第46話 ちょっとやり過ぎちゃいました
「きょ~うもバ~イトた~のし~な~」
日曜日、俺は早番としてバイトのシフトに入っていたが、一緒にシフトに入っている蛇原さんの様子がおかしい。蛇原さんはいつも明るくて陽気な人なのだが、仕事中に変な歌を歌うような人じゃないし、空元気で自分に気合を入れているように見えた。
「るんら~らら~……」
確かに蛇原さんは出勤してきた時の挨拶から何だかテンションがおかしかったような気がするし、何か嫌な出来事でもあったのだろうか。いつもお世話になっている人だし、若輩者ではあるが助けになりたかった。
そしてお昼過ぎになって俺は蛇原さんと一緒に休憩に入ることになり、二人で裏手のスタッフルームへと向かった。
「蛇原さん、何かあったんですか?」
青葉が作ってくれた油揚げ料理満載のお弁当をいただきながら俺は蛇原さんに聞いた。すると彼は水筒の麦茶をゴクゴクと飲んだ後、大きく溜息をついてから口を開いた。
「狐島君よ。君はくるみちゃんのことが好きなんだろう?」
「えぇ、まぁ」
「君と同じように、俺もそういう大切な人がいたわけさ。でも……一足遅かったんだ。まさか親友に取られてしまうだなんて……」
なるほど。どうやら蛇原さんは失恋してしまったらしい。俺もその気持ちは痛いほどわかるし、蛇原さんは俺のパターンより辛い状況かもしれない。俺の周囲で例えるなら、くるみと修治が付き合い始めたようなものか。ヤバい、素直に祝えそうにない自分がいる。
「ねぇ狐島君。俺の恋愛運とか占えない?」
「そんな詳しくはわかんないですけど……あ、蛇原さんはTSすると良いらしいですよ」
「そんな占いある? どうやって性転換しろと」
「さぁ。帰り道に変な人と出会って変な薬でも渡されるんじゃないですか?」
「確かに、今の俺なら変な人から渡された変な薬を飲んでしまうかもしれない……」
おみくじに書いてあったら嫌だな、TSすれば良しって。青葉に頼んだら性転換とか出来るのだろうか。
「それに、俺がTSしたら男と付き合うことになんの?」
「丁度目の前に失恋ホヤホヤの可哀想な男子がいますよ」
「いや、俺は断固としてTS百合を目指すからな!」
蛇原さんがTSしてしまったらどんな風になってしまうのだろう。色々ややこしくなるから、俺の身近な人間関係の中にこれ以上女性を増やさないでほしい。
多少落ち込んでいるとはいえ、蛇原さんは俺なんかよりも全然モテそうな人だし、良い人が見つかれば恋の成就は早そうな人ではある。その良い人を見つけるってのが中々大変なのかもしれないが。
その後も蛇原さんと雑談しているとスタッフルームの扉が開いて、部活終わりに出勤してきたこはくが入ってきた。
「お疲れ様です」
「お疲れさん、こはく」
「お疲れ様、こはくちゃん」
「二人で休憩しているとは珍しいですね」
「今日は結構余裕があるからね」
こはくは部活が終わってから一旦家に戻って出勤してきたようだが、彼女はパイプ椅子に座っていた俺の元へやって来ると、気まずそうな表情で口を開いた。
「あの、ハル兄さん。その……昨日のことなんですが」
「昨日?」
俺は昨日のことを思い出す。いや思い出したくない。ただでさえ今、ぶっちゃけバイトしたくないぐらいには足腰に結構疲れとか筋肉痛が来ているのに、昨日の地獄の特訓を思い出すだけで余計に痛みが襲ってくるのだ。
「ハル兄さんは、お体の方は大丈夫ですか?」
「いや、俺は全然大丈夫だけど。もしかしてこはく、結構体に来たか?」
「いえ、全然問題はないですよ」
俺の向かいに座っていた蛇原さんが俺達の会話を聞いて「これ、俺が聞いてて良いやつ? 俺の存在忘れてない?」なんて呟いていたが、何を勘違いしているかは知らないが放っておこう。
「ただ、それは別として……その、帰りに会ったじゃないですか。お姉ちゃんと」
「あぁ、そうだな」
蛇原さんが「修羅場ってやつか……」なんてウキウキしながら聞いているみたいだが気にしないでおこう。
「私、ちょっとやりすぎてしまったかもしれないです」
「え?」
「お姉ちゃん、高熱を出して寝込んじゃったんです」
「……えぇ!? くるみが!?」
俺は昨日の地獄の猛特訓の後の出来事を思い出す。帰りに嫌なタイミングでくるみと鉢合わせてしまい、姉にからかわれたこはくが冗談で俺と付き合うことになったと告げて、くるみはかなり動揺していた。
こはくは家に帰ってからくるみに冗談だと伝えたそうなのだが、そんな寝込むほどの衝撃だったのだろうか?
