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第48話 どんなくるみも受け入れる



 くるみの家を出てからの記憶は殆ど残っていない。

 おそらくいつも通り青葉が俺の背中を流して、そして夕食を準備してくれていたのだろうが、俺がちゃんと自分の体を洗ったのかもちゃんと夕食を食べたのかも覚えていない。もしかしたら俺が気づかぬ内に変なものを食わされていたり、俺の貞操が危険な目に遭っていたりしたかもしれない。


 気づくと、俺は部屋の照明を消してベッドの上に寝っ転がって、真っ暗な天井をジッと見つめていた。変なことは考えずにすぐに眠りたかったのだが、そういう時に限って人間の頭はやけに冴えてしまうし、おそらく寝たところで嫌なことを思い出させる夢を見るだけだろうと思っていた。


 

 『ごめんね、ハルくん』



 俺は少なからず動揺しているのだろう。くるみの謝罪を、罪の告白をどう受け止めれば良いのかわからずにいる。

 

 くるみが俺のことを嫌いではなかったことを喜ぶべきなのだろうか。こんなことを打ち明けられるぐらいなら、こういうところが嫌いだったとか面倒くさかったとか鬱陶しかったとか、俺のダメな部分を指摘される方がよっぽどすっきりした気分だったかもしれない。


 

 くるみはこの五年間、ずっと俺に隠し事をしていた。くるみが犯した罪は今の俺にとって、そんなの気にしてどうするんだとか、どうしてそんなことで悩んでるんだとか笑い飛ばせるレベルのものなのだが、例え俺がどれだけくるみを許したとしても、くるみ本人が納得してくれないのだろう。


 せっかく運が巡り巡ってくるみとの関係を修復するきっかけを手に入れられるかと思いきや、俺達の関係は余計に遠のくばかりだ。


 俺に出来ることは何か。明日は確か、美術部部長の鹿取がくるみに告白するはずだ。俺がそう占ったし、俺がとやかく言わずとも鹿取はくるみに告白する運命にあるだろう。


 しかし、あの占いの時に俺が占いに使う紙きれに書かれた文字が文字化けしていたのが不思議だ、というか不気味だ。このままでは良くないことが起きるかもしれないというのはわかるのだが、あぁなってしまうと占いもクソもない。


 今のくるみは、鹿取に告白されたらどんな答えを返すのだろうか?

 人が告白している所を、人が告白されている所を見物するような趣味はない。そんなの悪趣味だ。しかし結果が気になってしょうがない。



 くるみは鹿取の告白を断るのではないか、と心の何処かで期待している自分がいる。

 しかし、本当にそれで良いのだろうか? 今のくるみを幸せに出来るのは、もしかして鹿取なのではないだろうか?


 あの不気味な占いの結果は、鹿取に対してではなく俺に対してメッセージを伝えようとしていたのではないだろうか?


 お前はもう、終わりなのだと。




 「眠れないのですか?」




 いつの間にか俺の部屋に入ってきていたらしい青葉が、俺が寝ているベッドに腰掛けてそう言った。いつもは隠しているキツネの耳や尻尾を出して、モフモフの尻尾を俺の顔に当ててくる。

 いつ触れてもやっぱり凄い心地いい感触だ。


 「お前はわかってるんだろ」

 「えぇ、なんてったって神様ですからね」

 「コンコンッてか」

 「はい?」

 「とぼけるな、何度も言ってただろそんなこと」


 俺が溜息をつくと、青葉は愉快そうにクスクスと笑っていた。

 そして青葉は俺の手に優しく触れながら口を開く。


 「どうやら、もうくるみさんは手に負えないみたいですね、ハルさんには」

 「俺が諸悪の根源だからな」

 

 青葉は前に俺にヒントをくれていたが、今になってようやくその意味を理解した。確かに俺の過去に深く関係していたことだった。

 いや、五年前のことが関わっているかもしれないということは薄々感じていたのだ、こんなバカな俺だって。

 だが、やはり五年前のことを思い出したくない自分がいるのだ。未だに俺は、あの時に感じていた孤独感に怯えているのだ。


 「俺は、くるみが悪いとかくるみのせいで家族が神隠しに遭ったとか、そんなこと全然考えてないさ。むしろそんなことで思い悩むなんてバカバカしいと思うぐらいだ。でも、今の俺がどれだけ許したとしても、くるみは納得しない。いや、納得できないんだ」


 くるみが俺達にスキー旅行を勧めていなかったら、もしかしたら俺は家族を失わずに済んだかもしれない。違った未来が待っていたかもしれない。そんな可能性が存在する限り、くるみは自分のことを許せないのかもしれない。

 

 「でも、俺にはくるみの気持ちもわかるんだ。もし俺とくるみが逆の立場だったとしたら、俺もくるみに対して真実を伝えるのを躊躇っただろうし、ずっと罪の意識を感じながらくるみと過ごしていただろうし、自分がくるみと幸せになっちゃいけないって考えただろうさ。でも、家族を失ったくるみのために俺は一生懸命尽くしたに違いない。くるみが、俺に対してそうだったように」


