第一章3 『レオル・バーン・デイモンド』
昼食を食べ終えたニックとヒリタスは、本が所狭しに並べられている書斎で椅子に腰掛けていた。ニックはヒリタスが用意してくれたローブ茶を飲みながらヴェガット家の話を聞いていた。
「さっそれではニックおぼっちゃんまずは、このヴェガット家についてお話します。このヴェガット家にはお嬢様と私ともう一人の従者の三名がおります」
「この広い屋敷に三人だけ、、」
「はい、もうニ名いたのですが行方知れずですので。一人が我が主人ヴェルナドット様、それと今お仕事に行かれてますレオル・バーン・デイモンド様と私の三名でございます」
ニックはローブ茶を啜りながら聞いている。
「お嬢様は、ここべムド王国のジェハート領を納めている領主になります。そして、ヴェガット家は魔獣や龍等の化物を退治する事を生業としている国家公認の機関となっています」
「もしかしてそのレオルさんが行っている仕事は」
(ここリヒフェルストじゃないのか)
「レオル様はいま、魔獣退治に行っておられます」
「まじですか」
「そして魔獣退治とは別に『霊器』の回収も仕事の一つです」
「『霊器』?なんですかそれ」
「簡単に言うとですね、とてつもない力を秘めた魔具になります。保持している数で国としての発言権も増しますし、他国に対する牽制にもなる代物です。なので現在世界で『霊器』の争奪が行われております。最近は魔獣が異常に活発的で『霊器』の争奪やら用心棒が帰って来ないやらで人手不足なのですよ」
「ということは、ま、まさか」
「そのまさかでございます、ニックおぼっちゃん」
ヒリタスはにっこりと笑った。
「片腕の俺が魔獣退治やら『霊器』回収ですかヒリタスさん。もっと屋敷の掃除やら炊事やら何かあるんじゃないですかね、へへ」
(クソが!!このデカい屋敷で召使いでもして片腕ライフを悠々自適に過ごそうと思ってたのに!!ちきしょう!!)
「ほっほっ、確かに屋敷は広いですが、ヴェルナドット様もレオル様も忙しく屋敷を空ける時間が多いのでそこら辺は、わたくし1人で間に合ってます故。なにより片腕の召使いなどいても、さほど変わりません。もちろん雑用も手伝って貰いますが。ほっほ」
そう言ってローブ茶の入ったカップをすするヒリタス。優しい声音と見た目だが、ヒリタスの言葉の切れ味はバツグンだ。もしかして、自由気ままに浮浪者してた方が幸せだったのではと後悔の念が押し寄せるニックであるが、衣食住完備は捨てがたい。
「ヒリタスさん、ヴェルナドットさんはまさか俺を捨て駒とかにしませんよね」
「その心配はいりません、ニックおぼっちゃんが強くなればいいだけの話であります。お嬢様は底の知れてる物を従者などにしません。自信を持って下さい」
(簡単に言ってくれる。そこら辺の魔獣遣いに腕を切り飛ばされたばかりなのに)
「まずは腕の傷の治療に専念しましょう、ニックおぼっちゃん。治療中は暇だと思いますのでこの歴史書を読んで勉強して下さい。ほっほ」
机の上にドサっと六冊程の分厚い歴史書が置かれた。
「わかりました、ヒリタスさん」
不安気なニックとどこか愉快そうなヒリタスの勉強会はここで一旦、終了した。
―――――――――――――――――――――――
あれから数日が経ち、傷の痛みも引いてきたニックは、自分に与えられた部屋でヒリタスに渡された歴史書を読んでいた。部屋の扉がノックされた。
「ニックおぼっちゃん、入りますよ」
「ヒリタスさん、この間の歴史書ならまだ読み終わってないです。これ以上追加されても読み終わるのに何日かかるか」
「ほっほっ、真面目に勉強してますねニックおぼっちゃん。今お邪魔したのは、勉強の進み具合の確認もありますが、レオル様がお戻りになり顔合わせを兼ねてお嬢様からお話があるとのことでお呼びに参りました」
「レオルさんが」
ニックは、開いてる歴史書にしおりを挟んで本を閉じる。
「前回お嬢様とお会いした部屋にて、お嬢様とレオル様がお待ちです。大丈夫です、私もついて行きますので」
