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第4話 絶対に覗かないでくださいね? 絶対にですよ?



 雨宿りのために俺の家を訪ねてきた少女は、ある程度体を拭き終えると、申し訳無さそうに小声で言った。


 「あの、厚かましいようですが……お風呂を貸していただけませんか?」


 まさか風呂を貸してくれと頼まれるとは思っていなかったが、俺の根っからのお節介な部分が出たのか、あるいはちょっぴりでも下心があったのかわからないが、この寂しそうにしている少女を放っておくことが出来なかった。


 「え? あ、あぁ、お湯を張り直すからちょっと待っててくれ」

 「いえ、そのままでも構いませんよ。無理を言ってお邪魔してる身ですから」

 「そうか。そこのドア開けたら脱衣所だから」

 「わかりました、失礼します」


 俺はあまり長風呂していないとはいえ残り湯に浸からせるのも申し訳なかったが、彼女は濡れた靴下を脱いで、俺が用意した足ふきタオルの上でステップを踏んだ後、やけにウキウキした様子で──。



 「男の子が入った後のお風呂ってどんな匂いなんでしょう~」



 と言いながら、俺の前を過ぎ去って脱衣所の中へ入ったのだった。

 

 ……俺、何かの間違いでサキュバスか何か悪魔の類を招き入れてしまったのだろうか? 見た目はあんな汚れもなさそうな可愛らしい少女なのに、ちょっと怖い、あの子。


 

 そして、先に脱衣所に入った少女は、脱衣所の扉を開けてひょこっと顔を出すと、俺の方を向いて言う。


 「あの、お着替えは何でも良いので、お気になさらず」

 「あ、あぁ。ジャージとかでも良いか?」

 「貴方が私に着て欲しいものなら、なんでも構いませんよ?」


 なんか図々しいのかバカなのかわからねぇコイツ。


 「なんなら、着替えを用意してくださらなくても結構ですよ」

 「は?」

 「その時は私、素っ裸で貴方の前に現れますので。私の美しい裸体を堪能されたいのなら喜んで」

 「それだけはやめろ、ていうか年頃の娘がそんなことをするんじゃない」

 「あ、でも入浴中の女の子を覗いちゃダメですからね?」

 「覗かねぇって」

 「絶対にダメですよ?」

 「いや、だからそんなことしないって」

 「絶対の、絶対にダ・メ・で・す・よ?」

 「さっさと風呂入りやがれ!」

 「うっふふ~」


 彼女は俺をからかうかのような可愛らしい笑顔を俺に向けて脱衣所の扉を閉めた。


 あんな幼気な見た目してる割には、なんだか変なことをのたまう奴だ。もしも俺がシャツだけ用意したら、彼女は所謂彼シャツというものをしてくれるのだろうか?






 ……いやいやいやいや。

 いくらこっちが親切にしてやってる立場とはいえ、そんな卑劣な行為を働くわけにはいかない。

 彼女が浴室に入ったのを確認してから、俺は着替え用のジャージを脱衣所に用意しようと思ったのだが──。


 脱衣所に入った俺の視界に最初に入ったのは、彼女が着ていた向日葵柄の着物。

 

 そして畳まれた着物の上に、これでもかと言うぐらいの存在感を放ちながら置かれている、淡い水色のブラジャーとショーツ。


 「ふぅんっ!」


 俺は彼女が雨に濡れた体を拭いたタオルをブラとショーツの上にぶん投げて、脱衣所のかごにジャージをつっこんで、ササッと脱衣所を後にしたのだった。


 


 びっくりした。ブラジャーとショーツに「こんばんは!」って挨拶されたような気分だった。なんであんな堂々と置いてあるんだよ。

 なんで俺は、親切にしてやってる来訪者にからかわれないといけないのだか……しかも、あんなことがあったばっかりだというのに。





 「お風呂、ありがとうございました」


 一時間ぐらい経ってから、彼女は俺のジャージを着て現れた。何故か上だけだが。


 「おい、下はどうした下は」

 「少しサイズが大きかったもので」

 「紐で調整してもか?」

 「私の腰回りの細さを舐めないでください」


 確かに彼女は細身だが、俺かてそんな体格がデカいわけではないし、着れないレベルのものじゃないはずなんだが。


 「わかった、もうちょっと小さいやつ探してくる」

 「いえいえ、そんなお気になさらず。無理を言ってお邪魔してる身ですので」

 

 いや、そういう問題ではないのだ。

 彼女は今、俺のジャージの上だけを着ている状態で、彼女の真っ白な素肌のお御足がモロ見えなのだ。ジャージの上着の丈が少し大きめだからギリギリなのだが、柔らかそうな太ももまでさらけ出されていて、彼女が少し足を上げれば、見ちゃいけない部分が見えてしまいそうなのである。


 そんな女子と家に二人きりという状態で、俺も理性を保つのに中々苦労している。そして、俺が一人悶々としていることに彼女も気づいているようで、クスッと俺をからかうように無邪気に微笑んだ。


 「もしよろしければ、髪を乾かしていただいてもよろしいですか?」

 「あ、あぁ」


 ソファの隣に座った彼女の長い髪をドライヤーで乾かしてやる。

 俺と同じシャンプーやリンスを使っているはずなのに、女の子の匂いがこんなにも情欲をそそるのはどうしてだろうか。それに、こうして艷やかな黒髪を見ていると、どうしても俺の幼馴染のことを思い出してしまって──。


