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馬にひかれた学生5

 ヒメ子は馬場で離して自由にさせたため、砂まみれになったターンステップの身体にブラシをかけて軽く落とす。

「じゃ、次は水浴び」

 声をかけてリードロープを引き、ホースを繋いだ水道が近い厩舎脇に連れて行く。

 そこには同じターンステップ担当の二年生賀茂詩佳(かもうたか)が待っていた。

 濡れても大丈夫なようにジャージに着替え、腕をまくった手にタワシを持っている。

 その隣にはいつもの微笑みを湛えた副部長が、ホースの端を持ち立っていた。

「来たね。じゃあ、ヒメ子ちゃんはリードロープを持って見ててね。今回は私が水をかけて、詩佳ちゃんがタワシでターンステップを洗うから」

 立ち止まったターンステップのリードロープを短く持ち直し、副部長に話を理解したと頷き返す。

「はい」

 今日のように馬体が汚れた時以外にも、暑い時期の練習後は水をかけながら馬をタワシで洗うらしい。

 股や太い血管周りは水をかけてクールダウンさせるのだけど、肌寒い時期はお湯なのだと前に副部長から話で聞いている。

 それに冬場汗をかいてなければブラッシングのみで済ますそうだ。

「水を使うだけで日頃のブラッシングと変わらないけど、やっぱり顔周りをする時は気をつけて。下手をすると驚かせるし、嫌がって頭を振ると危ないから。自分も周りも」

 後輩を教える時も優しい口調だが、言っていることは真面目で厳しい。

 それに普段は自信なさげな雰囲気をまとっている賀茂詩佳は、一つの迷い無くターンステップの体を洗っていく。

 タワシで洗いながら、空いた片手で撫でるように安心させているように見えた。

 ターンステップも最初こそ水を嫌がったが、いつものやつと理解したのか大人しくなる。

 副部長は慣れていてパッパと、もし自分なら適当に時間をかけてやってしまうと、ヒメ子は先輩たちのやり方を眺めながら思った。

 洗い終えると手際よく賀茂先輩がタワシから水切りに持ち換え、ターンステップの体に残る水気を払っていく。

「これで後はタオルで拭いてあげて、仕上げに毛並みを整えるブラッシングだね」

 先輩二人の説明に頷き、やり方を目で見て覚える努力をする。

 すると副部長が用事があるから先に下校すると言う。

「ごめんね。あとは賀茂ちゃんとヒメ子ちゃんでお願い」

「任せて下さい。二人いれば十分ですから、気にせず帰って下さい」

「そうです。そうです」

 賀茂詩佳に続いて頷いてみせるヒメ子。

「ありがとう。また明日、バイバイ」

 感謝を口にした副部長は、小さく手を振り下校のため帰って行った。

「ヒメ子ちゃん、ターンステップの体を拭くのとブラッシングどっちがしたい?」

「両方したいです」

「ん~、私が後輩にさせてるみたく見られない?」

 ターンステップを挟んだ向こうから、不安げな先輩が顔を覗かす。

「大丈夫です。わたし馬好きなんで。誰も先輩がターンステップの世話をわたしに押し付けてるなんて思いません」

 控え目な性格の相手に、ヒメ子は胸を張って見せた。

「だから、わたしにやらせて下さい」

「うん。それならお願いしようかな」

 馬房内で出来なくはないけれど、わざわざ狭いところでやる必要はないと、馬房の手間で洗った後の仕上げをすることになった。

 水気を取る布で拭き、ブラシを上から下へ毛並みにそって、後ろから前に向けてかける。

 すると馬場で練習していた部員が、担当馬を連れて厩舎に帰ってきた。

「ん? ヒメ子、先輩の仕事を奪うんじゃない。担当馬を世話するのも、馬に信頼してもらうのに必要なんだぞ。賀茂がターンステップに忘れられたらどうする」

 厩舎に戻って来た部長が、ヒメ子の姿に目を止めてそう注意する。

「部長酷い。わたしが部長よりも背が高くてカッコいいからって、事実無根の罪をきせようとしないで下さい」

「は? まだ俺の方が二センチ高いが」

「わたしが部長よりもカッコいいのは認めた? ターンステップに乗ってると、部長よりも通りかかる女子生徒から手を振られるから。だから、悔しくて意地悪するんでしょ」

「ぐっ……はぁ。面倒くさいこと言うのは、俺がいつも厳しいことをヒメ子に言うからか? 乗馬は馬の扱いを間違うと思わぬ事故が起きるから、わざわざ厳しいことを言ってるだけだ。甘いだけではなあなあになって、騎乗している時の緊張感がなくなってケガをする。決して悔しいからじゃない」

