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第52話 信じ続ける



 俺もくるみも、目の前で何が起きたのかわからずに戸惑って立ち尽くしていた。


 気づけば、青葉は背後から刀のようなもので胸を貫かれており、その刃が抜かれると胸から大量の血を噴き出しながらその場に倒れてしまった。

 俺もくるみも慌てて倒れた青葉の体を支える。青葉はまだ辛うじて息をしているようだが、人間ではないとはいえ、このままでは死んでしまうだろう。


 例え一度は俺達の敵になったとしても、俺もくるみも彼女に助けられたのだ。心配しないわけがない。



 

 「ご苦労さま」



 

 見上げると、そこにはまるで平安時代のお姫様のような美しい着物を着た長い黒髪の少女が佇んでいた。年齢は俺達とそう変わらないぐらいだろうか、かなり若々しく見えて、一瞬見惚れてしまうかのような美しさを持っていた。

 左手に扇子を、右手に血がべったりと付いた刀を持っているのが、なんともアンバランスだが。


 「あ、貴方は……?」


 倒れた青葉の体を支えながらくるみがそう問うと、少女は扇子を開いて自分の口元を隠しながらフフフと笑った。


 「物好きな貴方達が何度も何度も足を運んでいる、このお社の住人ですが」


 俺とくるみは、背後にあった朽ち果てた神社の社殿の方を向いた。とても人が住めるような場所ではない。

 だが少女の容姿を見て、俺もくるみも納得する。


 「じゃ、じゃあお前が蒼姫ってことか────」


 と、俺が言った瞬間。どういうわけか俺の顔に刀の刃先が向けられた。



 「蒼姫『様』ね。人間」



 あ、ヤバいかも。

 この神様、あまり融通利かないタイプかもしれない。

 くるみもそう感じ取ったのか、改まった様子で彼女に問う。


 「あ、貴方が蒼姫様御本人なのですか?」

 「えぇ、そうですよ。そこのキツネなんぞに間違われては困ります。私も昔はボンキュッボンでグラマラスなボディだったんですがね」


 でも、若干青葉に似ているところがあるような気がするぞ、その口ぶりは。

 ようやく俺に向けられた刀を降ろしてもらったところで、俺は蒼姫を名乗る神様らしき存在に問う。


 「じゃあ、青葉は一体何なんだ? 幽霊とか怨霊なのか?」


 すると、蒼姫は胸を刃で貫かれて苦しんでいる青葉を見下しながら口を開く。


 「その子は、私の部下のようなものです。その子の魂がこの世界を彷徨っていたので拾っただけのこと。私もあまり力を持っていないので、雑事は部下に任せておきたいものですから。その子は所詮低級霊のようなものですよ、神とはかけ離れた存在です」


 いわば、神の使いというところなのだろうか。低級霊の割には結構色んな力使ってたけど、低級霊でこのレベルなら上の奴らはどうなってるんだ。


 「なぁ、青葉はどうなるんだ? 蒼姫様、アンタはどうして青葉を刺したんだ?」


 すると、蒼姫は不思議そうに首を傾げて口を開く。


 「その子が自分の役目から逸脱した行為を働いたので、罰を与えたまでですが。それにどうして、貴方がその子の心配をするのですか?」

 「紛いなりにも俺達のことを助けてくれたからだ」

 「その子が、貴方から家族を奪ったのに?」


 蒼姫のその言葉に、俺はビクッと体を震わせてしまう。そばにいたくるみは困惑した様子で、苦しむ青葉を見ていた。

 すると、青葉が若干微笑みながら口を開いた。



 「私が、犯人です。私が、ハルさんの家族を殺しました」


 

 口から血を吐きながら、それでも青葉はにこやかな様子で話し続ける。


 「蒼姫様に拾われた私はとにかく人にいたずらをするのが、人が困っているところを見るのが大好きだったんです。あの日も、私はハルさん達を見かけて……ハルさん御一家が車の中で楽しそうにお話されるのを見て、少し羨ましく、いえ、妬ましく思ってしまったんです。私は、そういった家族団欒に憧れを持っていましたので。なので私はいつもよりちょっと強めのいたずらをしたのですが──自分の力を制御できずに、ハルさん達をそのまま黄泉の国へと送ってしまったのです」


 俺は呆気にとられてしまった。

 俺の家族がいなくなってしまった理由が、そんなものだっただなんて。

 度を超えすぎたいたずらが、俺の家族の命を奪ったのだ。

 とても信じがたい、超常現象のような出来事によって。


 だが、やはり疑問が残る。


 「じゃあ、どうして俺だけ生き残ったんだ?」


 俺がそう聞いても青葉は答えず、代わりに蒼姫が答えた。


 「その子が、黄泉の国から貴方を引っ張り出したのですよ」

 「ど、どうして?」

 「さぁ。貴方のことが好きだったからではないですか?」


 そうだったのか、と俺が青葉の目を見つめても、彼女は目を逸らすだけだった。沈黙は肯定だと受け取っておこう。


 「そうだったんだ……」


 五年前の事件の経緯を聞いていたくるみが呟く。五年前の事件について自責の念にかられていたくるみだが、ようやく犯人の存在が解明された。

 かといって、嬉しいわけではないが。

 犯人がわかったとはいえ、俺の家族はもう戻っては来ないのだと知らされたからだ。


 

 「貴方は、占いの力に長けているのでしょう? それは、五年前から急に発現したものではないですか?」

 「あ、あぁ確かに」

 「それは、貴方が一度黄泉の世界へと迷い込んだことによって、おそらく魂の一部分が亡者になってしまっているからでしょう。本来人間が使えない術を貴方は使えるのです」


 じゃあ、俺の魂ってちょっと死んでるってこと? ちょっと死んでるって何?