 

 「そういえば」



 と、彼女が口を開く。




 「どうして、貴方はお風呂を覗いてくれなかったのですか?」




 俺は彼女が何を言っているのか一瞬理解できなかったが、彼女が俺の方をチラッと見て、またしても俺をからかうようにクスッと微笑んだのを見て、ようやくその意味を理解した。


 「いや、だって覗くなって言ってただろ。俺に入浴中の女子を覗くような趣味はないし」

 「でも健全な殿方なら、こういうシチュエーションを用意されたら普通覗きたくなるものだと思いますよ? 私の下着はジロジロと見ていたくせに」

 「あんな置き方されてたら嫌でも目に入るだろ!? あんな堂々と置くんじゃない!」

 「見られても恥ずかしいものを着ているつもりはありませんので~」


 こんな可愛らしい顔して、一体何を言っているんだコイツは。

 いや、ちょっと覗きたかった気持ちもあったけど。気になってたけど。


 「それにですね、覗くな覗くなって念を押すように言うのはつまり、覗けっていう意味なんですよ」

 「いや、その理論はおかしいだろ」

 「貴方はこの日本に古くから伝わる伝統芸をご存じないのですか? それともおバカさんなのですか? 日本語わかりまちゅか~?」

 「その気持ち悪い言い方やめろ!」


 なんで俺はコイツからこんなにからかわれないといけないんだか。





 だが……。


 あんなショックな出来事があった手前、こういう賑やかな奴に巡り会えた俺は、気分的にかなり助けられているわけで……。



 俺が少女の髪を乾かし終えると、彼女はソファから立ち上がってリビングと直接繋がっている台所へと向かった。


 「あの、夕食はもう済まされましたか?」

 「いや、まだ」

 「でしたら、私がご用意いたしますよ」

 「え、良いの?」

 「はいっ。助けていただいたお礼ですっ」


 すると彼女は、「失礼しますね」と俺に断ってから冷蔵庫の扉を開いた。今は生野菜はなくて、卵とか牛乳が残っているぐらいだ。

 そして冷凍庫にはアイスと冷凍餃子や冷凍うどんが入っていて、彼女は冷凍うどんが入った袋を掴んで「これで決まりですねっ」と意気込んで用意を始めたのだった。





 そして、彼女が調理を初めてから数分後。

 食卓には、ホカホカのきつねうどんが用意されていたのだった。あんなことがあったからあまり食欲もなかったのだが、その匂いはなんとも食欲を誘うもので。

 

 「さぁ、どうぞ召し上がってくださいな」

 「あ、あぁ、いただきます」


 俺は彼女と食卓を囲んで、恐る恐るうどんを啜った。


 「う、美味い……!?」


 冷凍うどんの味なんて知れていると思っていたが、市販されているうどんの出汁とは全然レベルが違くて、鰹節や昆布、煮干しにいりこなどの素材の旨味が引き出されていて、普段食っているものと全然喉越しが違うように感じられる。

 その出汁が油揚げにもちゃんと染みていて、さらに箸が進んでしまう。


 「喜んでいただけたようで何よりです」


 と、うどんをがむしゃらに貪る俺の正面に座る少女が、満足そうに微笑んでいた。

 が、俺は一旦箸を止めて、彼女の前に置かれているどんぶりに目をやった。


 「なぁ、ちょっと良いか?」

 「なんでしょう?」

 「ツッコミ待ちなのか何かは知らないが、いやツッコんで良いのかわからないんだが……」

 「私のどこに何を突っ込むおつもりで? いくら年頃の殿方の性欲が無尽蔵とはいえ、流石にまだ気が早いかと思います」

 「いや違うって。お前のその、油揚げの量はなんだ」


 彼女は自分の分のきつねうどんも用意していたわけだが、俺に用意されたのは普通のきつねうどんで、大きな油揚げが一枚乗っかっているだけだ。



 それに対し、彼女のきつねうどんには油揚げが十枚ぐらい乗っかっているのだ。もうチャーシュー麺のチャーシューみたいな乗っかり方をしていて、うどんや出汁が全然見えないから、本当に下にあるのがうどんなのかもわからないぐらいである。


 「あぁ、これですか。私、油揚げが大の好物なんですよ。いつもマイ油揚げを持ち歩いてるくらいで」

 「マイ油揚げなんて初めて聞いたぞ。そういや確かに、ウチの冷蔵庫に油揚げなんて入ってなかったはずだが、もしかして……」

 「はいっ。私が丹精込めて作った油揚げでございますっ」

 「しかも手作りなのか!?」


 普段から持ち歩いてるって、どんだけ油揚げが好きなんだコイツは。油揚げ好きなキツネでも流石に手作りはしないだろうに。


 

 

  

 そんな彼女の手作りきつねうどんをいただいて、なんとなく寂しかった心も少しは温まったような気がしたところで──。



 「すみません、(はた)を織りたいので、機織り機と糸を用意していただけませんか?」



 俺の家に上がり込んできた変な女が、鶴の恩返しみたいなことを言い始めた。

 

 

 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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