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第39話 ごん、おまいだったのか



 ────家族を失ってから数日が経っても、この世界が新しい年を迎えたことなんて俺にはわからずに、何かを求めて、何かの変化を求めて、何か奇跡が起きるのではないかという僅かな希望を抱いて、俺は一人で神社を訪れていた。


 今は一時的にくるみの家に居候させてもらっているが、くるみだけじゃなくてこはくやご両親が俺に気を遣っているのがひしひしと感じられて、くるみ達のめでたいお正月を邪魔したくなくて、俺はこっそりと家を抜け出したのだ。


 

 どうして、俺はここにいたのだろう?


 俺の家族はどこへ消えてしまったのだろう?


 どうして俺だけ無事だったのだろう?



 凍てつくような寒さの冬空の下、俺は朽ち果てた神社の社殿の前に佇み、確かにそこに鎮座しているらしい何かを見つめ続ける。軽く溜息をつくだけで白い息が広がり、俺は鼻をすすりながら、もうちょっと厚着してくれば良かったと後悔していた。


 ただ、ここにいると現実から逃れられるような気がしたのだ。


 これから自分はどうなるのだろうという漠然とした不安、遠い親戚が俺を引き取ってくれるという話は聞いたが、仕事で世界各国を転々としている人だから俺はくるみ達と離れ離れになってしまう恐怖に襲われていた。


 しかし、この神社に来たからといって何かが変わるわけじゃない。ここは不思議と神秘的な雰囲気が漂う場所だけれども、自分の家族が神隠しに遭ったというのに今の俺が神様のことを信じられるわけがない。



 でも、それでも……。


 俺は、助けを求めていたのだ。


 見えざる救いの手を求めて……。





 「私が、貴方を助けてあげましょうか?」





 急に女の子の声が聞こえてきたのでびっくりして後ろを振り返ると、竹やぶの前に一匹のキツネがいた。

 

 この神社でキツネを見かけたのは初めて、というかここら辺はちょっとした森があるとはいえ、キツネが生息しているような地域でもない。


 「今、お前が喋ったのか……?」


 確かに誰かの声が聞こえたはずなのに、周囲をキョロキョロと見回しても誰もいない。

 いるのは、このキツネだけ。でもこのキツネが喋ったとは思えない、お伽噺じゃあるまいし。



 だが、今の俺にはこのキツネが神様のような存在に思えた。


 だから、俺はキツネに声をかけようとしたのだが──。





 「は、ハルくん!」





 見ると、険しい獣道を駆け上がってきたらしいくるみが、激しく肩を上下させながらゼェゼェと白い息を吐いて駆けつけてきたところだった。


 「良かった、ここにいてくれて……」


 くるみは俺の姿を確認すると安堵したように胸を撫で下ろしたように見えたが、くるみは俺の元へズカズカと怒ったように地面を踏みしめながら歩いてくると、俺の正面に立っていきなりゲンコツを喰らわせてきたのだった。



 「ハルくんのバカッ! どうして何も言わずに出て行っちゃったの!? しかも携帯まで置いて……ホント、ホントに心配したんだから……!」



 俺が何も言わず勝手に出かけたことへの怒り、そして……つい最近神隠しに遭ったばかりの俺が見つかって良かったという安堵がくるみの心に同時に湧き上がっていたようで、怒りよりも俺への心配の方が勝っていたらしいくるみは、そのまま俺をギュッと抱きしめてきたのであった。



 「ホントに、バカ……」



 くるみの腕に包まれた俺の耳に、くるみの嗚咽が入ってくる。



 「ごめん、くるみ」


 

 くるみの胸の中で、俺はそう謝るしかなかった。





 行方不明になっていた俺が発見された時、念の為病院へと搬送された俺の元に、くるみは真っ先に駆けつけてきた。

 あの時のくるみは、俺の体の骨が折れそうなぐらい強く抱きしめてきて、家族を失った俺よりも子どものように泣いていて、そして今でも、一人ぼっちになってしまった俺のそばに居続けてくれている。


