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第43話 弱体化



 「貴方は、恋をしていますか?」


 それは、いつの頃だっただろうか。

 いつものように、俺はあの朽ち果てた神社の前で着物姿の女の子と将棋に興じていた時のこと、彼女はいきなり俺に問いかけてきた。


 「なんだよ、負けてるからって俺を動揺させる気か? ほら、王手」

 「時には良いではないですか、こういう戯れも」


 盤面を見ると俺が圧倒的優勢だから、彼女は俺を動揺させようとそんな質問をしてきたのだろうか。

 昔の俺は生意気だったから答えないという選択肢もあったのに、目の前にいる彼女の笑顔の圧に少し怯えてしまい、仕方なく彼女の質問に答えることにした。


 「好きな人はいない」

 「本当ですか?」

 「でも、気になってる人はいる」

 「ほうほう、それでそれで?」

 「何だよ。ちゃんと答えただろ。これで終わりだ終わり」

 「その気になっている人というのはどなたなんですか?」

 「そこまで教える必要はないだろ」


 彼女は俺の心へ揺さぶりをかけながらスッと王手を回避して、俺の番が回ってきた。


 「じゃあお前は、好き人いるのかよ」

 「はい、いますよ」

 「へぇ、誰なんだ?」

 「貴方です」

 「は、はぁ!?」


 俺は驚きのあまり、自分がどういう手を打とうとしていたのか全部頭から吹き飛んでしまった。


 「ふふっ、冗談ですよ、冗談」


 と、彼女は俺をからかうようにクスクスと笑う。


 「私は恋が好きなんですよ」

 「は? 好きな人じゃなくて、恋が好きってどういうことだ?」

 

 また王手を打つことは叶わなかったが、未だ俺が優勢という中で彼女は余裕そうに笑いながら言う。


 「私は、皆の恋バナを聞くのが好きなんですよ。どうしてかわかりますか?」

 「ミーハーな奴か、人にお節介を焼く自分が好きなタイプだろ」

 「ブブー。残念でした。正解はですね、恋バナをされている時の皆さんが、とても幸せそうにしているからです」


 パチッ、と彼女が進めた歩がと金へと成り上がった。


 「身近な方々が幸せそうにしていると、私自身も幸せになれる気がするんです。人が幸せになる方法は色々ありますけど、恋は人に幸せを与えてくれると同時に、その逆もありえてしまうというのが、とても儚く感じられてドキドキしちゃうんですよ」


 そりゃ、身の回りに暗い人間が集まっていても自分の心はどんよりするだけだろう。彼女の言う通り、恋は必ずハッピーエンドが待ち受けているわけでもないが、儚さというのは俺にはあまりピンとこない。


 「この神社にはですね、恋をしている人達が集まってくるんです」

 「こんな神社にか?」

 「はい。私はそんな方々のお話を聞いているだけで幸せな気分になれるんです。それだけ誰かのことを想って夢中になれるだなんて、とても幸せなことだと思いませんか?」

 「さぁ、俺にはわからない」


 俺はパチッ、と王将を後退させた。まだ彼女を仕留められそうにないし、なんか雲行きが怪しい。


 「恋ってそんなに良いものか?」

 「勿論ですよ。恋の経験は人を成長させてくれるのです、例えそれが悪い経験だったとしても。恋を通じて自分の幸せを願うのではなく、自分の大切な誰かの幸せを願うことが出来たなら、それはきっと素晴らしいことだと思います」

 「そんなものかね」

 「そんなものです。はい、王手っ」

 「あぁっ!?」


 彼女との話に集中しすぎていたからか、それとも俺の心が揺さぶられていたせいか、俺は自分が詰んでいることに気付けなかった。


 「お前ずるいぞ! 人の心を弄びやがって!」

 「これも戦術の基本ですよ。悔しければ私を精神攻撃してみなさいな」

 「バーカアーホマヌケ~」

 「ムキーッ!」

 「煽り耐性なさ過ぎだろ」

 

 もしかしたら、俺の序盤の攻撃が優勢だったのも彼女の計算の内だったのかもしれないと、今の彼女の余裕そうな笑みを見ているとそう思える。


 「いつか、貴方の恋バナも私にお聞かせくださいね」

 「気が向いたらな」


 結局、俺はあの子に恋バナを聞かせたことはなかった。

 

 いや、本当にそうだろうか?


