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第29話 激おこぷんぷんキツネ丸



 「お、狐島君おつかれ~」

 「お疲れ様です、蛇原さん」


 今日のバイト中は特に何事もなく、俺は閉店作業もパパッと終えて、レジ締め作業をしている先輩の蛇原さんとすれ違った。


 「なぁ狐島君。今日は早く終わりそうだから、ちょっと待っててくれない?」

 「何かありました?」

 「いや、今日はこの素敵なお兄さんと一緒に良いところ行こうぜ☆」

 「おつかれっした~」

 「おいおいおいおいおい待つんだ狐島君よ! ちょっと飯食いに行こうぜってだけだから!」

 「んで、その後ホテルなんすよね?」

 「俺にそんな趣味はなぁい!」


 と、俺は愉快な男子大学生にご飯を奢ってもらうため待つことになった。そのため家で待ってくれている青葉に少し遅れると伝えようと思ったのだが、よくよく考えると青葉は携帯電話という現代社会において必須級の文明の利器を持っていないのである。


 しかし、俺も蛇原さんに相談したいこともあったし、蛇原さんもくるみに振られた俺のことを気遣ってくれているのだろうから無下に断ることも出来ない。まぁアイツも神様なんだし、多分何かテレパシー的なもので感じ取ってくれるだろう。


 ごめん青葉、今日ちょっと帰り遅れるわ。


 これでよし、と。



 


 バイトも終わって、俺は蛇原さんと二人でバイト先から近いところにあるファミレスへと向かった。こうして蛇原さんと二人でどこかに行くのは初めてかもしれない。

 

 「さぁなんでも食べても良いんだぞ、狐島君。今日は全部俺の奢りだから」

 「じゃあこのワインを」

 「金を払うのは良いんだが捕まるのは御免被りたいんだ」

 「冗談っすよ冗談」


 俺はハンバーグドリアを、蛇原さんはカルボナーラと二人分のドリンクバーもつけてくれて、バイト中の文句や愚痴を笑い話にして談笑しながら、料理が届くのを待った。

 そして料理が届いて、俺がハンバーグドリアを一口頬張ると蛇原さんが口を開く。


 「で、くるみちゃんとは今も上手くいってないってわけ?」


 と、蛇原さんはようやく本題へと入った。今日こうして俺を食事に誘ってきたのは、俺がくるみに振られたことを伝えたからだろう。


 「少なくとも、昔ほどベタベタは出来なくなりましたね」

 「元々あんな仲良しだったのに、それだけじゃ満足できなかったんだな?」

 「うかうかしてると誰かに取られるかもと思ったんで」

 「まー、くるみちゃん可愛いからなー。でもあのくるみちゃんが狐島君を振る方がびっくりだわ。だって、俺もくるみちゃんは完全に狐島君のこと好きなんだと思ってたもん。不思議なこともあるもんだなぁ、天孫降臨でも起きるんじゃないか」


 じゃあ逆に俺のどこがくるみのお眼鏡に叶わなかったのか。むしろ、俺に他の人より優れている部分なんてあるだろうか? くるみに振られてしまった後だと、そういう自信は何もかも無くなってしまう。


 「別にくるみちゃんも狐島君のこと嫌いってわけじゃないと思うよ? 嫌いな奴相手にあんな振る舞いは普通しないだろうからね。多分、くるみちゃんは怖かったのさ。今までの関係が壊れてしまうと思って」

 「どういう意味です?」

 「ほら、狐島君とくるみちゃんみたいな幼馴染って関係はさ、今はイチャイチャしてられるかもしれないけど、例えば進学とか就職とかそういう人生の転機をきっかけに離れ離れになって、そのまま疎遠になってしまうかもしれないだろ? でも、別に相手のことを嫌いになったわけじゃないから、また再会することが出来たら思い出話に花を咲かせることも出来るかもしれない。わかる?」

 「はい」

 「でも、恋人という関係にまで進展してしまったら、結びつきは強くなるかもしれないけど、何かをきっかけに一度相手のことを嫌いになってしまったら、修復不可能なまでに関係は壊れてしまうかもしれない、そういうリスクがあるのさ。くるみちゃんはそのリスクを怖れたのかもしれない」

 

 蛇原さんが言わんとしていることは俺にもよく分かるし、それは俺もくるみに告白する前に考えていたことだ。そのリスクが頭にあってもなお、俺は告白を決行して、そしてものの見事に振られてしまい、俺とくるみの関係はいびつなものになってしまったわけだが。


 「でも、どうしてくるみがそれを恐れる必要があるのかわかりません。くるみが俺のことを好きならっていう前提の話ですけど」

 「さぁね、流石に俺にもそこまではわからないよ。もしかしたら、くるみちゃんは狐島君に嫌われてしまうと怖れるような秘密があるのかもしれないね」

 

 くるみにそんな秘密が? 長年一緒にいたが、くるみが俺に何か隠している? いや、くるみが何か隠していたとしても、それをきっかけに俺がくるみのことを嫌いになるとは思えないけども。


 「ま、くるみちゃんも君と同じように悩めるお年頃ってわけさ。安心しなよ青春の落とし子よ、君の恋路はまだまだ道の途中なんだから」

 「なんかアドバイスが欲しいです」

 「うーん、そうだな。ゴムは常に準備しときなよ?」

 「余計なお世話です」


 いや、あの性欲が強そうなキツネの神様と同居している今は、ちゃんと準備しておくべきなのか? 青葉って前世は人間だったらしいけど、あの体って哺乳類と一緒なの? 

