第23話 二人だけで……
休憩回しを終えた後、仕事帰りのサラリーマン達が押し寄せてきてレジもちょっと混んだが、平日の混み方なんて知れているので俺とこはくだけでも十分回せるし、何より蛇原さんがバックに控えてくれているのは心強い。
そんなこんなで今日も特に変わったこともなく閉店時間が迫ってきた頃……店内に現れた、よく見た顔の二人の女子。
「青葉ちゃんってラブコメとか読む?」
「恋愛物語なら大好物ですよ。私、他人の恋愛を外野から微笑ましく見守るのが大の好物なんです」
「じゃあね、ちょっと古い小説なんだけどこういうのとか……」
俺達の仕事ぶりを見に来たらしい青葉は、本好きなくるみに引っ張られて色々な小説や漫画を紹介されている。青葉も結構本好きなのかね。
「仲良いみたいですね、あの二人」
と、クーポン券だとかサービス券の整理をしている俺の隣でレジ金の万札を数えながらこはくが言う。
「意外と馬が合うんだろうな。こはくも青葉と仲良くなれそうだが」
「鬱陶しそうなので遠慮しておきます」
青葉の俺への接し方もそうだが、年下には甘々なタイプだろうからな。こはくも口では嫌がりながら、なんだかんだまんざらでもなさそうな顔をしている。
「ハル兄さんと青葉さんの関係はいかがなんですか? 上手くいってるんですか? お姉ちゃんに振られて傷ついたハル兄さんなら簡単に惚れてしまいそうですけど」
「いや、遠い親戚だからアイツは」
「遠いなら別に問題ないんじゃないですか?」
「……確かにな」
なんとなく遠い親戚という設定で防御線を張っているつもりだったが、設定上でも遠い血縁というだけで親戚とは呼べないからな。まぁ、俺が青葉と同居するために恋人という点は隠したかったから、そんな設定にしたわけだが。
と、こはくは姉と仲よさげな青葉に興味を持っているようだが、ああいう鬱陶しいタイプが嫌いなこはくにしては珍しいことだ。
なんて考えていると、万札を数え終わったこはくは五千円札の束を掴もうとしたが──その手を止めて、小さな声で呟いた。
「ハル兄さんは、青葉さんのことをどう思っているんですか?」
……こはく、この間も似たような質問をしてこなかったか? その時は自分自身のことを聞いてきたが、今度は青葉か。
正直、長年恋い慕っていたくるみに振られてショックを受けていた俺の心を癒やしてくれて、あの告白をきっかけにぎこちなくなっていた俺とくるみの関係を繋いでくれている青葉には感謝してもしきれないぐらいだ。
そんな青葉は縁結びの神様で、幼馴染に振られた可愛そうな俺のために直々に恋人になってくれると言ってくれたわけだが……。
「なんだか、新しい家族が出来た気分だな」
もしも、今も俺に家族がいたならそんなことは考えなかったかもしれない。ただ、普段は強がっているつもりでも、俺はやはり家族という存在に飢えていたようで……くるみの代わりに、俺の姉のような存在になってくれている。
「……それは良かったですね」
こはくはぶっきらぼうにそう呟いて、五千円札を数え始めたのだった。
やっぱり俺は、今でもくるみのことが好きらしい。くるみ本人に振られても、そして青葉という存在が現れても、未だにくるみを諦めきれていない自分がいる。
あんな神様がいるのに、俺はなんて贅沢な奴なのだろう……。
「なぁなぁ、狐島君。くるみちゃんと一緒にいる可愛い子知ってる?」
俺とこはくがレジ締めの手伝いをしていると、レジ締めの準備にやって来た蛇原さんがウキウキした様子で笑いながら言う。この人、絶対青葉に声をかけようとしてるだろ。
「ハル兄さんの遠い親戚だそうです」
俺が答える前に、こはくがそう答えた。
「え、マジ? 十八歳?」
「多分、笑顔で断られると思いますよ」
