第44話 対子
俺は相変わらず誰もいないオカ研の部室へと入った。十人くらいは部員がいるはずなのに誰も見かけないなんてそれもまたホラーのようだが、きっと皆元気でやっていることだろう。多分、各々が思い思いに自分の好きなオカルトを調査しに行っているだけだ。
俺は暗幕に囲まれたスペースで椅子に腰掛けて、ふぅと息を吐く。この間は変な占いの結果もあったし突然青葉がやって来たりで満足に占うことが出来なかったが、青葉はくるみと一緒にいるからここにやって来ることはないだろう。
改めて、俺は考えた。
今の俺は、どうにかしてくるみと付き合いたいという気持ちよりも、くるみが今苦しんでいることから解放してあげたいという気持ちの方が強い。
その苦しみの原因が俺なら厳しい、いや多分俺のことで苦しんでいるのだろうが、どうであれ占えば解決のためのヒントをある程度は得ることが出来るはずだ。
昨日、俺がどうするべきかと占った時は変な結果が出てしまったので、少し方向性を変えてみる。
俺は、いつ動くべきなのか。
俺は抽選箱の中に手を突っ込んで、紙きれを掴んで机の上に広げる。
そして、目についた文字を繋ぎ合わせて単語を作り──。
『るな』
ルナ、もとい月。つまり月曜日ってことだろうか。まさか次の新月とか満月の日って意味合いではないだろうし。
だが、紙きれを見ていくと『さん』とか『つち』とかも見つけられた。転じて日曜日や土曜日を指しているのだろうか。
今日は金曜日だから、明日から三日間は何か起こるのかもしれない。おそらく月曜日がもっとも重要という具合に。きっと俺の胃がキリキリと痛む三日間になるに違いない。
月曜日と言えば、美術部部長の鹿取がくるみに告白する日か。確か俺はそう鹿取にアドバイスしたはずだ。
昨日の占いで、文字化けした紙きれ達を思い出す。確か鹿取の告白の結果を占った時だったか、あんな気味の悪い光景が生まれたのは。
あれが何を意味していたのかはわからない。だが月曜日に何かが起こるのは確実だ。もう少し念入りに調べよう。
俺はもう一度抽選箱に手を突っ込んだ。
『あおば』
『あおば』
『あおば』
すごい。ポーカーとか麻雀の役みたいなの出来た。
いや、なんて呑気に考えている場合か。何だよこれは、この警告のような占いは。
色々と勘繰ってしまうが、俺の占いは一体何を伝えようとしているんだ? 今までの占いでこんなに困ったことないぞ。
来たる月曜日、青葉絡みの大きな出来事が起きるのは確実だろう。それは鹿取がくるみに告白するのと何か関係あるのだろうか? 昨日、あんな気味の悪い占いがあったことも考えると、おそらく良い出来事が起きるとは思えない。
じゃあ月曜日に何が起こるのか、と占おうとしても。
抽選箱の中から取り出した紙きれは、昨日と同じように文字化けしていた。
どうやら、どうしてもこの結果を知られたくない何かがいるらしい。それは俺自身なのか、それとももっと高次元に存在する何かなのかはわからない。
俺は文字化けした紙きれを掴んで、乱暴にゴミ箱に投げ捨てた。
狂ってやがる。俺の占いでさえ役に立たないではないか。なんでこういうときに限って役に立たないんだ。
いや、俺は逃げているのだ。
俺は、ある可能性を考えないことにしている。
『青葉』
『神様』
『違う』
昨日の占いで、俺はそんな結果を見た。あれが一体何を意味していたのか?
額面通りに受け取れば、青葉は神様でないことになる。じゃあ神様でないとすれば一体何なのだ?
縁結びの神様を自称している異常な人間か?
いや、ただの人間であるはずがない。俺は青葉からキツネの尻尾やキツネ耳が生えているのを実際に目にしている、あれは幻覚でもコスプレでもないはずだ。あの肌触りが良くて温かみのある尻尾が偽物であるわけがない、俺は何度もあの尻尾に抱きついて寝ているからわかるんだ。
じゃあ、彼女は縁結びの神様を自称している悪霊なのか?