ここ数日でヒリタスに勉強や雑用を教えてもらいながら、親睦は少し深められたがヴェルナドットはあの日会って以来だ。正直、気が落ち着かない。
「レオルさんってどおいう人なんですか?」
部屋に向かう途中にニックはヒリタスに問いかける。
「レオル様を一言で表すなら化け物ですね、ほっほ」
「化け物、、」
今から俺は化け物に会いに行くのか。化け物と聞いて、その人物に良いイメージを持つ人間がこの世に何人いるだろうか。
「ほっほっ、化け物とは強さの話でございます。人柄はお優しい方ですよ」
ニックは、少しホッとする。部屋に着きヒリタスが三回ノックする。
「失礼致します」
「入れ」
扉が開かれ、ニックとヒリタスは部屋に入る。
ヴェルナドットは前回と同様椅子に座って葉巻を吹かしている。向かいのソファにも一人、レオルと思わしき人物が座っており後ろ姿が見える。やや長めの茶髪を後ろで一つで結び、テンガロンハットを被っておりカウボーイのような風貌をしていた。
「失礼します。はじめまして!ニック・レ、、」
扉を閉め自己紹介を始めた途中で銃声が聞こえた。ニックは、眉間めがけ飛んできた銃弾を頭を少し斜めに傾けかわした。
「こりゃ驚いた、まっ合格と言ったところか」
レオルと思わしき男が体を捻りながら、こちらに銃口を向けていた。まだ慣れない屋敷での生活や片腕でのストレスで精神的に疲れていたニックは、感情を抑えることができなかった。それがなくとも、ニックのプライドがそれを許さない。
「てめぇーーー!!!いきなり何しやがんだ!!!ぶちのめすっっ!!!」
ニックは、ソファに座ってる男の後頭部目掛けて左足で思い切り蹴り込んだが、男はその足首を掴みニックを石造りの床に叩きつけた。
「クッソ、、」
「これまた合格。気に入った。いいぜマスター!まだまだクソ弱だが最低限だ」
男はニックの足首を離した。
「てめぇー、何のつもりだ!!」
「これは失礼した。俺の名はレオル・バーン・デイモンド。この屋敷の用心棒だ。マスターが新しい用心棒を受け入れたって聞いてな。二千万ロイの大金に目が眩んだ勘違い野郎がどんなもんか試してみたくてな悪かった」
レオルはそう言うが、ニックの怒りは収まらない。
「試すもクソも初対面で脳天狙うやつがどこにいる!!一発ぶん殴らせ、、」
「おい、坊主。威勢のいい根性は認めるが口の利き方には気ぃつけろよ」
レオルは、その澄んだ緑色の目でニックを睨みつける。
「いい加減にしろ貴様らっ!!!貴様らの親睦会に付き合っていられるほど私は暇じゃない!!本題に入るぞ!」
ヴェルナドットの言葉でニックは無理矢理怒りを抑えた。そして心に誓った、二度とヒリタスさんの人物評価は鵜呑みにしないと。
「失礼したマスター、本題に入ろう」
レオルは、ソファに座り直しタバコに火をつけた。
「その前に坊主、名前教えてくれよ。さっきはまじで悪かったよ。ほれ、横座れ」
「俺は、ニック・レガードナーです。横失礼します」
「ニックか歳はいくつだ?」
「よろしくです。十六っす」
「十六か若いな、俺は二十八だ。よろしくな」
笑顔で手招きするレオルを横目にニックは渋々隣に座る。
「早速本題に入るが、プリメラが帰って来なくなってもう四ヶ月になる。そこでレオルとニックにはプリメラに頼んだ任務を代わりに請け負ってもらう」
「えっ!!」
驚愕するニックをよそに、レオルはタバコをふかしている。
「姉さんのことだ、どっかで油売ってるんじゃないですか?」
「それも無くはないが、今回プリメラに頼んだ任務を考えるとありえんな。あの馬鹿げた魔力も察知できん。最悪の場合も考え二人に任務を引き継いでもらう」
「最悪の場合か、、それもそうだなマスター。だが俺はともかくとして、何でこの坊主も一緒に連れて行くんだ。まだまだ激弱だし」
灰を落とし至極真っ当な意見をレオルが述べる。
(よく言ってくれたレオルさん、やっぱり本当は優しい人なんだ!)
