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第24話 来たるべき時は



 俺とこはくは東出口で待っているくるみと青葉にバレないよう、通用口から反対側へ回って、雨の中の街を二人きりで歩いた。


 こはくの方から二人で帰ろうと誘われたのも驚きだったが、そう提案してきた割には彼女の方から俺に話しかけてくることはなく、俺が一方的に話している世間話に対して「そうですね」と相槌を打つだけだった。


 本当に、こはくはどうして俺と一緒に帰りたいとか言い出したのだろうか? しかも、俺達を待ってくれていたくるみや青葉を放って……。




 そして一時して、こはくの携帯の着信音が鳴り響いた。おそらく、未だにショッピングモールで俺とこはくを待っているはずのくるみ達からの電話だろう。

 

 こはくは着信音が鳴り響く携帯を手に持ったがすぐには出ずに、一時それをジッと見つめた後……一方的に電話を切ったのであった。


 「出なくて良かったのか?」

 「はい。その方がハル兄さんも楽でしょう?」

 「いや、別にくるみが一緒にいるのは嫌ってわけじゃないが……」


 未だに俺はこはくの意図を汲めずにいるが、今度は俺の携帯の着信音が鳴り響き始めた。画面を見るとやはりくるみからだ。


 多分、くるみがこはくに何かあったのかと心配して俺に電話をかけてきたに違いない。この局面でくるみ達の誘いを断るのも気まずいし、くるみもきっと俺やこはくのことを心配しているだけだ、だからこはくと二人でいることを伝えようと思ったのだが──。




 「出ないでください」


 


 こはくは俺の服を掴んでそう言った。


 「な、なんで?」


 俺がそう問いかけると、こはくはうつむきながらブンブンと首を横に振った。


 「きっとお姉ちゃんは鬼電してくると思うので、電源も切ってください」

 「くるみ、心配すると思うが?」

 「良いんです、今日は」

 

 こはくは一体どうしてしまったのか、いつもとは違う彼女の様子に俺は戸惑いながらも、くるみからの電話を切り、携帯の電源も切ってしまった。

 ごめんくるみ、お前の可愛い妹からの滅多にないお願いなんだ。


 「なぁ、こはく。どこか具合悪いのか?」

 「いえ、なんでもありません。それより、行きたい場所があるので早く行きましょう」


 そう言って俺の白シャツから手を離したこはくは、今度は俺の腕を掴んでズンズンと歩みを早めるのであった。



 


 俺がこはくに連れてこられたのは、俺やこはくの家からほど近い場所にある蒼姫稲荷神社だった。今は大雨が降っているから月明かりもないし、朽ち果てた鳥居や神社、そして不気味にさざめく竹林に囲まれていると今にも何か出てきそうな雰囲気のある心霊スポットのようだ。


 だが、この神社はちょっとした丘の上にあるため、この時間は夜景を望むことも出来るのだが、郊外の住宅街の夜景を見たってそんなに雰囲気は出ないのである。


 そんな不気味な場所に連れてこられた俺は、とうとうこはくに殺されてしまうのだろうかと、冗談半分にそんなことを考えていたが……俺を神社に連れてきたこはくは、朽ち果てた鳥居の前に佇んで、俺に背を向けて言った。


 「ハル兄さんは、ここが縁結びの神社ってことはご存知ですか?」

 「あぁ。そこのボロボロの案内板によるとそうらしいな」


 俺やくるみやこはくは、何か事あるごとにこの稲荷神社を訪れて神様にお願い事をしていたが、こんな朽ち果てた神社に何かのご利益があるだなんて普通の人は信じないだろう。近づいただけで呪われそうな雰囲気だし。


 「でも、私達がここでお参りする時って、いつも合格祈願でしたよね」

 「全員分やったからな。一応全員志望校に受かってるから、ご利益があったのかもしれないが」

 

 結局神頼みなんて、自分の心にちょっとした安らぎを与えるための安心材料の一つに過ぎない。最後に信用できるのは自分の実力でしかないのだ。


 だから、俺はくるみに告白する前にこの神社にお参りしなかったのだが、やっぱりお参りした方が良かったのだろうか……なんてセンチな気分に浸っていると、こはくが俺の方を向いた。