 「そう、貴方の占いというのはいわば、あれ…………ええっと、そう……あれなんです」

 「いやはっきりしろよ。何だよあれって」

 「あれはあれです。あの何人か集まってするやつです」

 「候補が多すぎる」

 「もしかしてマ◯オパーティー?」

 「くるみはちょっと黙ってろ」

 「そういう類です」

 「いやそういう類じゃないだろ絶対」


 神様なのに急にボケてきた。絶対マ◯パのはずがないのに、ていうかなんで平安時代に生まれた神様がマ◯パを知ってるんだ。あと、くるみもここで天然をかましてくるんじゃない。


 「こ、こっくりさんです……」

 「青葉も死にかけてるんだから黙ってろ」

 「あ、そうそれです。貴方の占いは所謂こっくりさんみたいなものなんです」


 そう言われると納得できる節がある。俺の占いは抽選箱の中から取り出した色々な文字が書かれた紙きれから単語を探していくってスタイルだし、こっくりさんに似ているかもしれない。こっくりさんってキツネの低級霊っていう噂もあるし。

 あと、絶対マ◯パとこっくりさんは同じ類ではないと思う。



 「それはともかくとして、その子は二度も大きな過ちを犯しました。仏の顔も三度までという言葉もあるみたいですが、私は仏ではないので。丁度力も尽きようとしていたところなので、その子の罰には丁度良いでしょう。そのまま消えるというのも」


 前に青葉もチラッと言っていたが、力が尽きると存在が消えてしまうらしい。神様だったらこういう深手の傷も治せそうだが、もうそんな力も残っていないのだろう。


 


 神様が神様から天罰を食らうだなんて不思議な話だ。いや、青葉は神様ではなかったわけだが。

 

 「なぁ、蒼姫様」

 「何か?」

 「青葉のこと、助けてくれないか?」


 俺がそう頼むと、蒼姫もくるみも、そして青葉も驚いたような表情をしていた。


 「どうして貴方がその子の助命を願うのです? その子は貴方から家族を奪ったどころか、貴方が愛する人を亡き者にしようとしたのですよ」

 「あぁ、わかってる。でも、俺には青葉の気持ちもわかる。青葉も俺と同じように家族を失って、孤独を寂しく感じたから、誰かに構ってもらいたくて皆にいたずらして回ってたんだろうさ。俺は家族を失った後もくるみ達が支えてくれたからそうならなかっただけの話で、運命が違えば、俺も青葉と同じようになっていたかもしれない。結果的に俺とくるみの縁が結ばれたのは、青葉に罪の意識があって手加減したからだろう。もう、青葉は許されて良いはずだ。これ以上の罰はいらない」


 度を過ぎたいたずらで人の命を奪った奴に同情するだなんて馬鹿げているかもしれないが、俺には青葉が味わった孤独感に共感することが出来るし、俺もそうなるかもしれなかったから、皆が青葉の敵になるなら、俺一人ぐらいは味方になってやりたかった。


 「私からもお願いします、蒼姫様」


 そう言ってくるみも頭を下げたので俺は驚いた。


 「どうして貴方も?」

 「私の大切な人の、大切な人だからです」


 まさかくるみも味方してくれるとは思わなかったが、蒼姫の表情は変わらない。




 「どうして、私が人間ごときの頼みを何度も聞かないといけないのですか?」




 俺達の願いは、いやわがままは聞き入れてもらえなかった。


 「貴方達は自分の願いを叶えることが出来たではないですか。これ以上何を望むのです? 貴方達二人が同じことを願ったので、貴方達の妹の願いを捨ててまで叶えてあげたのに、まだわがままを言うのですか?」


 蒼姫にそう言われて、俺は思わずくるみの方を向いた。くるみは気まずそうに顔をうつむかせていた。


 「く、くるみ。まさか、くるみも……」

 「……うん。この神社にお参りしてたの。ハルくんを振った後に、どうにか出来ませんかって……」


 少し頭に引っかかっていたのだ。こはくもこの神社にお参りしたのに、どうしてこはくの願いは叶わなかったのかと。

 答えは単純だったのだ。一人分よりも二人分の願いの方が強かったというだけの話だったのだ。

 そして、俺とくるみの願いによって、青葉がこの世界に召喚されたというわけか。


 「貴方達は何か勘違いされているのかもしれませんが、私達は貴方達の恋を成就させるために生み出された便利な舞台装置、機械仕掛けの神に過ぎないのです。私の存在は無から突然生まれたわけではなく、貴方達の願いによって生み出され、そして貴方達の願いが叶えば私達の役目は終わりです。このお社に祀られている私は別としても、いずれにしろその子は消える運命にあったのです」


