第5話 絶対に覗かないでくださいね?(Take2)
前回までのあらすじ。
どういうわけか、雨宿りするために家に上がり込んできた女が、機を織りたいとか言い始めた。
「困っていたところを助けていただいたので、私は貴方にお礼をしたいのです」
「いや、きつねうどん作ってもらったから良いって。それに、糸はあるが機織り機なんてあるわけないだろ」
「ミシンもないですか?」
「随分と現代的なツルだな。探せばあるかもしれないが、どこにあるかはわからない」
例えコイツが人間の姿に化けたツルだとしても、そもそもツルを助けた記憶がない。ツルがミシンで何か服を作ってる姿は見てみたい気もするが。
「じゃあパソコンはありますか?」
「俺が使ってるやつはあるけど、何か調べ物か?」
「いえ、私の投資テクを最大限に発揮して貴方の財産を十倍にして差し上げましょう。ですので貴方の全財産を私にください」
「詐欺師の方がもっとマシな勧誘すると思うんだが?」
「千載一遇のチャンスを生かせない方ですね……」
もしも俺が人生の何もかもが嫌になったら、そんな自分の人生を棒に振るような行為に走る可能性もあったが、まだ理性は保てている。
「仕方がないですね。少々早いですが、出来ることがないなら私は寝るとしましょう。かなり疲れてしまっているので」
「え? お前、泊まってくつもりなのか?」
「貴方はそのおつもりで私を家に招き入れたのでは?」
「いや、ただ雨宿りさせるだけのつもりだったんだが」
やっぱりコイツ、結構図々しいぞ。口調こそ丁寧で物腰も柔らかくて、一見するとただの美少女だってのに……コイツのペースに呑み込まれるのが怖い。
「まず考えてみてください。私の着物がそう簡単に乾くわけがないじゃないですか」
「確かにな。ていうか洗濯はどうするんだ? あれって乾燥機にぶち込んでいいの?」
「あ、そういえばすっかり忘れていました。これではますます帰るまでに時間がかかってしまいますね。もしかしたら明後日までかかってしまうかもしれません」
そう言って彼女はとぼけたふりをしているが、なんだかそれも彼女の計算の内のように思えてしまう。
「それにご覧ください、この大雨を。こんなに強い雨が降っていたら、いくら傘を差していても乙女の体は冷たい雨にさらされてしまうでしょう。きっと風邪を引いてしまうに違いありません。それにこんな遅い時間、年頃のこんなに可愛らしい乙女が一人で暗い夜道を歩いてご覧なさい、私がどんな獣に襲われるかわかったものではありません。そんな未来も十分にありえるのに、貴方は私をこの家から追い出すとおっしゃるのですか?」
今になって、俺はこの家にこの図々しい女の侵入を許してしまったことを後悔している。
いや、あの時の俺は心が弱ってたんだ、仕方がない。不運というものは続くものなのである。
「わかった、わかったから、意味不明な御託はもうやめろ。使ってない寝室があるから、そこを使って良い。冷房も効くはずだからな」
「ありがとうございます。では着物の洗濯を済ませてからお休みさせていただきますね」
彼女が着物を洗濯している内に、俺はあまり使われていない寝室のシーツを交換して、布団も用意して冷房の効きも確認した。本来の持ち主の許可はとってないけど、流石にあの女も人様の家を荒らしたりはしないだろう。俺の心は荒らしに来そうだが。
「あとは乾燥させるだけなので、室内干し用のラックをお借りしてもよろしいですか?」
「あぁ、脱衣所に立てかけてあるから、それ使って」
「わかりました、ありがとうございます」
俺が寝室の整理をしている内に、彼女はもう着物とかの洗濯を終えたらしい。俺、そんなに時間かけてたっけな。三十分もかけたつもりはないんだが。
そして彼女は洗濯かごとラックをリビングまで持ってきて──は?