 俺は、あの子を知っているはずなのに、どうしてこうも思い出せないのだろう?

 

 あの子のことを思い出せるまで、この夢の世界から追い出さないでほしい────。





 ◇





 「おハルの助~」


 今日も朝から愉快な奴が俺の席へとやって来た。


 「おはよう、修治。今日のお前の運勢は598位だ」

 「それってどんな母数での計算なんだ?」

 「好きな人から嬉しい言葉をかけてもらえる一日になるそうだ」

 「それが598位って、その上はどうなってんだよ」

 

 今日一日だけに限れば、一億二千万もいる日本人の内597人はもっと良い一日を過ごしているはずだ。いや、多分もっと幸せな一日を過ごしているはずもいるだろうから、この街の人口を母数にしてもいいぐらいの数だと思う。


 「にしてもハル、何か体調悪いのか?」

 「いや、全然」

 「なんか覇気がないぞ。さてはお前、最近猫塚先輩とイチャイチャ出来てないから欲求不満なんだな?」

 「やめろその言い方。別にそんなんじゃない」


 きっと修治なりに俺のことを心配してくれているのだろうが、今更くるみに振られたことを修治に伝えるつもりはない。

 

 修治が言う通り、なんとなく俺に元気がないように見えるのは、くるみと接することが出来ないことに寂しさを感じているのもある。

 しかし、今はそれ以上に……俺の頭は、あのキツネの神様に関することで一杯だったのだ。





 「さ、たーんっと召し上がれ♪」


 お昼は屋上で、青葉が用意してくれた弁当を食べていた。

 

 青葉は気づいていないのだろうか? 俺が彼女を怪しんでいることに。それとも、それを知っていてその態度なのだろうか?


 俺には青葉が本当に縁結びの神様なのかどうか調べる手立てはないから、俺の疑問を解決することが出来ないのだ。


 『青葉』 『神様』 『違う』


 あの占いは、一体どういう結果を示唆していたのだろうか?

 

 仮に青葉が縁結びの神様でなかったとしても、彼女は一人暮らしをしている俺の身の回りの世話をしてくれているし、縁結びに関して色々アドバイスもしてくれているし、疎遠になってしまった俺とくるみの関係をとりなそうともしてくれている。


 だから、青葉は悪者ではないはずなのだ。


 その正体が何であれ……俺は、青葉のことを信じていたい。

 青葉が敵に回ってしまうと、俺は心を許せる味方を失ってしまいそうな気がしたからだ。





 放課後、俺の教室へやって来た青葉は俺を廊下に連れ出すと、表情を曇らせて口を開いた。


 「あの、ハルさん。実は私、くるみさんに肖像画を描いてもらうことになったので、今日は一緒に帰ることが出来ないんです」

 「絵を描いてもらうって、もしかしてくるみが青葉の絵を描くのか?」

 「はい。話の流れでそうなってしまいまして」


 生前から青葉は美術に興味があった、いやあるいは画家という仕事をしていた人間に想いを寄せていたから副次的に美術に興味を持ったのかもしれないが、ここら辺じゃ抜きん出た腕前を持つくるみなら、きっと青葉の良さを引き出せる肖像画を描けるはずだ。


 俺としては良いことだと思っているぐらいなのに、どういうわけか青葉の表情は暗い。


 「少し場所を変えましょう」


 人の往来が多い廊下では話しにくい内容だったのか、青葉は人気の少ない特別棟の方へ俺を連れて行く。いつもはしたない内容の話を人前で平気でするくせに、今日はやけに人の目を気にしていた。


