第21話 君がいるだけで
どうして今日になってくるみが一緒に登校しようと誘ってきたのか?
俺はくるみに振られてしまった手前、未だにくるみと顔を合わせるだけでも気まずいぐらいだし、昨日のくるみだって俺と話しているときはぎこちなさそうに見えた。
くるみがどうしようとしているのか、その答えは案外簡単にわかるものだ。
『今まで通りいようよ、幼馴染としてさ、ね?』
くるみは、恋人という関係への変化ではなく、これまでと同じ幼馴染という関係の維持を望んだ。きっとその方がくるみにとって心地良いからだろう。
だから、くるみは例え振った相手とはいえ幼馴染である俺のことを気遣って、これまでと変わらずに俺と一緒に登校して、そしてお昼には──。
「うわっ。青葉ちゃんのお弁当凄いね」
お昼時の騒がしいカフェテリアの一角にて。昨日の三段重箱弁当よりは大分ボリュームが減ったとはいえ、それでも底の深いステンレス製の弁当を用意された俺は、ぎゅうぎゅうに詰められた油揚げとたけのこの炊き込みご飯と、やはり油揚げを使った様々なおかずを見て圧倒されるのである。
「いえ、これはハルさんの分ですよ」
「あ、そうなんだ。ボリュームたっぷりの愛妻弁当だねっ」
「まぁ、くるみさんったらお上手で」
「何がお上手だこの野郎」
くるみが昨日の重箱弁当を見たらひったまげることだろう。俺もよくあの量を食い切ったものだ。
「そう言うくるみさんのお弁当も美味しそうですね。ご自分で作られたんですか?」
「うん、一応ね。良かったら食べてみる?」
「あ、良いんですか? ではこちらのハンバーグを……」
と、どでかい弁当に敷き詰められた炊き込みご飯を口にかき込む俺をよそに、くるみと青葉は和やかな雰囲気で女子トークを展開している。にしても美味いな、この炊き込みご飯。
「うわっ、絶品ですねこれは。きっと神様にお供えしてもお喜びになると思いますよ」
「は、ハンバーグをお供え物に?」
青葉は俺の遠い親戚という設定で学校にいるから、まさかくるみも目の前でニコニコ笑っている愉快な女が神様だとは思わないだろう。油揚げ以外でも喜ぶんだな、この神様。
「それにこのハンバーグ、油揚げに入れても美味しいかもしれませんね」
「油揚げにハンバーグを入れるの? 包み焼きみたいに?」
「えぇ、きっと美味しいはずですよ。私とくるみさんの料理の腕があれば、至高の油揚げ料理を作ることだって可能なはずです! くるみさん、私と一緒に油揚げ料理でミシュランガイドに載りましょう!」
「な、なんだかそう言われるといける気がしてきたかも……!」
なんでいける気がしてきちゃったんだよ、くるみ。しっかりしている風に見えて、くるみはおだてると調子に乗りやすいタイプなのである。
「あ、ハルさんも一緒にいかがですか?」
「なんでだよ」
「ハルくんも料理出来るでしょ? 私、ハルくんが作るこってり肉野菜炒めも好きだよ?」
「ミシュランに載るような店で出すようなメニューじゃないだろ」
「では油揚げを入れたら良いのですよ。三人寄れば文殊の知恵と言うではないですか、私達が力を合わせればこの街を食の都にすることも不可能ではありませんよ!」
「油揚げ料理が天下を取った世界ならそうかもしれないが」
青葉のぶっ飛んだ世界観の会話に、くるみもよくついていけるものだ。いや、そういえばくるみも似たような雰囲気の話ばっかりしていたか。
きっとくるみも受験を間近に控えているから、ナイーブになちがちなところをこういうバカらしい会話で吹き飛ばそうとしているに違いない。もしも青葉がこの場にいなかったら、こういう空気を作り出すことが出来なかっただろう。
そうか。この日常が戻ってきたのも、青葉のおかげなのかもしれない……。
「ところでなんですが、ハルさん」
「なんだ?」
俺がガツガツと炊き込みご飯を頬張っていると、青葉は俺にニッコリと微笑んで言う。
「ハルさんは、私とくるみさんの、どっちが作る料理がお好きですか?」
前言撤回。やっぱりコイツは爆弾魔だ。悪魔だ、きっと邪神に違いない。
俺はついくるみの方をチラッと見てしまった。するとくるみは俺の答えがかなり気になっているのか、黙って俺のことをジッと見つめてきていたので、俺は思わず目を逸らしてしまう。
俺は今まで、朝昼晩問わずくるみの手料理を食べる機会が多かったわけで、和洋中問わず色んな種類の料理を味わってきた。
ただ、突然現れた神様が作る油揚げ料理も、油揚げばっかり使われているのに飽きない味なのである。
非常に甲乙つけがたいところではあるが、俺は──。
「くるみの料理の方が好きだな」
やっぱり、そう答えてしまうのである。