「そいつは弱すぎる。ここ最近ヒリタスに甘やかされ、腰抜けの顔つきになっている。傷も癒えてきた頃だ。ヴェガット家の従僕としての本分と力の使い方を教えろ、これは命令だ」
「了解、マイマスター」
反論は受け付けないといった様子にレオルは両目を閉じ、両手をあげてお手上げのポーズをとる。ニックは隣で意気消沈している。
「だがマスター、任務が任務だ。『英雄騎士』や『三伝皇』と出くわした場合、坊主を守りながらは戦えねぇぜ」
(『英雄騎士』と『三伝皇』。さすがの俺でも話は聞いたことがある。とんでもない化物だと。そんなのと出くわす可能性がある任務、、冗談じゃねぇ)
ニックの表情は絶望に変わる。
「その時は試練だと思え」
「手厳しいなぁマスター。では、自分はこれで失礼します。ニック!明日の朝イチで出発だ!寝坊すんなよ!ヒリタスさん、後で俺の部屋にホットティーを頼むよ」
「承知致しました、レオル様。あと扉と床の修繕費は後程、請求致しますのでよろしくお願いします。ほっほっほ」
「さすがにそうだよな、分かったら教えてくれ」
レオルは立ち上がって部屋を出て行った。
「不安そうだな、ニック」
「は、はい少し」
「だがもしプリメラと会うことができたら、貴様の右腕治るやもしれんぞ」
「ほっ、ホントですか!!」
ヴェルナドットの言葉にニックは思わず立ち上がって前のめりになる。腕はあるに越したことはない。一筋の希望が見えニックの目に光が宿る。
「嘘は言わん。私は忙しい、さっさと明日の支度を済まして寝ろ。銃は別の銃をヒリタスに用意させる。ヒリタス、頼んだぞ」
「畏まりました、お嬢様」
「ありがとうございます!頑張ります!失礼します!」
―――――――――――――――――――――――
屋敷の外は、陽が少し顔をだし始めていて頃でまだ靄がかかっていた。レオルの声が響き渡る。
「おい、おせぇぞ坊主!ちゃっちゃか歩け!出発するぞ!!」
「すいません!もう行けます!」
レオルはすでに馬に跨っており準備万端だ。
「ニックおぼっちゃん、こちらがお渡しする銃になります。弾は魔力の籠もっている特製の『魔弾』をご使用ください。そして、こちらの短剣も何かと便利だと思いますので」
包の中からシンプルな造りの銃が二丁と鞘に収まった短剣があった。黒と銀の銃だ。ヴェガット家の家紋も入っている。重量感があり口径が大きい、魔獣の頭も一撃で吹き飛ばせそうだ。
「ありがとうございます、ヒリタスさん。でもニ丁って俺片腕ですよ」
ニックは自虐気味に苦笑いする。
「壊れたり紛失した時のためですよニックおぼっちゃん。無事に帰ってきて下さいね。それとプリメラ様にお会いできたらホットティーを淹れてお待ちしてますとお伝え下さい。ほっほ」
「わかりましたヒリタスさん。ちなみにプリメラさんって、、、いえ、何でもありません!行ってきます!」
プリメラの人物評価を聞こうとしたが、自分の目と感性で決めようと少し成長したニックがいた。
「ヒュー、イカした銃だ!それなら問題ないな。ほら出発するぞ!ヒリタスさんそんじゃまたな」
「レオル様もご武運を。いってらっしゃいませ」
ヒリタスは頭を下げて二人を見届ける。ニックとレオルは馬と共に屋敷から出発した。頭をあげたヒリタスにニックは手綱を口に咥えながら手を振り、それに応じて少し悲しげな顔でヒリタスは小さく手を振りかえした。
「ところでレオルさん、自分らはこれからどこに向かうんですか?」
「なんだ場所も聞かされてないのか。簡単に言うと地獄だな、くっく」
「冗談でも笑えないっすよ!!!」
「冗談じゃねえさ、正真正銘の地獄だ!その様子だと任務の内容も聞いてないな!」
馬を歩かせながらレオルはタバコに火をつけた。
「まずそもそもの目的から話す!目的は『霊器』の回収だ」
「えっ、いきなり霊器回収の任務ですか!!」
「だから向かう場所は必然的に地獄、しかも今回『霊器』が置いてあるであろう場所がこれまた地獄、魔獣と龍の楽園『バルトローム』だ。痺れるねぇー、俺もまだ行ったことがねぇ」
どこか興奮気味のレオルにニックはドン引きしている。まさかホントに地獄に向かうことになるとは。
「自分ら生きて帰って来れるんですかね」
「おいおい、だいぶ弱気じゃねぇか昨日の威勢はどうした?」
人間の頭を蹴飛ばすのと、魔獣と龍とやり合うのでは訳が違う。
「まっ、俺もいるし使いたくないが最悪の奥の手もある。プリメラが帰ってきてない以上油断はできないが、心配しすぎも体が鈍る。大船に乗った気持ちでいろ」
自信満々に笑顔を見せるレオルを見て、ニックは少し肩の荷が落ちた。




