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エピローグ 君の笑顔



 「ハルの助~」


 放課後、HRが終わると浮かれた様子の修治が真っ先に俺の席へとやって来た。


 「どうしたんだ、修治」

 「今度、ダブルデートしないか?」

 「却下」

 

 俺がすぐに席を立とうとすると、修治は慌てた様子で俺の肩を押さえて椅子に戻した。


 「いや待ってくれよ。良いじゃないかダブルデートってのも。遊園地とか人数が多いに越したことはないと思うぜ?」

 「お前の彼女って男だろ」

 「いいや! あの子は違う! 恋愛に性別なんて関係あるものか! 例え親の反対があろうが法律に阻まれようがどんな壁が立ちはだかろうとも、俺はあの子と一緒に生きていくと決めたんだ!」


 修治ってこんな奴だったけ。前はもっとチャラチャラした奴だと思っていたんだが、もしかして俺が修治の人生を変えてしまったのか?

 だが、俺の恋が上手くいった裏で修治も上手くやっているようで何よりだ。


 

 「ハ~ルく~ん」



 修治と話していると、廊下からくるみが俺のことを呼んでいた。すると修治が俺をからかうように笑いながら言う。


 「ヒューッ。お熱いねぇバカップルさん」

 「うるせぇ。ダブルデート行ってやらないぞ」

 「今度の土日ならいけるから考えといてくれよ! じゃあお幸せにな!」

 「うるせぇって」


 俺は調子に乗っている修治にそう吐き捨てて教室を出た後、くるみと一緒に歩いた。最近はこうしてくるみと一緒に帰ることも増え、周囲からバカップル扱いされるようになってきた。


 「ね、ハルくん。今日はきつねうどんで良いかな?」

 「あぁ。いつもありがとな」

 「ううん、いいのいいの」


 一度はお互いの心の距離が遠のいたが、あの神社での出来事をきっかけに俺達は幼馴染以上の関係になった。


 くるみは五年前、自分の発言が原因で俺を一人ぼっちにさせてしまったと思い込んでいたが、五年前と同じように俺はくるみを責めようとはしなかった。五年前にも、くるみはそのことを俺に正直に明かしていたが、あの時の俺も今の俺もくるみが悪いだなんて思っていなかったし、あの時の俺も今の俺も、ただただくるみが好きなだけの情けない男だったのだ。

 五年前の事件の真相は謎のままだが、くよくよしてばかりではいられない。時間が俺達を待ってくれることなんてないのだから、俺達は前に進まなければいけないのだ。


 あんな朽ち果てた神社の前でプロポーズだなんて全然ロマンティックな雰囲気が出るわけもないのだが、俺とくるみは幼馴染から恋人という関係へと進展したのだ。

 あれから一ヶ月も経ったが、これからもさらに俺達の関係は進展していくだろう。




 ……?


 俺達が歩んできた歴史って、本当にそんなものだったか?


 たまに自分の記憶に違和感を感じるが、何がおかしいのか自分でもわからない。




 「ハルくんって最近、なんだか油揚げにハマってるよね。そんなに好きだったっけ?」

 「美味しいだろ、油揚げ」

 「私も好きだけど、こんなに油揚げ料理ばっかり作ってたかなぁ。明日は油揚げのパスタで良い?」

 「うん」


 恋人になってからくるみは一時期離れていた反動もあってかさらに俺にベッタリになってしまい、最近は俺の家に上がり込んで料理を作ってくれたり一緒に勉強したり息抜きにゲームをする時間が増えた。


 いやまぁ、幼馴染同士だった頃もそんな感じではあったのだが……最近、やけにくるみの仕草一つでドキッとする機会が増えてしまったような気がする。変に意識してしまっているからだろうか。


