男子を頭で押し退け、二人の間に入って彼女を大きな体の後ろに隠す。

「尾白……!」

 視界を遮る尾白にびっくりして目を見開く。

「何だよ、驚かすなって。さ、退いて。後ろのご主人に話があんだよ」

 男子がネコや犬にするように話しかけながら手で押すが、尾白は退かずに蹄を数回鳴らし、動かない意思を表現する。

「何だよ。なぁ、(こいつ)も放っといて、俺と一緒に遊ぼうぜ」

 尾白が動かないため、男子が回り込もうとする。

 しかし、尻尾を荒々しく振る尾白が首を伸ばし、行く手を邪魔して静かに男子を押し返した。

 どんなに喧嘩に強くても、力押しに勝てない男子は焦った声を上げる。

「ちょっ、ちょっちょっちょっ! 何だよ?!」

 両手で尾白の首を押さえながら、我慢ならないと大声を出す男子。

「邪魔するな!」

 その瞬間、楽しげな声を上げて魚に夢中だった子供たちの視線が男子に向けられ、しんとした空気に包まれた。

 佳乃女はそれを好機とみて、尾白の陰から顔を覗かせる。

「皆、帰るよー」

 呼びかけると子供たちも、今の雰囲気に察するところがあるのか、元気な返事が返ってきた。

「はーい!!」

 一人が軽々と尾白を回り込み、佳乃女と手を握る。

「……」

 自分の力では退けられない壁に男子は立ち尽くす。

 皆バケツの魚から離れて一旦佳乃女たちの周りに集まり、川を上がって来た道に向けて歩き出す。

 佳乃女も子供に手を引かれ、尾白の手綱を持ち後に続く。

 そんな子供を連れて遠ざかる姿を、呆然と見送る男子の視線を彼女はずっと背中に感じていた。



 暑い日々が続き、田んぼの水を抜いて根を張らせる中干しが行われた。

 しばらく経ったら再び水を入れだけれど、その前に佳乃女は子供たちと案山子(かかし)作りを行った。

 皆、自分の家の田んぼや畑に立たせる物を集まって作る。

 そこで大人の男性ほどの長さの縦木と、腕になる短めの横木を十字に組み合わせる。

 縄で固定した棒の頭にあたる部分には、袋状にした古布に藁を詰めた物を刺して、布の口を棒と一緒に縄で括り止める。

 体部分には古着を着せて腕と胴に藁を詰め込み、それぞれの袖を棒と合わせて口を閉じる。

 出来上がった物を大八車に力合わせて乗せ、尾白に引いてもらって各家の田んぼや畑を回った。

 そこで気性の穏やかな尾白に乗りたいと言い出す子供が出たため、自分家の田畑に着いたら次の子に交代するという条件で、乗りたい皆に約束させた。

「良い? 自分ちの畑や田んぼに着くまでだからね。そしたら他の子と交代、順番だよ。約束を守れる子だけ尾白に乗せてあげるからね」

 出来るか手を上げるように彼女が上げてみせると、次々と小さな手が真っ直ぐ空に届きそうなくらい上がった。

 そんな様子を見た同い年の友達が、感心した声を漏らした。

「はー、佳乃女は子供の扱い上手じゃんね。毎回見ていて尊敬する」

「なに突然? そんなことないよ」

 唐突に褒められた彼女は、こそばゆい気持ちを感じた。

「私だったら、とにかく我がまま言うなって叱ってたよ。もしくは持ち上げて無理やり大人しくさせるかさ」

 感心している相手は佳乃女よりも背が高く、身長も体つきも大人の女性と大差なかった。

 尾白に子供を乗せてあげるのに一苦労なんてないだろう。

 髪も肩に触れるかの長さで、彼女のサッパリした性格にぴったりだった。

 それに男の子からの人気なら、彼女の方があると伝える。

「まぁね。力くらべの相手とかしてあげてるからな。年上の男子共に比べて、皆でかかれば倒せそうだから楽しいんだろ」

 友達はそう口にして笑った。

「そうかも」

 笑い返した佳乃女は、密かに同い年の彼女にお母さん味を感じてもいた。


 まず最初の水田に着くと、その家の大人が立っていた。

「おーい! おとーさーん! かかし持ってきたー!」

 尾白の背に揺られる男の子が前方に手を振り、待っていた大人の男性が手を振り返した。

 田んぼの脇で尾白を止め、数人で力を合わせて案山子を下ろす。

 手を振った子の父親に立てる位置の指示をもらう。

「皆いい? せーので運ぶよ。せーの!」

 子供たちの元気な声が続き、案山子を持ち上げて田んぼに入る。

 順調に育つ稲に気を付けてぬかるむ土深くに突き立て、他の案山子の仲間入りをさせたや。

 そしてここで別れず、まだ皆と居たいと男の子が駄々をこねた。

 しかも。

