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第45話 容赦ない妹



 「うごおおっ!?」

 「ほら、今のも取れるはずですよ!」


 土曜日の午後。約束通りこはくと出かけることになった俺は、家から近い河川敷へと連れて行かれ、どういうわけかバレーボールの対人レシーブの特訓を受けさせられていた。


 「さぁ、もう一本!」

 「ちょっと待てぇ! タンマタンマ!」

 「人生にタイムなんてないんですよ!」

 「この人きびしー!?」


 運動しやすい服装で、と指定されたから一緒にジョギングでもするのかと思いきや、俺はどろんこになりながらひたすらレシーブを受けさせられている。一応俺もお遊び程度で友達と遊んだりもするし、昔はこはくの練習に付き合っていたこともあったが、とはいえ初心者の俺に対しこはくは厳しいコースばかり攻めてくるため、俺はもう右へ左へ地面に飛び込んでばかりだ。


 「さぁ、このボールがお姉ちゃんの愛情だと思って!」

 「ぬおー! やっぱ無理だー!」

 「ハル兄さんの愛はその程度ですか! さぁもう一本!」

 「ぐおおおおおおー!」


 俺は一体何をさせられているのだろう。朝の情報番組の星座占いで『今日はとっても疲れそうな一日☆』って言われてたが、結構当たるもんなんだな。





 俺は一体何十本のアタックをレシーブさせられたのだろう。俺の運動着はすっかり泥だらけになっていて、河川敷に寝そべりながら青空を眺めていると、バレーボールを持ったこはくが俺の側までやって来て大きな溜息をついた。


 「これぐらいでへこたれてしまうようでは先が思いやられますね」

 「これ、何のための特訓? ただただ俺をいたぶりたいだけ?」

 「それも半分ぐらいはありますが違います」

 「いや半分ぐらいはあるんかい」


 多分こはくには俺に対する恨みが相当溜まっているのだろう。地面に仰向けで寝そべっている俺を見下しているこはくの恍惚そうな表情を見るに、結構サディスト的な側面もあるのかもしれない。


 「私はハル兄さんの根性を叩き直そうとしているだけですよ。ハル兄さんがあまりにも不甲斐ないので」

 「ぐぅの音も出ない」

 「えぇ、これぐらいでへこたれてしまうようではお姉ちゃんを射止めることなんて出来ませんよ」


 俺が不甲斐ない人間であるというのは百も承知二百も合点なのだが、まさか俺の根性を叩き直すための方法がこんなスポ根モノみたいな手段だとは。こはくも体育会系なんだなと思い知らされる。


 「ひとまず休憩としましょうか。ハル兄さんに倒れられても困るので」

 

 そう言ってこはくは地面に寝転がっている俺の横で体育座りをした。


 「俺はまだ何とかなるが、こはくは大丈夫なのか? 足とか」

 「だから治りましたって。ただの捻挫でしたしすぐに治ります」

 「そいっ」

 「ほにゃああああっ!?」


 俺がこはくの右足首をつつくと、こはくはネコのように飛び上がって驚いていた。良い感触だった。


 「な、何するんですか!? セクハラですよセクハラ!」

 「俺はいつもくるみにやられてたから大丈夫」

 「私は関係ないじゃないですか!」


 こはくはプンプンと怒ってしまい、手に持っていたバレーボールを俺の腹部へ向かって何度も叩きつけてきた。結構痛い。


 「そういうのは私じゃなくてお姉ちゃんにやってくださいよ。お姉ちゃんはハル兄さんに対してスキンシップ激しめでしたけど、ハル兄さんはお姉ちゃんにあまりそういうことしなかったじゃないですか」

 「逆に考えてみろ。くるみが俺に抱きついてくるような頻度で俺がくるみに抱きついてたらどう思う?」

 「うわぁシスコンって感じですね」

 「だろ? 本当の姉弟でもあんなにベタベタしないだろ」


 くるみの容赦のないスキンシップは多少恥ずかしくもあったが、俺はまんざらでもなかったと思う。しかし俺がくるみに対してそういうスキンシップを出来なかったのは恥ずかしさがあったからだろう。

 それは、俺が昔からくるみのことを好きな人だと意識していたからだろうか?


