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第47話 隠していた罪



 くるみの家に到着し、俺は家のインターホンを鳴らした。くるみのご両親は二人共用事があって出かけているらしく、くるみは一人でお留守番しているらしい。

 俺はくるみのご両親とも面識があって、どれだけ大事な用事があてもあの二人が熱にうなされているくるみを放って出かけるとは思えなかったが、きっとくるみが自分のことは気にしないでと平気そうに振る舞ったに違いない。そうやって他人のことばかり気にしてしまうのは、くるみの長所たる優しさでもあり、短所たる優しさでもある。


 「くるみちゃんに玄関まで来てもらうのも悪いし忍び込んじゃえば?」なんて蛇原さんからアドバイスされたが、いくら知人の家とはいえ忍び込むわけにはいかない。一応こはくから合鍵も預かっているしくるみの部屋の場所も知ってるけども。


 ただ、インターホンを鳴らしてもくるみが来そうになかったら失礼しようかと思っていたのだが、そんな心配は杞憂に終わった。


 「おわぁ、ハルくんだ。どうしたの?」


 玄関の扉を開いて出てきたパジャマ姿のくるみが俺を見て驚いていた。

 驚いたのは俺も同じだ。だってくるみ、結構元気そうなんだもの。


 「熱を出したって聞いたから、看病しようと思って。もしかしてもう治ったのか?」

 「うん。今からお粥作ろうと思ってたとこ。あ、せっかくだしハルくんが作ってくれる?」

 「あぁ。梅干しでも入れようか?」

 「うんっ。ハルくんが作ってくれるお粥、楽しみだな~」


 意外にくるみが元気そうだったので俺は安心して、台所を借りてパパッとお粥を作ることにした。材料はくるみが用意してくれていたし、この猫塚家の台所でくるみやこはくと何度も料理やお菓子作りをしたことがあるので、懐かしい気分になっていた。



 『ごめん、ハル君』



 『ハルくんのことなんて、大っ嫌いなんだからぁっ!』



 あんなことがあっても、俺はくるみのことが心配で看病したくもなるし、くるみも普通に俺を家の中へと招いてくれた。


 俺達の関係は明らかに変わってしまった、いや壊れてしまったと言っても過言ではないのに、どういうわけか俺達は引き寄せられてしまう。

 やはり、俺達には変われない部分があるのだろうか。





 「あ~美味しかった。ごちそうさま!」


 くるみの部屋にて、彼女は空っぽになったお茶碗をテーブルの上に置いて手を合わせた。

 こはくによるとくるみはあまり食欲がなかったらしいが、くるみは大きめのお茶碗一杯分のお粥を平らげたのだった。


 「お粗末様でした。割と久々に料理したんだがな、味の濃さとか大丈夫だったか?」

 「ちょっと濃かった」

 「いや濃かったんかい」

 「まぁそんな気になるほどじゃないよ。ありがとね、ハルくん」

 「良いんだよ、これぐらい。じゃ、片付けてくるから」


 俺が食器とかを洗って片付けた後でくるみの部屋に戻ると、彼女は自分のベッドの上で物憂げな表情で体育座りをしていた。俺は床に敷かれたカーペットの上に座って、なんとなくくるみから目を逸らしていた。


 くるみはすっぴんでもびっくりするぐらい可愛いし、普段見ることのないパジャマ姿にドキドキしている自分がいる。そんな自分の感情を悟られたくないため俺はくるみから顔を背けていたが、彼女はふと呟いた。


 「物好きだね、ハルくんも」

 「何がだ?」

 「だって、私の看病に来るんだもん。色々あったのに」


 あぁ、本当に色々あった。

 でも、そんな色々な出来事を通じて、俺は知らされたのだ。俺はやっぱりくるみのことが好きで好きでしょうがないのだと。本当にくるみが俺のことを嫌っているのならショックこそ受けても諦めはついたかもしれない。が、俺達はお互いに離れられずにいた。


 「もし俺とくるみが逆の立場だったら、くるみは看病に来なかったのか?」

 「ううん、家に押しかけてたと思う」

 「だろ。お互い様だ、物好きなのは」


 そう言って俺達は互いにバカらしくなって笑い合った。恋愛関係でいざこざがあったとしても、俺達はお互いのことを嫌いになれなかった。だからこそ、俺達は今も苦しみ続けているのかもしれないが。


