第一章8 『ニック・レガードナー』
上空高くに取り残された白銀の龍は、その巨大な口を目一杯に開け、膨大な質量の魔力を溜めていた。その光弾が放たられたなら、ここら一体の鉱山は更地になるだろう。龍の風圧に速度を落としながらもそれが放たられるより速くニックが龍の眼前に辿り着く。
「てめぇは、大人しくしてろっ!!!」
ニックは、ヒリタスから貰った拳銃を引き抜き龍の片目目掛けて銃を放った。その銃弾は、普段聞き慣れた銃声というより大砲のような音を立てて放たれた。轟音とともに放たれた一発は、正確に龍の片目に命中した。
「グォオオオオオ」
その苦痛を帯びた叫喚を出すと同時にレオルたち目掛け放たれるはずだった光弾はその威力を明後日の鉱山地帯で発揮し、爆発と爆風で山々を吹き飛ばした。
「あんなのに当たってたら百パーセント死んでたな……」
龍とともに落下しながら光弾が炸裂し抉られた山々を見てニックは呆気にとられていた。以前使っていた銃だったなら龍の眼に深々と銃弾を撃ち込めていなかったであろう。空中で足場がなかったこともあり反動で肩が外れそうな程の衝撃があったが、これなら戦える。そう確信して今度ヒリタスさんに会ったら感謝を伝えようと心で思ったニックだったが、まずはこの高さからの落下をどう生き延びるかを考えなければならない。
「このままだとどっちにしろ死んじまうな」
ニックは、一般の人間より眼は良く身体の強度も段違いに良いが二〜三百メートル上空からの落下では、自慢の強度も意味をなさない。死は免れず良くて重傷だ、何より片目を潰された龍が黙っているはずがない。
「げっ!まじかよ!!!」
落下途中の龍は、その大きな翼を羽ばたかせ体を旋回し体勢を立て直そうとしていた。龍は旋回時にその長い尾の先端をニックに叩きつけた。とっさに体を丸めて防御したが、体格差からなる一撃はニックを軽々と吹き飛ばした。ニックの落下軌道はズレ、鉱山の麓の湖を水切りのように滑りやがて鉱山の麓に衝突した。
「ぐはっ」
落下の軌道がズレたおかげで一命は取り留められたがレオル達からだいぶ引き離された。
「……痛ってぇ、、うおっ!!!」
体制を整え直した龍は、速度をつけニック目掛け突進してきていた。ニックは息つく暇もなく起き上がり、痛む身体を無理やり起こし思い切り横跳びした。雷のような音をたて山と衝突した龍は、何事もなかったかのように起き上がる。その鱗は、斬撃に打撃に衝撃に強くその耐久、強度はこの世でも最高位に位置づけられている。
「あのキチガイ龍が!!しかも眼が治ってるだと、、インチキしやがって!!!クソがっ!!!」
ニックの決死の攻撃は、無に帰していた。ここはバルトロームの鉱山地帯、少し腕に自信のある剣士すら入ろうと思わない。ここに足を踏み入れるもの、最上位クラスの戦士とそれに同行するだけの弱者、己の腕の力量を見誤った自信家、自殺願望のある愚者のどれかだろう。ニックは、一つ目に該当している弱者で今は一人だ。
(クソッ!!回復速度が尋常じゃない。どうするっ!!)
龍は、ニックを見つけるやいなやその長い尾をニック目掛け叩きつける。ニックは再度横跳びしそれを躱す。
「一撃の範囲がでかすぎる、一旦距離をとるか」
広すぎる攻撃範囲から出るためニックは距離を取るが追撃はなく、龍は再度空に羽ばたかんとしていた。その口に光弾を溜めながら。
「溜めてる間にまた目ン玉にぶち込んで隙をつくっ――」
言い切る前にニックの視界が光で覆われていた、隙をなくすため先程よりも速く、先程よりも近く、先程よりも小さい状態で光弾は放たれていた。いくら小さいと言え巨躯の龍から放たれるそれは、人から見れば十分に大きく、この距離で当たれば即死、万が一直撃を免れてもその爆発の射程からは逃げられず身体は塵と化すだろう。
「――死んだ」
光弾が近づくにつれ熱がニックの身体を温めいき、目の前は常しえに続く光のように感じられた。想定外の攻撃に直撃回避の行動は取れずただ立ち尽くすしかなかった。反射的に逃げていたならまだ一命の可能性があったと思うがもう間に合わない。
(あったけぇな、、、レオルさんしくじりました)
最後を悟ったニックは眼を瞑った。
「随分と往生際がいいな、ニック」
「はっ幻聴まで聞こえてきやがった」
眼を開けるとそこには見覚えのある後ろ姿が佇んでいた。
「ヴェルナドットさんっ!!えっ暗っ!死後の世界か!?うおぉっ」
ニックとヴェルナドットを黒い何かが覆っていた。直後、光弾と黒い何かが衝突した轟音が鳴り響き、音が鳴り止むとともにそれも消えた。ニックとヴェルナドットの周辺は衝突の影響で地面が深く抉れていた。
「ヴェルナドットさん、なんでここに!!」
「話はあとだ」
「グォオオオオオオオオオ」
光弾を防がれた龍が咆哮とともにもう一度光弾を溜め始めていた。
「騒々しいな、私は忙しい。手短に終わらせる」
ヴェルナドットは左手に持っていた腰に携えるには長すぎる刀を鞘から抜き、鞘を放り一瞬にしてニックの前から消えた。
―――カラン。
放り出された鞘が地面に落ちると同時に龍の頭部が斬り落とされていた。
「すげぇ」
ニックが感嘆をもらしている間に、一閃にして龍の頭を斬り落としたヴェルナドットは、その足で次の戦場に向かった。




