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第40話 こはくとの決着



 不幸な出来事が続くと登校すらも嫌になってくる。隣を歩く青葉がどれだけ茶目っ気たっぷりに面白おかしい話をしてくれても、くるみやこはくがいない日常がやはり寂しく感じられてしまう。

 今、あの二人に会ったってただただ気まずくなるだけなのに、俺はあの二人の存在を恋しく思っているのだろう。今更、どちらとも同じ距離感で接することなんてできやしない。


 授業中もくるみやこはく、さらには青葉のことばかり考えてしまって、自分が何の教科の授業を受けていたのかわからないままお昼を迎えた。


 「ハルの助、今日は猫塚先輩達と食べないのか?」


 教室で惣菜パンを貪っていた俺の元に修治がやって来て、空いていた隣の席に腰掛ける。本当は青葉にお弁当を用意してもらうことも出来たが、今日はまともに飯が喉を通りそうになかったので遠慮しておいた。


 「たまには一人で食いたいもんなんだよ」

 「へぇ。今更孤高キャラでも目指してるのか? 中二病ならぬ高二病ってか」

 「うっせぇわ。それより修治、お前は何も食べないのか?」

 「俺、昨日からなんか口内炎が出来て水飲むだけでヒリヒリすんだよ」


 そういえば、昨日の俺って修治にそんな占いをしたような気がする。俺の忠告を無視するから口内炎という地味に嫌な病に罹ってしまうのである。

 あと、やっぱり自分の占いの力が恐ろしくなってきてしまう。





 放課後、本当は自分で自分を占ってみたいところなのだが、今日もシフトが入っているので俺はバイト先の書店へと向かう。今日はこはくとシフトが被っているので自分の運勢ぐらい確認しておきたかったが、何か良いことがあると祈っておこう。あの縁結びの神様にご利益があると信じて。


 「あ、レジロール切れそうだな」

 「どうぞ」

 「サンキュー」


 今日は頼れる先輩の蛇原さんがいないが、どういうわけか別の先輩がノリノリで俺とこはくの二人をレジに配置するのである。

 蛇原さん以外は何も事情を知らないから仕方ないことなのだが、そういうお節介がときに人を傷つけてしまうことを知っておいてほしい。


 「なんだかバーコードリーダーの調子がおかしいです」

 「あぁ、そっちのレジって前から調子が悪いんだよ」

 「交換しないんですかね」

 「ウチの店舗って貧乏だから厳しいだろうなぁ」


 一応は接客もある仕事なので、ここ最近の一連の出来事による気まずさがあっても、俺はレジの空気が変にならないよう努めていた。それはこはくも同じようで、軽い話こそ交わさないものの、業務上必要な最低限の会話だけは交わしていた。


 夕方を過ぎてショッピングモールの中がちょっと混み始めても、やはり平日なので忙しさなんて知れたもの。特に変な出来事もなく、そして俺とこはくの間に進展もないまま──仕事中だから下手に動けなかったからだが──今日は終わるのかと思いきや。





 「ま゛ま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」




 それは、ドラゴンの咆哮が如き子どもの泣き声だった。突然周囲に響き渡った子ども泣き声は、棚に並んだ本が落ちてしまうんじゃないかというぐらいの勢いで、泣き声が聞こえてくる方を見ると、この書店の前でギャーギャーと泣いている三、四歳ぐらいの小さな男の子がいた。


 俺はこはくに「ちょっと行ってくる」と伝え、小さな男の子の元へ歩み寄って、しゃがんで優しく問いかけた。


 「何かあったのか?」

 

 しかし、小さな男の子は泣き叫ぶばかり。世界観が世界観ならこの子が秘めた超能力が発動しているんじゃないかと思えるぐらいだが、さっきからママー、ママーと連呼しているから、なんとなく状況を察することは出来る。


 「君のママはどこに行ったんだ?」

 