 「ね、ハルくん。ちょっと神社に寄ってかない?」

 「あぁ、今度テストあるしお参りしとくか」


 俺とくるみは下校途中にスーパーとかで買い物を済ませた後、相変わらず人気もなくて朽ち果てた神社を訪れていた。


 「ちゃんとご利益あったね、この神社。何かお供え物した方が良いかな」

 「油揚げとか喜ぶんじゃないのか? 稲荷神社だし」

 「あ、さっき買った油揚げならあるよ」


 こんな朽ち果てた神社にお供え物をする物好きなんていないだろうと思いながら、油揚げが数枚入ったパックを社殿の前に置いてパンパンと手を叩いた。


 「ハルくんは何をお願いした?」

 「くるみがエロくなりますようにって」

 「私って元々エロいでしょ?」

 「もっと色気出せるようになってから言ってくれ」

 「なにをぉ~」


 と、神聖な場所でバカみたいな話をしていると、ふと視線を感じて俺は竹やぶの方に目をやった。





 すると、そこには一匹の小さなキツネがいて、俺達のことをジッと見つめていた。


 「あ、キツネだ!」

 「こんなところにも生息してるんだな」

 「しかも見て見て。あの子、泣きぼくろがあるよ。可愛い~」


 くるみが言う通り、キツネの右目の下には泣きぼくろに見えなくもない黒い模様があった。キツネの世界にもそういうのがあるのだろうか。


 するとキツネは俺達に怯えることなくノソノソと近づいてきて、俺達の横を通り過ぎると、社殿に供えられていた油揚げのパックの匂いをスンスンと嗅いでいた。


 「あ、もしかして油揚げ食べたいのかな」

 「開けてやるか」


 俺が近づくとキツネは社殿の裏に隠れてしまったが、俺が油揚げのパックを開けると恐る恐る近づいてきて、油揚げを一枚咥えるとそのまま竹やぶの方へと走り去ってしまった。


 「キツネって本当に油揚げ食べるんだね~」

 「だな。今度◯いきつねでもお供えしてやろうぜ」

 「◯のたぬきじゃだめかな?」

 「関西ならいけるかもしれんが……」


 なんて話しながらくるみと一緒に神社から立ち去ろうとした時、俺はまた竹やぶの方を振り返った。


 そこにはまだ小さなキツネが油揚げを咥えたまま佇んでいて、俺のことをジッと見つめていた。




 あのキツネはまだ幼体なのだろうか。親はいるのだろうか。一人ぼっちなのだろうか。


 「また来てやるからな」


 どういうわけか、俺は寂しそうなキツネにそんなことを言っていた。


 「コンッ」


 すると、キツネは鳴いてから竹やぶの奥へと消えてしまったのだった。

 いや、キツネはコンッて鳴かないはずだろ。





 ◇





 翌日の放課後、俺はくるみに連れられて美術室へと向かった。くるみを慕っていた美術部員達からバカップルだのどうだのといじられる中、俺はくるみと一緒に美術準備室に入り、一枚の絵を見せられた。


 「ハルくん。これ、何の絵かわかる?」


 その絵は外周部分が青く塗られていたものの、中心には何も描かれておらず真っ白のままだ。

 海や空を描いたわけではないだろう。どういうわけか人の胸から上の部分を象るように青色と白で分けられていているが、肝心の人は描かれていないのだ。


 「この絵ね、私が描いたらしいんだけど、私自身何を描いたのか全然覚えていないの。何かを描こうとして何も描かなかったのか、でもそんなことした記憶もなくて……」


 確かに色の塗り方はくるみのものだったが、俺もくるみからこんな絵を見せられた記憶もない。くるみが描いた絵で一番最後に覚えているのは、体育館でバレー部の練習に打ち込んでいるこはくの姿を描いたものぐらいだ。



 全然意味のわからない絵だが、どういうわけか俺はこの不思議な絵に引き込まれていた。


 俺には、この絵の白い部分に誰かがいるように見えるのだ。一体その子は誰なのだろう? 誰かが、こちらを見て笑顔を浮かべているように見えるのだ。



 君は、一体誰なんだ?