 青葉は最近、自分の力が弱まっているかもしれないと言っていた。だから事を急いだのだろう。いずれ消えてしまう運命にあるなら、自分の願いを叶えたくなってしまったのだろう。


 「なぁ、蒼姫様。もう、二度と青葉と会えなくなるのか?」

 「さぁ、それは貴方達次第です。私達は貴方達人間の想いが結集した結果生まれる存在に過ぎません。私達の存在は一度貴方達の記憶からは消えてしまうでしょうが、それでも貴方達が信心深ければ、また強く何かを願うようなことがあれば、その子が何らかの形で再び現れる可能性もありえなくはないかもしれませんが」


 では、また青葉と会える可能性は皆無だろう。

 なぜなら、俺もくるみももう願いを叶えてしまったからだ。くるみや俺の大学受験のためにお参りすることはあっても、もう縁結びの神様は現れないはずだ。

 俺達の願いが叶うと同時に、青葉は消えてしまう運命にあったのか。


 「では、最後の別れぐらいは貴方達でごゆっくりとどうぞ。もっとも、その子がいつまで持つかはわかりませんが」


 そう言うと蒼姫は竹やぶの中へと入っていき、やがてその姿が見えなくなった。





 「というわけで、お別れですね」


 と、青葉はにこやかに笑ってみせる。胸はもう真っ赤に染まっているのに、今も辛うじて息はしている。ていうか結構しぶといなコイツ。


 「私の助命を請うなんて、とんだ変わり者ですね、お二人共。まさにお似合いだと思いますよ」


 どうして、俺は悲しくなっているのだろう。

 どうして、俺は青葉の助命を嘆願したのだろう。

 青葉は、くるみを殺そうとしたのに。俺の家族を殺したのに。

 青葉のことを責めきれない自分がいる。


 「私達、また会えないかな。私、青葉ちゃんとまたお友達になりたい」

 「その時は一緒にお風呂に入りましょうね」

 「何でだよ」

 「ハルさん。またお会いできたら、また一緒に子作りしましょうね♪」

 「ハルくんそんなことしてたの!?」

 「してないしてないしてないしてない! 青葉! お前死に際だからって何でも言って良いと思うなよ!」

 

 最後までいたずら好きな部分は変わらないのか、死に際にとんでもない爆弾発言をしてきやがる。良かったぁ一時の気の迷いで子作りしなくて。


 「お前、最後ぐらいはちょっとしんみりさせてくれよ。お別れなんだから」

 「そんなの悲しいではないですか。最後だからこそ、私は笑ってお別れしたいんです」

 

 すると、とうとう青葉の力も尽きてきたのか、青葉の足先から段々と透明になっていた。存在が消えるってどんな感じなのだろうと思っていたが、こういう消え方なのか。


 「ハルさん」

 「なんだ」

 「私は、貴方と出会えて、とても幸せでした」

 「いちいちそんなことを言うな。わかってるから」


 ついそんなことを言ってしまうが、今の俺は涙をこらえるのに必死だった。

 どうして、俺は青葉との別れを悲しんでいるのだろう? 青葉は俺から家族を奪い、そしてくるみも奪おうとしたのに。

 それはきっと、俺が青葉に同情しているからだろう。


 結果的に言えば、青葉は俺とくるみの願いを叶えてくれたのだ。神様でない青葉もまた、自分に課せられた運命から逃げることが出来なかったのである。


 青葉の下半身は完全に消えてしまい、もう胸の辺りまで消えかけていた。


 「くるみさん」

 「何、青葉ちゃん」

 「ハルさんのことを、幸せにしてあげてくださいね」

 「うんっ。青葉ちゃんの分も頑張るから、私」

 

 青葉はこの世界から消えてしまった後、一体どこへ行ってしまうのだろうか。あの世で家族と出会えるのだろうか。それとも、また一人で彷徨うことになってしまうのだろうか。



 「青葉」

 「なんですか、ハルさん」

 「お前は、一人じゃないからな」

 


 俺がギュッと握りしめた青葉の手も、すぐに消えてしまう。



 「青葉ちゃん。私もいるからね」



 くるみもそう言うと、青葉は嬉しそうにニコッと微笑んだ。



 「ありがとうございます、二人共」



 そして、とうとう青葉の顔も消えていく中で彼女は呟いた。





 「どうか、お幸せに────」





 また、会えるさ。


 俺達は、信じ続ける。


 俺達の恋を成就させてくれた誰かを。


 例え俺達の記憶から消えてしまう運命にあったとしても。


 俺達は、君の存在を決して忘れはしない。


 君と過ごした日々も。


 君の過ちも。


 俺達は、決して忘れたりなんてしない。


 俺達は、ずっと覚えているから。


 だから、お前は一人じゃない────。





 ────やがて、そこにいた『誰か』の姿は完全に消えてなくなり。

 『誰か』は、俺達の記憶から、あらゆる記録から消え去ってしまったのだった。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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