 あの事件をきっかけにくるみが俺に対してよりベタベタし始めたのは、俺に対する好意だけがきっかけではなくて、きっと贖罪のためだったのだろう。

 しかし、こうも考えるはずだ。この環境は自分がきっかけで作り出されたものなのだから、自分が甘い汁を吸うわけにはいかない、と。


 改めて八方塞がりだと思い知らされ、俺はまた大きく溜息をついた。



 「ハルさんは、今でもくるみさんのことがお好きですか?」



 青葉が俺に優しく微笑みかけながら言う。



 「あぁ、勿論だ。俺はくるみのことが好きだよ」



 ここ最近の出来事を通じて、段々とその想いが強固なものへと変わっていった。一度は諦めようとしていたのに、この縁結びの神様のおかげで俺はまだ諦められずにいる。

 

 いや。

 この神様がいなければ、仮初であったとしても、くるみと幼馴染という関係を続けられていたのかもしれないが。


 でも、それではダメなのだ。

 このままでは、誰も幸せになることが出来ない。俺とくるみのことを応援してくれているこはくにも申し訳が立たない。


 「例え俺の家族が神隠しに遭った原因がくるみにあるとしても、一人になった俺をくるみがずっと支えてきてくれたから、俺は今ここにいるんだ。俺はそれ以上のものをくるみから貰ってる、贖罪なんてもう十分なんだ」


 問題はどう解決するかなのだが、縁結びの神様たる青葉は俺の答えを聞くと満足そうに笑みを浮かべていた。


 「ハルさんは、本当にくるみさんのことがお好きなんですね」

 「うるさいやい」

 「逆に嫌いなところはないんですか? 指パッチンが下手なところとか」

 「俺のどこにそういうのを気にする要素があるんだよ。俺だって出来ないわ」

 「ですが、仮にハルさんとくるみさんの交際が始まってより接する時間が増えたら、今までは気づくことのなかったくるみさんの長所や短所に気づき、もしかしたら短所が目立ってしまうかもしれません。それでもハルさんは乗り越えることが出来ますか?」


 交際相手と同棲を始めて一緒に過ごす時間が増えてから今まで気付けなかった相手の短所が気になって別れてしまうケースも聞いたことがある、テレビとかで。


 「俺はどんなくるみでも受け入れるさ。逆にくるみが俺のことを嫌いになる可能性もあるし、俺だって自分の悪いところを治すように努力はするが、それで別れることになっても別に良いさ。今の中途半端な状態のまま離れ離れになるよりかはな」

 「なるほど。例えくるみさんが世界の敵になろうともハルさんは受け入れると」

 「どんな世界の話をしているんだお前は。まぁ、例えくるみが世界の敵になろうとも、俺やくるみの家族はくるみの味方になるだろうさ」


 逆に、俺が世界の敵になってしまったとしたら、くるみは俺の味方でいてくれるのだろうか?

 いや、そんなバカらしいことを考えたってしょうがない。ただ、そうだったらいいなと思うだけである。





 「ところでなんですが、ハルさん。明日はどうされるおつもりなんですか?」

 「何の話だ?」

 「お忘れなのですか? 明日、鹿取という方がくるみさんに告白されるらしいじゃないですか」

 「何で青葉が知ってるんだよ」

 「なんてったって神様ですから、コンコンッ」


 と、青葉は右手でキツネの顔を作って鳴いてみせる。本物のキツネの鳴き声ってイヌっぽいのに。


 それはそれとして。俺はこの前の占いで、月曜日の放課後、美術室でくるみに告白したら良いと鹿取の助言した。それが上手くいくかどうかは占うことが出来なかった、というかおそらく鹿取には大きな試練が待ち受けているのだろうが……その大きな試練というのが何を意味するのか、今の俺にはわかる。


 「くるみが告白される前に、俺が仕掛けるしかない」

 「鹿取さんを抹殺するのですね。必要とあらばサイレンサー付きの拳銃を用意しますが。私は校舎の屋上から狙撃の準備をしておきます」

 「神様の力を無駄に使おうとするんじゃないし、罪もない一般人を殺そうとするんじゃない。青葉は何もしなくていいよ、俺が自分の力で解決する」


 俺はもう一度、くるみへの想いを彼女に伝える。それでもダメなら、後はもう鹿取に任せるとしよう。


 「頑張ってくださいね、ハルさん。ちなみに私も立ち会っても良いですか?」

 「いや良いわけないだろ。空気読んでどっか行っててくれ」

 「しかしハルさん。私は今、くるみさんに私の肖像画を描いていただいているところなんですよ。順調に行けば明日完成する予定で、明日の放課後も美術室でくるみさんとご一緒する予定なんです。つまりくるみさんと二人きりになるためには私という最大の関門を突破しなければならないのですよ」

 「いや何でだよ、顔パスで通してくれ」

 「いくらハルさんだからといって贔屓するわけにはいきません」

 「じゃあどうやったら通してくれるんだ?」

 「こづk」

 「破城槌使って突破するからな」

 「私をですか?」

 「なんでちょっと嬉しそうなんだよ」


 何か良い感じに話も終わって俺も眠れるかと思っていた頃合いだったのに、急に話の雲行きが怪しくなってきた。

 どうだろう。明日、放課後に俺がくるみをどこかへ連れ出そうとしても、このキツネの神様が面白半分で邪魔してくる可能性もなくはないぞ。


 



 いや。


 青葉が邪魔をしてくる可能性も、少しは頭に入れておく必要があるのだろうか。

 俺の占い通り、青葉が本物の神様でないのなら。


 いや。


 青葉を信じよう。もしもくるみが俺と立場になったのなら、きっと青葉のことを信じたはずだから。


 

 人間ではない不可思議な存在への畏怖を心の奥底へとしまって、俺は眠りについたのであった。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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