くるみと青葉の料理に差をつけたのは、思い出という味、ただそれだけだ。くるみのアドバンテージが強すぎたのだ。
「ま、まぁ当然だよね! 私がハルくんの胃袋を握り潰したもんね!」
と、くるみは若干戸惑った様子を見せながらも胸を張って喜んでいるようだった。ついでに俺の胃袋を潰そうとするんじゃない。
「まだ私の味を忘れられないだなんて、ハルくんったらすっかり私に夢中だね~このこの~」
「やめろ、そんなに強く小突くな」
まぁ、俺がくるみに夢中なのは前からずっとそうなのだが。
あんなことがあったのに、今もこうしてくるみと変わらず絡むことが出来るのは不思議な感覚で。
「……ぐぬぬ」
一方で神様のくせに敗北した青葉はというと、とても悔しそうに歯を食いしばりながら俺のことを睨みつけるように見ているのであった。なんか祟られそうな気配がする。
「せっかく私が愛情込めて作ってあげてるのにくるみさんの味が忘れられないだなんて、私は悲しいです……悲しみのあまり、私は隠し味に劇物を入れてしまうかもしれません」
「やめろやめろ。それは悲しみじゃなくて最早怒りの産物だろ」
「大丈夫だよハルくん。私の料理がどんな劇物を跳ね返してみせるから」
「それはそれで劇物なんじゃないか? 毒で毒を制しようとしないでくれ」
「ぐぬぬ……くるみさんがそう出るなら、私は胃袋の代わりにハルさんの脳を握り潰すしか……」
「だから無闇矢鱈に潰そうとするな」
青葉には申し訳ないところだが、これでも青葉がご飯を用意してくれていることには感謝しているんだ。これだけの料理を作る食材をどうやって用意しているのかちょっと気になるだけで。
と、そんなことがありながらも、お昼の時間は和やかな雰囲気のまま進んでいった。くるみと青葉はすっかり意気投合して、二人して俺のことを追っかけてくるようになったが、青葉のおかげでくるみと自然に話すことが出来るようになったのはありがたいことだ。
流石に昨日はくるみも心の整理が出来ていなかったのかもしれないが、こうして今までと変わらずに俺のことを気にかけてくれるくるみの優しさに、俺はますます惚れそうになってしまうのである。
ただ……。
このまま、俺達の関係はどうなってしまうのだろうか……?
◇
午後の授業もつつがなく進んでいき、あっという間に放課後を迎えた。朝から降り続けている雨は未だに止まないが、そのおかげで教室の冷房の効きもいつもよりかは良く感じる。
「お~いハルの助~。今日ちょっと遊びに行かね?」
HRが終わると、早速修治が俺の席へとやって来た。
「ごめん修治。俺、今日バイトだから」
「あー、そうだったか。メンゴメンゴ、白線オンリーゲームはまた今度な」
「ていうか、修治もバイトじゃないのか?」
「え? いやそんなはずは……って、シフト入ってたわ、あぶねぇあぶねぇ」
俺は書店で、そして修治はファミレスでアルバイトをしている。日々勉強に励みながらも後学のために社会勉強を怠らない俺達は偉いと思う、よしよし俺。
「ハルもよく俺のシフトわかったな、それも占いの力か?」
「あぁ。ちなみにお前、今日はバイトに遅刻すること確定してるから」
「確定してんの!? 確定する前にアドバイスくれよ、それが占いってもんだろ!?」
「お前はあと五分以内に空五倍子色のものをゲット出来ないと、バイト先に向かう途中で大型犬に襲われている女の子を救出するのに手間取ってバイトに遅刻して、理由を説明しても店長にわかってもらえなくてクビになり、失望した彼女にも振られることだろう」
「随分と具体的な未来予知だな!? 畜生そんなこと言われたら、例えクビになろうが彼女に振られようが女の子を助けに行くしかねぇ! ハル、俺行ってくる!」
そう言って、修治はなりふり構わず駆け出して行ってしまった。ネットでテキトーに検索して空五倍子色をカラーコピーして体に貼っつけておけば、女の子を助けてもクビになることもせっかく出来た彼女に振られることもなく済んだのに。
いや、助けるのが女の子というのもちょっと嘘だけど……まぁ、俺にはそう見えたから良いか。
頑張れよ修治。バイト先にクビにされようともせっかく出来たばかりの彼女に振られようとも一切迷わずに誰かを助けに行けるお前は、とても立派な人間だと思う。
さて、俺もバイトに遅れるわけには行かないので、さっさと支度を終えて向かおうとしたのだが──廊下の外で俺を待っていたのは、青葉でもくるみでもなく。
「遅いですよ、ハル兄さん」
くるみの妹、猫塚こはくだった。
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