 「でも、私はそんなハル兄さん達を眺めているのが好きでしたよ」


 ふと、こはくがそんなことを呟く。


 「俺がくるみにしてやられているのを見ていて楽しかったか?」

 「はい。血は繋がってないですが、本当の姉弟みたいでしたし」

 

 俺達は本当の姉弟のような関係だったのだろうか。そのままの関係でいれば、いつか疎遠になる時が来たとしても、悲しい思い出が残ることも、くるみを苦しめることもなかったのではないだろうか。

 ついついそんなことを考えてしまうから、俺は不甲斐ない人間なのだろう。


 「もしも、ハル兄さんがお姉ちゃんと籍を入れたなら、ハル兄さんは私の義理の兄ということになるじゃないですか」

 「嫌だったか?」

 「本当は、それ以上の関係になれるのなら、その方が嬉しいに決まってます」


 もしも俺とこはくが籍を入れる未来がどこかにあるのなら、その時はくるみが俺の義理の姉という関係になる。

 その道を選んでいれば、俺とくるみの距離が近づくことこそなけれど、今よりかは確かな繋がりを、関係性を手に入れることが出来たのだろうか。


 いや、くるみに告白して振られるのがどれだけ怖かったとしても、くるみと離れ離れにならないように妥協してこはくと付き合うだなんて、そんな思考に至るのは人として終わっているだろう。なんて打算的な恋だ。


 「でも、仮に私がハル兄さんと付き合うことが出来たとしても、私はずっと怯えることになっていたと思います。ハル兄さんはお姉ちゃんのことがまだ好きなんじゃないかって。そんな不安に陥って、きっと私は負けてしまうでしょう、後ろ向きな自分に。自分が好きな人と、自分のお姉ちゃんを信じることが出来ない自分に……」


 こはくの独白を聞いて、俺は横に座る彼女の表情を伺う。こはくは自嘲するように笑っていて、そして俯いてしまう。


 「それは、俺が不甲斐ないせいでもあるな」


 こはくにそんな心配をさせてしまうのは、俺が根性なしであるが故だろう。俺がもっと生真面目で誠実で自分というものをしっかり持っていて、そして多少なりとも頑固だったなら……いや、未だにくるみのことを諦められない俺は頑固なのかもしれないが。


 「でも、お姉ちゃんはハル兄さんのそういう弱いところも好きなんだと思いますよ」

 「そうかね。もっとかっこいい奴の方が良いと思うが」

 「人間らしさというのも必要だと思いますよ、私達は人間なんですから。強くもあれば弱くもあるのが人間という生き物です」

 「それ、誰の名言?」

 「前にお姉ちゃんがハル兄さんに似たようなことを言っていたと思いますが」


 やべぇ、覚えてねぇ。一体いつの話だろう。たまに変なタイミングでくるみとの思い出を思い出すこともあるのに。


 「なぁ、こはく。くるみって本当に俺のことが好きだと思うか?」

 「私にはそう見えますが。ハル兄さんもそう思っていたからお姉ちゃんに告白したんじゃないんですか?」

 「それはそうなんだけどさ。俺、記憶が曖昧な部分もあるから俺が気づかない所でくるみを傷つけてるんじゃないかって怖いんだ」


 何か心当たりがあるわけではないのだが、俺は自分の長所なんて自分では何一つわからないため、俺がそうであってほしいと思い込んでいるだけで現実はそんな甘くないかもしれない。

 しかし、仮にくるみが俺のことを好きではなかったら、どうしてあんなに苦しんでいるのだろうと不思議に思ってしまうのだ。


 「こはくには何か思い当たる節があるのか?」

 「まぁ、あるにはあります」

 「それって俺が怒りそうなこと?」

 「……難しいですね。仮に私がハル兄さんと同じ立場になったとしてもどうなるかわかりません。そんなに気になるなら占ってみては?」

 「それも難しいんだよなぁ、こればかりは」


 占ってもあんな怖い結果ばかりしか出ないんだもの。俺の占いの的中率が結構良いが故に余計に怖くなってしまう。


 くるみから相談を受けたらしい蛇原さんにも心当たりがあるみたいだが、二人が言うそれは一体何のことを指しているのだろう?