 何かの間違いで軽く頭を撫でただけで神様が生まれそうだからな、神話の世界ってやつは……。


 「狐島君的にはさ、くるみちゃんに振られちゃったから、じゃあ次はこはくちゃんに行こうとか思わないわけ? 結構脈ありそうだけど」

 「いや、だから俺はくるみのことが好きなんです。そう簡単にとっかえひっかえしませんよ」

 「一途だなぁ、狐島君は。昨日来てた親戚のお姉さんって子も可愛いけどどう?」

 「親戚は親戚なんで。俺はくるみ一筋です」

 「じゃあどっちか俺にくれない?」

 「あの二人を落とせるなら落としてみてくださいよ」

 「俺、両方に振られてるからなぁ……」


 俺はくるみ一筋のつもりだが、恋人として現れたキツネの神様に大分絆されそうになっている。むしろくるみのことを忘れられたなら、きっと青葉との恋が素晴らしく楽しいものになるのだろうとも思うが……俺のくるみとの思い出は、まだ上書きされそうにない。




 そんな話をしながらもお互いに腹を空かせていたためハンバーグドリアとパスタをあっという間に食べ終えてしまったが、ドリンクバーで注いできたメロンソーダを一口飲んだ後、蛇原さんの話はまだ続く。


 「そういやさ、狐島君って神様とか信じる方?」

 「火刑に処しますよ」

 「いやいや、そういう勧誘じゃなくてさ。こっから団地の方に歩いてった所にある三丁目の公園わかる?」

 「はい、遊具がサビだらけの」

 「そうそう、そこから向こうの駅の方に下ってく坂道あるじゃん? その途中に神社あるの知ってる?」

 

 蛇原さんが言う場所を俺の頭の中の地図で辿っていくと、確かに知っている場所へと辿り着く。


 「へ? もしかして、蒼姫稲荷のこと言ってるんですか?」

 「え、狐島君ってあの神社知ってんの?」

 「はい、よく行ってます」

 「マジか~俺も地元民なんだけど、昔はたまに行ってたんだよ。あのすんげーオンボロな神社ね」

 「蛇原さんが行ってた頃からボロボロだったんですか?」

 「うん、嵐が過ぎ去った後みたいな見た目してたね」


 大きな団地群が並ぶ地域なのに、あのオンボロな蒼姫稲荷神社は殆どの人に知られていない、いやあんな見た目だから避けられている場所と言うべきか。オンボロだからなのか、だからオンボロなのか。

 しかし、蛇原さんがあの神社を知っているだなんて驚きだ。


 「俺、くるみやこはくとあの神社でよく遊んでたんですよ。蛇原さんもあの神社にお参りしたことあるんですか?」

 「いや、あんなボロッボロな神社にご利益なんてあるとは思わないでしょ。むしろ近づくだけで呪われそうじゃん」


 全くもってその通りだと思います。

 青葉が蛇原さんの感想を聞いたらきっと悲しむのだろう。かといって誰かが鳥居や社殿を建て替えてくれるとは思えないし。


 「でもな、俺の友達があの神社にお参りして、好きだった幼馴染とそのまま付き合ってるんだよ。もう同棲してるし」

 「本当にご利益あったんですね」


 まぁ、俺もあの神社に祀られている神様本人と出会ってしまったから信じるも信じないもないが、ちゃんと前例ってあるんだな。


 「だからちゃんとお参りすればくるみちゃんと上手くいくかも……と言いたいところなんだが、あの神社って神隠し騒動もあったしなぁ。すんげぇ不気味だし」


 蛇原さんが言う神隠し騒動というのは、きっと俺の家族が行方不明になった件のことだろう。俺がその当事者ですって言ったら蛇原さんはどんな反応をするのだろう。でも変に気を遣わせるのも悪いから秘密にしておこう。


 


 

 思ったよりも蛇原さんと話が盛り上がってしまい、俺が一人で歩いていると警察に声をかけられてしまいそうな時間も迫っていたため、家の近くまで蛇原さんに送ってもらった。せっかくだし途中で神社に寄りませんかと蛇原さんを誘ってみたものの、怖いからやだと断られてしまった。


 あの神社に滅多に人が近づかないのは、そもそもの知名度もあるし、いざ訪れてもボロボロだし、そして神隠し騒動もあったぐらいの曰く付きスポットだ。いつか心霊スポットとして有名になりそうな気もするのだが。



 そんなことを考えながら、俺は家の玄関の扉を開いたのだが──。



 「ただいまー」



 と、家にいるはずの青葉に声をかけたのだが、返事がない。あのキツネの神様のことなら、ニコニコと微笑みながら喜んで出迎えてくれそうなのに。



 いや、そもそもどうしてリビングに明かりがついていないんだろう? もしかしたら二階に部屋にいるのかもと思いながら、俺が玄関の扉を閉めて廊下の照明を点けようとした瞬間──この家の中の景色が一変する。


 「な、なんだ……!?」


 何の変哲もない廊下や壁や天井が、瞬く間に真っ赤に染まってしまったのである。


 見ると、廊下や壁一面に広がる、何かの肉の塊や触手のような気色の悪い物体がヌチャヌチャと音を立てながら脈動していて、まるでホラー映画や地獄のような世界が広がっていた。


 「なんだ、これは……」


 俺はその場から一歩も動くことが出来ず、悪い夢なら早く覚めてくれと願ったのだが、その願い虚しく、背後から伸びてきた何かが俺の頬に触れた。





 「ハルさん」





 確かに、それはあのキツネの神様の声だったと思う。いつもの、あの可愛らしい声で俺の名前を呼んだ。


 でも俺は恐ろしくて、後ろにいるはずの彼女の方を振り向けなかった。





 「お覚悟はよろしいですか?」





 見えていないのに、悪魔のような恐ろしい笑みを浮かべる彼女の姿が容易に想像できてしまう。


 どうやら俺は、青葉を怒らせてしまったようだ。


 俺、何かしたっけ……?


 

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