「お姉ちゃんは大事な時期なのに、私の軽率な行為で体調を崩しちゃって……本人は大丈夫だって言い張ってるんですが、あまり食欲もないみたいで、今日は日曜なのでかかりつけの病院も開いてないんです。私がお昼に様子を見に行った時もまだ苦しそうで……」
どうやらこはくはくるみが体調を崩したのは自分が変な冗談を言ったからだと思っているようで、今にも泣きそうな表情になってしまっていた。
「こはくのせいじゃないよ、それは。そういう不運が連続することは珍しくないんだから」
ここ最近の俺のようにな。
そして俺達の話を興味津々に聞いていた蛇原さんが話に混ざってきた。
「くるみちゃんのことが心配なら、看病するために休んでもいいんだよ。俺が店長に話つけとくし」
「いえ、お姉ちゃんが気を病んでいるのはきっと私が原因でもあるので……私よりかは、ハル兄さんが看病してくれた方がお姉ちゃんは喜ぶと思います」
「俺が行くとくるみの体調が余計に悪化しそうなんだが?」
くるみが熱を出した原因の大半は俺にあるだろう。こはくはとどめを刺してしまったというぐらいで、俺がくるみの看病に向かうとますます事態がややこしくなるだけだろう。
「いや、狐島君が行くべきだと思うよ」
が、蛇原さんもこはくの意見に賛成したのだった。
「いつもは強がっているくるみちゃんが弱っている今だからこそ、腹を割って話すことも出来るはずさ。今日は人数的に余裕もあるし、俺が店長に話つけとくからくるみちゃんの看病に行っちゃいな、狐島君」
「私からもお願いします、ハル兄さん」
「ま、マジ……?」
俺は多少の恐怖や不安も感じていたが、俺もくるみのことが心配だったし、何よりもこれは神様が与えてくれたチャンスなのだと信じて、このチャンスを掴むべく彼らのご厚意に甘えることにした。
店長は物分かりの良い人だから、今日のシフトの人数的に余裕があったというのもあって、俺が早退するのを了承してくれた。俺はさっさと支度して一旦帰宅し、その後にくるみの家へ向かうことにした。
そして家に帰ると、青葉が驚いた様子で俺を出迎えたのだった。
「あら、どうされたのですかハルさん。もしかしてとうとうクビになってしまわれたのですか? 確かに普段の勤務態度に問題があって無断欠勤や遅刻が多いとなると無理もありませんね……」
「出鱈目なことを言うな。くるみが寝込んでるから看病するために早退してきたんだよ」
「そうだったのですか。ハルさん一人で行けますか?」
「子ども扱いするな。俺だって人の看病ぐらい出来るつもりだ。お粥だって一応作れるし」
「では私はくるみさんのご無事を祈って、『西部戦線異状なし』の続きを見ておきます」
「見るならもっと今時の映画見ろよ」
ア◯プラとかなら最近の映画やアニメも観れるはずなのに、どうしてそんな歴史的な映画を見ているのだろう。元々本人が昔の人だからそういうのが好きなのだろか。
なんて思いながら再び家を出ようとした時、俺はふと青葉の方を向いた。
「なぁ、青葉」
「はい、なんでしょう?」
「これは、お前の力で作り出された状況なのか?」
前に青葉は、自分の縁結びの神様としての力を使えば恋が成就するようにイベントを用意できるみたいなことを言っていた。
今日このタイミングでくるみが体調を崩して、そして成り行きで俺がくるみの看病に行く展開になるのは、どうも出来すぎているような気がしたのだ。
「はて、一体何のことですかね」
しかし、青葉は首を傾げてとぼけてみせるのであった。
「んじゃあいい。ちゃんとお留守番しとけよ」
「明日のお昼までには帰ってきてくださいね♪」
「今日中には戻ってくるわ!」
やはり、青葉というキツネの神様は不思議な存在だ。
未だに彼女の姿を見る度にあの恐ろしい占いの結果を思い出すし、神様たる青葉なら俺が心の何処かで彼女を恐れていることも知っているはずだろうに、青葉は俺に何もしてこないのだ。
例え青葉がちゃんとした神様でなかったとしても、彼女が俺達を助けてくれる存在であると、俺は信じている。
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