 未だに答えがわからない俺はますます悩むばかりだったが、そんな俺の横に座っていたこはくが立ち上がって言う。


 「そんなに不安なようでは、まだまだ根性を鍛え直す必要がありますね。さぁ、休憩は終わりです」

 「え、まだやんの?」

 「何を言ってるんですか。ハル兄さんの根性を鍛え直すためには五百本はやる必要がありますから。日が暮れるまでやりますよ」

 「ま、マジ……?」


 どうやら俺は、予想以上にこはくから恨みを持たれていたようだ。





 本当に五百本もレシーブさせられたのか俺には数えられなかったが、本当に日が暮れる頃になってこはくは満足してくれたようで、ようやく帰路につくことが出来た。

 体中信じられないぐらい泥だらけだし、家に帰ったら青葉に大笑いされることだろう。


 「明日は筋肉痛だなぁ」

 「それも大事な試練です」

 「恋の試練の一つか、筋肉痛が……」

 

 明日は朝からバイトなんだけど大丈夫だろうか。まぁこはくもシフト一緒だし、何かあったら助けてくれると信じよう。


 「でも、今日の私の特訓を乗り切れたんですから、もうハル兄さんは大丈夫ですよ」

 「そうか、お墨付きを貰えたか」

 「はい。私のお姉ちゃんのこと、お願いします」


 こはくとそんな話をしながら歩いていると、俺の家の方向とこはくの家の方向へと別れる十字路に差し掛かろうというタイミングで──。




 「あ、こはくちゃん……と、ハルくん」


 


 そこに現れたのは、ガーリーな私服を着たくるみだった。おそらく図書館か学校の自習室で受験勉強をしに行った帰りなのだろう。

 まだ心の準備が出来ていなかったから、こうして不意を突かれるとやはり俺は動揺してしまう。

 どうして、くるみとはこんな嫌なタイミングで出会ってしまうのだろう。


 くるみも俺とこはくの姿を見て驚いたような表情を見せたものの、いつものように笑顔を取り繕ってみせて、俺ではなくこはくの方を向いて話しかけた。



 「なになに? こはくちゃん、もしかしてハルくんと付き合ってるの?」



 くるみはこの場の雰囲気を明るくしようとしているのか、こはくをそんな風にからかったが────。



 「はい」



 こはくの答えに、くるみだけでなく俺も驚かされた。

 


 「私、ハル兄さんと付き合うことになったから」



 俺にはこはくの発言がくるみに揺さぶりをかけるためのものなのだと理解出来たが、俺が驚いたのはこはくのそんな企みに対してではなく、こはくに揺さぶられたくるみの反応だった。



 「そ、そうなんだ……」



 くるみは、こはくの恋の成就を喜ぶわけでもなく。

 戸惑いだったり悲しみだったり、はたまた怒りなんかも含んでいるのだろうか。色々な複雑な感情が入り混じったような表情で、声を震わせてそう答えたのだった。


 どうして、そんな悲しそうな顔をする。

 自分が大っ嫌いな相手を、大好きな妹が好きになったからか?


 そうじゃないとしたら、どうして?


 俺が戸惑う一方で、くるみはすぐに何でもなかったように笑顔を取り繕って口を開いた。


 「ご、ごめんね邪魔しちゃって。じゃあ、私は先に帰るからっ」


 くるみはそう言って俺達から逃げるように走り去ってしまったのだった。




 「ハル兄さん。見ましたか、お姉ちゃんの表情」


 くるみがいなくなった後、こはくは悲しそうに笑いながら言う。


 「やっぱり、お姉ちゃんにはハル兄さんがいないとダメなんですよ」


 今のこはくが悲しそうにしているのはどうしてだろうか?

 いや、考えなくともわかることだ。


 「だから、お姉ちゃんのことを、お願いします」


 そう言ってこはくはペコリと俺に頭を下げたのだった。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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