「やだ、まだお馬さんの上に乗っていたい!」

 自分ちの田畑に到着したら、他の子と交代と約束していたけれど、素直に聞いてくれない。

 しかし、それも佳乃女には想定済みだった。

「こらこら、独り占めはダメだぞ。お姉ちゃんとも約束したんだろ? まだ皆と遊んできて良いから、他の子に譲りなさい」

 父親がなだめながら、尾白の前脚を抱き締める男の子を引き離す。

「んー」

 男の子は抵抗を見せたけれど、他の子に誘われると手を繋ぎ、興味が他に移り諦めた。

「じゃあ、出発するよー」

 友達が声をかけて歩き出し、尾白の背には女の子が跨がる。

 佳乃女が乗るのをその子の家の田畑までと決めたのも、この条件であれば愚図られても親に手伝ってもらえるからだった。

 次の次の野菜が広がる畑で、友達が遠くに居る父親に叫ぶ。

「とーさーん! 案山子、ここでいーか!」

 すると作業の手を止め、両腕を頭より高く上げて大きな丸を作るなど、返事をするよりも早く彼女の言葉が続いた。

「かーかーしー! ここら辺に立てるからー!」

 叫び終えると父親の返事を待たず、友達は大八車に乗る案山子に手を伸ばした。

 なので慌てて、佳乃女も手伝って下ろす。

「ダメだったら自分で直すでしょ」

 軽く適当言った彼女は、何となくの位置に案山子を土に打ち込む。

 その案山子を立てて回る中で、またしても強引に迫ってくる男子と遭遇する。

 今日は親と一緒に野良仕事らしく、案山子の位置を案内された。

「なあ、もう蛍も出てるし俺と一緒に見ようぜ」

 案山子を地面に打ち込みながら誘われた。

 顔を上げると尾白が前脚で足踏みするものの、畑の中に踏み込んで来ない。

 彼は気性が穏やかなだけでなく賢くもあるので、植えた後の田畑には踏み入れず、もどかしく地面の土をかいていた。

 友達も他の子の面倒を見ていて、佳乃女の状況に気づいていない。

「ずっと誘いを断っているんだから、蛍見に夜出かけるくらい付き合えよ。全く知らない場所でもないだろ?」

 案山子を立て終わり、佳乃女の整った顔を凝視し、じっと返事を待つ男子。

 ここで逃げようとしても、腕を掴まれて引き戻されるだろう。

「……」

 誰の助けも期待できない状況に覚悟を決め、諦めない姿勢の相手に答を返す。

「分かった。行くわ」

「やった。約束だぞ」

 誘いに頷いた彼女を前に男子は喜ぶ。

 しかし、好いてもいない相手とは嫌なので、佳乃女も抵抗として畑の外を指さす。

「但し、皆と一緒になら蛍を見に行ってあげる」

「ーーは?」

 今付けた条件に男子は目を点にして固まった。

 そして不満感よりも、太い眉を困惑した形にする。

「いや、それは、俺はふたーー」

 伸びてくる大きな手を腕を引いてかわし、見上げる相手の目を真っ直ぐに見やる。

「皆で蛍を見る方が楽しいでしょ?」

 まだ彼の瞳に動揺がある内に、条件を呑ませようと問いかけた。

 でないと不満感露わに詰め寄られたら怖いし、上手く断れる自信も無い。

「だから! 俺はお前とーー」

 言いかける男子の言葉を手で制して遮り、更に決断を迫るようにたたみかける。

「この条件じゃなきゃ行けない。それとも止める?」

「……」

 小首を傾げ、押し黙った目を見つめ返す。

 もしもの時は尾白を畑の中に呼ぶ覚悟もしていた。

 そして男子は頭をかいて、蛍に誘うのを諦めを口にする。

「いいよ。止めだ。どうせガキに取られて、それどころじゃないだろ」

 戻ると男の子が中心になって、子供たちは用水路に手を伸ばし、小さな沢ガニ取りをしていた。

「ただいま」

「お帰り。大丈夫だった? 何か喋っていたみたいだけど」

 小さい子の帯を後ろから掴み、水路に落ちないよう見張る友達。

「うん、まあね」

 尾白が近寄ってきて、その体を撫でる。

「行こうか」

 無事に戻って来れたことに胸をなで下ろし、そっと尾白の鼻柱を撫でた。

 すると尾白が戯れ付いてくる。

「励ましてくれてるの?」

 その優しさに、顔を抱き締めるようにして応える。

「ありがとう。尾白、大好き」

 照れたようにぴくぴく動く耳が可愛らしく、佳乃女に笑顔が戻る。

 再び案山子を届けに皆を連れ、モグラよけになる彼岸花が早めに咲いているあぜ道を歩く。

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