「やってみないとわからないだろ! 世の中なんでもかんでも当たって砕けろの精神でやっていくと俺は決めているんだ! 待ってろ俺のマイハニー!」
そう言って蛇原さんは、漫画コーナーにいたくるみと青葉の元へと向かう。いや、いくらくるみと知り合いとはいえ、お客さんに声をかけようとするんじゃないよ。普段はそういうことするような人じゃないのだが、やっぱり青葉って見てくれは良いからなぁ、一目惚れしてしまうのもわかる。
そして一時して、落ち込んだ様子の蛇原さんが帰ってきた。
「ダメだったんすね」
「貴方は今お仕事中なのですから、いくら私のような麗らかで可愛らしい乙女を見つけても声をかけずに、貴方とは違って真面目にお仕事しているあのお二方のために貴方も真面目に仕事して、その勤勉さを意中の人に見せてあげるべきではないですか?って言われた」
「ド正論ですね」
青葉が笑顔でそういうことをのたまう姿は容易に想像できる。アイツは一応縁結びの神様のはずだけど、やっぱり元々人間だったからかそれなりの恋愛観は持っているようだ。
そして青葉に丁重に振られてしまった蛇原さんが落ち込んだ様子でバックヤードに向かうと、冷やかしに来たらしいくるみと青葉の二人がレジまでやって来た。
「ハルさん、暇そうですね。本を売っているのかと思ったら油を売っているではないですか。ガソリンスタンドでバイトされてはいかがですか?」
「さっきまではちゃんと忙しかったんだよ。閉店前はこんなものだ」
「ハルくんが接客してる姿を見たいなら、青葉ちゃんも何か買っていけば?」
「ではスマイル一つ」
「一万円になります」
「ハルくん、そんな商売しちゃダメだよ」
「ではポイントで」
「青葉ちゃん!?」
「なんのポイントだよ」
くるみもこの間本を買っていったばっかりだし、青葉ってそもそも小遣いとか持っていないんじゃないか? いや、神様だからお金ぐらい簡単に生み出せそうだが……偽札とか面倒事に巻き込まれるのはゴメンだから、ちょっとぐらいは俺の小遣いから引いてやるか。
と、俺が働いている様子を見物しに来た青葉達と駄弁っていると、隣に立っていたこはくが俺の脇腹を小突いてきた。
「こら、ハル兄さん。おしゃべりしてないでちゃんと働いてください。まだ終わってないんですから」
「あぁ、すまんすまん。じゃあ見回りと掃除行ってくるから。くるみ達もそろそろ出ろよ、シャッター閉めるから」
「そうなのですか……ハルさん、しばらくのお別れですね。私、いつまでもハルさんのことをお待ちしておりますから」
「今生の別れみたいなノリじゃねぇんだから」
「私、ハルくんが向こうに行ってもたくさんお手紙書くからね……」
「俺をどこに飛ばそうとしてるんだ」
「は・る・に・い・さ・ん?」
「ごめんって」
俺は真面目なこはくに尻を叩かれて、くるみと青葉の二人を追い出して閉店の支度を進めるのであった。
レジ締めだとか日計だとか、そういった事務作業は店長や蛇原さん達に任せて、俺とこはくは先に上がっていた。
「ハル兄さんは、お姉ちゃん達と一緒に帰るんですか?」
狭いスタッフルームで俺がジュースを飲んでいると、着替え室から学校の制服姿で出てきたこはくは制服のエプロンをハンガーにかけながらそう言った。
「あぁ、東出口で待ってるってよ。こはくも一緒に帰るか?」
「そうですね。お姉ちゃんが私を放って置くとは思えないので」
くるみがいた頃は三人で一緒に帰っていたのだが、くるみが辞めてからは俺とこはくが一緒に帰ることなんて滅多にない。こはくが何かと理由をつけて先に帰ってしまうからだ、途中で買い物に寄るとかどうとかで。
だが今日はくるみと青葉が待っているので、俺達はスタッフ専用の通路を歩いて出口へと向かった。
「まだまだ雨降ってるっぽいな」
階段を降りていると、窓の外からザアザアと降りしきる雨音が耳に響いてくる。