「おいおいおいおい! なんでこっちに持ってきた!?」
「この部屋の方が乾きやすそうじゃないですか」
「普段はそうだが、脱衣所にだって換気扇はあるぞ」
「しかし着物が干せそうにありません」
「あぁわかった。着物は別に良い。だが下着は脱衣所に干せ」
「どうしてです? 何か私の下着で淫らなことをお考えで?」
「少しは恥じらいを持てと言っているんだよ俺は!」
彼女はまたとぼけてみせるが、コイツには羞恥心というものを燃えるゴミにでも捨ててきてしまったのだろうか。それともあの大雨でどこかに流されたのか?
それに今、洗濯かごの隙間からチラチラと淡い水色のものが見えているし、グレーの俺の下着も──は?
「待て。お前、俺のも洗濯したのか?」
「はい。助けていただいた身ですので、これぐらいは」
「よく一緒に洗濯する気になれたな……」
「いかがですか? 乙女の下着と同じ槽で揉みくちゃにかき乱された貴方の下着、いつもより特別に見えませんか?」
「見えないし考えさせるんじゃない」
「お互いの秘部に触れた下着と下着の触れ合い、これはもう男女の交わりと言っても差し支えないでしょう」
「差し支えありまくりなんだよ」
「それに私達はお互いの下着を直に見てしまったのですから、今更お互いに恥ずかしがる必要もないでしょう。せっかくですしこのリビングに並べて干してみませんか?」
「お前の下着だけは別にしろよ」
「もうっ。仕方ないですね」
彼女は何とか妥協してくれたようで、彼女が着ていた着物と俺の服をリビングに干して、自分の下着を脱衣所に干しに行ってくれた。
そして彼女はリビングに戻ってきて、ニコニコと微笑みながら口を開いた。
「私の下着が干してあるからと言って、脱衣所を覗いてはいけませんよ?」
「だから行かねぇって!」
俺は一体、彼女と過ごした数時間の内に何度ツッコミを入れただろう。彼女のそれが天然ボケならまだ愛嬌を感じられたかもしれないが、彼女は俺のことをからかっているに違いない。きっとサキュバスとか淫魔の類なのだろう、そうに違いない。
「それでは、少々早いですがお先に寝ちゃいますね」
「あぁ、冷房が効かなかったら言ってくれ。トイレは脱衣所の隣な。水とか飲みたかったらテキトーなコップ使って飲んでいいから」
「何から何までご親切にありがとうございます。ですが、いくら年頃の麗らかな乙女が薄着で寝ているからといって、寝室を覗いてはいけませんからね?」
「わかってるって」
「覗いちゃダメですよ?」
「わかってるわかってる」
「絶対にダメですよ?」
「そんなに念を押すな」
「絶対にダ・メ・で・す・よ?」
「良いからさっさと寝ろって!」
「フフ、ではおやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
彼女は寝る前まで俺のことをからかって、上機嫌に階段を登って寝室へと向かったのだった。
……さて、あの妙に図々しいと言うか、頭のネジが九割ぐらい吹き飛んでいるような女が家に上がり込んできたから、俺はそれに振り回されてばっかりだったわけだが。
『ごめん、ハル君』
こうして一人になって何か考えるだけの暇が出来てしまうと、どうしてもくるみに振られたことが、あの時の光景が脳裏に浮かんでしまう。
そう思うと、そんなことを忘れてしまうぐらい俺の精神を乱してくる少女には助けられていたのかもしれないが……やっぱり、俺にとってはくるみの存在が大きすぎる。
さっさとくるみのことを諦めて、いっそのことあの女に切り替えることが出来たなら俺も少しは楽だったのかもしれないが、十年以上も慕い続けてきた幼馴染のことを、そう簡単には諦められなかった。
リビングの照明を消して、真っ暗闇の中で俺はリビングの天井を仰いだ。こんな空間にいたらますますネガティブな思考回路に陥ってしまうことはわかっているのに、気を紛らわす気にもなれない。
「くるみ……」
自分の部屋に戻る気力もなく、俺はそのままソファに横になって、溜息をついて寝ようとしたのだが──ドタドタと階段を降りる音が聞こえてきて、リビングの扉が勢いよく開かれた。
何事かと思って俺がソファから起き上がってリビングの照明を点けると、寝室から急いでやって来たらしい彼女は、息を切らしながら大きく口を開いて言った。
「どうして覗きに来てくれないんですか!?」
誰か、この女にムードっていうのを教えてやってくれないか。
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