 「くるみは、今でも俺のこと嫌いか?」

 「うん。大っ嫌い」

 「くるみは自分が大っ嫌いな奴を自分の部屋に招くのか?」

 「大っ嫌いだけど、ハルくんは私の大切な人でもあるから」

 「矛盾してるだろ、それ」

 

 今のくるみが言う大っ嫌いという言葉が、まるで子どもが駄々をこねているようにも聞こえて少し面白かったが、多分あの時俺にぶつけたくるみの叫びは本気だったに違いない。


 「ハルくんは、よく私のことを嫌いにならないね」

 「それぐらいで嫌いになるようなものじゃないさ。俺がどれだけ好きだったと思ってるんだよ」

 「え~全然気づかなかったな~」

 「知ってただろ絶対」

 「さぁ~ね~」


 こはくが俺のくるみへの好意に気づいていたぐらいだし、くるみにもバレバレだったに違いない。俺からすれば、くるみの俺への優しい接し方が単に幼馴染に対して向けられているものなのか、好きな人に向けられているものなのかわからなかったが。


 「くるみは、どうだったんだよ」

 「何が?」

 「俺のこと、どう思ってたんだよ」


 俺が真面目にそう聞いても答えをはぐらかされるかもと思っていたが、一時の沈黙の後、くるみは口を開いた。




 

 「好きだよ」





 くるみの口からそんな言葉が放たれた途端、俺はびっくりして彼女の方を向いた。するとくるみは悲しげな表情を浮かべて話を続ける。


 「でもね、私はハルくんと幸せになっちゃいけないの」

 「ど、どうして?」

 「私、ハルくんに隠し事してるから」


 こはくや蛇原さんも言っていた。くるみは俺に対して何か秘密を持っている、と。

 俺には全く思い当たる節がないのだが。いや、そりゃくるみが隠してきたのだろうから当たり前かもしれないが、俺がそんな驚いたりショックを受けるような秘密を持っているのだろうか?


 「私ね、ハルくんに謝らないといけないんだ。ずっと前からそう思ってたの。でも全然勇気が出なくて、ハルくんに嫌われるのが怖くて、ずっと隠しちゃってて、気づいたら五年も経っちゃった」


 五年も経ったということは、五年前の──俺の家族が神隠しに遭った事件と関わりがあるということか。

 俺にはあの事件とくるみの何か関連があるとは全く思えなくて、未だにくるみの隠し事が何なのかわかっていなかった。


 「ね、ハルくん達ってさ、スキー旅行に行く予定だったじゃん?」

 「あぁ。そうだったはずだが」

 「どうしてスキー旅行に行くことになったの?」

 「えぇ?」


 なぜスキー旅行に行くことになったのかと聞かれても、そういうのは大抵親が決めるもので……いや、あの時は。




 


 『私ね、この前スキーに行ってきたんだ! 最初は全然上手く滑ることが出来なかったけど──』



 

俺の記憶の奥底から、自分の家族とスキーに行った思い出を嬉々とした表情で語る少女の姿が思い浮かんできた。

 

 

 『いいなぁ、くるみは。俺もスキーしてみたい』

 


 その頃の俺はスキーなんてしたことなかったから、先にスキー旅行に行っていた猫塚一家のことを凄く羨ましく思ったのだ。

 そしてその場には、今は亡き俺の家族もいて。俺の両親や妹も一緒に話を聞いていたのだ。


 『スキーなんて学生の頃以来久しくやってないなぁ。ママ、温泉のついでにスキーもしてみないか?』

 『そういえば温泉の近くにスキー場もあったわね。ハル達が行きたいならスキーも良いんじゃない?』

 『行きたい行きたい!』

 『私も私も!』


 確か俺達は元々温泉旅行に行く予定で、急遽スキーをすることも予定に加わったのだ。宿泊するホテルとかは予約済みだったため、スキーをするための時間を作るべく俺達は冬休みの早朝に家を出て──そのまま、俺以外は行方知れず、と。





 俺は家族との思い出を極力思い出さないようにしていたし、あの事件の前後の記憶が曖昧だから、今の今までそんなことを思い出せなかった。いや、むしろよく思い出せたなと思う。


 「思い出せた?」


 くるみにそう聞かれて、俺は黙って頷いた。

 

