第9話 したいけどしたくない
俺は今、信じられないような言葉を耳にしたような気がする。
俺は聞き間違いかと思って、あえて返事をせずに、この心臓の高鳴りや興奮、動揺がバレないように頑張って無表情を貫いていたのだが、彼女はもう一度無邪気な笑みを浮かべて言う。
「レッツ子作り!」
……神様ってこんな感じなの?
「ウチ、ホットケーキミックスとかグラニュー糖はないぞ」
「大丈夫ですっ、私が不思議な力を使って材料を用意……って、それはお菓子作りではないですか!?」
「俺はつぶあんよりもこしあん派だな」
「私はつぶあんの食感の方が……って、お団子作りの話をしてますよね!?」
「俺の名字、結構珍しいからお店で売ってないんだよなぁ」
「わざわざ注文して作ってもらわないといけないのも大変ですね……って、それは判子づくりですよね!? 話を逸らさないでくださいよ!」
俺のボケについてこれるとは、中々やるなコイツ。流石神様、結構ツッコミも出来るようだ。
「さぁ、観念しなさい人の子よ! 大人しく私と子作りするのです!」
「ぬおおおおっ!?」
そう言って彼女は俺の腕を両手で掴んで、俺をベッドに押し倒してきた。
やはり神様だからというのもあってか、彼女の体躯からは考えられないほどの力の強さで押し込まれてしまい、彼女の長い黒髪が俺の顔にかかって、彼女の体からふわりと芳香が漂ってくる。
彼女の顔を間近でよく見ると、右目の下に泣きぼくろがあることに気づいて、神様にも泣きぼくろとかあるんだなとか変に感心してしまいながらも、彼女が着ているダボダボの俺のジャージの胸元から、彼女の決して主張が強いわけではないが美しい形の胸部がチラチラと見えそうになっている。
そういうのを感じると、我慢が効かなくなってくるのが男の性というもので、俺は今までの人生で一度もないくらい胸の鼓動が早まっていたが──グッと俺に顔を近づけてきた彼女は、唇と唇が触れてしまいそうな距離で、澄んだ瞳で俺の目をジッと見つめると、ハァと残念そうに溜息をついて起き上がり、俺を解放してしまった。
「いえ、こういうのはよくありませんね。どこぞの最高神のように気に入った子女を見境なく手籠めにするのも悪くありませんが、数少ない信者からの信仰を失ってしまうと、私は綺麗さっぱり消えてしまいそうなので、程々にしておきましょうか」
どうやら彼女は俺を襲うのを諦めてくれたようで、ベッドの上に座って、やりどころのない気持ちをバタバタと足の動きに合わせて発散させているようだった。ジャージの裾から彼女の際どいところが見えそうになったので、俺は彼女から少し目を逸らして言う。
「お前、本気だったのか?」
「はて、貴方には私が冗談であんな行動に走るような神様に見えますか?」
「見える」
「それはとても残念です。私の乙女心はこんなにもドキドキしているというのに、どうして殿方はこんなにも複雑で脆くて純情な乙女心をわかってくれないのでしょうか」
と、彼女はわざとらしく口をとがらせる。なんか答えをはぐらかされた気もするが、どちらにしろ心臓に悪い。
「貴方は私と子作りしたくないのですか? きっと人間としてのモラルがなければ、この麗らかな乙女の魅力に魅了された貴方は私のことを迷わずに襲っていたと思うのですが」
「俺はお前とは違って人間としてのモラルが残っているからな」
「それは残念です、理性的過ぎる殿方も困ったものですね。私としましては、神様である私が貴方との子孫を残せるのか非常に興味深いところではあるのですが。しかしどうなのでしょう、この純潔を破ると私は神様ではなくなってしまうのでしょうか?」
「いや知らんが。なんか新しい島とか生まれるんじゃないか?」
「なるほど。つまり私と貴方の理想郷を作るのも不可能ではないのかもしれませんね。お花がたくさん咲いている花畑に囲まれた場所で一緒に茶屋を開きませんか?」
「せめてパン屋とかケーキ屋にしてくれ」
コイツの思考回路はどうなってんだとツッコみたくてしょうがないが、それも神様がゆえの思考回路なのだろうか。確かに色んな地域の神話を読んでいるとぶっ飛んだ話も多いし。子作りしたつもりがボルネオ島とかキプロス島とか生まれてきたらびっくりだぞ。
「仕方がないですね。私は貴方がそのつもりになってくれるまで我慢するとしましょうか。どうやら、貴方が恋人が欲しいと願ったのには色々と事情があるみたいですので」
そう言って彼女は深々と溜息をついて、まるでふて寝するように俺の隣にゴロンッと寝転がってしまった。
そのつもりになる、というのは、自暴自棄になれば今すぐにでも出来なくはないだろうが、どうやら彼女も今日俺の身に起きたことをなんとなくわかっているようだ。それもそうだ、くるみもよくあの神社を訪れていたから、この神様が知らないわけがない。
と、それはそれとして。
「おい」
「はい、なんでしょう?」
「何を当たり前のように俺の隣で寝てんだ。ここは俺の部屋だ、お前に貸したのは向かいの部屋だから」
おそらく、リビングのソファで寝落ちした俺を彼女がここまで運んできてくれたのだろうが、こうして同じベッドで寝られると……その、流石に俺も正気を保てず、彼女がほざいていた戯言が現実になってしまいそうで困る。
「私と同じベッドで寝ると、貴方は困るのですか?」
「あぁ、きっと眠れない」
「私の尻尾を枕にしますか?」
「いや……また今度にしてくれ」
彼女は自分の尻尾を俺に見せる。そのモフモフ感は枕として最高の肌触りではあるが、位置的に俺と彼女がお互いに上下反対側を向いて寝ないといけなくなる。すると、彼女が着ている俺のジャージの上着の下から、いけない部分が見えてしまいそうなのだ。実際、さっきも見えかけていたし。
「あ、そうだ。ではこうしましょう」
すると彼女は起き上がり、急に俺の首の後ろに腕を回してきたと思ったら、またもや俺を胸に抱き寄せたのだった。
「むごっ!?」
「こうすれば、貴方はぐっすりと眠ることが出来るようなので」
俺の頭は、彼女の胸の柔らかな温もりに包まれた。ついさっきまで子作りだどうとかほざいていた神様の胸とは思えない、まるで、母親のような慈愛があって……これも彼女の神様としての力なのだろうか、俺は一気に睡魔に襲われてしまう。
「では、おやすみなさい。よい夢を……」
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