青葉は元々人間だったが、あの神社に元々いた神様のはからいで神様になったと言っていた。その話が嘘だとしたら? 縁結びの神様としての力も全部嘘で、俺に恋しているとかも嘘で、ただただ人間を弄んでいるだけだとしたら?
信じられない。
いや、信じたくない。
俺は、どうして青葉のことを信用してしまうのだろう。青葉が俺にとって悪い存在かもしれないという可能性をどうして頑なに否定しようとするのだろう。
俺が、青葉のことを好きだから?
いいや、俺が好きなのはくるみだ。
じゃあ、俺にとって青葉は一体何なんだ?
男女の間で友情なんて成立しないなんていう言葉もあるが、俺と青葉の関係はなんなんだ?
青葉の神様としての力が弱まって彼女の存在が消えてしまうかもという未来が頭をよぎった時、俺はどうして怖くなった?
どうして俺は、青葉と離れ離れになることを恐れているんだ?
俺は占いを諦めて、オカ研の部室を出た。
青葉の帰りを待っても良かったのだが、今の精神状態ではとても青葉と話せそうにないし、俺が青葉を疑っていることがバレてしまうかもしれない。いや、青葉のことだしもうとっくのとうに気づいてそうなのだが、それについて何も触れてこない方がことさら恐ろしいのである。
俺は生徒玄関を出て、体育館の横を通って学校を出ようとしていた。すると校門の方からこちらの方へ走ってくる練習着姿の少女の姿が目に入った。
「よう、こはく。今日はランニングだったのか?」
いつもは屋内で練習しているバレー部のこはくは、首にかけたタオルで額に流れる汗を拭っていた。
「はい、スタミナも必要ですから」
「他の部員は? もしかしてこはくが一番速いのか?」
「そうみたいですね」
どれだけの距離を走ったのかはわからないが、他の部員が追いつけないよなスポードで走っているはずなのにこはくはそれ程疲れているようには見えない。
「足はもう大丈夫か?」
「はい。この通り、走っても平気ですので」
この前捻挫したばっかりだというのにこはくは部活に励んでいるようで、俺にとってはそれが心配で心配でならない。
「ハル兄さんはこんな時間まで何を?」
「部室に用があってな」
「なるほど、いつもの占いですか。良い結果は出ましたか?」
「天変地異が起きるかもしれない」
「そんな予言が出来るならちょっと怖いですよ、ハル兄さん」
こはくが困ったように笑ったので俺も思わず笑ってしまったが、俺の占いは半ば予言のようなものも出来てしまう。しかし今回のことを考えると、俺がくるみに告白する前に自分を占ったとしても結果を知ることは出来なかったのではないかと思える。
「そういえば、ハル兄さんは明日お暇ですか?」
「明日? 俺のスケジュール帳には『暇』って書いてある」
「そうですか。私、明日は午前中に部活があるんですけど、お昼から一緒に出かけませんか?」
俺は思わず自分の耳を疑った。
「え、二人で?」
「はい」
勿論、今までそんなこと一度もなかったのに、こはくからお出かけに誘われたという驚きもあったのだが。
俺の目の前で不思議そうに首を傾げる純真無垢な少女からは、何も邪気なんて感じないはずなのに。
この俺に襲いかかる強烈な胸騒ぎは一体何なのだろう?
絶対にこくはくに悪意にないはずなのに、俺には彼女のお誘いが悪魔の囁きのように聞こえていた。
どうして、このタイミングなんだ?
俺とくるみの恋路を応援してくれると言ってくれたこはくが、どうして俺と二人で出かけるのだ?
いや、勘繰り過ぎだろうか。
「わ、わかった。昼過ぎ?」
「はい。一時頃で良いですか?」
「あ、あぁ。どこで待ち合わせる? 駅前?」
「はい、そうしましょうか」
しかし、俺にはこはくのお誘いを断る理由もなかったため、そのまま乗ってしまったのだった。
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