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第22話 俺とこはくと蛇原さん



 俺とこはくは、高校から近い団地のど真ん中にあるショッピングモール内の書店でアルバイトをしている。かつてはくるみも働いていたが、受験勉強に本腰を入れるために夏休み前に辞めてしまい、今いる高校生のバイトは俺とこはくの二人だけ。

 

 ショッピングモールは夜の九時に閉まるし、メインの客層が団地に住んでいるファミリー層なこともあってかいかがわしい本も置いていないため、高校生でも働きやすい場所だ。


 「ハル兄さん。レジも大分空いてるので、品出しや掃除にでも行かれたらどうです?」


 この書店はそんな大規模な店舗でもなく、帰宅ラッシュ時間帯は少しお客さんの数も増えるが、平日はそんなに忙しくはない。だからこはくが一人いればレジも十分に回るぐらいなのだが……言い方がちょっと冷たく感じられるのが、俺はちょっぴり悲しいんだ。ちょっぴり。


 「わかった。何かあったら呼んでくれよ。サイレン鳴らして急行するから」

 「迷惑行為はおやめください」

 「すまんすまん」


 俺はこはくとシフトが妙に被るため、学校よりも彼女と話す機会は多いものの、やっぱり俺と話している時のこはくは元々つり目なこともあってか不機嫌そうで、俺も常に彼女のご機嫌を伺っている。


 まぁ……くるみがいなくなってしまった今、こはくにとってはあまり楽しくない環境なのかもしれない。


 そんなことを考えながら、俺は品出しをしていた先輩の元へ駆け寄った。


 「お疲れ様です、蛇原さん。こっちの出してて良いですか?」

 「あれ? レジは良いのかい?」

 「こはくに出て行けと追い出されたもので」

 「いやー、相変わらずこはくちゃんの尻に敷かれてんね、狐島君」


 と、数冊の実用書を抱えながら笑っている金髪ツーブロックの男性の名は蛇原(へびはら)和輝(かずき)。大学二年生の先輩で、一件チャラそうに見えてメチャクチャ日本文学とか海外文学とかに詳しくて、しかも仕事もちゃんと出来る頼れる先輩だ。

 まぁ、たまに素行に問題があったりするけど。


 「大体、なんでいつも俺とこはくの二人がレジ係なんですか。俺だって二年目なんですから売り場でも結構動けますよ」

 「いやいや、違うさ狐島君。俺はね、狐島君の愛しのくるみちゃんがバイトを辞めちゃってさぞ悲しんでいるだろうと思って、君を気遣ってこはくちゃんと二人きりにしているのさ。そう、俺が先輩として君達が上手くいくようにお膳立てしてあげてるってわけ、わかる?」

 「だから何度も言ってますけど、余計なお世話なんすよそれ。特にこはくに対しては」


 と、蛇原さんは無駄なお節介を焼くのが大好きな人で、くるみがいた頃もよく俺とくるみを二人きりにして、遠くの売り場からニヤニヤと笑いながら観察してくるのである。くるみがいなくなった今は、こうして俺とこはくを二人きりにしようとフロコンの権限を惜しみなく行使するのである。


 「実際のとこさ、狐島君は二人とうまく行ってるわけ?」

 

 こはくがいるレジから死角になっている棚の裏でいそいそと本を並べながら蛇原さんは言う。


 「まぁ、ボチボチですよ」

 

 と、俺はテキトーに答えをはぐらかしたが、蛇原さんはまだ退こうとはしてくれない。


 「言い加減告ったらどう? 特にくるみちゃんは受験もあるんだしさ、早めに言っとかないとダメだって。誰かに先を越されちゃうかもよ?」

 「俺、くるみに告白したんですよ。で、振られました」


 蛇原さんはくるみとも知り合いだから、くるみが色々俺関連でいじられるのも困るので、俺はスパッと正直に事実を伝えた。


 すると蛇原さんは驚いた表情で俺の方を向いて、そして棚の横から顔を出してレジの様子をチラッと伺い、キョロキョロと周囲を見回してお客さんがいないことを確認し、俺の耳元で囁く。