「じゃあ、本当はわたしを甘やかしたいと? うっかりターンステップの上で寝ても怒らないと」

「んな訳あるか、危なくなるから注意してるんだ。分かるだろ」

 逆に自分への態度が、副部長やその他の部員に対する物と違うため、これを機に部長は問い返した。

「お前こそ俺をバカにしてるのか?」

「いいえ、何とかしてわたしを怒らないっていう言質を取ろうかと」

「は……?」

「だから、何かと怒られるから、わたしを怒らないって言質をーー」

 ヒメ子が本気で言っていると見て取った部長は、眉間にしわを寄せてスポーツ刈りの頭を掻く。

「何でそんな言葉を引き出せると思ったのか理解し難いし、お前と話してると頭がおかしくなる……とにかく、馬術は危険を伴うから厳しくする。優しくしない。それは誰であってもだ。ヒメ子が他より怒られているように感じるのはお前にある」

 部長は宣言のように口にし、一旦呼吸を挿み言う。

「それとさっきも言ったが、お世話をするのも馬との信頼を築くには必要なんだ。なので、ヒメ子が馬好きなのは分かってるが、賀茂にもターンステップの面倒をみさせてやれ」

 部長として重々しく言った後、言い出しにくいが後輩のヒメ子を悪者にさせまいと、賀茂詩佳は苦手意識のある相手に意見する。

「あ、ああ、あの部長!」

 緊張して身構えたからか、本人ですら驚く大きさの声が上がり、部長も驚きながら振り向いた。

「なんだ?」

「大丈夫です! 水で洗うの私しましたし、私からヒメ子ちゃんにブラッシングするか聞いたんでっ!」

 前のめりに訴えてくる相手に、部長が戸惑い気味に答える。

「……お、おおう? 分かった」

「か、勘違いなんで、ヒメ子ちゃんは悪くないんで。ヒメ子ちゃんを怒らないで下さい」

 賀茂詩佳の言葉を受けて、ヒメ子と賀茂詩佳に謝る部長。

「そうか、二人とも悪かった」

 決まりが悪いため口が重いが、ちゃんと部長は間違いを認めた。

「何で?」

「ん?」

「わたしの時は話を聞いてもくれなかったのに、賀茂先輩の言葉は素直に聞くんです?」

「胸に手を当てて考えてみろ。日頃の行いの差だ……というより、俺は疲れた。帰っても良いか?」

 生馬担当のメンバーに了解を取り、同じ三年生の部員に後を頼み、部長も他の部員よりも先に下校する。

「部長、体調悪いんですか? お大事に」

「……ここから離れれば戻るがな」

 厳しそうな表情でそう呟いた背中をヒメ子は見送った。

「部長……馬術に熱心過ぎて頭がオーバーヒートしたんじゃ」

 心配したヒメ子の言葉に、賀茂詩佳はたった一言否定する。

「違うよ」

 練習後担当馬を馬房に戻したため、部員が集まり、各々ブラッシングやエサや水を補充する。

「言うことを聞いてもらうために、お昼にお弁当のリンゴのウサギあげたのに、何で聞いてくれないの?」

 語りかけながらお世話をする女子部員の声。

「また性懲りもなくあげたの?」

 他の部員が聞きとめ、部長もお世話するのが馬と絆を繋ぐ近道だと言っていたでしょと言い返す。

「賄賂は馬に利かないんだから捧げ物は止めなよ」

 担当のお世話を終えても、馬房付近に止まり、雑談をしていた皆もお喋りに加わった。

「何か苦手な食べ物とかある? 馬じゃなくて皆のね」

 誰かがしたどうでも構わない質問だったけれど、自己紹介とか最初の内に聞くような、今さらの話題でもヒメ子は素直に答えた。

「こう見えて好き嫌い余りないんですけどーー」

