第7話 目覚めたらキツネ娘がいるなんて、これはきっと夢に違いない
──朽ち果てた神社を訪れようと、整備されていない山道を歩こうとするのは好奇心溢れる子どもぐらいで、あの竹やぶの中に鎮座する蒼姫稲荷神社の存在を知っている大人も少なかったから、俺達はあの神社を秘密基地のように扱っていた。
暗くなると半ば心霊スポットのような不気味な場所ではあったが、都会の子どもが楽しめる数少ない自然があったし、丘の上にあったから眺望も良く、子どもながらに一応神様にお願いだってすることもあった。
あの頃の俺は……今の日常がこれからも変わらず続くものなのだと、当然のことのように信じて疑わなかった。そんなに友達が多かったわけでも、特段勉強やスポーツが出来たわけではなかったが、愉快な幼馴染や、今思えば、幸せな家庭に囲まれていた俺は、その環境がどれだけ恵まれていたのかを、まだ知る由もなかったのだ。
「ねぇ、ここで何してるの?」
空気が澄んで茜の空が色鮮やかに映る年末の頃、俺は神社を訪れていた。今日は誰も連れて来ずに、一人だけで。
どうして俺が一人だったのかはわからない。その日、どうやって俺が神社までやって来たのかも、その方法も目的すらも、俺は覚えていない。
ただ覚えているのは、その日も──彼女が、神社に現れたこと。
「ねぇ、ねぇってば」
俺が白い息を吐いて問いかけると、白地の着物に黒いコートを羽織った和装の、俺と同い年ぐらいの長い黒髪の少女がようやく俺の方を向いた。
彼女の冬茜に照らされた赤い瞳で俺のことをジッと見つめてくる。彼女は俺と出会うと、いつもこうして黙って俺のことを見定めるようにジッと見つめてきて、満足するとクスッと微笑んで口を開く。
「今日は、何をして遊びましょうか?」
俺は、彼女が何者なのかを全く知らない。
名前を聞いてもどこに住んでいるのか聞いても、いつも笑顔で誤魔化されてしまうだけで、なんとなく信用ならない奴だったが、俺が一人でこの神社を現れると何の前触れもなく現れては、俺の遊び相手になってくれていた。
いつもなら、朽ち果てた社屋に隠してあるボードゲームだとか言葉遊びだとか、たまにはゲーム機なんかも持ち込んで遊んだりするのだが……。
「ねぇ。俺、どうしてここに来たんだろう?」
今日、どうして俺が神社にやって来たのか。
俺自身さっぱりわからなくて、彼女がわかるわけもないのに俺は聞いてしまう。
すると、彼女は俺の前まで近づいてくると、俺の両手を彼女の小さな手で包みこんで、俺の目を見つめながら言うのだ。
「それは、貴方に好きな人がいるからですよ」
俺には彼女の言っている意味がさっぱりわからなくて、好きとかどうとか言われたからつい恥ずかしくなって、彼女の手を振り払ってしまう。
そんな俺を、同年代のくせして彼女はからかうようにフフッと笑って言う。
「あるいは、貴方を好きな方がいるのかもしれませんね」
「どうして、お前にそんなことがわかるんだ?」
「わかるんですよ、私には。貴方の女の子の好みなんて、私の前では丸裸です」
「じゃ、じゃあ言ってみろよ」
「まずですね、顔が良いこと」
「いや、外見より中身だから」
「何を生意気なことをおっしゃるんですか、貴方は。貴方がよくここに連れて来る方々は、総じて可愛らしい女の子ばかりではないですか」
「いや、それはたまたまなんだって」
「はて、一体どうなんでしょうねぇ」
俺は一丁前に、好きなタイプは中身よりも外見で決めるだなんて言っていたが、やはり外見で惹かれてしまう容姿の人もいてしまうわけで、俺が好きな人も、たまたまそうだったわけだ。そう、たまたま。
「じゃあ、俺が誰のことが好きなのかもお前にはわかるのか?」
「はい。ズバリ、貴方が好きな人は、この私です」
ビュオォと、凍てつくような冬風が吹き付けてきて、竹やぶが爆笑するようにさざめていていた。