 確かに、あの場にくるみがいたのだ。

 家族とスキー旅行に行った思い出を嬉しそうに語るくるみに影響されて、俺達は急遽予定を変更してスキー場へ向かうことになったのだ。


 「ハルくんの家族が神隠しに遭ったの、私のせいなんだよ」


 くるみが俺に隠していたことの内容を、ようやく理解することが出来た。


 「私があんなことを離さなければ、ハルくん達はあんな目に遭わなかったはずだから」


 くるみは、自分の話のせいで狐島家の温泉旅行の予定を変えてしまったが故に、俺達が神隠しに遭ったのだと思っているのだ。



 きっと、今の俺は戸惑いを隠せていなかっただろう。

 くるみがそんなことで思い悩んでいたのか、とそう思ってしまったからだ。



 くるみが言わんとしていることはわかる。元々スキー場へ立ち寄る予定の無かった狐島家の家族旅行の計画が、くるみの話によって急遽変更されて若干の日程やルートの変更が必要になり、その変更がなければ俺の家族は神隠しに遭わなかった可能性もなくはないからだ。



 しかし、考えすぎだ。そんなこと、ただの偶然に過ぎない。

 


 くるみの話は確かに多少の影響はあったかもしれないが、最終的に決定したのは俺達だ。くるみが何かを意図して俺達を唆したわけでもないし、その後に起きることを知っていたはずもない。


 

 たったそれだけのことで、そんな小さなことで罪の意識を感じているのかと、くるみに対して驚いている自分がいた。





 いや、違うのだ。


 たったそれだけのことで、と思えるのは、今の俺なのだ。あれから五年も経って、周りの皆から支えられたおかげで大人の階段を登ってきたからこそ、俺はそう受け止めることが出来るのだ。


 もう俺の両親や妹が生きて帰ってくる可能性なんて絶望的だと思っているし、生きてまた再会したいだなんていう高望みもしていない。せめてもう一度顔を合わせたいとは思うが、俺はくるみ達のおかげでここまでやって来れたのだ。



 しかし、もしあの時の俺が、突然家族を失って茫然自失となっていた俺がくるみからそんな話を聞かされたらどう思っただろう? 

 一体、どんな反応をしただろう?


 もし、これが誘拐事件や殺人事件なら、俺はその犯人を恨むことが出来ただろう。しかしそういった事件の可能性もなく、自然災害に巻き込まれたのかも本当に神隠しに遭ったのかもわからないため、一人残された俺にはこの怒りをぶつけられる相手がいなかったのだ。


 あの事件の直後、俺の家族が神隠しに遭ったのは自分のせいだ、という話をくるみから聞かされていたら……あの時の俺がくるみのことを恨むわけがないと、そう断言することは難しい。俺とくるみが、いやこはくとでさえも、今とは全然違う関係になっていた可能性もある。



 今の俺は受け入れることが出来るが、あの時の俺が受け入れられたかは、わからない。




 「ごめんね、ハルくん」




 少なからず、俺は動揺していた。

 くるみの話がショックだったわけではない。あの時の俺がくるみから今と同じ話をされた時、くるみのことを嫌いになるわけがないと断言できない自分にショックを受けたのだ。


 「私、ハルくんに嫌われるのが怖くて、ずっと言えなかったんだ。いつか言おうって、いつか謝ろうってずっと思ってたのに、もう五年も経とうとしてる」


 そんなことで、と今の俺は受け入れることが出来る。バカバカしいとさえ思う。


 「俺が、それぐらいで怒ると思ったのか?」

 「でも、あの時のハルくんならわかんない」

 「そんなことはない。そんなこと、くるみが謝る必要なんてないはずだ」

 「ハルくんにとってはそうでも、私にとっては違うんだよ」


 きっと、くるみが罪だと感じているのは、狐島家の家族旅行の予定を変更させたことに対してではなく、その話を俺に隠していたことに対してなのだ。


 「私はハルくんと一緒にいるだけで、ずっと罪悪感と戦うことになっちゃうから」

 「俺がどれだけ許すって言ってもか?」

 「だって、あの時のハルくんじゃないもん。それに、ハルくんのご家族が許してくれるかはわからないもん」


 ダメだ。

 今の俺じゃ、ダメなんだ。

 くるみを許すことが出来るのは、あの時の俺しかいないのか。五年前、突然家族を失って世界に絶望していた俺にしか、くるみを許すことは出来ないのか。


 どうすれば、俺はくるみの心を溶かすことが出来る? 俺にくるみが抱える罪悪感を解消することが出来るのだろうか?



 結局俺にはどうすることも出来ず、くるみの家を去った。

 くるみから真実を明かされてもどうすることも出来ない自分に、腹立たしさを感じながら……。

 


 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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