 そう切り出したヒメ子の前置きに、誰も予想外じゃないという突っ込みは入れなかった。

「馬肉がダメかな。小さい頃に母が珍しく並んでたから買って来たって、スーパーで馬刺しを見つけて夕食に出たんですけど、何か馬と分かると気持ち悪くて食べれなかった」

「まあ、馬刺しはお肉なのに生だからね。食べ慣れないと抵抗あるよね。ユッケを食べたことがあるならまだしも」

「うんうん、うち親戚が鶏肉のお刺身を食べる地域の人だったから、初めて勧められた時は抵抗あって食べられなかったから分からなくないかな。今では食べられるんだけどね」

 ヒメ子のカミングアウトに二人が賛同してくれる。

 聞いていた賀茂詩佳も納得してくれた。

「馬が好きだからね。より食べられないのかもね」

 ヒメ子が馬好きになったのは、高校に入学して馬術部の馬に出会ってからだけど、あえて指摘したり訂正はしない。

「馬肉はダメだけど馬ならオッケーって、ケチャップは食べられるけど、トマトジュースはダメみたいだ」

 その一人の表現に突っ込みが入り、軽く盛り上がる。

「それ分かり辛いって」

「イケメンは好きだけど、彼氏にすると他の女からちょっかいかけられないか心配とか、浮気されないか不安って感じ?」

「いやいや、ホラーが好きでも、画面ごしであって、リアルには求めてないってやつだろ」

「なら推しは応援してるし好き、だけど同じ担当の人と関わりたくないっていう同担拒否が分かり易くない?」

 どんどん例えが離れていき、何の話だったのか分かなくなり、しまいには別の話題に変わっていった。

「この前、ネットで流れてきた料理を作った時。長ネギ1/2だったんだけど、当然青い部分を切り落としてからの1/2ですよね? 青い部分を入れての1/2だった場合、縦に切って1/2ですか? 流石に横に切って1/2なわけないですよね?」

「私も一番目かな」

「うん、一番目だと思うし、言われてみると……確かにグラム表記にして欲しいね。ひとつまみは許せるとして、適宜と少々が困る。あとお好みも悩む時が」

「でも、母親は青いところ捨てるのはもったいないって言うんです」

「それは、そうかな。もったいないよ」

「だけど青いところエグいし、青い部分を入れてエグ味が出てご飯を美味しく食べられないなら。捨てるのも仕方なくないです?」

「一理ある」

「1リアル?」

 誰かのボケを無視する女子。

「……鍋とかにまとめて煮込むか、細かく刻んでひき肉に混ぜるしかないんじゃない?」

 ある程度、話しに入ってこられる部員の意見が出た後、二年の先輩がヒメ子を見る。

「てか、ヒメ子は料理できるのな」

「分かる! 俺も話を聞きながら思ってた」

「そう? 私は全然解釈違いじゃないと思うな、ね」

 先輩の目配せに、ヒメ子は大きく頷いて見せた。

「はい。料理出来ます。じゃないと急に餃子食べたくなったら食べられないじゃないですか」

「ぶはっ!?」

 ヒメ子の真剣な表情に、ウケる女子と呆れた視線を返す男子。

「焼くだけなんだし、冷食で良いだろ」

「……ッ?!」

「え、なに? その顔」

「ヒメ子に冷凍食品という考えがなかったんでしょ」

 冷凍餃子が選択肢に無かったと衝撃を受けるヒメ子の内心を翻訳してくれた。

「食べたい物を食べたいから料理が出来るなんて理由、ヒメ子ちゃんらしいね」

「確かに。それで料理が出来るなら悪くないか。そう言う男子はどうなの? 料理は。まさか冷凍食品頼りで、料理なんてしないとか? 普段のんびりしてるヒメ子に負けたりしてないよね?」