 「ねぇ、ハルくん」


 俺のことを抱きしめて、ポンポンと頭を優しく叩きながらくるみが言う。


 「私ね、ハルくんと一緒にいるだけで、とっても幸せなの」


 そう語るくるみの声色は、とても優しくて。


 「ちょっと眠たくて憂鬱な朝でも、ハルくんと出会えただけで嬉しくなっちゃうし、ハルくんと一緒に出かけるってだけで次のお休みが楽しみで楽しみでしょうがなくなっちゃうし、また明日ハルくんと会えるから、私は明日のために今日を生きることが出来る……」


 世界の全てが空虚なものに思えている俺には、そんな言葉もあまり響かなくて。


 「私は、ハルくんからたくさんの幸せを貰ってるの。最近は段々生意気になってきちゃったけど、それでもハルくんは優しくて、いつも元気をくれる存在だったから、私をいつも幸せにしてくれていたから、だから……」


 ただ……この真冬の寒さをも吹き飛ばしてしまうぐらいの温もりが、少しずつ、少しずつだけど俺の凍てついた心を溶かしてくれているような気がして。


 「だから、今度は私がハルくんを幸せにする番なの」


 くるみが俺のことを強く想ってくれていたから、俺はこの世界に戻ってこれたような気がして。


 「今はとても辛いだろうけど、立ち止まっちゃダメだよ、ハルくん。皆に置いてかれちゃうから」


 くるみが、ずっと俺を支え続けてくれたから──。



 「だから、どれだけゆっくりでも良いから、私と一緒に進もうよ」



 俺は、くるみに夢中になってしまったんだ……。






 「ごめんね、ハルくん」


 

 あの時の記憶のどこかに、そんなくるみのセリフが残っていて。



 「私の、せいで……」



 でも、どうしても俺はこの時のことを思い出せない。

 とても、怖いから────。




 

 ◇





 目覚めると、部屋の中はまだ真っ暗で、自分が何かを抱きまくらにして寝ていたことに気づく。

 見ると、目の前にはやけに肌触りの良い抱き枕が……じゃない。これ、青葉のキツネの尻尾か。


 俺は青葉と同じベッドで一緒に寝たという記憶はないのに、こうして夜中に目覚めると何故か青葉は俺のベッドに潜り込んでいる。神様だから寝る必要はないとかどうとか言ってたくせに……いや、これも青葉なりの気遣いなのだろう。俺が寂しくないように、と。

 

 何よりも青葉のこの尻尾、枕にしても抱き枕にしても最高の肌触りとサイズ感。尻尾がこんなに気持ちいいなら、今の青葉の頭に生えている狐耳はどんな感触なのだろうと、ちょっと興味も湧いてしまう。


 ……いつも何かとからかわれてるし、たまにはこっちから仕掛けてみるか。


 深夜テンションだったからか、俺はちょっとした好奇心で青葉の狐耳に触れようとしたのだが──。


 

 「ごん……」



 青葉がいきなり何か呟いたので、俺は慌てて手を引っ込めた。



 「ごん、おまいだったのかぁ……」



 な、なんだ、寝言か。びっくりした。しかもごんぎつねの夢を見ているのか。キツネの神様だから……って、そのセリフ言ってるの、キツネをやっちまった側だろうが!



 「違うんです、ハルさん……」


 

 どうしてそこで俺の名前が出てくるんだ。俺はごんと兵十のどっちなの?



 「私は、いたずらのつもりだったんです……」



 いや、青葉がごん側だったらさっきの寝言はなんだったんだ。ごんVS兵十(青葉)VS俺っていう謎の構図が生まれてんだろ。


 そんな青葉の寝言に心の中でツッコミを入れつつ、俺は青葉のモフモフのキツネの尻尾を枕代わりにして、再び横になった。


 なんだか変な夢を見たような気もするが、不思議と思い出そうとしても全然思い出せないのだ。


 

 『──ごめんね、ハルくん』



 ……今は難しいことなんて考えずに、ただこの温もりを肌で感じ取りたかった。



 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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