 いつもの彼女らしからぬ、優しげな笑みを浮かべながら。


 


 「ハル兄さんは、ここで恋愛事のお願いをしたことはありますか?」


 


 ある。


 と、こはくに正直に言えるわけもなく。



 「いや、ないな」



 と、俺の変なプライドが嘘をつかせたのである。

 するとこはくは不思議そうな顔をして言う。


 「お姉ちゃんに告白する前に、ここでお願いしなかったんですか?」

 「そういうのを願掛けするのは嫌だったんだ」

 「で、見事に振られたというわけですね」

 「うるせーよ」


 俺がくるみに告白する前にお参りしなかったのは事実だが、この神社に祀られている神様のご利益を信じずに、見事に当たって砕けてしまった俺を嘲笑うかのようにこはくはクスッと微笑んだ。こはくが俺の前でこんなに笑うのは、いやこんなに機嫌が良いのは珍しい。


 そんなこはくの珍しい笑顔に思わず見とれていると、こはくは朽ち果てた神社の社屋の方に振り返ってしまった。



 「私、昔はこの神社が怖かったんですよ。だって鳥居とか建物がこんなにボロボロなんですもん、妖怪とか怨霊とか出てきそうじゃないですか。私はお姉ちゃんに無理やり連れてこられることもありましたけど、全然慣れなかったんです」


 俺はくるみやこはくと一緒にこの神社でよく遊んでいたが、あの時よく泣いてたのって神社の不気味な雰囲気が怖かったからなのか。


 「俺、てっきりこはくが俺のこと嫌いだから泣いてるのかと思ってた」

 「いや、それもあります」

 「あるんかーい」

 「だってハル兄さん、いつもお姉ちゃんとここで遊んでたじゃないですか。普通に公園とか行けばいいのに、わざわざここを選ぶなんて意味がわかりません」

 「人が少ないから遊びやすかったんだよ」


 俺もこの朽ち果てた神社の鳥居や社屋を不気味だとは思うが、子どもってものはなんとも怖い物知らずなところもあって、むしろワクワクしていたような気もする。暗い時は流石に怖かったけども。


 「でも、お姉ちゃんが中学生になって段々とハル兄さんとも遊ぶ機会が減ってきた頃、私は一人でここに来るようになったんです。嫌なことがあると、不思議とこの神社に足を運んでしまうんですよ。なんだか、荒んだ心を癒やしてくれるような気がして」


 こはくがこの神社に一人で来ていたなんて、意外なことを聞いたものだ。俺だってくるみとこの神社で遊ばなくなってからもときたま足を運んでいたのに、一度もこはくと出会ったことはなかった。


 「俺もだよ。未だに一人でここに来る。やっぱり自然に囲まれると落ち着くものなんだろうな」


 なんて俺が言った後、こはくは柔らかな笑顔を俺に向けながら振り返った。



 「ハル兄さんは、ここで和装の女の子と出会ったことはありますか?」



 こはくにそう言われて俺の頭にパッと思い浮かんだのは、あの雨の日に出会った……あれ、誰だっけ?



 「私がまだ小学生だった頃、たまに一人で来ると和装の女の子が神社の前で立ってるんです。名前とか聞いても全然教えてくれないんですけど、多分私と同年代ぐらいの子で。とりとめのない話にだって楽しそうに相槌を打ってくれるし、ボードゲームとかにも付き合ってくれる、とっても良い子でした」


 楽しげに話すこはくの話を聞いていると、俺もこはくが言う和装の女の子の顔が脳裏に浮かぶような気がした。


 ただ、その記憶を鮮明に思い出すことが出来ない。俺は確かに、この神社であの女の子と出会っているはずなのに、どういう風に遊んだのか、どんなことを話したのかも覚えていない。


 ただ、俺の思い出の中に存在していることはわかるだけ。それに俺は、もっと身近にその存在がいたような気がするのに……どうして、思い出すことが出来ないんだ?


 「ハル兄さんは、その子と遊んだことはありませんか?」

 「あるような、ないような……」

 

 俺は、こはくが言う和装の女の子と出会っているはずだ。

 なのに、あの、あのお茶目で鬱陶しい誰かを、アイツのことをどうして思い出せない?