 「い、いつ告ったんだ?」

 「くるみの誕生日です」

 「マジ最近じゃん……わかった。詳しくはまた今度話そう。先輩の俺がなんでも相談に乗ってやるからな!」


 蛇原さんも本当は俺達の恋愛事情が気になって仕方ないのだろうが、今は仕事中だ。私語も程々にしなければならない。


 「ま、大丈夫さ。狐島君なら絶対俺よりくるみちゃんと縁があるから!」


 蛇原さんはそう言って俺の背中をバンバンと叩いて、次の棚の品出しへと向かったのだった。


 ちなみに蛇原さんはくるみにもこはくにも手を出そうとしたが、あえなく撃沈してしまっている。




 

 その後、棚の整理やお客さんの案内だとか売り場で色々動いていると、先にこはくの休憩時間がやって来た。俺達は労働時間が短いから十五分ぐらいしか休憩できないが、あるのとないのとでは大違いだ。


 売り場に出ていた俺は交代のためレジにいるこはくの元へ向かおうとしたが、レジでおばあちゃんの対応をしていたこはくが困ったような表情をしていたので、俺は慌ててレジへと向かった。


 「お客様、何かございましたか?」

 「あらお兄さん。私ね、海外の作家さんが書いた面白そうな小説を探してるんだけど、何かおすすめないかしら~?」


 うわぁ、来たよこういうの。あまり害は無いけどちょっと対応に困っちゃうやつ。

 だが、こういう時の対処法は先輩方から習っている。


 「でしたら、あちらの方に海外文学コーナーがございまして~」


 と、俺はおばあちゃんを海外小説の文庫本が並んだコーナーへ案内する。


 「海外の古典は読まれますか?」

 「もうね、結構読み尽くしちゃったの。最近出たので面白そうなのないかしら?」

 「でしたら、こちらのミステリーやホラーサスペンスとか……」

 「あら、これとか面白そうね」


 と、俺がいくつか紹介した海外文学の文庫本を二冊携えて、おばあちゃんはレジで会計を済ませるのであった。ふぅ、なんとかお気に召してくれたようで良かったぜ。


 「お兄さん、ありがとね~。あとそこの子も、忙しいのに色々聞いちゃってごめんね~また来るわ~」

 「は、はいっ。ありがとうございましたっ」

 「またお越しくださいませ~」


 おばあちゃんが機嫌良さそうに手を振って去っていくのを見送った後、こはくはレジでホッと安心したように胸を撫で下ろしていた。そして俺にペコリと軽く会釈して言う。


 「あ、ありがとうございます、ハル兄さん」

 「いや良いって。急におすすめとか聞かれても困っちゃうもんな、詳しくないジャンルなら尚更」


 ごくたまにという頻度だが、先程のおばあちゃんのように店員におすすめの本を聞きに来るお客さんもいる。書店で働いているから、という信頼感があってのことだろうが、全ての店員が全てのジャンルに精通しているわけではなく、作者とタイトルがわかっているならこはくでもすぐに案内出来ただろうが、おすすめを聞かれたらまた別だ。


 「私も、漫画ならわかるんですけど……」

 「特に少女漫画な」

 「もうっ。良いじゃないですか、私が少女漫画を読んでたって」

 

 かくいう俺も、小説はくるみや蛇原さんにおすすめされたものしか読んでいないから、本屋大賞とか芥川賞、直木賞を受賞した有名な作品なら知っているが、全体的にあまり詳しくない。それでもさっきのおばあちゃんを案内できたのは、本好きの蛇原さんから色んな知識を吸収してきたからだ。


 「あ、そういえばこはくが先に休憩だぞ。何か引き継ぎある?」

 「いえ、今はないですね。この本のシュリンクお願いしても良いですか?」

 「りょーかい。じゃ、休んできな」

 「はい、ありがとうございました」


 俺もお客さんから「おすすめのラノベありますか?」とか「おすすめの恋愛漫画ありますか?」って聞かれたことはある。まだ知っているジャンルだったから、完全に俺の趣味でおすすめを紹介したけれど、お客さんが満足そうに帰ってくれたのを今でも覚えている。

 

 そういうことがあるから、毎日似たような仕事内容でも刺激があるし、お客さんに喜んでもらえるとやはり嬉しいものなのだ。



 「おすすめの恋愛漫画ありますか?」と聞かれて、読んだことのある作品を片っ端からお客様に紹介したことはあります。

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