「……あれれ? 今の、笑うところですよ?」
「つまんねーな、お前」
「貴方よりは面白い人間だと自負しているんですがね。貴方にお笑いのセンスがないだけですっ」
実際、彼女は俺が好きな人にも引けを取らないほど可愛らしくて、彼女の言動や仕草にたまにドキッとしてしまうこともあるけれど、どこか彼女には、俺達のような低俗な人間が触れてはいけないような、見えざる壁のようなものが間に立ちはだかっているように思えた。
「さて、私の大爆笑間違いなしのギャグも披露できたところで」
「自己評価がエベレストよりも高そうだな、お前」
「今日は何して遊びましょう?」
「オセロでもやろうぜ。お前との勝負、白黒つけてやる」
「負けませんよっ」
結局、どうして俺が一人で神社にやって来たのか、その時はどうでもよく思えてしまって。
いつものように彼女と一緒に、俺は時間を忘れて遊んだのだった。
それからどれだけの時間が経ったのか、俺にはさっぱりわからなかった。多分俺は、時間なんて忘れて、ずっとあの少女と遊んでいたはずだった。
ただ気づいたときには、俺と将棋をしていた少女の姿は消えてしまっていて。
とっくのとうに夕日が沈み、辺りはすっかり闇に包まれていて。
何人かの警察官が、懐中電灯で俺のことを照らしながら、驚きと安堵が混じったような表情をしていて──。
──後は、俺が警察に保護された後に知らされた事実なのだが。
俺は、両親と妹の家族四人で車でスキー旅行に向かっていたはずだったのに、何日経っても宿泊を予定していたホテルにも現れず、自宅に帰ってくることもなく、行方不明になっていたのだ。
そして捜索願が出されてから三日後、俺一人だけがあの神社で発見されたのだった。
俺の両親と妹、それに車すら発見されていないこと、そして俺があんな朽ち果てた不気味な神社で見つかったことから、神隠しだ神隠しだとかなり騒がれた。
ただ、確かに俺は家族でスキー旅行に行こうとしていた記憶があるのに、どういうわけかあの神社にいて、そしてあの少女と遊んでいたわけで……そんな子どもの話を、誰も信じてくれるわけもなく。俺はただひたすらに心理カウンセラーだとか精神科の先生と無意味な面談を受けさせられる羽目になったから、やがてあの日の出来事を誰にも話さなくなった。
それからはあの少女と会うことはなかったのだが、今思えば、誰かに似ているような……。
◇
目覚めると、俺がまず感じ取ったのは、右の頭部側面に感じる、どんなクッションや枕よりもフカフカ……いや、とても眠り心地の良さそうな感触のモフモフとした温もり。少し冷房が効きすぎていて肌寒い空間では、この温かさが心地よい。
こんな枕が家にあったかと不思議に思って、俺が起き上がると──照明が消された俺の部屋のベッドに、俺と、長い黒髪の少女が横になっていた。
俺が驚いたのは、こんな年頃の少女と同じ寝床で寝ていたこともそうだが、何よりも──彼女の頭部から生えた、キツネのような黒っぽい耳、そして腰から生えた、とても手触りの良さそうな黄色い尻尾。
俺は自分の目をゴシゴシとこすって、もう一度目の前に広がる光景を確かめる。
「あぶりゃあげ~」
と、彼女は呑気な寝言をほざいているが。
この非現実的な光景を理解するには、中々時間が必要で。
なんでコイツ、キツネみたいになっているんだと俺は自分が総動員できる限りの知識で答えを出そうとも思ったのだが。
「まぁ、夢か」
俺は考えるのをやめて、やけに感触が良いモフモフのキツネの尻尾を枕にして、もう一度夢の世界へ──。
「いや諦めないでくださいよ!?」
彼女がガバッと飛び起きたので俺が枕にしていた尻尾も飛び上がってしまい、俺も起きる羽目になってしまった。
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