しかし、俺がそう呟いても隣を歩くこはくは何の反応も示してくれない。
うん、気まずい。元々こはくもそんなに積極的に他人とコミュニケーションを取るようなタイプじゃないから、こっち側からどんどん話していかないと場が盛り上がらないのだ。
「きっと今の俺の心の世界も、これぐらい強い雨が降ってるんだろうな。なーんつって……」
と、俺は自虐してみせたが、俺でもつまらないボケだったと反省してしまっている。やっぱり、こはく相手だと俺も色々難しい……なんて苦悩していると、こはくは足を止めて口を開いた。
「ハル兄さんは、今も寂しいんですか?」
いつもは不機嫌そうに話しかけてくるこはくの声が、どういうわけかとても優しげな、まるで子どもやペットに話しかける時のような穏やかさを持っていた。
「寂しくないと言えば嘘になるさ」
家族が神隠しに遭ってから五年も経ったが、家族と生きて再会することは不可能だとわかっていても、未だに家族との思い出を夢に見るぐらいには乗り越えきれていないのである。
「お姉ちゃんがいてもですか?」
「幼馴染なんて、いつかは離れ離れになるかもしれないだろ」
「青葉さんも?」
「さぁな。いつまでも一緒ってわけじゃないだろうさ」
結局、青葉が俺の恋人になりたいと言ったのはどこまで本気なのか、どういうゴールを求めているのか未だにわからない。
しかし、俺はくるみと離れ離れになる可能性が大いにあったのだ。俺もくるみのおかげで一応は進学校に入ることは出来たが、俺とくるみの成績は月とすっぽんぐらいの差で、絵を描くのが上手なくるみは芸術大学に進む可能性だってある。
例えくるみを追いかけて同じ街に住むことが出来たとしても、やはり高校時代と違って一緒にいられる時間は減ってしまうだろう、くるみだって大学で誰かと出会うかもしれない。
「くるみと付き合うことが出来たなら、例え離れ離れになったとしても繋がりが出来ると思ったのさ。何をするにしても、俺はくるみの恋人だからっていう口実があるのとないのとじゃ全然違うんだ。例えばくるみと同じ大学に入るにしても、くるみの家の近所に住むにしても、くるみと一緒のバイト先で働くにしても、別に恋人という関係だったらそんなに不思議じゃないだろ? ただの幼馴染だったらストーカーの域に足を突っ込んでしまうだろうからな」
「今でも十分ストーカー気味ですよ、ハル兄さん」
「マジかぁ」
良い年して俺はいつまでくるみの背中を追い続けているのだろうと、自分でさえそう思うのだ。
くるみは俺のことを弟のように思ってくれているかもしれないが、俺とくるみは血が繋がっているわけじゃない。これだけ長い間一緒にいても、物理的な距離が開けば心の距離も遠く離れてしまうかもしれない。
結局、俺がくるみに告白したことによって若干距離が開いてしまったわけだが……。
そしてスタッフ専用の通用口で名簿にチェックを入れて警備員さんに挨拶した後、俺とこはくは傘を差して外に出た。通用口に側にあるのは大きな換気扇ぐらいで、目の前には通りを挟んで向かいに立体駐車場があるぐらいだ。
「くるみ達が待ってるのはあっち側だな」
と、俺は待ち合わせ場所の東出口へ進みだそうとしたのだが────俺が着ていた白シャツが後ろからギュッと掴まれた。
見ると、顔をうつむかせたこはくが俺の白シャツを掴んでいた。
「こはく?」
俺が彼女の名前を呼んでも返事をしてくれず、顔をうつむかせたまま俺の白シャツをさらに強く掴んでいた。
「ど、どうかしたのか?」
するとようやくこはくは顔を上げて──今にも泣きそうな表情で、悲しい眼差しで俺の目を見つめてきた。
「私と、二人で帰りませんか?
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