第31話 縁結びの神様からのアドバイス
以前にも、俺はくるみと二人きりで出かけたことはあったものの、くるみがそれをデートだと思っていたのかは定かではない。俺は多少意識していたのにくるみは普段と全然変わらない様子を見せるから、やっぱりデートだとは思っていなかったのかもしれない。
あくまで、幼馴染としての付き合いの延長線だったのだろう。
そして、口を開けばすぐに子作りがどうとか言い出すあのキツネの神様のことだ。彼女が言うデートが一体どんなものなのか、俺は怖くて怖くてしょうがなかったのだが──。
「可愛らしいお魚さん達がたくさんいて、とっても楽しかったですねっ」
と、大きないるかのぬいぐるみを抱きかかえながら青葉は嬉しそうに笑顔を浮かべて言う。青葉の黒髪と、彼女が着ている水色の涼し気なワンピースが潮風になびいていた。
なんとなく身構えてしまっていた俺が青葉に連れてこたれたのは、家から電車で一時間ほどの場所にある大きな水族館だった。思ったよりも定番らしいデートスポットに連れてこられて安心すると同時に、こんな変な奴とはいえ可愛い女の子ではあるので、デートというのを意識してしまい緊張もしていた。
「お前がこういうのを見て喜ぶなんて意外だったな」
「あら、ハルさんったら私の感受性がそんなに貧しいと思われていたのですか? 私は縁結びの神様であると同時に、こんなにも純情で麗らかな乙女なのですから、美しいものを見たら美しいと思いますし、美味しいものを食べたら美味しいと感じるんです。私にだってラッコさんやイルカさんを見て可愛いと思えるような気持ちぐらいはあるのに、そんなことを言われるだなんて、私は悲しいです。シクシク」
「わかった、わかったから」
と、青葉はいつもの調子でベラベラと話すのだが。
『見てくださいハルさん、あそこにサメさんが集まってますよっ』
大水槽の前でクイクイと俺の上着の袖を引っ張る、いつもよりテンションの高い青葉の姿。
『わぁ、可愛いカニさんですね。カニカニ~』
と、小さなカニの前にしゃがみ込んで、自分もカニのポーズをとる無邪気な青葉の姿。
『クラゲさんってキツネに負けず劣らず神々しいですよね……』
と、暗い水槽の中で神秘的に泳いで見せるクラゲに何故か対抗心を燃やすキツネの神様の姿。
『きゃっ。水がこっちまでかかってきちゃいそうですねっ』
と、飛んでくる水飛沫にびっくりしながらも、楽しげにイルカショーを見ている青葉の姿。
そんな彼女の姿を見ていると、例え神様という身分にあっても、彼女も一人の人間なのだと、等身大の女の子なのだと、俺は気付かされるのであった。
そんな青葉を一人の女の子として意識してしまうと、こうして彼女と二人きりでいることに緊張してしまい、ずっと心臓がバクバクしている俺がいる。
一応この間の俺の非礼のお詫びという体ではあるものの、俺にとっても十分ご褒美だぞ、こんなの……。
その後、水族館の側にある浜辺を青葉と二人で散歩することとなった。まだまだ夏の暑さが引くこともないし休日ということもあってか、浜辺は多くの海水浴客で溢れかえっていた。
まだ眩しい太陽がギラギラと俺達を照りつけているが、こうして浜辺で潮風を感じながら波のさざめきを聞いているだけで不思議と涼しく感じてしまう。
「ねぇねぇハルさんっ。今度のデートはどこへ行きましょうか?」
「もう次の話か」
「ハルさんはどこか行きたい場所はありますか?」
「別に、お前が行きたいところならどこだって良いよ」
俺がそう答えると、隣を歩いていた青葉がムッとした表情をする。
「ハルさん。そんな受け答えをしてはいけませんよ。私が行きたい場所ならどこでも、とはおっしゃっても、そんな投げやりな答えではいけません。確かにハルさんはどこへ連れて行かれても喜んでくれるのかもしれませんし、私が気兼ねなく自分の行きたい場所を選ぶことが出来るようにという気遣いなのかもしれませんが、ここで私がハルさんにいざホテルへ行きましょうと言ったら、ハルさんはついてきてくれるんですか?」
「行かない」
「そうでしょう? 良いですかハルさん、男性は答えありきで物事を決めがちですが、ハルさんのような単純な方とは違って乙女の複雑な心は、最後まで悩み抜いて最善の選択肢というものを選びたいものなのです。ハルさんにはないのですか? 彼女さんに何を食べたいのかと聞いたら『なんでもいい』と答えられたのに、いざパスタを食べに行ったら『やっぱり和食が良かった』なんて言われたことがあるのではないですか? あ、そういえばハルさんには今まで彼女さんがいたことのない寂しい童貞だったのでそんな経験があるはずないですね、これは失礼しました」
「一人で長々と話して俺の心を傷つけにくるのやめろ」
確かにそんな経験ないけども。むしろくるみに何を食べたいかだとかどこに行きたいかだとか聞かれることが多かったし、その度なんでもいいとかどこでもいいって答えてたと思う。
「それにですね、なんでもいいとかどこでもいいと答えられて、料理のメニューとかデートの行き先を考える方も大変なのですよ。私はハルさんのことが大好きですから、どんな場所ならハルさんが喜んでくれるのかとても悩んでしまって、きっと朝も起きれないことでしょう」
「寝たなら起きろよ。あとお前、寝なくてもいいんだろうが」
「えぇ、勿論神様ですから。というわけで神様たる私には全てお見通しですからわざわざ本人に聞かなくても良いのですが、それでも私だってハルさんとのコミュニケーションを楽しみたいお年頃な乙女なんです。それにですね、いくら相手が私だからといって恋人に対してそんなぞんざいな扱いをするようでは、私としましてはハルさんの今後のことがとても心配で心配でたまりません、シクシク」
「まぁ、気をつけるよ」
どういうわけか、青葉は最近やたらめったら俺に説教めいたアドバイスをするようになってきた。こんなに恋人としての振る舞いについてやかましいのは、やはり彼女が縁結びの神様だからなのだろうか。
確かに親しき仲にも礼儀ありと言うし、いくら親しい相手だからといって雑に扱うのは良くないな。俺はくるみにもこんな態度をとってしまっていたのだろうか……くるみに振られてから、俺は反省してばっかりだ。
「今度のデートの行き先はまた考えておきますね。まだ今日のデートが終わったわけではないですし、これから私とホテルへ行きませんか?」
「さっき行かねぇって答えたはずなんだが」
「まさかハルさんは野外での一夜をお望みなんですか!?」
「確かに、海辺で綺麗な夜空を眺めながらってのも悪くない……って、んなわけあるかぁ!」
俺達の周りにあまり人がいなくて良かったぜ。公衆の面前でなんて話をしやがるんだコイツは。
どうして彼女はこんなにもすぐに話を子作りへ持っていこうとするのだろうか、もしかしてキツネの神様だから性欲がキツネ並みにあるのだろうか? いや、キツネってそんな性欲強いイメージないけど。
そんなくだらない話に俺もとうとうノリツッコミするようになってしまったが、当の本人にとってはくだらない話ではないようで、青葉は急に俺の手に抱きついてきて、俺の体に身を寄せながら言う。
「やっぱり、まだくるみさんのことを諦められませんか?」
その時、俺達の側をビュオォッと強い潮風が吹き抜けていった。
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