 なんだ、なんだこの感覚は?


 「あの子は特に恋バナが好きみたいで、私と出会う度にいつも『好きな人はいますか?』とか『ずばり、貴方は私のことが大好きですね』とかメチャクチャなことも言ってくるんです」

 「そ、それはメチャクチャだな……」


 わかる、わかるんだ。アイツってそういうこと言いそうだなって、俺も共感できるのに。

 どういうわけか、俺の記憶から彼女の存在がすっぽ抜けてしまっている。


 彼女が。

 彼女が、いたはずなのに。


 「だから、私もあの子に恋愛相談をしたんです」

 「え、こはくが?」

 「なんですか。私みたいな性格が可愛くない奴がモテるわけないと言いたいのですか?」

 「いや、そこまで言ってないだろ。ただ意外だっただけだ」


 こはくが誰かに告白されたみたいな話はくるみからも聞かされたことはあるが、こはくが誰かと付き合っていただとか、ましてや誰か好きな人がいるだなんていう話も聞いたことがなかった。

 まぁこはくが俺に教えてくれるわけもないのだが、気になる話ではる。


 「どうしたら、私の好きな人が私のことを好きになってくれるか、と……そしたらあの子は言ったんです。急がずに、来たるべき時を待ちなさい、と」


 急がば回れというやつか。相談している身からすれば、もっとこちらからアクションを起こせるようなアドバイスが欲しいだろうが、気を急いてもしょうがないのだ。俺のようになってしまうから。


 「こはくは、それを信じて待っているのか?」

 「はい。ずっと待ってました。結局、中学に上がった頃にあの子とは会えなくなっちゃいましたけど……あの子の言葉が不思議な力を持っているように思えて、ずっと信じていたんです」


 こはくは無自覚ながら、この神社でしか会えなかった和装の女の子を神様のような存在だと思っていたのだろう。だから、その時をずっと待っている、と。

 ってことは、少なくとも三、四年ぐらいは待っているということか。待っている間に相手に彼女とか出来そうなもんだが。


 「こはくは、今でもその人のことが好きなのか?」

 「はい」

 「じゃあ、この縁結びの神社にお参りしないとだな」

 「いえ、もう良いんです」

 「へ?」


 俺の前で滅多に笑うことのないこはくが、俺に微笑んでみせた。




 「今が、その時なんですから」




 今……え、今?



 こはくは、小学生の時に出会った和装の女の子の『急がずに、来たるべき時を待ちなさい』という言葉を信じていて、その来たるべき時が今、ってことは────。





 未だに降り止まない雨の中、ビュオォと大きな風が吹いて、俺やこはくが持っている傘を飛ばしそうになる。


 今の風は、俺やこはくに何かを伝えようとしていたのだろうか、そんなことを勘ぐってしまうようなタイミングだった。


 「私、ハル兄さんがお姉ちゃんに振られたって聞いたときはびっくりしちゃいました。だって、お姉ちゃんもハル兄さんのことが好きだと思っていたので。でも、私は……ハル兄さんがお姉ちゃんに振られて正直嬉しかった、だなんて……私、悪い子ですよね」


 

 ……今思えば、俺がくるみに振られてから、こはくは少し変わったような気がしていた。



 「私は、お姉ちゃんのことも大事だから、だから、お姉ちゃんのためにって思って……でも、やっと私に来たるべき時が来たのだと、そう思えたんです」



 今にも泣きそうな表情のこはくが、今にも溢れ出てしまいそうな感情を押し殺しながら、俺の目をジッと見つめた。





 「私は、ずっと前から、ハル兄さんのことが────」




 

 その時、聞き覚えのある少女の声が耳に入った。




 「ハルくん! こはくちゃん!」




 そんな声が聞こえて俺やこはくが驚いて声がした方を向くと、この神社へ続く獣道から、傘を差したくるみが登ってくるのが見えた。


 そして俺達の姿を見つけてホッとした様子のくるみは、この大雨の中、傘を捨てて俺達の元へ駆け寄ってきて──俺とこはくを両手に包んで抱きしめてきたのであった。


 

 お読みくださってありがとうございますm(_ _)m

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