 「ハルさん。その……私の力が弱まってきたかもしれません」

 「え? ど、どういうことだ?」


 いつも陽気で明るい普段の姿からは信じられないぐらい、重苦しい話の切り出しだった。


 「私って縁結びの神様じゃないですか」

 「自称されると怪しいんだがな」

 「なので私としましては、とても複雑な関係にあるハルさんとくるみさんの仲を修復してあげたいところなのですが、二人を上手く引き寄せることが出来ないんです」

 「引き寄せるって、お前そんなこと出来たの?」

 「はい、勿論です。もしかしてハルさんは、くるみさんに振られてからの一連の出来事を、全て偶然の産物だと思われていたのですか?」


 俺は、くるみに振られてからこれまでに起きた出来事を頭の中で振り返った。


 失恋して傷心していた俺の元に青葉がやって来たことも。

 失恋したとはいえ、これまで通り幼馴染としてくるみと関係を続けられたことも。

 これまで嫌われていたと思っていたこはくとの距離が縮まったことも。

 近づけるチャンスがあったくるみとの関係に亀裂が入ってしまったことも。

 

 それら全て、青葉の仕業だったというのか?


 信じられない、という俺の心情が顔に出てしまっていたからか、青葉は慌てた様子で口を開いた。


 「あ、いえ、いくらなんでも私は運命を司る神ではないので、何でも出来るわけじゃありません。私に出来ることは、自分の恋に迷い、悩み、そして素直になれない皆さんの背中を押すことだけですので」

 「その力が弱まったって、どうしてなんだ?」

 「私にもはっきりとはわかりません。ですが、私は元々神としての力が弱いので、溜めていた力が尽きてきたのかもしれません」


 青葉と出会って一週間以上は経ったか。たったそのぐらいの期間とは思えないぐらい色々な出来事が起きていたが、あんな朽ち果てて誰もお参りにやって来ない神社の神様は、その力を失おうとしている。


 「じゃあ、青葉……お前、もうすぐ消えるのか?」


 俺がそう問うと、俺を不安にさせないよう気遣ってくれたのか、青葉はニコッと微笑んだ。


 「お賽銭をいただけたら延命できるかもしれません」

 「急にうさんくさくなってきたな」

 「あるいは少々高価なお菓子を供えるとかですね」

 「贅沢言うな」

 「あるいはこづk」

 「結局それかよ!」


 最近は随分と大人しくなった(当社比)と思っていたが、何をちゃっかりいただこうとしているんだ。


 「しかし、私にとっても不思議なんですよ。私の計算では一年ぐらいは持つはずだったのですが、まさかこんなに早いとは……一体何がいけなかったのでしょう。少々奮発して神の力で◯ouTube Premiumや◯mazonプライム、◯etflixに◯ulu、◯-NEXT、◯アニメストア、◯isney+を契約してしまったからでしょうか」

 「今すぐ全部解約してこい。契約するとしてもちゃんと正規の手段使え」


 コイツは神様の力を使って一体何をしているんだか。そんなに動画配信サービスを利用したって、それを見る時間はないだろうに。ていうかファミリープランで俺にも使わせろ。


 「もしよろしければ、ハルさんもご一緒されますか?」

 「俺がいて何になるんだよ、俺もくるみも気まずくなるだけだ」


 青葉はくるみに絵を描いてもらうために美術室へと向かい、俺は踵を返してオカ研の部室へと向かった。

 

 

 青葉は言っていた。一年ぐらいは持つはずだった、と。

 俺はいつか青葉と離れ離れになる可能性なんて一切考えていなかったが、彼女の計算では持っても一年だけだったのだ。


 そんな青葉の力が弱まり、もしかしたら早めに消えてしまうかもしれない。それはきっと、俺があまりにも不甲斐ないせいで青葉に負担をかけ過ぎているからだろう。


 だから俺は、自分の力で解決しなければならないのだ。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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