 すると小さな男の子はぐずりながらも、涙が入り混じったような声で答える。


 「ママ、まいごになっだぁ……」

 「そうかー。ママが迷子になっちゃったかー」


 俺がバイトしている書店があるこのショッピングモールは結構大きめだから、休日だと多ければ一日十数件もの迷子が発生してしまうらしい。

 確か、迷子を見つけたらインフォメーションセンターに連れて行けとくるみや蛇原さんが言っていたような気がする。


 「じゃあ、お兄さんと一緒にママを探しに行くか?」

 「ママはしらないひとについてっちゃダメっていってた……」


 うわぁ。ちゃんと教育が行き届いてるなぁ。


 「でも、おじさんっておみせのひと?」

 「そうだ。このエプロンがその証だ」

 「じゃあ、おじさんについていってもいいかも」

 「おじさんじゃなくてお兄さんな」


 迷子になったら店員さんに声をかけろと親に教えられたのだろうか。おじさん呼びされたのはともかくとして、一応は信用してくれたらしい。

 俺は駆けつけてきた他の先輩に断りを入れて、男の子をインフォメーションセンターまで連れて行くことにした。



 「みてみて、きょうりゅうがうごいてる!」


 途中で通りがかったイベントコーナーで展示されていた恐竜のロボットを、男の子が興奮した様子で指差していた。ロボットのはずなのに動きが滑らかで瞬きもしているし、あんなのと夜道で出会ったら気絶してしまいそうな精巧さだ。今の科学技術って凄い。


 「かっこいいな。あれは何ていう恐竜なんだ?」

 「あれね、ユタラプトルっていうんだよ。ちっちゃいけどすごくすばしっこくてつよいんだよ!」

 「へぇ~。実は俺、ティラノサウルスに変身できるんだけど流石に勝てないよな?」

 「だったらぼくはブラキオサウルスにへんしんするもん!」

 「ははっ、首が天井を突き抜けちゃいそうだなぁ」


 俺と手を繋いで歩いている男の子はすっかり落ち着いた様子で、道行く先々で見かけたお店に興味を示しながら、自分の好きなものを嬉しそうに語ってくれた。

 多分、俺はこの子の前だったらティラノサウルスにも変身出来るし、戦隊ヒーローの敵役にもなれるんだろうなぁ。昔、俺とよく戦隊ヒーローごっこをしてくれていた父親のことを……いや、今思いだすのはよそう。


 やがてインフォメーションセンターに到着すると、男の子の母親らしき女性も丁度駆けつけてきたタイミングだったようで、無事に親子の再会を見届けることが出来た。


 「おじさん、こんどいっしょにロボットにのってたたかおうね!」

 「あぁ、その時は呼んでくれよ」


 ただ、どういうわけか俺をおじさんと呼ぶのをやめてくれなかった。悲しい。





 俺が男の子をインフォメーションセンターに送り届けていた間も特に何事も無かったようで、やがて閉店時間を迎えて俺はこはくと一緒に上がった。


 「次、シフト被るの日曜だな」

 

 シフト表を確認すると、俺もこはくも次の出勤は日曜日になっていた。こはくは日曜も部活があるので俺よりは短めだが。


 「こはくって今のシフト数でも平気なのか? 部活もあるだろうに週三はキツそうだけど」

 「部活が休みだと、あまりやることもないので」


 と、特に必要があるわけでもない会話を交わして、俺は本題に入るためのクッションを作っていた。


 「足の調子は大丈夫そうか?」

 「そう何度も聞かれなくても大丈夫ですよ。軽く捻っただけですから。もう普通に練習にも参加できますし、バイトの方にも影響ないので」

 「それは良かった」


 こはくはいつも通り、いやいつも以上に俺への態度が素っ気なく感じられたが、今日はこのまま終わるわけにはいかないのだ。

 俺と、こはくの関係に決着をつけるために。


 

 「なぁ、こはく」

 


 俺の呼びかけが何を意味しているのかこはくも気づいたようで、帰り支度を終えていた彼女は俺のことをジッと見つめ、次の言葉を紡ぐための勇気を振り絞っていた俺よりも先に口を開いたのだった。


 「ハル兄さん」


 かつて、俺に対していつも不機嫌そうに接していたこはくの姿ではなかった。


 「私と、一緒に帰りませんか?」


 俺に断る理由もない。


 こはくもまた、俺との関係に決着をつけようとしているのだろう。


 その決着のつけ方が、俺と一緒なのかはわからないが。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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