 「なぁ、くるみ。この絵、俺の家に飾って良い?」

 「え? は、ハルくんが良いなら良いけど……」

 

 俺はこの不思議な絵を家に飾りたくなった。俺はこの絵に芸術性を感じたのだ。持ち帰るのはちょっと大変かもしれないが、この絵にはそれだけの価値があると思う。




 早速持って帰るための支度をしようとしたのだが、美術準備室に突然こはくが現れた。


 「あ、ハル兄さん! こんなところでお姉ちゃんと何イチャイチャしてるんですか! 今日シフト入ってるんですよ!」

 「あ、やべ! そうだったそうだった!」

 「じゃあこの絵は私が持って帰っとくよ。ハルくん、お仕事頑張ってね」

 「ありがとな、くるみ」

 「こはくちゃんにうつつを抜かすのは良いけど、あまり遅くならないようにね~」

 「すぐ帰るから」

 「あと、今日こそは一緒にお風呂入ろうね~」

 「んなこと大声で言うな!」


 ジロジロと訝しげな視線を送ってくる美術部員達から逃げるように、俺はこはくと一緒に美術準備室を後にしたのだった。


 「なんだかすっかりアツアツですね、ハル兄さんもお姉ちゃんも」


 バイトへ向かう途中、俺の腕に抱きつきながらこはくが言う。


 「一時期冷めてた時の反動かもな。でだ、こはく」

 「はい、なんですか? 何かおかしいところでも?」

 「いや、おかしいところばかりだろ。どうして俺の腕に抱きついてるんだ」

 「お兄さんに甘えてるだけですが、何かおかしいですか?」


 俺とくるみが付き合うようになってから、どういうわけかこはくはやけに俺に甘えるようになってきた。まだ義妹とかそういうのじゃないはずなのに、こはくは何か自分の立場を上手いこと利用している気がする。


 「あと、ハル兄さん。どうしてお姉ちゃんと一緒にお風呂に入ってあげないんですか?」

 「いや、子どもじゃないんだしそういうのは良くないだろ」

 「二人共恋人関係なのに、何かダメな理由があるんですか? それとも私も一緒に三人で入りたいんですか?」

 「それはもっとおかしいだろ。こはく、お前はどうしたんだ最近」

 「兄に甘えてるだけですが、何かおかしいですか?」


 こはくは失恋を乗り越えて無敵になってしまったような気がする。それぐらい思いっきり開き直ることが出来る強さを俺も欲しかった。


 



 俺とくるみが恋人関係になったことは学校全体に広まっているぐらいだし、バイト先でも蛇原さんがこれまで以上にお節介を焼いてくるようになったし、こはくは無敵になってしまったし、くるみのご両親からはもう公認されてしまったし、最近は物事が順調に進みすぎていて怖いぐらいだ。


 そんなことを考えながらベッドで横になるも、俺はどこか寂しさを感じてしまう。



 俺はまだ、一人でいることを怖がっているのだろうか?


 ついこの間までは、寂しくなったような気がするのに。


 そばに誰かいてくれていたような気がするのに。


 もし、寂しいから一緒に寝てほしいってくるみに頼んだら、くるみは一緒に寝てくれるだろうか?


 ……いや、まだ早すぎるな。


 事を急いては仕損じるとも言うし、慎重に進めていこう。

 

 でも……くるみと一緒にお風呂は入ってみたいかも。





 翌朝、今日も俺の部屋までやって来たくるみに起こされて俺は制服に着替える。やっぱりくるみがいないと俺は寝坊してしまうので助かっている。

 朝食に油揚げのトーストを食べて支度をし、くるみとこはくが待っている玄関へと向かう。


 「よしっ。じゃあ行こっか、ハルくん」

 「あぁ」


 靴を履いてくるみとこはくに続いて玄関を出ようとした時、俺は壁に飾られた一枚の絵に目をやった。


 それは、昨日くるみが家まで運んできてくれた、誰も描かれていない肖像画。いや、人が描かれていないのに肖像画というのも変な話だが、誰も描かれていないはずなのに、誰かが俺のことを見守ってくれているように感じるのだ。


 「じゃ、行ってくる」


 以来、家を出る時にその絵に挨拶をするのが習慣になった。

 

 今でも、そこにいるかもしれない誰かが、笑って見送ってくれている気がして────。







 (完)



 ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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