 女子たちの追求に、動揺を覗かせる男子陣。

「今は温めたり、焼いたり、茹でたりするだけで十分おいしい物ばっかりだからな。必要性を感じないな」

「そうそう。わざわざ手作りして失敗するより、おいしい物を食べれた方が良いだろ」

「味とタイパを両立出来て何が悪い。サラダくらいは用意するしな」

 茹でたり、千切って盛ってドレッシングをかけるだけのサラダに胸を張る男子。

「お星様のチーズ入れて欲しい」

「じゃあ、女の子からの手作りとか、彼女の手作りお弁当とか食べたくないってことだ」

 ヒメ子の要望は聞き流され、ある女子が断言した意見に男子陣は一撃でやられる。

「くっ……手作りを人質に取るとは」

「……」

「そ、そ、そ、それは人によるんじゃないかな~」

「ははっ、俺ちょっと潔癖性気味だし、好きでもない女子のはムリだし、むしろ良かった……まであるかな」

 各々無言になったり、動揺したり、強がったりする男子たちを眺めた。


 夏休み終盤のある日。

 馬術部は飼育している担当馬のお世話もあるので、夏休みの登校日以外も普通に学校を訪れる。

 その当番の部員の一人が、旅行先で外乗した話をし、体験を聞いた何人かが羨ましがった。

「自然の中で馬に乗れるなんて羨ましい。馬場で練習したり、校内を散歩させたりとは違うんでしょ?」

「まぁね。森の中の道を歩かせて沢の近くを進んだり、ひらけたところでは自由に乗ったり出来て、速歩で走ったりして気持ちよかったな」

「へー」

「トレッキングの途中、休んでコーヒー飲んだりして最高だった。ほんの一時間くらいの体験だったけど、冒険気分でもう一周したかったよ」

 語る表情は生き生きしていて、外乗がどんなに良かったのか伝わり、その部員は本当に楽しかったに違いない。

「森も良いけど、場所によっては海岸とか行けるみたいね」

「それ、もう時代劇じゃん」

 誰もが外乗について盛り上がる中、皆と同じでヒメ子も羨ましそうにする。

「良いなー、学校以外でも馬と居られるなんて」

 彼女の呟きを耳にした部長が、ため息混じりに首を振る。

「ほぼ毎日、お盆ですら厩舎に来ていた奴の言うことか?」

 相手の言葉を耳にしたヒメ子は、振り向き、疑問を零す。

「? 何で知ってるんです? 当番でしか部長に会ってないはずなのに」

「……」

 部長は担当馬の生馬の世話の他に、勉強で図書室も利用していたので、当番でない日もヒメ子を見かけていた。

「……他の当番の奴らから、お前を見かけたって聞いてたんだよ。ただ馬たちを見に来て、一日居るんじゃないかって」

 スマホの担当馬グループで、報告がてらヒメ子の目撃情報が寄せられていたと、知っていた理由を説明した。

 さらに外乗に羨んでいたヒメ子に、続けて言葉を口にした。

「詳しくは知らないが、年末だか長期休みに養老牧場で合宿が出来るらしい。馬の世話を3泊4日で、対象が小学生から高校生まで、人数は限定十人弱だかで、馬は一口馬主が支える引退馬も居るらしい」

 部長の話に男子部員が反応する。

「俺もそれ聞いたことありますけど、知らないって言う割に詳しいですね?」

「ん、まぁ……うろ覚えだし、ハッキリ断言するべきでないだろ」

 男子の言葉に重ねた言い訳を、聞いていなかったヒメ子が声を上げる。

「分かった。部長は行きたくて調べたは良いけど、今年受験だから行けないんじゃないですか? 彼女がいない上に、楽しそうな合宿に行けないなんてかわいそう」

「違うが」

 部長は後輩の勝手な妄想に、一言否定を入れるけれど、聞く耳を持たないヒメ子の思い込みが続けられた。

「高校生までだから来年は無理だし、本当かわいそう。合宿に参加して浪人します?」

「は? 勝手に浪人させるな。行った合宿でも勉強するに決まってるだろ」

 嫌な誘われ方に、部長はますますイラ立ってしまう。

 ここまで二人で合宿に行く行かないの応酬をしていたが、部長と同じ三年の男子がした一言で終了した。

「合宿して馬の世話って、今の部活と何が違うんだ? その活動は外乗に行けるのかよ?」

「……」

「……」

 3泊4日でお世話するのは、馬術部の活動と何が違うのかという指摘に、一緒に黙ったヒメ子は確認する。

「どうなんです? 部長」

「……俺の知る限り、馬場での乗馬だけだ……外乗でのトレッキングは無かった」

「なーんだ。青いトリだったか、部長は一人でいってらっしゃい」

 途端に興味を失ったヒメ子。

「受験生が合宿なんかに行くわけないだろ」

 ヒメ子の送る言葉を否定する形で、この話題は終了した。

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